宵の帳に
「月木さん、月木さん!」
「ん……ん?」
月木は夢うつつの中声を聞き、目を覚ます。
自らはベッドに寝かされており、傍らには妹子の姿が。
「ま、妹子お嬢様……! わ、私は……そうです、ち、近川さんは!」
「お、落ち着いて月木さん! ……落ち着いて聞いて。近川さんは」
妹子の言い切りを待たず、月木の咽び泣く声が響く。
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「まさか、近川も犯人じゃないとはね……」
「ええ……これは。」
今や犯行現場となってしまった、近川の自室。
例によって大門は、簡単な現場検分にあたっていた。
「ナイフで腹部を……失血死ですか。」
「そのようだね……しかし、これで犯人は分からなくなってしまったな。」
修はドアの外から言う。
今の言葉から、大門は犯人が近川ではないことにがっかりしているような印象を受ける。
「修さん。」
「ああ、すまない。別に近川に犯人であってほしかった訳じゃないから。」
人からどう見られるか少しは気にしたのか、修は訂正する。
「いえいえ、そんなことは……これは、鈍器でしょうか?」
大門は軽く流し、窓の近くに転がる鈍器を見る。
犯人はこれで窓を破り、侵入したのか。
「ああ、それが侵入手段だろうな。」
「ええ……さて。」
大門は近川の死顔を見る。
苦悶の表情だが、その中で。
「ん? ……口元が。」
大門は違和感を覚える。それは一一
「どうかしたかい、近衛君?」
「あ、いえ何でも。……ところで、修さん。皆さんを食堂に集めたいんですが。」
「ん? ああ、お安い御用さ。」
修はそのまま、食堂に向かう。
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「まったく、遅いバカ大門! いつまで」
「悪いが、お説教どころじゃない。……昨日犯人がこの屋敷の外から侵入して、使用人の一人を殺したんだ。」
「!? え!」
トランクが開けられるなり文句を言う日出美は、大門のその言葉に絶句する。
「そんな……」
「とにかく、もう少し待っていてくれ! 何としても真相は早く明らかにしてみせる。」
「……分かった。頑張って、大門。」
日出美は微笑む。
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「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。……ご存知の方も多いかもしれないですが、先ほど近川さんが犯人に襲われ、殺害されました。」
「……OH、MY GOD!」
大門の言葉に、既に知っていたはずのノブリスは嘆きの声を上げる。
「何てこと……まさか、部屋の前を守っていて外から侵入されてしまうなんて。」
未知も額に手を当てる。
「ううむ……しかし、犯人は外からの侵入者ということは。もしやこれまでの犯人も」
「いや、それはないと思う。お父さん。」
「修。」
犯人は外部犯ではと言いかける長秀を、修は止める。
「ええ、修さんの言う通りです。少なくともこれまでは、窓ガラスが割られたりすることはありませんでした。恐らく、先ほどの未知さんのお話通り屋敷内からでは警護に阻まれると考え、外から回り込んだのでしょう。」
大門は修の話を捕捉する。
「WAIT……じゃあ、近川さんを殺したその時に外から戻って来た人が」
「それは、一度外へ犯人探しに出た警護の人たちと僕です。」
「OPS……てことは」
「ええ、恐らく。」
ノブリスが言おうとしていることを、大門はこう代弁する。
「恐らく犯人は、警護の人たちのようにスーツ姿をして近川さんの部屋に侵入し、一度外へ逃げたのでしょう。そしてそのまま、屋敷から出てきた僕たちに合流し共に犯人を探すふりをし、何食わぬ顔で屋敷の中にまた僕たちと一緒に舞い戻ったと思われます。」
「何と……」
大門の言葉に場には、感嘆の息が満ちる。
「しかし、近衛君。……君はもしや、犯人が誰か分かっているのかい?」
「それにつきましては……すみません、お恥ずかしながら。」
「そうか……」
大門が謝ると、修は少し残念そうな顔をする。
「そういえば、月木さんは?」
「ええ、今お部屋で。妹子さんがついているので、大丈夫だと思いますけど。」
「そう……仲のおよろしかった近川さんが殺されて、お辛いでしょうね。」
「exactly……mom。」
未知とノブリスの親子は、揃って悲しみに暮れる。
「まあ何にせよ……一度は犯人の第一候補だった人が殺されてしまって、これは分からなくなってしまったな。」
「修、そういうことじゃないだろう。」
近川の死を嫌味交じりに嘆く修を、長秀は諌める。
「ああ失礼、お父さん。……近衛君、君はどう思う?」
「ええ、では……犯人を捜すことは、僕にお任せいただけませんか?」
「おうや。」
大門の言葉に、修は少し表情を綻ばせる。
「そうだな……僕はいいと思う。皆さんもそうでしょう?」
この修の言葉には、その場の皆が頷く。
「そうね……近衛さん、私からお願いするわ。」
「僕も。」
「うむ、私も頼む。」
未知、ノブリス、長秀は揃って頭を下げる。
「私も……比島さんを殺した犯人を、捕まえて欲しいです!」
大地も、頭を下げる。
「では。……『予知夢を見せる夢魔などいない』という悪魔の証明、確かに承りました。」
大門は正式に、承諾する。
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「しかし……この事件。実際のところあの予知夢トリック以外……何も解決されていないんだよなあ。」
大門は自室に戻り、頭を抱える。
この事件の犯人の動機は、殺された道尾八重子の復讐。それは確かである。
そして、その八重子に仕えていたという比島、近川、月木。そして八重子の夫・八郎。
この内、比島、近川、八郎は既に殺されている。
月木が狙われるのは、時間の問題だ。
「まいったな……」
「まだ、迷っているのかい?」
「!? ダンタリオン。」
突然の声に驚くと、そこには。
大門の姿をしたダンタリオンが。
「……何の用だ?」
「おいおい、つれないねえ。せっかくお困りの所、せめて支援したいと思っていたのに。」
「支援? ……まさか、犯人が分かっているのか!」
大門はダンタリオンに詰め寄る。
「ああ、その通り。あの予知夢の意味、そして犯人の心理。これらに気づけば、簡単な筈だよ?」
「予知夢の意味、犯人の心理……」
ダンタリオンの言葉を、大門は鸚鵡返しする。
「……さあ、思い出してごらん? これまでの話全てに、ヒントがあるはずだよ?」
「これまでの、話全て……」
大門は、目を閉じる。
たちまち頭の中を、あらゆる記憶が駆け巡る。
大門は先ほどのダンタリオンの言葉、"予知夢の意味"、"犯人の心理"に着目し記憶を探す。
やがて大門は、"犯人の心理"の手がかりとなる記憶に辿り着く。
「!? そうか、もしかしたら!」
たちまちバラバラだった事実は、大門の中で一つの線の上に繋がる。
「……そうだったのか。」
大門は呟く。
大門自身は分かり切っていたが、既にダンタリオンの姿は消えていた。
「あっ、けん……妹子さん!」
「あっ、きゅう……大君!」
お互いに普段の呼び名が危うく出かかりつつも、何とか飲み込む。
「す、すいません……」
「ううん、こちらこそ……それで? 何が」
「……これが悪魔の証明ではないという悪魔の証明、終了しました。」
「!? ほ、本当?」
大門の言葉に、妹子は驚く。
謎は、解けたというのか。
「ええ、犯人も何もかも。」
「ありがとう! 皆を」
「待ってください! ……これは、極秘に動かないといけません。お願いできますか?」
「え? ええ……」
妹子は首を傾げる。
大門は、何を考えているのか。
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その、夜のことだった。
少し曇っている。
月も雲に隠れているのか、見えない。
月木の部屋は、真っ暗だ。
そんな、真っ暗な部屋で。
月木のベッドへと、ナイフを持つ手が迫る。
そのまま、その手は一一
「そこまでです!」
急にドアが開き、中に大門が入ってくる。
「!? こ、近衛さん!」
月木の驚いた声が聞こえる。
いや、月木だけではない。
「なっ、これって!」
「ど、どうした、これは!」
ぞろぞろと、道尾家の者や使用人たちも入ってくる。
「ようやく揃いましたね。……ありがとう、妹子さん。」
「ううん、私は言われた通りにしただけよ。」
大門の言葉に、妹子が答える。
大門は今一度、月木のベッドの近くでナイフを構える者に呼びかける。
「さあ、お止めなさい! そのナイフは、この事件の真相が明らかになってからでも遅くないでしょう?」
「くっ、まさか……?」
「ええ、既に。あなたが犯人であることは、もう分かっています。」
ナイフを持つ人物は、大門に怯えた目を向ける。
その姿は、部屋の暗さにより見えない。
「この事件は……そもそも、最初から妙でした。わざわざ予知夢を妹子さんに見せたことをはじめとして。しかし、予知夢トリックは早くに分かっていました。」
「何!? あの予知夢はトリックだったのか。」
驚きの声を上げたのは修だ。
「ええ。あのトリックはこうです。一一まず、食事時の飲み物にでも睡眠薬を混ぜ妹子さんが部屋に戻ってすぐ眠るよう仕向けます。」
その後、犯人は妹子の部屋に侵入し。
「そして、眠った妹子さんを台車に乗せた箱に入れ予知夢の光景を目撃させる場所まで運び解放。後は……何らかの衝撃で無理矢理彼女を目覚めさせます。」
その後、第一の予知夢では仮面の人物が机に刃物を振り下ろし続ける光景を。
第二の予知夢では、月木が殺されかける光景を、目撃させる。
「予知夢の光景を目撃させたタイミングで、再びクロロホルムか何かで眠らせ現場まで運んできた時と同じやり方で部屋まで運ぶ……これが、予知夢を見せたトリックです。」
「OH……NO」
ノブリスが、感嘆の声を上げる。
「でも第二の事件では、妹子お嬢様の悲鳴が聞こえました。それに、月木さんを殺す光景なんて……」
塚井が口を挟む。
「あの悲鳴は、恐らく録音されていた女性の悲鳴の音声サンプルを流したのでしょう。そして、月木さんの光景も……プロジェクターによりスクリーンに映し出されたものを見せたんです。」
「プロジェクターの?」
未知が、声を上げる。
「そう、恐らく……第一の予知夢の光景の、机の画像を月木さんの画像に差し替えて作られた合成映像をね。」
「合成映像?」
妹子が、聞く。
「そうです。恐らく第二の予知夢の光景を見た時には妹子さんは夢うつつの状態でしょうから、ドアから見えた光景のうち月木さんと仮面の人物を認識するので精一杯だったはずです。」
「た、確かに……」
「なるほど、それですぐにまた眠らせたなら分からなくなるだろう。」
頷く妹子に加え、長秀も納得する。
「しかし、このトリックを見抜いたはよかったものの……何故犯人はそんなことをしたのか、そこが分かっていませんでした。」
大門は再び、ナイフを持つ犯人を見据える。
「しかし、犯人のある心理に気づいた時、ようやくその意味が分かりました。……では、これより証明します。"予知夢を見せる夢魔はいない"ことを!」




