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嵌められ勇者のRedo Life Ⅱ  作者: 綾部 響
9.歌う妖精たち
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白熱のステージ

声のする方へと、まるで引き寄せられるように向かう俺たち。

そこは、これまでに見た事のないような熱狂の坩堝と化していたんだ!

 向かったアルサーニの街中心部は、ちょっと記憶に無い程の熱狂に包まれていた。


「凄い熱気だなぁ……」


 近付く程に伝わってくる観客の歓声と、それに負けない程のなんとも気分を高揚させる強烈な歌声。

 俺は現地に着く前に、すでに圧倒されていたのかも知れない。


 以前の冒険をした際にも「歌人(カンターレ)」は存在していたし、その助力を仰いだ事もあった。

 俺たちのパーティには「歌人」はいなかったし、ギルドに手配を頼めば「歌人」と話を付けてくれたりもしたんだ。

 まぁもっとも、全く「歌人」がいなかったかと言えば……そんな事は無いんだけどな。

 魔法使いだったシラヌスは「賢者」になる為に必要という事で「歌人」を習得していたし、同じ理由で僧侶のスークワヌも「歌人」となっていた事が一時期はあった。すでに習得済みの職業(ジョブ)なら、転職(ジョブ・チェンジ)してもその技能は活きていたはずだ。

 その気になれば、わざわざ「歌人」を雇う必要は無かったんだが……誰もその事に異議を唱えなかった。

 その理由は……至極簡単明瞭だ。

 とにかくこの2人は……歌が下手だったんだ。……もう、壊滅的に。

 だから2人が「歌人」を習得した後は、何があっても歌おうとはしなかったなぁ。まぁ、その方が前衛で戦っている俺たちも有難かったんだけど。

 でも、こんな大衆の前で歌って踊る様な歌人がいたかと問われれば……記憶にはない。

 目的地に到着した俺の眼の前では、正に最高潮に達した会場と一体になったみたいに、舞台上では4人の女の子が激しく踊り楽しそうに歌っていたんだ。


「イエエェェ―――イッ! ミハルちゃぁ―――んっ! トウカちゃぁ―――んっ! カレンちゃぁ―――んっ! シュナちゃぁ―――んっ!」


 そんな彼女たちの歌声にも、そして周囲の大歓声にも負けない声が俺たちの耳に届いて来た。


「……セリル」


 バーバラが嘆息気味に、奴の名を呟く。遅れて参加した事は間違いないのに、何故か最前列ではっちゃけているセリルの姿を探すのはそう苦じゃ無かった。

 しかしあいつ、メンバーの名前を覚えてるほど応援していた(ファンだった)んだなぁ。思わず呆れてしまいそうにもなったが、舞台(ステージ)上の彼女達を見ているとその気持ちも理解出来ないでもなかったんだ。

 広い舞台の上を、まるで舞っているかの様に飛び、回り、跳ね……そして熱唱する。

 圧倒的な存在感を醸し出す彼女たちは、正に闇夜を飛び交う妖精の如きだ。


「……凄い熱意ねぇ」


 思わず呟いているんだろうマリーシェの言葉に、俺たちは頷いて返していた。そしてそんな彼女たちの情熱は、間違いなく客席にまで届いている。

 なるほど、セリルが絶賛するだけの歌唱力を持っているみたいだなぁ。


「今夜は、来てくれてありがとうございましたぁ! また、どこかでお会いしましょうねぇ!」


 俺たちが殆ど見入っていると、いつの間にか歌会(コンサート)終幕(フィナーレ)を迎えていたみたいだ。舞台にいる4人の内、とりわけ笑顔の可愛い女の子が、そこに集った観客に向けて感謝の言葉を伝えていた。


「俺の方こそありがとぉ―――っ! ミハルちゃぁ―――んっ!」


 多分……別にセリルへ向けた挨拶じゃあ無いんだけど、奴は満面の笑みで叫び頻りに手を振っている。

 でもまぁ、彼が熱中するのも何となく分かる話だな。これだけ人を引き付ける歌と言うものを、俺は今までに聞いた事が無かったんだから。


「……ふぅん。……アレク、あんな娘らが好みなんやぁ?」


 どこか感動して4人の女の子たちを見ていた俺に、背後から何やら不穏な声が掛けられた。

 ゆっくりと振り返ったそこには、ずんっ……とジト目をしたサリシュが俺を睨め上げていたんだ。


「い……いや、好みとかどうとかじゃあ無くてだな……」


 そんな彼女の意気に押されて、俺の言葉はどうにもシドロモドロとなっちまったんだが。


「へぇ―――……。そうなんだ? 確かにぃ? あの子達はぁ? 全員可愛いしぃ?」


 そこに、マリーシェが加わって来やがった。

 いや、ちょっとまて。さっきまで、お前たちも俺と同じ様に見入っていただろう!? なんて言い訳が出来るでもなく。


「……確かに……私たちには……あの娘達の様な……愛らしさは無い」


 バーバラが、自分の身体を見ながらポツリとそう呟いた。

 いや、そこを比べられても、俺にはなんとも言い様がない! とか言うようなフォローを入れる事も出来ず。


「……そうか。……確かに私たちには、戦うしか出来ないからな」


 どこか寂しそうに、カミーラがバーバラの後に続いたんだ。

 って、おいおい。自ら冒険者の道に足を踏み入れたのはお前たちだろうに! って言った処で、今の彼女達には効果が無いんだろうなぁ。多分、彼女達の言いたい事はそんな事じゃあ無いだろうし。


「おおぉ―――いっ! アレクッ! お金貸してくれよっ!」


 困り果てていた俺に、まさかの援護が齎された!

 さっきまで最前列でかぶりついていたセリルが、俺たちの元へと駆けて来たんだ!


「お……おお、セリル。……って、お金なんて何するんだ?」


 渡りに船……と俺はセリルの方へと向いたんだが、彼の言った内容を理解して疑問が浮かびあがっていた。

 基本的に、クエストで得た報酬は全員に等分している。勿論、パーティの活動資金は差し引いてだが。だから、セリルが今お金に困る様な事は無い筈なんだ……が。


「彼女達に、纏頭(チップ)を渡したくてさ! 俺の手持ちじゃあ少なくて……っと、ど……どうしたんだ?」


 息を弾ませ、満面の笑みで俺の元へと駆け寄って来たセリルだったが、その途端に浴びせ掛けられた冷たい視線の雨に彼も思わずたじろいでしまっていた。

 そりゃあ女性陣にこんな冷めた目を向けられれば、誰でもそうなるよなぁ。


「そ……そうか。じゃ……じゃあ、これを」


 俺は慌てて、自分のお金が入っている小袋をそのままセリルに手渡してしまっていたんだ。今の俺には大した事のない金額だけど、セリル達にとっては大金に違いない。


「うっほ―――っ! サンキュー、アレクッ! これならきっと、彼女達も喜ぶよっ! お前も、『エスタシオン』のファンになったのかぁ? はっははっ!」


 ああ、くそ! セリルの奴め。なんで言わなくて良い事を、去り際にわざわざ言って行くんだよ!


「……へぇ。……応援したくなったんやぁ? ……へぇ」


 セリルが去り静寂が訪れると、再びサリシュの声が俺の背中を這って来た!

 何なんだよ、その冷たい声音は!


「ふぅ―――ん」


「……へぇ」


 マリーシェはマリーシェでこれ以上ないって程の冷たい目を向けてるし、バーバラはなんだか泣きそうな顔をしているぞ。

 カミーラに至っては、今まで見た事も無い様な凍った笑みを向けて来ている。

 ……ったく、こいつ等は何を勘違いしてるんだか。

 このまま放って置いても俺としては一向に問題ないんだが、この場はそうもいかないだろうなぁ。

 そして俺は、この状況を丸く収める方法を知っている。俺だって、伊達に30年も過ごしちゃあいないからな。


「……あのなぁ。確かにあの娘達は可愛くて魅力的だけどな。マリーシェ、サリシュ、カミーラ、バーバラ。お前たちも、ぜんっぜん彼女達に負けてないからな」


 つまりは、こういう事だろう。

 マリーシェたちは、今を煌めく可愛らしい「エスタシオン」に嫉妬していたって訳だ。

 だから、彼女達も決して「エスタシオン」に負けてないと言ってやれば、機嫌が直ろうってもんだ。

 それが証拠に。


「え……えぇ!? そ……そうかなぁ?」

「……ほんまにぃ? ほんまにウチも可愛い?」


「そう面と向かって告げられるとその……さすがに照れるな」


「……うれしい」


 ほらな? 途端に彼女たちの機嫌が良くなったんだ。

 ……でも、俺が思っていた反応とはちょっと違うな?

 何故だか4人とも、顔を真っ赤にして頬に手を当てている。言うなればそう……どこか恥じらっているみたいだ。

 俺が首を傾げていると。


「お待たせ! 彼女達も喜んでいたよ! ……ってあれ? どうした?」


 嬉しそうな表情のセリルが、飛び跳ねる様に戻って来た。

 でも何とも浮ついた空気になっている俺たちを見て、セリルもまた首を傾げていた。まったく、この年代の女の子の気持ちってのは、本当に分かり難いな。


「いや、何でも無いよ。それよりも、早く飯に行こう。もう、腹が減っちまったよ」


 セリルに明確な理由を答えず……って言うか答えられずに、俺は早々にそう提案して移動を開始したんだ。ちょっと遅くなったが、これでようやく食事にありつけそうだなぁ。





「お疲れぇ! 今日もお客さんたち、すっごく喜んでたねぇ!」


「喜んでたは良いけど、ミハル? あなた、また踊り間違えてたわよ? それに歌詞だって……」


「まぁまぁ、トウカちゃん。歌会(コンサート)も終わったばっかなんだし、今はそんな細かい事良いじゃん」


「……そ……そうだよ。と……とりあえず、今はゆっくり……」


「とにかく、この後は反省会よ! 良いわね、みんな?」


「……はう」


「もう、トウカ? せっかくシュナが話してるんだから、途中で遮っちゃダメじゃない」


「あ……。ゴ……ゴメン、シュナ」


「それよりも、お腹空いちゃったなぁ! ご飯食べに行こうよ!」


「……もう。カレンはまた……」


「はぁ―――い、みんな。お疲れ様! 今日も大盛況だったわね!」


「「「「お疲れ様でぇ―――す!」」」」


「ねぇねぇ、交渉管理人(マネージャー)? 今日の舞台(ステージ)、どうでしたか?」


「ええ、上々よ。チップも、いつもより多いくらいだしね」


「もう……マネージャー? 私たちは、そんな事を聞いているんじゃ……」


「あれ? ねぇ、マネージャー? これって?」


「ああ、それね? 何だか熱心な少年が袋ごと入れて行ったんだけど、どうせ小銭でしょ?」


「ふ―――ん……。って、これ見てよっ! 中身、全部金貨じゃん!」


「「「「ええっ!?」」」」


「……ほんとだ。一体誰が……」


「ねぇ。これって、誰が入れていったか分かる?」


「だから、トウカ。シュナの言葉を遮ってるって」


「あ……」


「う―――ん……。あっ! あそこっ! あそこの男の子だったんじゃないかしら?」


「……へぇ。冒険者かな? 随分と羽振りが良いんだねぇ」


「そうね。でも、余り冒険者に関わらない方が……」


「でも、トウカ。一応、お礼は言っておいた方が良いんじゃない? こんなにお金貰った事だし」


「そうだよねぇ。ちょぉっと、相場より多過ぎるもんねぇ」


「……うん。……私も……そうした方が……」


「仕方ないわね。じゃあ、全員で挨拶に行きましょう」


「……ふえ」


「それは良いけど、あなた達。余計な事に巻き込まれない様に注意しなさいよ」


「分かってますって、マネージャー! じゃあ、先に着替えちゃおうよ」


「そういうあんたが一番不安なのよ、カレン」


「そうそう。カレンは、いっつも問題を抱えて来るからね」


「いやいや、ミハルにそれは言われたくないぞぉ?」


「……とにかく、着替えて……」


「さぁ、着替えましょうか」


「……あう」


エスタシオンのコンサートも終わり、食事を採りに向かった俺たち。

イベント直後で賑わう街中で、それは起こったんだ……。

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