温泉街の歌姫たち
俺たちが今後の事で医師と話をした数日後。
テルセロの町を発った俺たちは、馬上の人となっていた。
サリシュとエリンが診断を受けた2日後。
俺たちは、感慨深い地となった「観光地 テルセロの町」を後にしていた。
それは俺やマリーシェ、カミーラとサリシュの回復が思ったよりも早かったからに他ならない。
……いやぁ、若い身体ってのは、回復も早くて助かるよなぁ。
でも、急いで出発した理由はそれだけじゃあ無かった。
エリンの治療を、完全に確立させなければならないという命題があったからだ。
このままではエリンは数週間後から衰弱を始めて、いずれは死に至ってしまう。
それまでに彼女を、数年と言う長い期間生き長らえさせる手段を構築しないといけないんだ。
それはこれまで、どんな医者さえもやった事の無い医術であり、誰もその方法を知らない未知の取り組みでもあった。
そんな難題に直面しているにも関わらず、それでもこのパーティに暗い影は射していない。
「それにしてもよぉ。アレクッて、どこか冷たい印象があるよなぁ」
馬を寄せて、セリルが出し抜けにそんな事を言いだした。
今回は危急を要するという事で、シャルルーとエリンは客室車付馬車に乗り込み、俺たちには1人1頭の馬が貸与されていた。その他に、荷物を運搬する馬車がもう1台追随している。
エリンの搬送が第一だけど、俺たちはその護衛を任されていて、出来るだけ自由に動ける様にとの差配だった。
「そ……そうか?」
普段からいきなりとんでもない事を言いだす奴だったけど、突然こんな事を言われれば反論するよりも問い返すだけしか出来ないよな?
何を根拠に、こいつはそんな事を話し出したのかと考えていると。
「だぁってよぉ。あの時も、俺が腕を斬り落とされたってのに慌てた素振りなんてこれぇ―――っぽちも無かったしよぉ。エリンが危篤だって聞いた時もさぁ、今後の容態を知らされた時も、ぜんっぜん心配している様子が無かったしなぁ」
セリルがブチブチとその理由を並べだした。その言い様は、まるで愚痴かとも思わせるもんだった。
しかしコイツ……見ていないみたいで、要らない処は見ているんだよなぁ。
でもなるほど、セリルのいう事にも一理ある。
確かに俺は、コイツが大怪我を負った時も、エリンの容態や今後の事を聞いた時も動じ無かったな。
それは偏に、セリルやエリンの「宿命」を知っていたって事もある。
助かるのが分かってるんだ、慌てる様な事は何一つ無いよなぁ。
でも……実はそれだけじゃあない。実際俺には……経験上の耐性があったんだ。
前回の人生で俺は、様々な場面に出くわしていた。それこそ激しい魔物との戦闘で腕や足を失う奴も見て来たし、手の施し様がない重傷を負い、その後命を落とした者達を何回も見て来ている。
そういう経験が、俺にどこか「仕方がない事」として捉えさせていたんだな。
……嫌だなぁ。俺ってやっぱり擦れているんだなぁ。
多分本当だったら、セリルみたいな反応が年相応だし好感が持てるのかも。
「……でもそれは冷たいんやなくて、冷静っちゅぅ事でもあるんちゃうかぁ?」
答えに窮している俺に、サリシュが真っ先に助け舟をくれて。
「そうだな……。アレクが落ち着いてくれているからこそ、私たちはこれまでの事に一度も混乱せず最適な行動を取れて来たとも言える。感謝こそすれ、非難するのは的外れだ」
そして、カミーラもそれに賛同してくれたんだ。
確かに大抵の事には平静で取り乱さない態度と言うのは、言い方を変えれば冷静沈着とも取れるからなぁ。……まぁ、良い言い方をすればって事だけどな。
「そうよ、セリル。あんたもそれに助けられたクチなんだから、アレクに文句言うのは筋違いよ!」
そして最後に、マリーシェがセリルに口撃を加えてダメ押しをした。これにはセリルも意気消沈。すごすごと俺から離れるしかなかった様だ。
「……それに。……アレクのお陰で……エリンの治療方法が見つかるかも知れない」
最後にバーバラがそれを口にすると、マリーシェ達は一様に頷いていた。その事実を前にして、流石のセリルも閉口してしまったみたいだった。
冷静沈着過ぎる対応ってのは、傍から見ると冷たい感じがするんだなぁ。
あまりそんな事で不審を抱かれても問題だし、これからは出来るだけ喜怒哀楽を大袈裟にする事にしよう。
……まぁ、出来れば……なんだけどなぁ。
馬の足は速い。
と言っても今の速度としては、通常の馬や馬車と比べれば随分遅い進行だろう。
俺たちはともかくとして、客室車に寝かされているエリンの事を考えれば、なるだけ負担を少なくして進むのが大事なんだから、大幅に速度が落ちていても仕方がない。
もっとも、それでも俺たちが走るよりまだ早く道中を進む事が出来たんだが。
そのお陰で、来る時は4日掛かったテルセロの町とアルサーニの街の道程も、たったの2日で踏破出来た。
そして今日は、このアルサーニの街に泊まる事になっている。
「……んん? 何だか賑やかだなぁ?」
街に入って中心部に差し掛かった時、俺は妙に街の中が賑わっている事に気付いた。
ここは温泉場で人の往来は常に多いんだが、ゆっくりと湯治に来ている人たちも多くて意外に閑静な雰囲気があった。
でも夕闇に包まれるこの通りには、今は飲食店や酒補の掲げる赤や橙の色とりどりな照明が灯っていて、昼間とは全く違う顔を見せている。
当然、人の行き来も昼間とは違い、この飲食店通りにこの街の人たちが殺到しているみたいな印象を受けるくらいだ。
ただ……俺たちが受けるこの街の「賑々しさ」は、そういった「夜の街」から受けるものじゃあ無い様な気がした……んだが。
「おおっ!? これだぜ、きっと!」
どこから調達して来たのか、チラシを目にしたセリルが目を輝かせて叫んでいた。それに釣られて、俺たちもそのチラシを覗き込む。……そこには。
―――絶賛売り出し中! 歌って踊って戦える超越歌人! “四季娘”野外歌会開催!
派手な色遣いで、デカデカとそう書いてあったんだ。
「……エスタシオン?」
「……初めて聞くなぁ?」
それを見たマリーシェとサリシュが、首を傾げて互いに見合っている。
ハイパー・アイドルなんて文言があるけど、実はそれほど人気が無いのか? って言うか、「歌人」にこんな若い女の子を売り出す様な職種もあったんだなぁ。
戦いの場で、唄を歌って戦士達に力を与える職業は確かにある。
それは「歌人」。
主に「聖歌」や「呪歌」を使って、攻撃補助や防御補助、回復や敵に対しての状態異常なんかを齎す事の出来る職種だ。
俺の記憶にある歌人たちは、みんな聖職者だったり妖術師や錬金術師だったり……。
使用する「歌」にしても、どこか荘厳さを感じるものや禍々しさを与えるものが多かったんだけどなぁ。
今遠方から聞こえて来る音楽からは、そういった重々しいものは感じられない。それどころか明るく、楽しくなる様な曲調だったんだ。
「……どうする? ……見に行って見る?」
俺の雰囲気に、どこか興味を覚えている節を感じたんだろうか? バーバラが、俺を促す様に問い掛けて来た。
実際今夜は、もう他にすべき事は無い。
シャルルーとエリンは宿に送り届け、彼女達の事はテルセロの町から付いて来た侍従たちと医者が見ている。俺たちも街には食事に出て来ただけで、特に用事がある訳じゃあ無かったんだ。
「そうだなぁ。ちょっと覗いてみるか」
「いやったぁいっ!」
俺が決定すると、セリルが殊の外大喜びして飛び上がった。
「うん? セリル、そなたはこの『エスタシオン』なる4人組の事を知っているのか?」
その余りの喜ぶ姿に、カミーラは疑問を抱いたみたいだった。確かに、チラシを見た時からセリルの落ち着きのなさは目立っていたからなぁ。
「そりゃあそうだろっ!? 今売り出し中の『エスタシオン』なんだぜっ!? 今はまだ有名じゃあ無いけど、いずれは国中で知れ渡る歌人集団になる事は間違いないからなっ!」
「そ……そうか」
話し掛けたカミーラにまるで食って掛かる勢いで、興奮を隠そうとしないセリルが捲し立てた。これには、流石のカミーラもタジタジと言った処だな。
まぁ、ここでこうやっていても仕方がない。
それにこれまでの一連の出来事で、俺たちの気持ちは曇ったままだからなぁ。いきなり気分転換にはならないだろうけど、それでも少しは楽しい気分になれば良い。
俺たちは食事の前に彼女たちの歌を聞く為、街の中心部へ向かって歩き出した。余程急いているのか、セリル一人はとっとと走って行っちまったけどな。
アイドルグループ「エスタシオン」の野外コンサートか……。
初めて聞く集団だけど、いったいどんな事をしているんだ?




