血塗れの復讐鬼
「ううむ、これだけの血が出ているということは……ほぼ助からんだろうな。」
「ええ……」
社会的復讐鬼に襲われた姿がSNS上で配信された石和研究室メンバー・田原のアパートにて。
遺体なき殺人を前に現場検証をする井野は、頭を抱える。
音小を大門が訪れてから、数日後。
彼の前にはまた、依頼が舞い込んでいた。
それは彼の中退した大学・中稲田大学の先輩だった赤沢秀介からの依頼。
社会的復讐鬼が赤沢所属の研究室内パソコンに仕組んでいた動画について調べてほしいというものだった。
大門はそれを引き受けることにし、研究室にやって来たのだが。
その矢先に、同研究室所属の越川が社会的復讐鬼に襲われたという一報が入って来たのである。
その病院にいる越川を大門や実香、更に後から来た石和研究室メンバー全員が見舞った帰りのことだった。
――……ではこれから君に、いや、全世界の人に面白いものをお見せしよう! これから言うアカウントを、Tsbuyatterで検索してみたまえ
突如として大門の元に、そう社会的復讐鬼から電話が入り。
検索したアカウントで行われていたライブ配信で新たに研究室メンバー・田原がハンマーで殴打される場面が映されていたのだった。
それを見た大門が、田原のアパートの部屋に訪れてみれば。
田原も、社会的復讐鬼の姿もなくこの血溜まりがあるのみだったのだ。
「そして……第一発見者は君か九衛君。」
「あ、はい……すみません。」
「あ、いや謝ることでは……まあ、どちらかといえばむしろやりやすくて有難いというべきなんだが……」
井野も傍らの大門を前に、言葉とは裏腹にむしろやりづらそうにしている。
さておき。
「警部! 今入りました報告では……やはり、撮影場所はこのアパートで間違いないようです。」
「! そうか……」
「なるほど……位置情報ですね。」
部下が井野に告げた言葉に、大門も合点する。
Tsbuyatterのライブ配信は、スマートフォンの位置情報をオンにしない限りできないのだ。
よってその情報を調べた結果、位置情報はこのアパートだったという訳である。
「やはりここで数分間ライブ配信をした後……犯人は遺体を引きずってどこかに行ったということか。しかし」
井野は血溜まりと、アパートの部屋から窓やドアに続く動線を見比べながら首を傾げる。
確かに大量の出血はあるものの。
何故か引きずったような血痕が、どこにも見当たらないのだ。
◆◇
「た、田原君が!?」
「そ、そんな……」
「まじかよ……」
「ヘビーすぎるぜ……」
「……」
再び、大学の石和研究室にて。
先に戻っていた赤沢を始めとするメンバーは、後からやって来た大門から田原の死(と決まった訳ではないが)にさすがに落ち込んでいた。
「まだ死んだと決まった訳ではありませんが……社会的復讐鬼が実は、僕に電話を掛けて来たんです。それでSNSを見るように言われたら、犯人が田原さんを……その後で急いで、田原さんのアパートに行ったら」
「うっ……」
「あ……す、すいません!」
犯人から連絡を受けた時のことを詳細に打ち明ける大門だが。
研究室メンバーが尚も気落ちする一方であることに気づき、慌てて言葉を呑み込む。
「いや、いいよ。……えっと、赤沢のサークル後輩君だっけ?」
「あ、すみません名乗り遅れまして……九衛大門です。三年前まで別の学部の学生だったんですけど、今は私立探偵をやってまして。」
「!? し、私立探偵!?」
が、大門が改めて名乗ると。
声をかけてくれた郡司をはじめとする研究室メンバー全員が、息を呑む。
「えっと……赤沢先輩が呼んだんですよね?」
「ああ……あの動画の件、結局大学が揉み消しちまったからな。」
伊良部に問われ赤沢は答える。
「なるほどな……まあ、一番疚しいのはお前だからか!」
「……んだと?」
「! ち、ちょっと郡司先輩、赤沢先輩!」
しかし郡司は、そこで赤沢を挑発するようなことを言い。
赤沢はそれに反応し、途端に剣呑な雰囲気となる。
「だってそうだろ? 一年前……菜月を一番責めてたのはお前だった! それだけでも、お前が一番疚しいんじゃねえのか?」
「な! お、お前らだって、その時ただただ見てただけだっただろうが!」
「俺も伊良部も……皆止めたぜ? だけどお前はやめなかった……それで菜月は、ついに休学するまでになった!」
「……やめなさい、二人とも!」
「! せ、先生……」
が、そんな郡司と赤沢を。
教授の石和が、止める。
「もうやめないか! 貝塚さんが死んだのは、ここにいる誰のせいでもない……いや、そんな教え子たちを救えなかった私のせいだ。だから、君たちがそう争うことじゃないんだ! 頼む、やめてくれ……」
「……すいません……」
「先生のせいじゃ……」
石和のこの言葉には、赤沢も郡司も拳を下ろす。
「……あー! 皆多分お腹減ってるからそーなるんですよね……わ、私! 台所で何か作って来ます!」
伊良部はそこで、場を和ませようとしてかわざと明るく振る舞う。
◆◇
「なるほど……それがあたしを先に行かせた理由ですかあ!」
「あ、はい……すみません……」
石和研究室での一件ののち、中稲田大学文学部キャンパスカフェテリアにて。
テラスでほかの女性陣や大門と囲む円卓の椅子の一つに座る実香は、腕組みしながら眉根を寄せて言い。
大門もその椅子の一つに座りながら、実香を先に行かせた後の田原の事件について女性陣に話し。
頭を下げる。
「まあいいじゃない、実香さん! ……この美味しいケーキたちに免じてあげれば!」
「いやお嬢様、そんなお腹をポンポコ叩いてははしたないです!」
「だ、誰が未来の世界のタヌキ型ロボットよ!」
「いや妹子ちゃん、塚井はそこまで言ってないよ!」
そんな場の空気を宥めようとする妹子だが、塚井に窘められてしまった。
が、妹子は何故かドラ○もん呼ばわりされたと感じたようだが。
さておき。
「ははは……うーん……」
「大門?」
「あ、ごめん……」
大門はそんな女性陣に笑顔を見せつつ。
次の瞬間には、また暗い顔で考え込む。
「大丈夫ですか、九衛さん?」
「そうだよね……さすがの大門君でも、殺害現場を見せられたんじゃ……」
「あ、いやそんな……ただ、ちょっと引っかかる点はあるんですよね……」
「引っかかる点て?」
「そうだね……それは」
女性陣に問われ、大門は話し始める。
「まず……社会的復讐鬼という犯人――恐らくはそこから推測して、あの研究室メンバーに社会的な復讐をしようとしていると思っていたのですが。どうも今までのやり方は、あんまり社会的な復讐とは言い難いんですよね……」
「し、社会的な復讐?」
大門の言葉に、日出美は首を傾げる。
「日出美さん、恐らく九衛さんのおっしゃりたいことは……今犯人がやっていることは、被害者を物理的に傷つけていることですけど。もし犯人が社会的に復讐しようと思っているのなら例えばその人の恥ずかしい動画を上げるとかそういうことをやるんじゃないか、ということでは?」
「あ、なるほど!」
「あ、はい! 塚井さんその通りです!」
「え……あ、はい……」
塚井の説明に、日出美は納得する。
一方塚井も、大門から褒められて赤くなる。
「うーん塚井、やっぱりわかりやすいね!」
「うん、これで気づかないのは……よりにもよって、大門さん本人だけかな!」
「な……ち、ちょっと塚井さん! よりにもよって妻の私をダシに人の旦那に!」
「い、いや皆さん……落ちついてください!」
他の女性陣から白い目を向けられる塚井は、尚も赤くなりながら弁解する。
「え? ぼ、僕が気付かない、ですか?」
「へ? 皆、何言ってんの?」
「あ……ごめん! これで気づかない人はもう約一名、妹ちゃんだけかな!」
「ええ!? いや、私が何に気付いてないの塚井い〜?」
「いやお嬢様……お分かりでないならおとなしくそのままでいてくださいい!」
「ええ!? もう、教えてよ〜」
女性陣たちが戯れ合う、その時。
「!? ……もしもし。」
「……ん?」
大門が自分のスマートフォンにかかってきた着信を見て離席したのを、実香は見逃さなかった。
「……分かった、すぐ行く。」
「行くってどこにかな、大門くうん?」
「!? み、実香さん……」
そうして大門が電話を切ると。
後ろに仁王立ちで待ち構える実香の姿に、縮み上がる。
「……これは、絶対に言えません!」
「てことは……赤沢君に何かあった?」
「!? そ、それは……」
突っぱねようとする大門だが。
さすがは女の勘と言うべきか言い当てて来た実香に、返す言葉が無くなる。
「……もう止めようよ、そういうの。あたしも赤沢君は心配だし。」
「……はい。……実は」
「え……!?」
言いながら右手を握って来た実香に、大門は観念してスマートフォンを見せる。
そして実香が驚いたことに。
そこには――
◆◇
「へ、へへへ……はあ、はあ」
一方その少し前のこと。
赤沢はトイレに篭り。
自嘲気味に笑いつつ、胸を押さえながら息を切らしていた。
――おい、菜月……何とか言えよ! 孝雄イジメてたって、本当かよ?
――……
――……黙ってねえで何とか言えよクソアマ! てめえのせいで孝雄は大学来れてねえんだぞ、分かってんのか!
「……分かってるよ、俺が……俺が一番殺される奴だってな! さあ来いよ……」
赤沢は
と、その時。
「ん? ……はい、もしもし」
赤沢のスマートフォンに電話がかかってきた。
◆◇
アカシュー
@aka_tsubuaccount
皆ー!
毎度お馴染み、社会的復讐鬼の公開処刑だよ↓
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「……ん? こ、これは!?」
ふと目を覚ました赤沢だが。
目の前のスマートフォンに、目を剥く。
見れば、自分は手と足を縛られていた。
「さあ……味わいな、死の恐怖を!」
「や……止めろお!」
そうして恐ろしい、社会的復讐鬼の声を聞き。
赤沢は怯えるが、無情にもその腹へとナイフが下され。
その傷口からは、血が――
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―― アカシュー
@aka_tsubuaccount
ご鑑賞ありがとう! こいつは一年前自殺した女子大生をね、一番責めて追い詰めた奴なんだよ♡
――マジかよ……天罰じゃん!
――悪党、死んでくれてマジ乙!
――いいぞ、もっとやれ!
――うわ、マジ最低。タヒね。
――人を自殺させた割には最後みっともな。マジ卍
◆◇
「そ、そんな……」
「くっ……周辺を探せ! まだ奴はいるかもしれない!」
それから数十分後。
大門や井野が事件現場となった赤沢のアパートに来てみれば、やはりというべきか。
田原の時と同じく、遺体も社会的復讐鬼の姿も見当たらない。
「そ、そんな……赤沢君……」
「み、実香!」
現場の外の道尾家の車の中で。
実香は泣き崩れる。
「実香さん……くそっ! やっぱり何が何でも見せるんじゃなかった……」
大門は外の車を気にしつつ自分を責める。
しかし、気を取り直し部屋を見直す。
「やっぱりまた遺体はないか……ん?」
大門は部屋を見渡し。
やはりただ血溜まりが、部屋にあるのみ――
と、思ったが。
「ん!? 井野警部、あれを!」
「? これは、紙の下に……? 何だ、これは?」
今回は少し違ったようだ。
ふと、大門が血溜まりの中にある紙を指差し。
井野がその紙を取ると、その下の床には血の海の切れ目があり。
「……未氏?」
血文字で、未氏と書かれていた。




