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44.悪魔は嘘をつかない

「えーシノブ、大丈夫なのー?」

「あれ? アスモ、心配してくれるの?」

「つーか何! しゃべる余裕あるの!? これどうすれば!」


オレが忍と腕相撲をしたら、たぶんあぁなるんだろうな。

わが身を見ているような秋葉の目も遠くなってきた。

忍の左手が動く。特にルールは設けていないから、両手にさえならなければ失格にもならない。……力を入れていないのだから、支えの方にも力はそんなにいらないわけで。


ちゃりーん


「!」


何かが床に落ちる音がした。足元から聞こえた音に一瞬、マモンの注意がそちらに向かう。


「お金、落ちたんじゃない?」

「マジで!?」


思わず確認しようと顔もそちらに向いたその瞬間。緩んだ。


ひゅっ……バン!


「え」


隙を逃さず忍が思い切り叩きつける。マモンの右手を、テーブルに。


「……………………」


謎の事態に、一同沈黙。

司だけは見ていた。忍がコインをポケットから取り出し、テーブル下に投げたのを。軽く放物線を描いたそれは少しだけ転がって、マモンの足元で倒れたわけで。


「忍の勝ちだね」

「うそーーーーーー」

「いいんじゃないかな。一見力技のゲームに見えて、それなりに策略も有効だって証明された。まぁ君たち六人間じゃ通用しないだろうけど」


前座がとんでもない大番狂わせになった。ただの人間の小娘に悪魔が負けた。しかしこれは対戦が初めてで、マモン相手だからこそできた技であり、アスモ相手には何もできなそうなので断ったという次第。


残る六人。唖然。


「忍……お前、こんなとこで本気出してどうすんだ」

「遊びはいつも本気だけど……ふつうに負けるまで楽しもうと思ってたんだ。でも前座って言われたからちょっと、このヤロウ、と思って」

「それ言ったのオレじゃなくてルシファーだろうが! なんでオレ相手にうっ憤晴らすんだ!」

「前座と言われたからには前座でなくしてやろうと思い」

「……シノブは敵に回すと怖いタイプだな」


サタンのさりげない感想。


「マモン、お前の負けだ」


無情の判定が下った。ルシファーから。


「このー……でも悪魔のヒエラルキーとは関係ないからなっ」

「マモン。君、シノブが勝ったらなんでもいうこと聞くって言ったよね」


アスタロトが再び介入してきた。笑顔で。


「え、それは、その」

「忍、何をお願いしたい?」

「ちょ、それなし! こんなのあり得ないだろ!」

「ひとつ教訓だよ。上級の悪魔っていうのはね、意外と嘘はつかないものなんだ。自分で嘘をつくとルールで定めてでもいない限りはね。マモン、君はどっちかな」

「う……」


アスタロトの「基礎教育」が発動している。人間と同じですぐ嘘をついたり言うことがふらふらしているのは貴族の位にはふさわしくないということか。妙なところで忍の方が理解が早い。


「わかったよ。何すりゃいいんだ」

「……そう言われても。特に今は」


純粋に遊んでみたかっただけで、ルシファーの一言は覆そうと思ったがそういう意図はない。が、今度はアスタロトがひそりと耳打ちしてきた。


『契約したいって言ってごらん』


「……」


忍はとある事情から「ソロモンの指輪」の所持者だ。なので俗にいうソロモン七十二柱とは儀式を飛ばして契約済ということになっている。が、マモンはそのリストには当然存在しない。


どうなるのか。


確かにアスタロトがそう声をかけるなら、悪いことはないんだろう。特に他に希望もないので復唱してみる。


「契約してくれる?」

「!」


ほかの七罪にも驚きの色が走った。悪魔にとって契約をするということは服従ということだ。当然、忍は服従させる気はないが……


「シノブ、それはどういう意図だ」


ルシファーが途端に鋭い目つきで見下ろしてきた。名前を呼ばれたのは初めてだなと思いつつ。


「別に意図はないけど、負けたら服従~って魔界では当然なのでは」

「く、それは……」


召喚主というより勝負があったので、ぐうの音も出ないらしい。


「意外なところで初体験の連続だね」

「閣下! そんな悠長な……」

「忍は契約してもボクたちに最大限の礼を払ってくれる。無闇にこき使うこともない。忍にとっての契約は、友人になる、くらいの認識だからそんなに構えなくても問題ないと思うよ」


いえ。アスタロトさんがそれ言ったんですけど。しかし間違いではないので、黙っている忍。秋葉と司も成り行きを見守るだけだ。


「友人……? オレが? 人間と?」


は、と一息ついてから笑いだすマモン。


「ないない! いうこと聞くって言ったけどわかるだろ? もっと常識な奴だよ!」

「マモンに常識とか言われたよ」

「シノブ、かわいそう」

「待て。なんでオレがいじめてるみたいになってんだ?」


マモンは七罪の中でもいじられ愛されキャラらしい。


「とにかくそれは無理! いくら閣下の口添えがあっても……」

「そうか。君が魔界における忍たちの護衛に入ってくれると、頼もしいと思ったんだけど」

「……え」

「そうなれば、司ももう少し気兼ねなく過ごせると思うし。まぁボクの考えはいいよ。忍、どうする?」

「……契約しなかったら明日の朝には、マモンが人間の小娘に腕相撲で負けたという魔界新聞の号外がばらまかれることでしょう」


………………。


「明日の未来、視てみようか」

「やめて! わーったよ! この悪魔!!!」


悪魔に悪魔って言われた。そしてなぜか、忍はマモンと契約をすることになる。

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