エピローグ
「なるほど……それで、事件は解決した訳か〜!」
「あ、ああそうなんだけど……」
病院にて。
大門は日出美の傍らで、事件のことを聞かせていた。
『魔法乱譚伝灯王』の撮影現場で起きた殺人事件の解決とその劇場版鑑賞より数日後。
HELL&HEAVENを訪れた女性陣だったが、ちょうど大門が外出する時というタイミングの悪い時であり。
菓子や茶を沢山用意したので、戻って来るまでそれで間を持たせてくれと大門は言い。
どこかへ行ってしまったのであった。
その間に女性陣たちの間では、大門と日出美の馴れ初めは何だったのかという話になり。
彼らの初めての出会いとなった、一年前の出来事について日出美は話していた。
これは日出美によるその話である。
「えっと……何か怒ってる?」
「……これが、怒らずにいられるかっての!」
「くっ! ひ、日出美……」
大門の言葉に日出美は、彼の両頬を引っ張る。
「助けてくれたことは感謝してるけど……私を蔑ろにして事件解決したのは褒められたものじゃないなー!」
「ご、ごめんて日出美!」
日出美は尚も嫌味を言いつつ、大門の両頬を引っ張る。
「謝って済むだけなら警察要らないわ!」
「う、うーんそれは……」
大門は日出美の言葉を聞き、それは中々今聞きたくない言葉だなと苦々しく思っていた。
「よし……決めたわ。私、大門と結婚する!」
「……はひ?」
が、日出美の急な言葉に。
大門は思わず間抜けな声を発する。
どこから、そういう発想が出て来たのか。
「もー、照れちゃって!」
「い、いや結婚て……そもそも、付き合ってた訳でも」
「いいのいいのそんなこと! 交際0日婚よ、いいでしょ!」
「う、うーん……」
大門は日出美の言葉に、本気で思い悩む。
交際云々の前に日出美の年齢を考えれば結婚など、無論できるはずもないのだが。
さておき。
「さあ……アナタハ、エイエンノアイヲ、チカイマスカ?」
「……っ!? ち、ちょっと何してんのさ日出美い!」
が、大門がそんなことに悩んでいる間にも。
日出美は牧師の真似事とばかりに片言の言葉を叫び、
キス顔で迫って来たのだった。
「失礼! 邪魔するぞ九衛君、ここにいると聞いて……いやすまん、お取り込み中だったか。」
「いや祭警部! 待ってください!」
と、その時。
タイミングがよいのやら悪いのやら、入って来た祭に大門は助けを求めた。
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「あーっははは! いやあやるねえ日出美ちゃん。」
「もーっ! 実香さん笑わないでよ!」
翻って、現在のHELL&HEAVENにて。
上記の日出美の話を聞いた実香は、大きく笑い出す。
「で、でも塚井。要するに九衛門君、日出美ちゃんのキス拒否ったってこと?」
「お、お嬢様それは!」
が、妹子の空気を読まない言葉に。
良からぬことを察した塚井は彼女を止めようとするが。
「そうよ……そうよそうよ! 実香さんや……塚井さんからのキスは問答無用で受け入れたくせにいい!」
「お、お落ち着きください日出美さん!」
時すでに遅く、日出美はこの場にいない大門につかみかかろうとして当然出来ず。
その場で暴れ、塚井に取り押さえられる。
「そ、そうだよ日出美ちゃん! 結局あの時日出美ちゃんも妹子ちゃんもキスできたんだしいいじゃん!」
「い、いや実香! そういう問題じゃ」
「あ……そっか〜♡ なら、いいや!」
「……いや、いいんですか!」
塚井は実香の言葉に突っ込むが。
思いの外単純にも、それにより暴れなくなった日出美を見てそれにも突っ込む。
ある意味妹子より単純じゃないかと思う塚井であった。
さておき。
「ええ!? お、お姉ちゃんも実香ちゃんも妹ちゃんも、日出美ちゃんも大門さんにキスしたの? ええ〜、ズルい、私もしたい!」
「な!? ち、ちょっと美梨愛!」
が、美梨愛の言葉に塚井は驚く。
まさか、美梨愛も?
「え!? ま、まさか美梨愛ちゃんも」
「まあ、今のは冗談だよ妹ちゃん♡」
「も、もう……これ以上側室が増えないでよ!」
「そ、側室ですか日出美さん……」
しかし美梨愛は微笑んで否定する。
日出美も人騒がせなとばかり、美梨愛に叫ぶ。
塚井も少し緊張が解けた様子である。
「お、おほん! まあともかく……こうして私は大門の妻になりましたとさ!」
何はともあれとばかり、日出美は強引に締めくくった。
「おお、おめでとう!」
「コングラッチュレーション、日出美ちゃん!」
「うーん塚井い、日出美ちゃんの年齢じゃ」
「いやお嬢様……もうその下りはいいです!」
女性陣は思い思いの感想を述べる。
「もう……ひーろーとー! 早く帰って来てよお!」
日出美はそんな女性陣の中で一人、手持ち無沙汰になり叫ぶ。
◆◇
「ここだ……もう、かれこれ一年以上は経つんだな……」
その頃、大門はと言えば。
音小、であった場所に来ていた。
そう、であった場所。
しかしさすがに殺人事件の舞台を美術展会場にする訳にも行かず、結局その話は立ち消えとなり。
今は引き取り手も当然つかず、立ち入り禁止区域となり半ば放置されていた。
「まだ公判は続いているけど……持田さんも、立ち直ってくれるといいな……」
大門は未だ聳え立つ無人の校舎を見ながら。
何ヶ月か前、留置中の持田に面会した時のことを思い出していた。
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「……九衛さん。」
「お久しぶりです。……今日は八代さんの納骨の日だったので、変な言い方ですが代わりに行って参りました。」
「……そう。」
数ヶ月前。
面会室のガラス越しに持田は、やつれた様子で俯く。
大門が来た理由は、今も言った通り十年前に死んで白骨化していた八代が既に亡くなっていた彼の両親と同じ墓に納骨されることになり、それに立ち会ったことの報告のためだった。
「ああ、あんなに暗くて寂しい所に閉じ込められて……さぞ辛かったよね会人!」
「……はい。」
しかし持田は。
俯き、顔を両手で隠し嗚咽を漏らす。
「……ねえ、九衛さん? 私、今でも後悔はないんです。彼をあんな目に合わせた奴らを、地獄に送れたこと。」
「持田さん……」
大門は持田の、淡々と語る言葉を黙って聞く。
「むしろ、惜しかった。……あと二人を送れなかったことが! 何でですか九衛さん、何でやらせてくれなかったんです!」
「止めろ!」
持田はそこで、感情に任せて暴れ出し。
担当の警察官が、止めにかかる。
そうしてそのまま、彼女をつまみ出そうとするが。
「やらせられる訳ありませんよ、そんなの! ……八代さんの、ことを思えば。」
「……え?」
大門はそこで持田を立ち止まらせる。
「あなたはあの筧さんたちが、八代さんの携帯から偽装メールを送ったと言っていましたね? ……でも警察から聞きました。八代さんの携帯のテンキーからは、彼の指紋しか出なかったと。」
「……な!?」
持田は驚く。
彼の携帯電話は遺体の傍に、財布と共に転がっていたことは聞いた。
自分に別れを告げるあのメールは、彼が自分の意思で?
いや、そんなはずはない。
「だ、だったら! あいつらが彼を脅して書かせたのよ、そうじゃなきゃ!」
「いいえ、あのメールが送られた翌日まで彼は生きていたんです! 彼の財布の中に、その日付の取引データがあるクレジットカードがありましたから。」
「! くっ……」
持田はそのまま、座り込む。
「まあ、この携帯だのクレジットカード云々はさすがにあの時――開かずの間にいた時には分かりませんでしたが。それでも分かっていました。……恋人に復讐してくれなんて人は、いないって。」
「っ……うう……」
大門の言葉に持田は、また嗚咽を漏らす。
◆◇
「では持田さん。……お元気で。」
「……待って、九衛さん!」
「……はい?」
持田が落ち着いた頃を見計らい。
大門は立ち去ろうとするが。
彼女に呼び止められる。
「もしかしてあなたにもあるの? その……大切な人を殺された経験。」
「……どう、なんですかね……」
「!? え?」
持田に言われたその言葉に。
大門ははっとするが、曖昧に返す。
持田も、首を傾げている。
まあ、当然の反応か。
こういう質問にはあるかないかの二者択一しかない。
それをこんな曖昧に答えるなど、訝しんで当然か。
しかし大門にも、どう答えたらいいのか分からなかったから仕方なかった。
それは無論、三年前――いや、この時点ではまだ二年と十ヶ月ほど前か。
あの黒島美咲の件である。
「理解してもらえないことは承知で言いますけど……分からないんです。その人が生きているのか死んでいるのか。」
「……そう。行方、不明ってこと?」
「ええ……まあ、そういうことです。」
「そう……」
大門の言葉に持田は、俯く。
しかし今度は、どこか親しみのある表情だった。
大門も今の言葉は、持田にシンパシーという名の誤解を抱かせたのだろうと分かっていた。
美咲の場合は生死は不明だが、行方不明ではない。
しかし今の言い方ではそこまでは分からず、持田は自分と似たような状態だと思い込むだろう。
大門はそこまで考えながらも、それ以上は何も言えずにいた。
「じゃあ……もう本当に失礼しますね。」
「ええ……ありがとう、九衛さん。」
大門の言葉に持田は、顔を上げて彼を見送る。
その顔は少し微笑んで、涙が目に浮かんでいた。
◆◇
「はーあ……何をやってんだ僕は。」
大門は警察署を出つつ。
結果的に持田を騙してしまったことに、罪悪感を感じていた。
「でも仕方ない……ここはせめて美咲さんの件についてはっきりさせてから、また謝りに来るか……」
大門は警察署を見上げながら、そう心に誓った。
そうしてこれが、大門にその事件の件で刑務所を訪問するきっかけになったのだった。
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「さて……ここに僕を連れて来た理由を教えてくれないかダンタリオン?」
「……おやおや、やっぱり気になるかい?」
再び、現在。
大門の呼びかけに、日出美――の姿をしたダンタリオンが現れる。
実は大門が、いきなりHELL&HEAVENを飛び出したのは。
このダンタリオンに、導かれてのことだったのだ。
「ああ、さあ聞かせてもらおうか?」
「ふふ……私のこの姿について、恐らく君はこう思っているね? この学校で起きた事件からしばらく後になってから、私は彼女の姿を取るようになったって。」
「? あ、ああ……」
大門はダンタリオンの言葉に、首を傾げる。
何の話だ。
「でも……実はこの学校で起きた事件の時から、私はすでに彼女の姿を借りていたよ?」
「!? な、何? い、いつだ!」
が、大門は驚く。
まさか、あの時から?
一体どこで?
「ああ、やっぱり覚えてないんだね……あの夢のこともそうだけど、君は本当に記憶力がないな〜!」
「! な、何だと!」
大門はダンタリオンのその言葉に、少しカッとなる。
「まあいいさ。……いずれ思い出す時が、楽しみだね!」
「! ま、待て!」
しかしダンタリオンは、ふと姿を消す。
「……くそ!」
大門は地団太を踏む。
いつからだ?
いつからダンタリオンは日出美の姿を?
しかし大門は、やはり思い出せなかった。




