消えた探偵
「さ、佐原さん! 佐原さん!」
大門は暗いロッジの床に転がる佐原に声をかけるが。
やはり、反応はない。
「ん……身体はまだ暖かいな。く……誰かに知らせないと! ……ん? ご、ごほごほ! これは……く、身体がふらつく……」
しかし、その時である。
大門は目眩を覚え、倒れ込む。
これは、体調の問題か?
そう思ったが、何かガスが流れ込む音を聞き合点する。
これは、催眠ガスであると。
「くっ、これは……は、早く誰かに、知らせないと……」
薄れゆく意識の中。
大門は必死に自我を保とうとするが、無駄であった――
◆◇
「おじ様、どうなさいました?」
「ああ失礼。アラームが鳴ってしまってね、今止めた所さ。」
その頃。
ホテルの小パーティールームで、パーティーは行われていた。
「そうでしたか……でも、ここ素敵なところですね!」
「はは、どうもどうも! まあまだ僅かに投資したぐらいで、これから開発するところなんだがね!」
長丸はスマートフォンを懐にしまいながら、妹子に語りかける。
そのまま話は、この美川里島買収時の話になっていった。
「へえ……じゃあおじ様は、この島を村の人たちと交渉して得られたんですね。」
「ああ、その通り! いやあ、中々難航したが最後には皆分かってくれたよ!」
ホテル周辺のロッジ村とは別の、長丸の別荘に当たるロッジ内でしめやかなパーティーが行われていた。
「おやおや……こうら瀬名君! 妹子さんのグラスが空くぞ、言われるまでもなく注がないか。」
「は、はいすみません!」
長丸の言葉を受け。
若い女性従業員の瀬名は、慌てて妹子に給仕する。
「すみませんお客様……」
「いえいえ!」
「あ……どうも、瀬名有希と申します! 実は、さっき社長が申していたこの島の村人でして」
「あ、よろしくお願いしま……え? 瀬名さんが?」
瀬名は自己紹介をするが。
妹子は彼女の経歴に驚く。
「ええ、それでそのままこの島に就職したって次第で……私だけじゃなくて、そういう職員はたくさんいますよ。」
「ええ、私もその一人で!」
「あ……ちょっと隆子! お客様との会話に割り込むなんてもう!」
「あ、すみません……久米隆子と申します!」
もう一人の若い従業員である隆子も、そこに割り込んで来た。
「ははは、ええその通りで! まあこの島を知っているのはこの島の人たちですから、よく働いてもらいたいと私から申し出ましてねえ。」
「(! ふうん……あの人たちも、そうだったんだ。)」
長丸と瀬名が妹子に話した内容に、横で聞いていた実香も心当たりがあった。
――この島を……俺たちのこの島を! 村人たちの仲引き裂いてまで奪ったクズが!
――だ、だから止めようよ! お客様もいるんだから聞こえたらまずいよ!
昼間あのファザーフード牧場で聞いた、従業員の金川と白木の言葉だ。
そう、さらに気になるのは。
今の長丸の弁と、その昼間の彼らの弁が一見一致していないように思えることだ。
しかし、よくよく考えると矛盾はしていない。
この島を村の人たちと交渉して得られたんですね。――
ああ、その通り! いやあ、中々難航したが最後には皆分かってくれたよ!――
村人たちの仲引き裂いてまで奪ったクズが!――
つまりこれらの話を、総括すると。
「(交渉が中々難航したから、村人たちの結束が邪魔にならないように彼らの仲を引き裂いて成立まで漕ぎつけた……てところかな。)」
実香はそんな結論を、組み立てていた。
「私もこの島の出身なんですが……雇ってくれなくて恨めしいなあ!」
「おやおや……野間口さん、それは心外だなあ。私はお引き止めしたのに、あなたはもっと広い世界を知りたいからと。」
野間口康。
頭を剃り上げた中年男性であり、聞けば今はデイトレーダーをやっているという。
「失礼します! 新しくお料理――山羊肉のソテーをお持ちいたしました!」
「おお、来ました来ました!」
「え!? や、山羊の……?」
――おお! つ、塚井見て! 山羊ちゃんが草食べてる、かわいい〜♡
――は、はいお嬢様! かわいいです……♡
妹子や塚井は、昼間の光景をフラッシュバックさせて固まる。
そう、彼女たちがやる草を食べる子山羊たち。
まさか、あれが――
「あははいやいや、これは皆さんが接していた山羊ではありません! あれは乳用のもので、肉用はまた別ですから!」
長丸は彼女たちの心中を察して弁解し、悪戯っぽく笑う。
「な、なあんだ!」
「え、ええお嬢様! 一安心ですね……」
妹子と塚井は複雑な思いを抱きつつ、一応は笑う。
「すみません……お待たせいたしました。」
「……!? あ、朝香君……」
「朝香さん。」
と、そこへ。
用事があると言っていたはずの朝香が、戻って来た。
「用事はどうしたんだい?」
「いえ、そちらは……先方から、急にキャンセルがありまして。」
「そうか……じゃあ、ちょっとパーティーの運営を手伝ってくれたまえ!」
「はい!」
長丸は少し訝しむが、彼女にそう命じ。
そのまま朝香は、テキパキとパーティー運営に移る。
「あ、そうだ……すみません、ちょっと消化のよさそうなお料理テイクアウトさせてもらってもよろしいですか? 部屋で休んでいるツレの大門君に持って行きたくて。」
「おやおや……ええ是非持っていかれてください!」
「あ、待って実香さん! それは妻たる私の役目!」
「待った待った! 九衛門君には私が!」
「あっ、ズルい! 私も」
「あっ、ちょっと皆さん! それは執事である私が」
実香の言い出しっぺと同時に、女性陣たちで大門への配膳係の取り合いが始まる。
「ははは、これはこれは!」
長丸もこれには、目を細めた。
◆◇
「まったく……塚井さん、今夜はお譲りしますけど! 本来は妻である私の役目なんだからね!」
「あ、はい……すみません日出美さん。」
そうして。
タッパーに詰められた料理を両手に持つ塚井と妹子・実香・日出美・美梨愛はそのまま大門の部屋に向かう。
「もしもし? 大門君、寝てる?」
実香が両手ふさがる塚井の代わりに、ドアをノックするが。
部屋からは、何の反応もない。
「ん? あれ、開いてる……」
「失礼します、九衛さん!」
そのまま実香と塚井は、鍵が開いていることを不審に思いながらも。
そのまま実香がドアを開けてくれているうちに、塚井が中に入る。
しかし。
塚井は、タッパーを持ったまま部屋からすぐ出て来た。
「あれ? 塚井、どうしたの?」
「それが……九衛さんがいないの。」
「! え?」
その言葉に女性陣は驚き。
再び部屋に入る塚井と共に、入って行く。
「九衛門君?」
「大門!」
「大門君?」
「九衛さん!」
「大門さん!」
彼女たちは改めて、部屋中をくまなく探すが。
やはり彼は、見つからない。
「どうしたのかしら、塚井?」
「さあ……私は何も」
「もしかして……犯人に拉致された?」
「!? え?」
訝る女性陣だが、実香の言葉に驚く。
「な、何の犯人?」
「いやあ、探偵いるところ殺人事件ありとはよく言うし……これは、事件の予感かも!」
「ち、ちょっと! 縁起でもないこと言わないで実香!」
「! つ、塚井……」
実香は冗談半分に言うが。
直後に塚井が放った叫びを聞き、それは確かに縁起でもないと思い直す。
「そ、そうだね……大門君は一度あたしのせいで」
「……あ、い、いやそんなことじゃ!」
「ま、まあとにかく! ……本当に、どこ行ったのかしらね?」
「うーん……」
深刻になりそうな実香を塚井は宥めるが。
日出美が次には声を上げ、改めて皆大門の行き先について考える。
が、何も浮かばない。
「……長丸のおじ様にも、知らせた方がいいかしら?」
「そ、そうですねお嬢様……」
「ねえ実香ちゃん、警察には」
「ああ、そこまではまだいいと思うよ美梨愛ちゃん! 事件はまだ起きてないんだし……」
口々に懸念を話し合う女性陣だが、やはりその胸中には黒い不安があった。
まさか大門が、また何らかの事件に――
そして、残念ながら。
この彼女たちの考えは、まさに天啓と呼ぶべきものでもあった。
◆◇
「そうですか……昨夜は戻って来なかったと。」
「はい、おじ様……」
夜が明け。
ホテルのレストランで長丸や朝香と朝食を取りながらも、妹子や塚井に実香、美梨愛に日出美は眠れない夜を過ごしたことで眠たそうにしていた。
「うーむ、死角もたくさんありますが……一度、島のあらゆる所にある監視カメラ映像を解析してみましょう。」
「! は、はいおじ様! ありがとうございます!」
「いやいや、他ならぬ妹子さんの頼みならば。」
長丸は胸を張って妹子にそう言う。
「きゃああ! だ、誰かあ!」
「!? え?」
「な、何事ですか!」
が、その時。
つんざくような悲鳴が、聞こえて来たのだった。
◆◇
「ど、どうしたの有希!」
「久米さん、どうしたんですか!」
「! あ、朝香さん……あ、あれを!」
「え……ん!?」
「せ、瀬名さん!」
そこは、倉庫の扉前であり。
オロオロする隆子がいて、そこへ駆けつけた実香たちがその扉の窓を覗くと。
中に、うつ伏せに倒れている有希の姿があった。
「! あ、開かない!」
「か、鍵取って来ます!」
隆子は、急いで鍵を取りに行く。
と、その時。
ガタッ!
「!? え……?」
「ん? どうしたの、実香?」
何やら倉庫の中から物音がして。
実香は再度、扉の窓を覗き込んだ。
「う、ううん……何でもない。」
実香は中を見渡すが、特に異常は見当たらなかった。
やがて。
「こ、これが鍵です!」
「は、早く開けましょう!」
「! あ、久米さんに朝香さん、長丸さん!」
隆子や朝香、長丸が走って戻り。
そのまま、扉を開ける。
「! ゆ、有希、有希!」
「な……そんな!」
そこには倒れて息をしていない有希がおり。
更に下にある通気窓からは風の音が、不気味に響いていた――




