忘れられた島
改めて全員の意見が一致した処で、老執事が俺たちを主の下へと呼びに来たんだ。
全員の同意が得られたすぐ後に、俺たちを呼びに執事がやって来た。俺たちはその執事に連れられ、伯爵との面会に赴いたんだ。
以前にも訪れた謁見の間では、正面の高座に据え置かれた椅子にクレーメンス伯爵が。その隣にはシャルルーが立っており、扉から伯爵の元へと続く赤絨毯の左右には、全身を鎧で固めた護衛兵が居並んでいる。
前回の時の様な和らいだ雰囲気はそこにはなく、どこか張り詰めていて重々しい空気だ。
「……話は聞かせてもらった。……失態だな、アレックス君」
俺たちは静々とその絨毯を進み、伯爵の前で跪いた。そして開口一番、痛烈な言葉を投げ掛けられたんだ。
もっともこれは、当然と言えば当然の非難だ。
俺たちの任務の第一は、何よりもシャルルーの護衛にある。
そしてそれに伴って、彼女の随伴でもあるエリンを護る事は必須だと言えるだろう。
何よりも今回は、そのどちらも危険に晒す様な真似をしてしまったんだから、伯爵が俺たちに向けて厳しい言葉を口にするのは当たり前の話だった。
「君ほど思慮深いのであれば、クエストに娘やその侍従を連れて行く事がどれほど危険であるのかは理解出来ていたであろう。それにも関わらずのこの結果だ。……何か申し開きはあるのか?」
「な……っ!」
「……ございません、伯爵」
伯爵の話は、イチイチもっともで言い返す事も出来ない。
思わずいきり立ちそうになったマリーシェを即座に治めて、俺は伯爵にそう返答した。ここで彼女に立ち回られれば、纏まるものも纏まらないからな。
如何にシャルルーが同行を強要したとしても、だからと言ってそれを許す理由にはならない。そして連れて行くのならば、完璧に護衛して然りなんだ。
「お……お父さまぁ。……この度の事はぁ、わたくしのぉ……」
「お前は黙っていなさい、シャルルー」
「……はいぃ」
恐らくは俺たちに助け舟を出してくれようとしたシャルルーだったけど、伯爵の一言で口を噤まされていた。
もっとも今回は、確かに彼女の出る幕なんて無いんだけどな。
これは依頼主とそれを請け負った冒険者との間で交わされる話であって、今はまだ助命を乞う場面でも、シャルルーに口添えしてもらう状況でも無い。と言うよりも、そんな事には多分ならないんだろうけどなぁ。
「依頼主の侍従……しかも伯爵家令嬢を危険に晒し、その付き人を重体に陥らせた罪は死に値する」
「……っ!」
隣から、さっき引き留めたマリーシェが興奮のあまり息を呑む気配が伝わってくる。
しかも今回は、俺を挟んで彼女の逆側に控えるサリシュや、背後のカミーラとバーバラからも同様の雰囲気が発せられていたんだ。
……おいおい。頼むから癇癪は起こすなよぉ。
ほら……。この場の空気を察して、左右に控えている伯爵の護衛兵たちが殺気立ってるじゃんか。
「……しかし、そなた等の立場も理解出来る。今回の事態は、我が娘の我儘が引き起こした事情である事も十分に納得出来るのでな」
そんな一触即発の空気の中で、俺と伯爵だけが冷静だった。
って言うか、最初から俺たち2人で話をしているんであって、ここはマリーシェ達が口を挟む場面じゃあ無いんだけどな。
今の伯爵との会話で、その身を顧みずに抗議してくれようとしているのは有難い話なんだけど、そういうのも時には問題……迷惑な場合がある。もしもこの話が落ち着いたなら、彼女達にも確りと説明する必要があるな。
「それに、瀕死であった我が家の従者であるエリンを、そなたは回復を期待出来るまでに治療してくれた。これは、大いに評価して然るべき事でもある」
未だ威厳を抑えない伯爵だったけど、その口調にはどこか柔らかいものが含まれ出していた。どうやら、伯爵自身もこの茶番に飽きて来ているのかも知れない。
もう少し今の立場を演じて、周囲に威厳と理解を求めても良いんだろうけどなぁ。
「そこで汚名を返上する機会を与えようと思うのだが、聞けばそなた達の方で良案があるとの事。あるならばこの場で申してみよ。場合によっては、一考してみようではないか」
そして漸くここで、伯爵は本題を切り出したんだ。
最初から伯爵は、俺にエリンを目覚めさせる為の腹案がある事を知っていたんだろう。恐らくは、早々にシャルルーから聞き知っていたんだろうな。
知っていても尚、すぐにその事を論じる訳には行かなかったんだろう。
何よりも伯爵なんて地位の者が、自分の家の使用人を傷つけられて何の処罰も下さなかったら、それこそ周囲に対する威厳に影響するってもんだ。
「……ございます」
だから俺も、駆け引き無しですぐに返答した。
ここでもったいぶる様な下らない態度でも取れば、それこそ本当に俺たちの立場は危うくなる。実際問題、それだけの大事でもあるんだ。今回の事はな。
「ただし、私の提案には伯爵様のお力もお借りせねばなりません」
俺が、俺自身の秘密を全て曝け出せば、恐らくは誰の力も借りずにエリンを目覚めさせる為の下準備を整える事は出来る。
だがその結果、俺は様々な所から引く手数多となるだろう。
それこそ王城から呼び出しを食らい、色んな者達から俺の力に頼もうと……利用しようとする渦に巻き込まれちまうだろうな。
そうなったらもう、俺に自由なんて有り得ない。ただ只管に、俺の知識とアイテムが尽きるまでこき使われる運命を辿るだろうなぁ。
「ふむ……。して、その提案とは?」
「はい。まずはここより北東に『ガレ』と言う漁村がある事はご存じでしょうか?」
「……ガレ? ……いや、聞いた事が無いな」
俺が口にした「漁村 ガレ」に心当たりのない伯爵は、立ち並ぶ護衛兵の内で最も近くにいる者へと視線を向けた。
俺の記憶が確かなら、その人はこの護衛騎士団の団長、オネット男爵だった筈だ。
「……わたくしに心当たりがあります。確か……北東の果ての寂れた漁村で、取り立てて目立つような物は無かったと存じますが……」
そう……。そのガレ漁村自体には、目ぼしい物は何一つ無い。でもそこには、村民さえ気付いていない重要な“物”があるんだ。
「それで、その漁村に何があると言うのだ?」
「実はその漁村の外れには、村民も理解していない『魔法陣』が描かれた場所があります」
……ある場所へと繋がる、門とも言うべき魔法陣がな。
俺の話に、この場の全員が注目しているのが分かる。
何せ、これまで明るみにならなかった様な重要な秘密が、今この場で公表されようとしているんだからな。
「……その魔法陣は、一体何処に繋がっていると申すのだ?」
身を乗り出す様にして、伯爵は俺に問い掛けて来た。
これまでは伯爵としての立場上威厳を前面に押し立てて来ていたんだが、今は興味の方が勝っているみたいだな。
良識者であり現在の体制も十分に理解しているんだろうけど、やっぱり根の性格は抑えきれないんだろうなぁ。
「その魔法陣は、ガレ漁村の沖合……潮流の関係で決して船では辿り着けない、現地の人たちから『忘れられた島』と呼ばれる所に繋がっております」
ガレ漁村からは見えているのに、そこに行く事が出来ない島……「忘れられた島」。
そこが、まずはエリンを目覚めさせる為の第一歩となる目的地なんだ。
「……『忘れられた島』とな。確かに、何人も辿り着けぬのであればいずれは誰からも忘れ去られてしまうのであろうが。その様な島と繋がっている魔法陣が、何故その漁村の近くにあるというのだ? その島には何がある?」
もはや伯爵の興味は留まる処を知らないみたいだ。瞳をキラキラと輝かせ、早く続きを知りたいとウズウズしているのが分かった。
「その島には、唯一の集落である『フェーグの村』が存在しております。そしてその村には、錬金術を深く学んだ者達が住んでいるのです」
「……錬金術とな?」
俺の答えを聞いて、伯爵以下俺たち以外の者達は驚きを隠せないでいた。そして、それぞれに論じる様な声が起こったんだ。
まぁ話が錬金術となれば、その反応も仕方がないよな。
錬金術……と聞けば、訝しく思うのも当然だよなぁ。
でも俺の言う錬金術師は、その辺にいる様な似非じゃあないんだ。




