一条の光
俺の介入に驚きを露わとするエリシャ。
そしてそれは、この場を沈黙の空間に作り替えたんだ。
俺の言葉が、この部屋の時間を止めた。
大声で2人の間に割って入った訳じゃあ無いけど、俺の声は彼女達に届いたみたいだった。まぁ、そうなる様な声で俺は発言したんだけどな。
熱の籠った状態の2人に、大声を出しても聞き入れて貰えないだろう。それどころか下手をすると、余計な反発や興奮を引き起こしてしまうかも知れない。
この場での最善策は出来るだけ静かに、それでいて重く響く声音で口を挟む事だったんだ。
普通なら、そんな事が出来るのは年を重ねた者ぐらいだろうなぁ。間違っても、今の俺みたいな少年が出来る様な事じゃあない。
でも幸いなのか……俺の中身はもう、その年長者の域に達していたんだ。
「……死なない……って? それに……あなたは?」
俺の言葉を理解したエリシャは、驚きを隠そうともしない表情で問い返して来た。
余程シャルルーに対して怒りと怨みを抱いていたんだろう、彼女はそこで漸く俺たちの存在を把握したみたいだった。
「初めまして。俺はアレックス=レンブランド。今回、シャルルー様の護衛を請け負ったパーティの者で、シャルルー様とエリンの同行を許可した者です」
「あ……あなたが!? あ……あんたのせいで……!」
俺は出来るだけ、冷徹を装ってエリシャに返事をした。
そんな心情を感じさせない物言いのお陰で、彼女の顔はみるみると怒気を孕んで行く。エリシャの怒りの矛先をこちらへ向ける試みは、どうやら成功したみたいだった。
「はい。俺の浅慮で、シャルルー様を危険な目に合わせてしまい、エリンには重大な手傷を負わせてしまいました。……申し訳ありません」
そこまで話して、俺は深々と頭を下げた。エリンを今の状態にしてしまったの、間違いなく俺たちの責任だからな。
そしてその状況を作り出してしまったのは、俺の考えの無さだった。
この謝罪は、決してその場だけの軽い気持ちで行ったものじゃあなかった。
「あんたのせいで私のお姉ちゃんは死んじゃうんだよ!? あんた、どういうつもりでお姉ちゃんとシャルルー様を依頼なんかに同行させたのさ!? どうせ何か勘違いしてたんだろうけど、そのせいでお姉ちゃんは……」
「エリンは死なない。……助かるんだ」
怒り心頭のエリシャは、俺に食って掛かって捲し立てて来た。今の彼女は、とにかくその内に溜まった怒りのはけ口を求めているんだろう。
でも俺は、その台詞を全て言い切らせなかったんだ。彼女の言葉を遮る様にして、それでいて静かで重い声でさっきと同じ事を口にした。
ピタリ……と、再びエリシャの口が閉じて静寂が訪れる。
「エリンはもう、危険な状態を脱している。このまま快方に向かえば、彼女が死ぬ事は無いだろう。そして目覚めるまでの彼女の世話や医療についても、もうクレーメンス伯爵にお願いし了承も得ている。いずれは……彼女も目覚める筈だ」
静かに俺の説明へ耳を傾けていたエリシャは、暫くしてゆっくりとシャルルーの方へと顔を向けた。
落ち着きを取り戻していたシャルルーは、そんなエリシャに小さく、それでいてハッキリと頷いて応えていた。
「お……お姉ちゃん……。お姉ちゃん……死なないんだ。……助かる……助かるのね!?」
再び大粒の涙を流しだしたエリシャだが、残念ながら彼女にはもう一度ガッカリして貰わなければならない。
そしてこれは、流石にシャルルーに言わせるのは残酷と言うものだった。
「……助かる。……いや、もう助かっているんだ。いずれは……目を覚ますだろう」
「……え? ……いずれって?」
俺は一部分だけ、エリシャに同意した。
そして、殊更に最後の部分を強調する様な言い方を彼女にしたんだ。
喜色を浮かべていたエリシャだったけど、俺の言い方に違和感を覚えたんだろう、浮かべかけた笑顔を固まらせて俺に問い返して来た。
「命は助かった。そして、エリンが目覚めるまでの看病も伯爵が手配して下さる手筈は付けてきた。でも……いつ目覚めるのかは分からないんだ」
「そ……そんなぁ……」
喜びから一転、落胆。
エリシャの顔からは色が抜け落ち、絶望の顔へと変化した。
確かに、死んじゃあいない。エリンは生きている。でも、目を覚ますのがいつかは分からないんじゃあ、それは死んでいるのと変わらないんじゃあないか? 少なくとも、エリシャはそう感じたみたいだった。
「……エリシャァ」
目の前でガックリと項垂れるエリシャに、シャルルーが悲しそうな目を向ける。
親友とも呼べるエリンの妹なんだ。恐らくは、シャルルーもエリシャの事を実の妹みたいに接して来たんだろうな。
そして、そんな妹が悲哀に暮れている姿に、シャルルーも居た堪れない気持ちの様だった。
ただし、この話にはまだ続きがある。
それはシャルルーにも、そして当然伯爵にさえ話していない事だった。
そしてこれこそが、2つ目の問題でもあったんだ。
「だから俺は……俺たちは、エリンが出来るだけ早く目覚める方法を探そうと考えているんだ」
「……え!?」
「……アレクゥ?」
俺の口にした提案……と言うよりも決意を聞いて、エリシャとシャルルーは驚いた様に俺の方を見た。
そしてシャルルーは、そのままマリーシェ達の方にも顔を向ける。
マリーシェ、サリシュ、カミーラ、バーバラはゆっくりと頷いてシャルルーに応え、セリルは親指を立てて笑みを浮かべていた。この話は、マリーシェ達にはすでに済ませ同意して貰っている事だったからな。
「今のままだと、エリンはいつ目覚めるか分からない。永遠に眠り続けるという事は無いだろうけれど、5年か10年か……。その間、エリンの時間は奪われ続けるんだ。そして……君とシャルルー様の時間もな」
俺がそう付け加えると、エリシャとシャルルーの顔がクシャッと崩れ、またまた涙を流しだしたんだ。
エリンの眠りが、この2人の時間を凍らせちまう。そんな事を、俺たちは望んでいないからな。
エリシャの言った通り、責任の大部分は俺たちに……いや、俺にある訳だから、この考えは決して的外れと言う訳じゃあ無い。
「で……でも、そんな方法が本当にあるの?」
肩を震わせていたエリシャが、か細くなった声で俺に問い掛けて来た。
決意は立派だが、それを実現出来なければ意味が無いからな。その質問も当然の事だ。
「方法は……ある。ただし、それなりに時間が掛かるかも知れない。でもこのままエリンの延命だけを続けるより、はるかに早く目覚めさせる事が出来るかも知れないんだ。やってみる価値はあるだろ?」
そんな彼女に向けて、俺はここで笑みを作って答えてやった。この笑い顔には、エリシャを安心させ俺の話に真実味を持たせる効果がある。
話した内容に希望的観測だけじゃあなくメリットとデメリットが含まれているんだから、彼女もより信じられる筈だ。こういう時、なまじ都合の良い事ばかり話すと相手は完全に納得出来ないもんだ。
案の定、エリシャの表情は俺の話を完全に信じられないまでも、疑っている様子は見受けられなくなっていた。
「エリンの状態を快方に導いた薬があっただろう? あれを造り出した郷があるみたいなんだ。そこに行けば、もしかすれば彼女を目覚めさせる薬があるんじゃあないかと思っている。まずは、そこを目指そうと思う」
エリンに用いた「調剤」を考えた郷の人々なら、女神の加護を受けていない人たちにも効果のある薬を作り出せるだろう。その中には、昏睡状態のエリンを覚醒させる薬だってある筈だ。
少なくとも、俺はそう確信している。
「そ……それはぁ、何処にあるのですかぁ?」
シャルルーが不思議そうに質問して来た。
彼女にしてみれば、そんな都合の良い薬を用意出来る場所があるのかも疑わしい処だろう。
「……まだそれはハッキリしていない。それについては、これから調べて場所を特定する事から始めなきゃいけないんだが……ただ待つよりも、エリンを早く目覚めさせる可能性は高いだろう?」
俺がそう話すと、エリシャとシャルルーが強く頷いて応えてきた。彼女達にしてみれば、藁をも掴む想いだろうからな。
「約束する……とは、今は言えない。でも、信じて待っていて欲しい。俺は……俺たちは、絶対に諦めないから」
2人に向けて、俺は「俺たちの決意」を伝えら。
言うは易し、行うは難し……。
今のシャルルーとエリシャには、これがまだ雲を掴む様な話に聞こえているかも知れない。それは、マリーシェたちも同様だろう。
そんなに都合の良い話があるのか? そんな奇跡的な事を齎すアイテムなんて存在するのか? 疑問に思えばきりがない。
それも仕方ないよな。なんせ、実際は俺だけが知っている案を何の説明もせずに信じさせようとしているんだから。
それでも彼女達は、それに笑顔で応じてくれた。
その時に浮かべていた涙は、もう悲しみではなく希望と喜びに溢れていたんだ。
まだ明確には約束できない。
でも俺の案に、エリシャは一縷の望みを託してくれた様だった。
それなら、それに答えないってのはあり得ないだろう?




