歓喜と不安と
俺の言葉に、シャルルーの表情がパァっと明るくなる。
正に、絶望から希望ってやつか。
それまでどこか陰鬱な気配を纏わせていたシャルルーだったけど、俺の返答を聞いて俄かに喜色ばんだ雰囲気を発していた。
もう死を待つより他には無いと宣告されたエリンが、もしかすると助かるかも知れないと言われたんだ。彼女が喜悦するのも、それは仕方のない事だろうな。
「試してみない事には分からないけどな。とりあえず、薬を作ってみるよ」
俺はそう前置きをしたんだが、シャルルーの眼は期待に輝いていた。医者も匙を投げた状態のエリンに光明が見えた事がよっぽど嬉しかったんだなぁ。
「そ……それでも構わないわぁ! ぜひ、お願いしますぅ!」
すっごい勢いで、彼女は俺の話に食い付いて来た。そんなシャルルーに俺は断りを入れ、再び調理室へと向かったんだ。
調理室に着いた俺は、早速準備を開始しだした。
「一体ここでぇ、何をするのぉ?」
付いて来たシャルルーが、不思議そうに俺の行動を眺めながら問い掛けて来た。さっきのバーバラたちもそうだったけど、薬と名の付く物を調理場で作るっていうイメージは無いみたいだなぁ。
そんな彼女に説明するでもなく、俺は早々に必要な物を机の上へと並べたんだ。
「これはぁ……薬草よねぇ。見た事があるわぁ。それにこれはぁ……ポーションねぇ。ではぁ……これはぁ?」
シャルルーは俺が出したアイテムの内2つを指して言い当てたが、最後の1つで言い淀んで考え込んでしまった。まぁ実際は、この薬草は「高級薬草」って言う希少品で、ポーションも僅かに緑味掛ったハイポーションなんだが。
そもそもこの「高級薬草」や「ハイポーション」って奴は、一般町人には縁のない物だ。
薬草がどういう形をしていてポーションがどんな容器に入っている物かは分かっても、種類の違いまでは判別つかないか。
こういった上級アイテムは、レベルの恩恵を受けている者にのみその効能を受ける事が出来るからなぁ。知らなくても、当然ってところだろうな。
でもそれも、直接使用する時に限る話だ。
殆ど知られていないんだが、さっきの物と同様に「調合すれば」殆どの人に効果のある「薬」を合成する事が出来るんだ。
「これを……こうして」
俺は擂鉢と擂り粉木を使って、高級薬草を砕きだした。
まずは小さくする必要があるんだけど、この高級薬草の事を知っている奴がこれを見れば、多分悲鳴を上げて驚くだろうなぁ。
そしてその細切れにした薬草を、手鍋に満たしたハイポーションに浸して火を加える。その間、シャルルーは興味深そうに俺の行動を見つめていたんだが。
「今日は、これで終わりだ。続きは明日だなぁ」
ハイポーションが沸騰した処で、俺は鍋を上げ布巾の上に置いて彼女にそう告げた。
「えぇ? 今日出来上がるんじゃないのぉ?」
俺の台詞を聞いて、シャルルーは不思議そうな声を上げた。
薬なんてすぐに出来上がるって印象があるんだろうけど、俺の作っているのは医者の用意する薬じゃあないからな。
「ああ。このまま1日置いてゆっくりと成分を取り出して、明日完成するんだ」
俺の説明を聞いても、シャルルーはどこかもどかしそうな表情でどうにも納得出来ていないみたいだ。急く気持ちも分からないではないが、それこそ急いては事を仕損じるって事だ。
「まぁ、ここは我慢して1日だけ待ってくれ」
今の俺には、彼女にそう言う事しか出来ない。急ごうにも、これ以上短縮出来る訳も無いんだからな。
「……分ったわぁ」
どこか意気消沈した様なシャルルーだったが、渋々俺の話を了承してくれた。
どのみちマリーシェ達が動き出せるのも明日からだし、サリシュが目覚めるのも明日か明後日。この事をマリーシェたちに知らせ同時に見届けて貰うと考えても、1日時間を置くと言うのは都合が良いってのもあった。
俺はそのまま作業を切り上げて、自分の部屋へと戻ったんだ。
そして翌日になり。
「アレクッ! アレクゥッ!」
ドンドンと扉を叩いて、朝も早くから俺の部屋へとやって来たのはマリーシェだった。
「なんだよ、うるさいなぁ。……ああ、おはよう、マリーシェ」
まだ着替えてもいなかったが、俺はとりあえず扉を開けてマリーシェの激しい呼び掛けに答えたんだが。
「サリシュがっ! サリシュがっ!」
扉を開けるや否や、マリーシェは挨拶を返してくれる事も無くサリシュの名を連呼しながら俺に詰め寄って来たんだ。いや近い、近いって。
そんな事を気にした様子もない彼女はどこか切羽詰まっている風で、何も知らない者がその言い様を見ればサリシュの容態が急変したのかと慌てる処だろう。でもその表情と声音が、むしろ吉報であると物語っていたんだ。
「サリシュが……目覚めたんだよぉ……」
そして眼に涙を一杯に浮かべたマリーシェが、俺の胸に項垂れる様にして小さく呟いたんだ。きっと嬉しさのあまり、まともに声にもならないって奴なんだろうなぁ。
「分かった、分かったから。とりあえず着替えさせてくれ。すぐにサリシュの部屋に行く」
俺はマリーシェを引き剥がして、何とかそれだけを伝えた。本当は朝食も取りたい処なんだけど、まずはサリシュの方に行かないと収まらないだろうなぁ……こりゃ。
「あ……っ! ゴ……ゴメン! そ……それじゃあ、サリシュの部屋で待ってるから」
慌てて俺から距離を取るマリーシェは、その顔を一気に赤くして照れる様にそれだけを告げると、そそくさとその場から去って行ったんだ。……全く、慌ただしい奴だなぁ。
まぁ俺はこの結果を知っていたんだから、それほど驚く事じゃあない。
もっともそれを知らないマリーシェ達は、一刻も早くサリシュが目を覚ましたと俺に伝えたかったんだろう。
それなら俺も、その歓喜の雰囲気を壊さない様にしてやらないとなぁ。
着替えを終えた俺は、サリシュの部屋へと向かった。
すでに部屋の中にはマリーシェ、カミーラ、バーバラ、セリル、シャルルーがいて、ベッドで体を起こしているサリシュに色々と話し掛けている。
誰も彼もが喜びに満ちた顔をしていて、サリシュは笑顔でその声に応じているんだが。
「おいおい、サリシュは目覚めたばかりの病み明けで、まだ病人と大差ないんだ。あんまり周りで騒いでちゃあ、折角回復したのにまた寝込む事になるぞ」
最後にこの部屋へと入って来た俺だけど、その光景を見てそう注意を促した。
実際俺の眼から見ると、何とか笑みを湛えているサリシュだがどこか辛そうにも見えたからな。
「あっ! ごめん、サリシュ。そうよね、まだ起きたばっかりだもんね」
俺の苦言に漸くその事に気付いたのか、マリーシェは慌ててサリシュへと謝り。
「……ううん。……かめへんでぇ。……その方が、ウチも楽しいしなぁ」
サリシュもその場の雰囲気を台無しにしない様にとの心遣いなんだろう、マリーシェへ優しく静かに返事をしていた。
「目が覚めてよかったな、サリシュ」
周囲が落ち着いた事を見計らって、俺はサリシュに声を掛け。
「……うん。……ありがとうなぁ、アレク。……何や、特別な薬を作ってくれたって聞いたでぇ」
そしてサリシュも、ゆっくりと返答して来たんだ。
まぁ確かに薬を調合してやったんだけど、それほど特別って訳じゃあ……。
ああ、こいつらにとっては特別だよなぁ。……今はまだな。
「とりあえず、後で医者を呼んでもう一度診て貰おう。身体を動かすのは、その診断結果次第だな」
とにかくその場をそう纏めて、サリシュを残して俺たちは部屋を後にした。
サリシュが目覚めたとあっては、シャルルーの期待はこれ以上ないものになっていた。
エリン程じゃあないけど、サリシュだっていつ目覚めるか分からないと言われていたんだからな。
それが、俺の薬を飲んだ翌日に目覚めた。
彼女にしてみれば、俄然エリンの容態が劇的な回復を見せる事に希望を見出すのも仕方ないだろうなぁ。
「サリシュは目覚めたけど、エリンはそうもいかない。それくらい彼女の受けた傷は深く、失われた生命力は相当なものだったんだ。それは、確りと理解していてくれ」
またまた調理室へとやって来た俺は、昨日の続きを始める準備をしながらシャルルーに念を押した。
過度な期待を抱かれると、その後の反動が途轍もない事になる。
少なくとも、今日明日にエリンが目覚めない事を俺は知ってるからなぁ。先に釘を刺しておかないと、なんだか俺の責任になるって雰囲気が漂っていたんだ。
「そ……それはぁ、分かってるけどぉ……」
俺の言い分がどこか厳しい言い方に聞こえたのか、しょぼんとしたシャルルーがそう口にした。
「アレク。その様な言い方、少し厳しいのではないか?」
この場には俺とシャルルーの他にも、マリーシェ、カミーラ、バーバラ、セリルもやって来ている。そしてカミーラが、俺の言い方を注意した。
いや、確かにそう聞こえたかもしれないけど、それはだなぁ……なんて言い訳をする前に。
「そうだぜ、アレク。もう少し、話し方に気を付けた方が良いんじゃないか?」
間髪入れず、セリルがちゃっかり便乗してきやがったんだが。
……あれ? なんだか、俺が彼女を苛めてるみたいになってる?
「……それよりもアレク。……それは一体……何?」
何だかさっきまでの空気が悪くなって来ているのを感じたのか、バーバラが強制的に話題転換をしてくれた。
結果はともかくとして、今はこの雰囲気をあえて壊す必要はない……か。俺としては、後でガッカリする度合いを少しでも和らげようって意味がある言い方だったんだが。
ただ、無闇に不安を煽るっても確かに良くないかもな。何よりも、折角バーバラが助け舟を出してくれたんだ。
だから俺も、その心遣いに乗る事に決めたんだ。
何だか納得いかない展開だが、そこは大人の余裕と言うやつでスルーだ。
ともかく俺は、エリンの為に昨日の続きを行う事にしたんだ。




