運命の扉
エスタシオンのメンバーと諍いを起こしたその翌日……。
俺たちは、再び馬上の人となっていた。
多大な……疲労と……共に。
女流歌人集団「エスタシオン」との騒動があった翌日早朝、俺たちは「温泉地 アルサーニの街」を発った。
今回の移動は馬……しかも宿泊地は温泉街と、疲れる要素は微塵も無い。
無い筈なのに、何故か俺はズンッと重い疲れに憑りつかれていた。
「アレクは一体ぃ、どうしたのぉ? ついでにぃ、セリルもぉ?」
「……べっつにぃ」
「んん……?」
シャルルーが不思議そうに俺の体調を気に掛けるも、その事に付いては誰からも明確に答えられず、セリルも珍しくぶっきら棒な対応で、彼女は首を傾げるしかなかった様だ。
理由は言うまでも無く、昨日の大騒ぎのせいだな。
あの後も俺はマリーシェ達に囲まれて、なんとも不毛な討論会を繰り広げたんだよなぁ。
……結局、なんの結論も出なかったんだけどな。
言い掛かりも甚だしい上に、肝心な事になると4人ともそっぽを向いて口を噤んじまうんだから決着する訳が無い。
それでも何とか彼女達も納得して寝る事が出来たんだから……まぁ、これは良しとするしかないんだろうなぁ。
あ、セリルは多分、「エスタシオン」と別れた事でヘソを曲げているだけだろうから無視しておいて良い。
とにかく、移動が馬で良かった。
もしも徒歩だったら、多分普段よりも疲れる度合いが強かっただろうからなぁ……。
ジャスティアの街までは、徒歩でも2日あれば到着するんだ。如何にゆっくりとした移動とは言え、馬を使えば1日で着いちまう。
そして街に近付くにつれ俺たちの間からは会話が無くなり、どこか重苦しい空気が立ち込めだしていた。
それまでだって、気楽だった訳じゃあない。
それは偏に、エリンの事があるからだ。
それでも昨日は、僅かに気分転換する出来事があったんだが。それどころか、約1名はハッチャケていた訳だけどな。
エリンの事を少しでも気に掛ければ、暗い気分にならない訳が無いんだ。
彼女を助ける事が出来なかった……屈辱。
そして、それを防げなかった自分自身への……後悔。
これらが、常に自らの未熟に向けて押し寄せてくる。気分が鬱屈としても、仕方がない事だろうなぁ。
俺だって如何に経験があるって言っても、悔しい気持ちには違いないんだから。
「……見えてきたでぇ」
予定よりも随分早く、遠くジャスティアの街が見えて来た。
「……シャルルー。……大丈夫?」
そしてそれと同時に、シャルルーの表情は更に青さを増していた。
バーバラの不安そうな声にも、殆ど反応が無い。
本当なら、目的地であるジャスティアの街に早く到着して喜ぶべき事だろうな。
それでもそうならないのは……シャルルーにはエリンの事の他に、避けられない不安があったからなんだ。
ジャスティアの街に到着した俺たちは、寄り道もせずにクレーメンス伯邸へと向かった。
ここに至って、どこかへ立ち寄る理由なんて無いからなぁ。真っ直ぐにシャルルーの実家へと向かうのも当然の事。
そして何よりも、エリンを早く落ち着かせたいという気持ちもあった。
「お帰りなさいませ、シャルルー様。お話は、すでにお伺い致しております。エリンを別室へと運びます。お嬢様は、旦那様がお呼びですのですぐに」
「……ワキールゥ。……わた……私ぃ」
「……お話は後に願います。さぁ、お急ぎ下さい」
屋敷に到着すると、すぐに執事長であるワキールが出迎えにやって来た。そしてそう告げると部下の執事を動かしてエリンを運び出し、シャルルーを優しく誘導しだした。
案内を任された執事の後について、落ち込んだ風のシャルルーが重い足取りで去って行く。
「アレク殿御一行は、そのまま待合室にて待機願います。後程、旦那様がお話をと申しておりますので」
そして彼は俺たちにもそう話し、やはり他の執事に俺たちの案内を指示していた。その間俺たちは、この執事長に一言も声を掛ける事が出来なかった。
―――執事長ワキールは……エリンの実の父親だ。
娘があんな事になって俺たちにも言いたい事は山ほどあるだろうに、そんな態度なんて微塵も見せない処は流石と言えるんだが……。
俺たちもシャルルー同様、どこか足取りも重く待合室へと向かったんだ。
「……ワキールさん。……何も話してくれなかったね」
待合室に付くと、すぐに重く暗い雰囲気が部屋を満たした。
そしてその空気と同様に陰鬱な顔をしたマリーシェが、泣きそうな声でポツリと呟く。罪悪感を抱える俺たちとして見れば、いっそ罵って貰った方がスッキリしたかも知れない。
……まぁ、その場凌ぎだけどな。
それでも、そういった感情をぶつけられて「お前たちが悪い」とハッキリ言って貰う事で、どれだけ気分が楽になるのか知れたもんじゃあない。
ワキールはそれさえ許してくれなかったんだから、それを見越して何も言わなかったとしたら……彼の心中が推し量れるってもんだ。
「とにかく、俺の提案を伯爵が取り入れてくれるかどうかは分からない」
こんな重い空気のままここで待たされたとあっちゃあ、この後伯爵の前でどうなる事か分かったもんじゃあない。
もっとも……残念ながら、俺はそれほど深刻に考えてはいないんだが。
こういった事が初めてじゃあない俺にしてみれば、敢えて深刻には考えていなかったというのが1つ。
そして、もしも伯爵が俺の提案を拒んだとしても、俺の行動に変わりが無いという事が1つだ。
すでにもう、エリンの「運命」は確認している。
数年後に彼女は目覚めるんだからな。これは、間違いのない事実だ。
俺だけがそれを知ってるんだから、マリーシェ達よりも気分が楽なのもまぁ……当然か。
俺が口を開いた事で、全員の視線が俺に向いた。
「……もしも伯爵が俺の話を拒絶したとして……だ。再確認なんだが、お前たちは……どうする?」
この話は、すでに俺たちの間で何度も議論された事だった。
議論……と言っても、誰も俺の案に反対しなかったんだから、どちらかと言えば説明か。
「……今更」
真っ先に、バーバラが笑みを浮かべて答えを返してきた。
それは「今更そんな事を確認しなくても、私の決意は変わらない」と言っている様なものだった。
「そんなの、聞くまでも無いよ!」
そして、マリーシェがバーバラに続く。
これもまた、先日から話し合われた内容と大差ない。
「うむ。未熟だった私たちの汚名を返上出来るなら、アレクの案に賛同する事に吝かではない」
カミーラもまた、エリンの件についてはキッチリと決着をつけたいとと考えているみたいだな。
彼女自身「魔神族」との問題を抱えていると言うのに、それを感じさせない立ち居振る舞いは大したもんだと感心させられる。
「俺も……勿論賛成だ! 今度こそ……絶対……」
セリルもまた、全く異論はないみたいだった。
それどころか、何か思う処があるんだろう。真剣な眼差しで虚空を見つめ、何かを強く心に刻みつけているみたいだ。
いつもこんな真剣な表情と真摯な態度さえとってれば、きっと彼は多くの女性から好かれるんだろうけどなぁ。……残念だ。
「……でも、実際は簡単やないでぇ。……アレクの提案は、今のウチらには到底出来へん事ばっかりやからなぁ」
そんな中で、サリシュだけがこの話に疑問を呈していた。俺はそんな彼女に、またも頼もしさを感じていたんだ。
目的に向かって努力する事には、何も問題はない。問題があるとすれば、その目標に向かい続けられるのかって事だろうな。
短い期間で済ませる事が出来るなら、意識をそこに向け続けるのだって難しくは無い。
でも事が数か月……数年ともなれば、その気概を維持し続けるのは困難なんだ。
特に俺の考えている案と言うのは、この大陸……アイフェス大陸全土を駆け回る事になる。それには短くない時間と、高いレベルが要求されるだろう。
今の俺たちじゃあ、とてもじゃないけど達成する事なんて難しいだろうな。
それをサリシュは、周りの雰囲気に流される事無く口にしてくれているんだ。
「それでもっ!」
そんなサリシュに、マリーシェが声に張りを持たせて切り返した。
「それでも私たちは、エリンを……友達を見捨てる様な事はしない! したくないの!」
ハッキリ言って、マリーシェの発言は完全に感情論だ。方法や行程は無視して、ただ自分の要望を口にしたに過ぎないからな。
「……マリーシェの言う通り……私は絶対に……諦めない」
「俺もっ! 俺も途中で諦めたりなんかしないぜっ!」
「そうだな。最初から挫折する事を考えているくらいならば、この様な案に乗る事などしない」
でも彼女の言葉には、一切の躊躇いはない。そしてその瞳には、微塵の揺らぎも無かった。
そして、全員がマリーシェに賛同する。勿論、サリシュもそれ以上野暮な事は言わなかった。言うまでもなく、彼女は最初から反対する気など無かったんだから。
その意気に触れれば、この場の全員が同じ意気込みだと感じさせられる。
俺もまた、そんな彼女たちに頷いて応じたんだ。
エリンを助ける事に、誰からも異論は発せられなかった。
今の彼女達の眼を見れば。きっとどんな困難でも乗り越えられる……と、そう確信できたんだ!




