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嵌められ勇者のRedo Life Ⅱ  作者: 綾部 響
6.禍殃とまみえて
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浮かび上がる疑問

女神フィーナとの話も終わり、俺は元の世界へと戻って来た。

そこではさっきと同様に、恐怖と悲しみの空気が渦巻いていた……。

 そして俺は、現実の時間軸へと復帰した。色が戻り、草木の匂いや頬を嬲る風や葉音、そして何よりも。


「エリィンッ! お願いぃ、目を覚ましてエリィンッ!」


 泣き叫ぶシャルルー。そして。


「どうにかならないの、アレクッ!?」


 俺を問い詰めるマリーシェと蒼い顔をしたサリシュ、カミーラ。そんな現実が戻って来たんだ。

 バーバラはセリルの様子を見ているし、ポーションの効能で腕がくっつき傷も完治したセリルは、未だにショックから動けないでいる。

 そりゃあ、一時は自分の腕が斬り落とされている処を見ているんだ(・・・・・・)。動揺するなって方が無理だろうな。

 自分自身から無理やり引き離された部分をその眼で見るってのは、想像以上に精神的ダメージが残るんだ。それもある程度は慣れで何とかなるんだが、駆け出し冒険者と遜色のない俺たちじゃあ、心中に沸き起こった恐慌を抑える事なんて簡単じゃない。

 俺も、慣れるのには相当の時間が掛ったからなぁ……。


 もうすでに、エリンにはポーションを振り掛け飲ませてある。これ以上、ここでの治療は不可能だろうな。

 冷静を取り戻した俺は、もう一度エリンの方を見て彼女が刺された部位を確認した。

 オーグルに背中から突かれ、その剣は腹部まで貫通している。割けた衣服の間から、彼女の白い肌が見えていた。

 もうすでに傷跡は全く残っていない。それに、呼吸も安定していてまるで寝ているみたいだ。


「……アレクゥ。エリンはぁ、どうなってしまうのぉ?」


 涙と鼻水でグシャグシャのシャルルーが、俺に縋る様に問い掛けて来た。

 言っちゃあなんだけど、こんなみっともないシャルルーを見るのも、まぁ金輪際ない事だろうなぁ。


「……エリンは多分……大丈夫だ」


 そこで俺は、たった今診たと言わんばかりの風情でシャルルーに……みんなに答えたんだ。実際は、女神フィーナに言われないと気付かなかったんだけどな。


「ほ……本当か、アレク!?」


 一気に喜色ばんだカミーラが、驚いて問い返して来た。そしてその雰囲気は、この場の全員が同じものだった。……特に。


「ほ……本当ぅ!? アレクゥ、本当なのぅ!?」


 シャルルーの期待感は尋常じゃあ無かった。彼女にとっては、正に地獄から天国と言った処か? それとも、地獄に仏を見た……なんて心境なのかも知れない。

 俺はそんな彼女に気圧されながらも、何とか話を続けた。実際は今のエリンの容態よりも、ここからが重要だからな。


「あ……ああ。でも、ここで俺が見る限りじゃあ……って事だし、詳しくは医者に見せないと分からない。今の手持ちのアイテムじゃあ、これ以上エリンを治療するのも無理だし、何よりも彼女を安静にしないといけないからな」


 俺が説明をすると、その場の全員が了承の意を示していた。エリンが一命を取り留めたとしても、ここでいつまでも寝かせておいて良い訳がない。


「……ほなら(それじゃあ)、このまま下山するん? ……もう、依頼(クエスト)は終わらせたみたいなもんやろ?」


 サリシュが、この場でもっともな意見を口にした。

 確かにギルドからの依頼である「テルセロの町周辺で確認された謎の一団の偵察および排除」は、完遂したと言って良いだろう。結果として、この場にいたオーグルとゴブリンは全滅させたんだからな。

 ……でも。


「……いや。とりあえず、バーバラ。お前はこのままセリルを連れて山を下りてくれ。すまないが、エリンを運んでやってくれないか」


「……分った」


 俺はバーバラにそう言いつけ、彼女はすぐに頷いて了承してくれた。シャルルーとエリンを連れ帰るとして、一番健在なのはこのバーバラだからな。


「シャルルーはバーバラに従って、エリンを連れ帰るんだ。戻ったら、すぐに医者に見せてやってくれ」


 今度はシャルルーに告げると、彼女はウンウンと首を何度も縦に振って応えている。

 身体的にではなく精神的にダメージを負っているシャルルーは、もう我儘を言って付いて来るなんて言わなかった。……まぁ、そりゃ当然だよな。


「セリルも、一緒に山を下りてくれ。バーバラはエリンを担いで手が塞がっている。実際山を下りるまで、お前が3人の護衛だぞ」


「あ……ああ」


 そして俺は、最後にセリルへとそう指示を出したんだ。

 セリルは今、シャルルー以上に精神的ダメージを負っている。自分の腕が斬り落とされて、一時は腕が無くなったんだ。その事実が、彼の気持ちを完全にへし折っちまっていた。

 もしかすると、セリルはこのまま冒険者を引退すると言うかも知れない。

 でも、それも仕方ないだろう。

 例え初めから治ると分かっていても、実際に手足が切り落された恐怖と痛みは脳裏に焼き付けられる。それを払拭するには、強い精神力が必要になるだろうなぁ。


「じゃあ、早速移動を開始してくれ。くれぐれも、気を付けてな」


 俺がバーバラたちを促すと、自分たちの荷物を持った一同は立ち上がった。バーバラはそのまま、エリンを抱きかかえている。

 そして彼女たちは、俺たちが来た道を戻って行ったんだ。





 遠ざかっていく4人を見つめて、隣に立つカミーラがポツリと呟いた。


「……何か、気になる事でもあるのか?」


 さすがはカミーラと言った処か。俺の言動や機微に、目敏く反応してくるな。


「……そやなぁ。……ここに残る意味なんか、あんまりないもんなぁ」


 そしてそれは、サリシュも同様だったみたいだ。

 まいったな……。そんなに俺の行動は分かりやすいんだろうか?


「えっ? そうなの?」


 いや、そんな事は無かった様だな。少なくとも、マリーシェにはなんの疑問も与えなかったみたいだし。


「……ああ。襲って来たゴブリンたちなんだが……なんだか変だとは思わなかったか?」


 俺は当初から抱いていた疑問を口にしたんだが、カミーラとマリーシェは頭の上に疑問符を浮かべている。……ああ、流石にこいつ等じゃあ気付かなかったかぁ。


「……うん、そやねぇ。……普通ゴブリンちゅぅたら(と言えば)、住処を作って暮らしてるからなぁ。あんな森の中のなんも無いとこに潜んでる方がおかしいわなぁ」


 でも流石はサリシュだ。俺の抱いていた違和感に、彼女も勘づいていたみたいだな。


「えぇ、そうなの? でも、私たちを待ち伏せていたんなら、おかしい事もないよね?」


 それでもマリーシェは、もっともらしい異論を口にした。そしてそれは、カミーラも同じ意見なのか隣で頷いている。


「……いや、あそこは通りから大きく外れている。あそこで待ち続けたって、奴らが喜びそうな獲物が通るなんて考えられないし、奴らだってそんな事は十分に理解出来るだろう。しかも伏せていた数と質は相当なもので、明らかに何かに対して(・・・・・・)備えていた(・・・・・)と考えられるほどだったからな」


 そんなマリーシェ達に、俺はそう反論しサリシュも頷いていた。

 ゴブリンの習性を考えれば、あそこで総動員して待ち構える意味が無いんだ。

 もしも俺たちの接近が知られているとしたなら、恐らくは奴らのテリトリーまで誘き寄せて、そこで待ち伏せをする方がずっと効率が良いだろう。罠も張れるしな。


「……それにあれはどっちかっ(どちらか)ちゅうたら(と言えば)待ち伏せしてたっちゅうよりも、逃げ隠れてたぁってゆぅ方が近い気がすんな」


 俺の後を継いだサリシュの話に、俺も殆ど同意だった。

 ここよりさらに山脈の方へと向かった、山の麓にあると言う廃屋。元々そこが、ゴブリンたちの住処だったんじゃあないかと俺は考えていた。

 でも、何らかの理由で奴らはそこを追われた。だから、あんな場所で潜んでいたんだ。

 そう考えれば、その場所での遭遇戦も納得がいく。


「……ふむ。だからそなたは、バーバラたちを先に帰したのだな?」


 俺とサリシュの説明に納得のいったカミーラが、腕組みをして深く頷いて呟いた。まぁそれも憶測でしかないし、実際の処は確認に行かなきゃ分からない。

 それにはこれ以上、お嬢様やら怪我をして意識のない侍従やら、戦闘出来そうにない奴は足手まといだからな。


「それじゃあさぁ、早速確認しに行こうよ」


 そしてマリーシェは、真偽を確認するには最も確実な方法を提案して来たんだ。まぁ、それしかないよなぁ。俺の杞憂だったって可能性もあるし。


「……そうだな。まずは確認に行くか」


 そして俺はそんなマリーシェの言葉に賛同し、サリシュとカミーラも頷いて応じた。

 少し前の、初期パーティの面子となった俺たちは、周囲に警戒しながら先へと進んだんだ。


シャルルーたちを帰した俺たちは、元々の目的地である洋館へと向けて歩き出したんだ。

……嫌な予感が的中しなけりゃ良いけどなぁ。

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