訪問者K、H、M、T
「貴様がそこの美川里島を買い取るためにどんな汚ねえことやったかは分かってんだよ! 今に覚悟しておけ、どうなるか!」
そう電話すると、一方的に切った。
「そう……破滅するといいよ。精々自分の財に溺れながらな……!」
その人物は、にやりと笑う。
◆◇
「おや……お嬢様! 見えて来ましたよ美川里島が!」
「おお! あの島が、ファザーフード牧場のある島ね!」
「おお! すっごーいねお姉ちゃん!」
「ほら大門君も日出美ちゃんも見てみなよ!」
「はい!」
「ま、待って……うっ!」
「! 日出美!」
沖縄本島より美川里島に行くフェリーの上で。
塚井姉妹に妹子、実香。
更に大門や、日出美の姿もあった。
妹子が(毎度お馴染み)道尾家の七光りにより。
大門や実香の慰安旅行として企画したものだった。
「大丈夫かい日出美?(ふう……だけど僕も、胸にはいろいろつかえているなあ……)」
日出美を介抱しながら。
大門には、ふと考えることがあった。
◆◇
「なるほど……それで君は出頭して来たと?」
「はい……」
彼が考えていたことは、この美川里島に来る前。
例の記憶を取り戻し、警視庁舎に出頭して来た大門だったが。
当然というべきか、夢で見たことを根拠にしている彼に。
井野は、渋い表情である。
「……確かに君のお父上である九衛天吏警視正はご殉職されているが。事件記録には事故が原因とある。」
「それは分かっています……だけど!」
「……君は再捜査を希望していると。」
「……はい。」
大門もまた、決まり悪げな表情である。
「……言うまでもないと思うが、それは根拠薄弱というもの以外の何者でもないよ九衛君。悪いが」
「はい……そうですよね。」
結局は、取り合ってもらえなかった。
◆◇
「(だけど、本当にそうだとは限らない……父の事件の真相を握りつぶせる者がいるとすれば、それは)」
再び、現在。
大門はまだ、父の死について考えていた。
父・天吏の死の真相を、恐らくはその息子たる自分が犯人だという理由で握りつぶしたのは実家たる南家ではないか。
そう思えてならなかった。
結局組んでくれた慰安旅行ではあるが、大門の心中はまったく穏やかではないのであった。
◆◇
「ようこそおいでくださった、道尾家のお嬢様御一行!」
「ご無沙汰しています、長丸のおじ様。」
そうしてフェリーから美川里島に上陸した一行を。
この美川里島に立つ体験型牧場・ファザーフード牧場やその他ホテルリゾートを運営する会社社長・長丸太が自ら出迎え。
妹子は普段の落ち着きなさが嘘のように、落ち着いて恭しく頭を下げる。
「いつも父がお世話に」
「いやあいやあとんでもない! こちらこそ大変、お父上にはお世話になっていますよ。」
ニコニコとしながら長丸は返す。
名前の通り恰幅がよく、笑顔の似合う中年男性である。
「ああ長丸社長! これはこれは。」
「おや佐原さん! 君もこの便だったとは。」
そこへ何やらカジュアルな服装の、こちらは痩せ型の中年男性がやって来た。
佐原鐵士。
フリージャーナリストである。
「あら……おじ様、この方は」
「ああ……彼は佐原鐵士と言ってね」
長丸が佐原を妹子らに紹介していた、その時だった。
「社長。時間も押してございます、そろそろ……」
「お……おお! そうだったアサカ君。すまんすまん!」
「!? アサカ……?」
そこへ現れた、スカートスーツの眼鏡をかけた若い女性――長丸曰くアサカ――に長丸がかけた言葉に。
反応したのは大門だった。
「? 大門、どうしたの?」
「アサカ……くっ!?」
「!? ひ、大門!」
「九衛さん!」
「大門君!」
「大門さん!」
「! き、九衛門君!?」
大門は再び、アサカの名前を口ずさみ。
それにより頭痛に襲われ、疼くまる。
実香たちも、彼を心配して駆け寄る。
「はあっ、はあ……」
「だ、大丈夫ですかお客様! アサカ君、車を!」
「はい、社長!」
「アサ……カ……」
長丸とそのアサカも、ただならぬ様子に動き出すが。
大門は、長丸が更にアサカの名前を呼んだ声を聞き。
より、混乱してしまう。
◆◇
「大丈夫ですか、九衛さん……?」
「あ、はい……大丈夫です……」
ホテルの部屋にて。
ベッドに寝かされた大門は、塚井にデコの汗を拭いてもらっていた。
「もしかしたら、旅の疲れかもしれません……すみません、着いて早々に。」
「いいえ、そんな! むしろ辛い時に我慢してくれている方がよっぽど迷惑ですよ九衛さん。ここはおとなしく、お休みください。」
「あ……す、すみません。」
大門の言葉に塚井は。
彼のデコに、力こそ弱めだがグリグリとタオルを押しつける。
「……九衛さん。」
「はい? ……っ!? つ、塚井さん……?」
と、その時。
塚井は大門にかけられた掛け布団の上から、彼の身体にしがみつく。
「そうです九衛さん、もうこの前みたいなことは……本当に許しませんからね? 今度やったら……責任とってもらいますよ!」
「あ……は、はいすみません。」
塚井はそう、大門に告げる。
「つーかーい! 入っていいわよね?」
「あ! は、はい! 皆さんどうぞ!」
塚井はドアの外から聞こえて来た妹子の声に、赤くなった顔を上げながら答える。
たちまち妹子や日出美に実香、美梨愛が入って来る。
「……塚井さん、何もしてませんよね?」
「! ひ、日出美さん……い、いいえ何もしていないですよ!」
入ってくるなりめざとく聞いて来た日出美に、塚井はとぼける。
「いやいや日出美ちゃん! そんな塚井が九衛門君に何するって言うの?」
「いや妹子さん……ちょっと黙ってて。」
「ええ! ひっどーい、年上のお姉さんに向かって!」
「いや妹子さんは……あんまりお姉さんて感じはしないかなあ。」
「ま、ますますひっどーい!」
妹子は日出美に、あしらわれてしまう。
「こら、日出美。遣隋使さんにそんなこと言うな!」
「な、大門。だって……」
「失礼します。大丈夫ですか、お客様。」
「あ、長丸のおじ様!」
と、そこへ。
長丸がやって来た。
無論というべきか、彼の傍らには朝香の姿も。
「(アサカ……どこかで聞いた、いや会ったことがあるような……でも、どこで)」
大門は彼女を前にして、考え込む。
「あ、おじ様……それが九衛門、じゃなくてこの九衛大門君はまだ具合がよろしくないみたいなの!」
「あ、はい……すみません……」
妹子が代わりに長丸に説明してくれ、大門はぺこりと彼に頭を下げる。
「そうでしたか……」
「ええ! 今夜のパーティーには彼は、欠席かしら。」
「! え? お嬢様……パーティーとは?」
が、妹子の"パーティー"という言葉に。
塚井はキョトンとする。
「え……あ! ご、ごめん言うの忘れてた〜……今夜、おじ様が私たちと語らってくれるっていうことでパーティーを開いてくれることになってるんだけど……」
「な! そ、そういうことは早く言ってよ妹子ちゃん!」
「ど、どうしよう……お姉ちゃん、ドレスはホテルから借りられないかなあ?」
「え! そ、そうね……聞いてみないと」
「もー、妹子さん!」
「ああ、ごめんなさい皆……」
妹子の伝え忘れにより女性陣は、てんやわんやだ。
「いやいや、どうぞどうぞお気にならさずに! 軽いホームパーティーのようなものですから。」
「あ……ありがとうございますおじ様……」
妹子は長丸に、ペコリと頭を下げる。
「あ、そうだ朝香君。その今夜の妹子さんやそのお客様とのパーティーだが……君は確か、他の用事があるんだったな。」
「!? ……え?」
「ん?」
長丸は朝香に、話を振るが。
何故か朝香は、ひどく驚いている。
それには長丸は首を傾げるが。
「!?」
大門も、朝香のその様子に内心首を傾げている。
何か今、ただならぬものを感じたからだった。
無論、それが何かは彼も言語化まではできないのだが――
「あ……いえ。すみません、そう言えばありましたね。申し訳ございません、失念するところでした……」
「おいおい、君としたことが珍しいな! 大丈夫かい?」
「は、はい! も、申し訳ございません!」
しかし朝香は、事も無げに言い。
長丸も笑い飛ばすように言葉を返す。
「では妹子さんとそのお客様方。今夜また。」
「はい、よろしくお願いします!!」
そうして長丸たちは、部屋を出て行く。
「……お嬢様。あまり褒められたものでは」
「だ、だーかーらごめんてば! 素で忘れてて」
「私たちに対してではなく! 九衛さんを勝手にパーティーに参加しないとおっしゃったことです!」
「あ……ご、ごめんなさい九衛門君!」
妹子は塚井に咎められ、大門に謝る。
「あ、いやいいんですよ! 遣隋使さんの言う通りパーティーはちょっとキツいですから……」
「大門、大丈夫……?」
「ご、ごめん九衛門君……私が無理矢理」
「あ、い、いえ! 僕が急にこうなってしまったのが原因ですから……」
「九衛さん……」
大門は自嘲気味に笑う。
「じゃあ大門君、あたしたち牧場とか楽しんで来てお土産も買って来るから! 今は、身体を休めることに集中してね♡」
「あ、はい。ありがとうございます実香さん。」
「そうね……じゃあ、お大事に九衛門君!」
「むう……大門抜きの旅行かあ!」
「じゃ、大門さんごゆっくり!」
「九衛さん……」
「あ、はい! どうぞどうぞ皆さん!」
女性陣は、ぞろぞろと出て行く。
「さあて……一応食欲はあるから、昼はルームサービスでも取ろうかな。」
一人になった大門はベッドの傍らのメモ帳に、『ランチ ルームサービス』と書いた。
「アサカ、か……」
そうして、やはり気になっていたのは。
朝香の、ことだった。
◆◇
「おお! つ、塚井見て! 山羊ちゃんが草食べてる、かわいい〜♡」
「は、はいお嬢様! かわいいです……♡」
ファザーフード牧場では。
妹子や塚井たちは、山羊と戯れていた。
「はーあ、大門お」
「日出美ちゃん! 大門君なら大丈夫だって、だから日出美ちゃん自身が大門君の分まで楽しまないと!」
「うぷっ! ち、ちょっと実香さん!」
「そうそう、ほらほら日出美ちゃん!」
「み、美梨愛さんも!」
実香は、未だ物思いに耽る日出美を。
美梨愛と共に、強引に連れ出したのだった。
「さあほら、日出美ちゃん」
「……あの社長、絶対どっかでボロ出すぜ!」
「ち、ちょっと!」
「……ん?」
実香はその時。
ふと牧場飼育員の声が聞こえて来て、そちらの方を向く。
そこでは男性飼育員の金川久喜と、女性従業員の白木侑が話をしていたが。
「この島を……俺たちのこの島を! 村人たちの仲引き裂いてまで奪ったクズが!」
「だ、だから止めようよ! お客様もいるんだから聞こえたらまずいよ!」
金川を白木が、必死に宥めていた。
「へえ……あの社長さん、意外とその意味でもやり手なんだ。」
「ん、どうしたの実香ちゃん?」
「あ、ううん! 何でも!」
実香は美梨愛に訝られ、慌てて誤魔化す。
「君には感謝しているよ、佐原さん。」
「いやいやこちらこそ、社長には感謝してますよ!」
「ははは、それはありがたい! それでだ、佐原さん。くれぐれも……」
「はいはい、大丈夫ですよ! 社長がお望み通りの記事を書かせてもらいますから……」
そんな金川の話を、裏付けるかのように。
佐原と長丸は、癒着を匂わせる密会の最中だった。
◆◇
「起きて、起きて大門!」
「ん……? あれ、日出美?」
しかし、その夜。
ちょうど、長丸と妹子らでパーティーが行われている頃。
ベッドで考え事をしているうちに眠ってしまっていた大門は、何故か日出美に起こされる。
「ひ、日出美……? あれ、パーティーに出ているんじゃ」
「大門がいないパーティーなんて嫌! だからさ……ちょっと付き合ってよ、大門!」
「……え?」
大門はそんな日出美に対し、首を傾げる。
◆◇
「日出美……どこへ行くんだ?」
「こっちだよ……ほうら、おいで……」
大門は日出美に導かれるまま、ホテルの外にあるロッジ村にやって来た。
「なあ日出美、一体何が……って、え?」
大門は訝るが、その次には。
日出美の姿は、なくなっていた。
「……!? ま、まさか……」
大門はしかし、そのことでは混乱せず。
むしろ、合点する。
「あれはダンタリオン……くそ、何で気づかないんだ! ……ん?」
軽率に導かれてしまったことを悔やむ大門だが。
ふと、近くのロッジの扉が開いていることに気づく。
「ドアが開いて? ……!? な……!」
ドアを開けた大門は、床に目をやり息を呑む。
「さ、佐原さん!」
そこにはジャーナリストの、佐原の姿があった。




