青いゼリー状の表皮
摩耶は冷静にフォークと電動ノコギリの動きを見ていた。
(これでジエンドか‥‥)
摩耶は静かに眼を閉じた。
『ゴー‥‥』
突然、内耳が揺れて耳鳴りがした。
そして眼前に過去の出来事が螺旋を描くように点滅する。
(本当だったんだな。人は死ぬ瞬間に過去の出来事が走馬灯のように蠢くというのは‥‥野呂との2年間の結婚生活、偽装結婚とはいえ穏やかで安らぎの日々だった。あたしは満足‥‥)
『あれっ?』
眼前に2倍位に膨れてギラギラ耀くシルバーの円盤から放り出された野呂の姿が大写しになった。
(あの時の出来事があたしの人生で一番ビックリした一瞬だったわ。あっ、映像が動き出した‥‥)
ヌメヌメぶよぶよした野呂の表皮をバリバリ破って、毛が全く無いツルツルした人間らしきものがニューと現れた。
表皮は蒼白いゼリー状のもので覆われて白く透明感を帯びていた。
床に散乱したゼリーで滑るのか男は、動いては転びながら、やっと四つん這いになった。
四つん這いでも不安定な体勢で四つ足がゆらゆら揺れて、ズルッと滑っては、またゆらゆらと首を揺らしながら少しずつ動いている。
暫くすると動きが安定してきた。 男が少し首を傾けながら摩耶の方を見た。
摩耶は驚愕の表情を浮かべながらズルズルと後退する。
『の、野呂』
摩耶は衝動的に野呂に似た男に、さっと駆け寄った。
そしてタオルで、ヌルヌルと濡れて光っている野呂の顔面をごしごしと拭く。
『うぅうぅ』
野呂は言葉にならない呻き声に似た声を発しながら、キョトンとした表情で首を少し左に傾けながら摩耶を、じっと見ている。
摩耶は、野呂の赤ん坊のようなあどけない視線に気がつかないほど、コシゴシと背中から、臀部、脚と懸命に拭いている。
摩耶は野呂の全身をくまなく拭いてから、キョトンした野呂の全身をまじまじと見た。
野呂と、そっくりの身体を持った男は毛穴が無かった。ツルツルとして人口皮膚みたいな感触だった。そして硬く弾力性の皮膚は、まるでマネキンを触っているみたいにヒンヤリとしている。動きがなければ誰もがマネキンと勘違いするだろう。
また画面が螺旋を描きながら動き出した。
『あれっ?』
ベッドに寝かされている6歳位の摩耶。その横に女の子のマネキン。
部屋は、父の地下研究室。
(父は何をしているんだろう? その時の記憶が無いわ)
父(神次郎)はマネキンの頭から注射器を外した。
(あれっ、マネキンではないわ。幼稚園で一緒だった由美ちゃんだ。確か行方不明に?)
その注射器をベッドに寝ているあたしの側頭筋に突き刺した。
(何をするの! 止めて)
その時、父が後ろを振り返った。
父が、ビックリしたように周りを見回している。
(まさか、あたしの声が聞こえた訳ではないよね?)
『ガタガタ』
部屋が小刻みに揺れている。
(えっ? どうしたの?)
ベッドに寝かされている6歳のあたしの身体が、部屋の揺れに同調するように小刻みに痙攣。
父が、慌ててあたしの口に湿ったガーゼを押し当てた。
麻酔薬を染み込ませてあったのか、すぐに子供のあたしは、ぐったりして動かなくなる。
するとすぐに部屋の揺れがピタッと収まった。
(まさかあたしの超能力は、父の実験のせいだったの‥‥)
『あっ』
摩耶は突然、左手首に違和感を感じた。