指殺人
「うっ、そんな……」
「しっかりして、実香。」
車の中で。
泣きじゃくる実香を塚井は、抱きしめて慰める。
「くそ……」
一方大門は。
犯行現場である赤沢のアパートで現場検証に付き添っていた。
それは彼の中退した大学・中稲田大学の先輩だった赤沢秀介からの依頼。
社会的復讐鬼が赤沢所属の研究室内パソコンに仕組んでいた動画について調べてほしいというものだった。
大門はそれを引き受けることにし、研究室にやって来たのだが。
その矢先に例の社会的復讐鬼により、研究室メンバーの一人越川が負傷させられ。
更に、そのあとでこれまたメンバーの一人・田原が。
Tsbuyatterのライブ配信でハンマーで殴打される場面が映されていたのだった。
それを見た大門が、田原のアパートの部屋に訪れてみれば。
田原も、社会的復讐鬼の姿もなく血溜まりがあるのみだったのだ。
そうして悲劇は、また繰り返された。
◆◇
アカシュー
@aka_tsubuaccount
皆ー!
毎度お馴染み、社会的復讐鬼の公開処刑だよ↓
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「……ん? こ、これは!?」
ふと目を覚ました赤沢だが。
目の前のスマートフォンに、目を剥く。
見れば、自分は手と足を縛られていた。
「さあ……味わいな、死の恐怖を!」
「や……止めろお!」
そうして恐ろしい、社会的復讐鬼の声を聞き。
赤沢は怯えるが、無情にもその腹へとナイフが下され。
その傷口からは、血が――
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―― アカシュー
@aka_tsubuaccount
ご鑑賞ありがとう! こいつは一年前自殺した女子大生をね、一番責めて追い詰めた奴なんだよ♡
◆◇
「……くそっ!」
「! こ、九衛君……」
「……すみません、井野警部。」
改めて赤沢の――正確には、そのアカウントを乗っ取った社会的復讐鬼のライブ配信投稿を見た大門は怒りの余り自身のスマートフォンを床にたたきつけそうになるが。
それでは現場毀損になりかねないと思い直して止める。
「あ、いや……まあ当たり前だな……」
それを見た井野も、大門の事情を察していた。
なので大門を責めることはせず。
代わりに、床を見る。
それは、血だまりの床の血が途切れたところに書かれていた文字。
未氏。
「未氏……まさか、石和、拓、未氏、か!?」
「ええ……そうとも思われますね。」
大門は井野に答える。
そう、石和研究室の教授である。
ならば、彼が――
――マジかよ……天罰じゃん!
――悪党、死んでくれてマジ乙!
――いいぞ、もっとやれ!
――うわ、マジ最低。タヒね。
――人を自殺させた割には最後みっともな。マジ卍
「くそ……もういいだろ! もう、やめてくれ!」
しかし、犯人の正体にも考えを巡らせつつ。
大門の目には、例のライブ配信に対するコメントに注がれていた。
――死んでくれて正解!
――来世は人にならないでねー!
――クズ、人間の屑鉄。
「赤沢先輩が何したっていうんだよ……あなたたちに!」
大門は尚も更新され続けるコメントに、怒りを露わにする。
◆◇
「わ、私のPCから!?」
「はい……任意同行及び、よろしければPCの方も調べたいのですが。」
「い、いえそれが……」
大学の、石和に割り当てられた部屋で。
捜査にやってきた井野に、石和は困り果てていた。
例の赤沢殺しライブ配信は、石和のPCから行われており。
現場に残されていた赤沢のダイイングメッセージと思しきものと合わせて警察は、石和を重要参考人と睨んだのであった。
「どうしました教授? 何か問題でも?」
「それが……見当たらないです、数日前から。」
「な、何ですと!?」
しかし石和のこの言葉に、井野は驚く。
そう、石和の言う通りそのPCは行方不明になっているのである。
「で、ですから私は犯人じゃないんです! あのライブ配信のことは生徒たちから聞きましたが……PCのない私には!」
「なるほど……しかし、一応はお話を伺えませんか?」
「に、任意なんですよね……でしたら、お断わりします!」
「そうですか……」
無実を主張する石和に、井野は逮捕状を取ろうと考えていた。
PCを紛失した振りをしている可能性も、十分に考えられたからである。
◆◇
「い、石和教授が!?」
「いえ、まだ犯人と確定しているわけではありませんが……警察は、犯人だって睨んでいるみたいで。」
「まあそうよね……」
「うーん……」
その頃。
塚井が運転する車の中で、大門は女性陣に事件について話していた。
――皆、社会的復讐鬼ってこいつのことらしいよ↓
@takumi_ishiwa
――マジかよ……そいつ殺人鬼じゃん!
――市ね。
――タヒね!
――いやでも、ある意味ヒーローじゃね?
――いや、ただの自己満だろ!
「(手のひら返して……こんな……)」
大門は話し終えた上で、手元のスマートフォン画面を見る。
Tsbuyatterでの、疑われているのは事実とはいえ次には石和に矛先を向ける動きに。
彼はまた、静かに憤っていた。
「(でも今は……もっと大事なことがあるな。)」
しかし、大門は、次にスマートフォンから目を離し。
実香を見る。
「……」
「実香さん……すみません、僕があんな投稿を見せたせいで……」
「……ん!? え、あ、ああ……べ、別に! 大門君は止めてくれたのに、あたしがあそこで無理くり見ちゃったのが悪かったんだし! いいのいいの!」
「実香……」
「実香さん……」
「実香さん……」
大門は泣き腫らした目で既に日も落ちた外を見て黙る実香に謝罪するも。
実香は他の面々にも分かりやすいほどに取り繕ってみせる。
「お嬢様、私は皆さんをお送りした後……今日は実香を、私のアパートに連れて行きます。」
「え? え、ええいいわよ塚井!」
「え? い、いや塚井! あたし聞いてないよ?」
ふとそんな実香を見兼ねてか塚井は、妹子にそう断りを入れた。
妹子は戸惑いつつも認めるが。
実香は当然今しがた聞いたばかりの話であり妹子以上に戸惑う。
「今言ったから。」
「いやいや! だから、そんなに気を使ってくれなくてもって」
「ううん実香! あんたがよくても、私やお嬢様や日出美さんや……九衛さんがよくないでしょ?」
「塚井……」
「塚井さん……」
「塚井……」
「塚井さん……」
塚井のその言葉に、実香も他の女性陣も感じ入る。
「ちょっとお姉ちゃん、私は?」
「! あ、ごめん美梨愛……」
と、そこへ。
塚井とは同居する妹である美梨愛が、忘れられていたことに抗議する。
「そ、そうだよ! 美梨愛ちゃんも困っちゃうし」
「ううん実香ちゃん、私そんな薄情な女じゃないよ? まあ、お姉ちゃんは知らないけど。」
「む! 実香を家に連れて来るっていうのは私の提案でしょ!」
美梨愛を口実に断わろうとする実香だが彼女から、そして塚井からは尚も強く勧められる。
「で、でも」
「もう、とにかく! ここは大人しく、こういう時の親友なんだから甘えてよ実香!」
「そうだよ、大人しくしよう実香ちゃん?」
「そ、そうですよ!」
「そうよ! ……塚井、あんたも実香さん連れ込むなんて大胆ね?」
「いやお嬢様……お嬢様は一度大人しくお黙りください。」
「ええ!? ちょっと何でよ〜!」
尚も渋る実香だが。
塚井も他の女性陣も、尚強く勧める。
尤も約一名、何やら勘違いしているが。
さておき。
「……ぷっ! 相変わらずだね皆は!」
「え?」
その様子を見た実香は、吹き出す。
「……ようやく笑ってくれましたね実香さん。」
「え?」
が、そこで大門が。
実香の再びの笑顔に、喜んだ様子を見せる。
「……実香さん、もう悪魔の証明は承っています。……これが悪魔の証明ではないという悪魔の証明を。」
「……うん! 絶対に赤沢君たちを襲った犯人を暴いてね大門君♡」
「はい、必ず!」
大門のその宣言に実香は、満面の笑みだが。
「むうう……実香さん!」
「う、うーん九衛門君? それはよそでやってほしかったなあ〜!」
「み、皆さんそんなに九衛さんや実香を責めなくても」
「そういうけど、お姉ちゃんこそ心中穏やかじゃないんじゃない?」
「な!? そ、そんなことない!」
「あはは!」
「え? み、皆さん何を」
「こ、九衛さん……できれば分かってほしいですけど、分からないなら大人しくお黙りください!」
「え、えええ!?」
車内はそれにより、若干混乱してしまった。
さておき。
◆◇
「……どう、大丈夫実香?」
「あ、うん……何とか。」
その数十分後、塚井のアパートの浴室にて。
湯船の中で塚井と実香は、向かい合う。
妹子か実香かの違いはあるが、これはいつぞやの塚井実家浴室での件と同じ状況だった。
「赤沢君も、まだ死んだと決まっているわけじゃないし……きっと生きているよね?」
「うん、きっとそうだよ! ……九衛さんもきっと、早く解決してくれるから自信を持とうよ実香!」
「うん、そうだね……」
塚井の少し照れながらの言葉に、実香は少し感じ入りながらも相槌を打つ。
「……それと実香、ごめん、少し聞いてもいいか分からないんだけど……赤沢さんとは、かなり親しかったんだね?」
「! うん、そうだね……一度、告白もされたし。」
「! ええ?」
しかし、塚井は戸惑いながらもした質問に対する実香の返答に。
思わず湯船の湯を乱すほど驚く。
「あ、て言っても断ったよ? あたしはあの時から、大門君一筋だったし!」
「そ、そう……」
が、実香はすぐさまあっけらかんと返す。
塚井はその言葉に、やや複雑な思いである。
なるほど、実香と大門の関係はそれほど馴染みのものなのかと――
「……塚井? 長さは関係ないよ、愛は!」
「!? べ、別にそんなこと気にしては……」
「……えい!」
「! ち、ちょっと実香! どこ触ってんの!」
実香はそんな風に物思いに沈む塚井に対して慰め。
彼女たちの間ではいつも通り、と言ってもよいスキンシップをし出す。
「うん、あとこんないいもの持ってるし♡」
「そ、それはあんたもでしょ! ていうか……ごめん、なんか私が慰められちゃってるね……」
「! あ、そういえば……」
しかし塚井と実香は、そこでハッとする。
そうだ、人の心中を察しつつおどけて相手を慰める。
まさに、いつもの実香であると。
「よかった……まあ、本当に少しはマシになったみたいで。」
「うん……ありがとう、塚井!」
塚井と実香は、互いに笑いかける。
と、その時。
「入るよー! もう、お姉ちゃんと実香ちゃんたちだけでズルイー! 私も入れてよ!」
「な、美梨愛!」
「おお美梨愛ちゃん! おいでおいでこっちに!」
「さあ……行くよー、お姉ちゃん!」
「ち、ちょっと美ー梨ー愛ー!」
浴室の声を聞いて参戦したくなった美梨愛も、入って来た。
何はともあれ、実香も少しは立ち直ったようである。
◆◇
「え!? い、石和教授が!」
しかし、その翌日だった。
事務所上の住居スペースにて。
大門の下にはそんな実香立ち直りの知らせが入る前に、井野からの石和行方不明の知らせが入る。
「ああ……自宅にも大学にもいないらしい! すまない君の所にも……例の社会的復讐鬼から連絡は来ていないか?」
「い、いえ……あれば井野警部に真っ先にお知らせしますし……」
「ああ、そうだな……」
逮捕状を取った矢先に出鼻を挫かれた思いであろう、井野の声はやはり暗い。
「分かった、また何かあれば知らせてくれ!」
「は、はい! ……ん?」
と、その時だった。
今話し中のスマートフォンではなく、事務所設置電話の住居スペースに置かれた子機が鳴る。
「どうした、九衛君?」
「見たことのない番号……井野警部! 事務所の電話が今鳴っていまして……もしかしたら犯人です!」
「!? そ、そうか……出てくれ!」
「はい!」
大門は子機に近い所で、スマートフォンを通話状態のまま置き。
電話を取り、録音ボタンを押して受話器と自身の口をスマートフォンのマイクに近づける。
そして。
「もしもし……社会的復讐鬼さんですか?」
「ああ……話が早くて助かるよ九衛さん!」
やはり、受話器からは社会的復讐鬼の機械変換された声が聞こえて来た。
「ならば……私が言わんとしていることは分かるだろう? このアカウントを調べて見たまえ……」
「! やっぱり……石和さんを!」
大門はその言葉を受け、スマートフォンを通話状態のまま待ち受け画面に切り替えると。
Tsbuyatterのアプリを起動し、指定のアカウントを調べる。
すると――
◆◇
石和拓未
@takumi_ishiwa
やっほー、またまた社会的復讐鬼だよ♡
皆が私だと思ったのは、石和研究室の教授だったよね?
ではお望み通り……こうしよう↓
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恐らくは、スマートフォンのカメラと思しきものを向けられ。
怯え切った様子で石和が、埠頭と思われる場所でどんどん海へと追い詰められていく。
「さあ……飛び込め!」
「や、止めろ……」
「さあ……飛び込めよ!」
「う……うわあああ!」
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「い、石和さん! くっ……よくも!」
「ははは! ……じゃあね!」
大門の悔しげな声に社会的復讐鬼は笑い。
電話は切れた。
さらに。
「くっ……ん!? こ、コメントが……」
――石和拓未
@takumi_ishiwa
ちなみに……私は石和教授ではないのでしたー、残念!
あ、私が殺したと思ってる?
ブッブー! 殺したのは皆だよ?
これが本当の、指殺人! なんつってー!
バイバイ⭐︎
「……畜生!」
「こ、九衛君?」
大門は、まだ通話状態であることも忘れ。
スマートフォンを、床に投げつける。




