conclusion:学校七不思議に八つ目はない①
「……ここは。」
その日。
現在から数えて一年前。
ゆっくりと音小の校舎を歩く者がいた。
その者は真っ暗な校舎の中を、歩いている。
そのまま階段を上がり。
やがて一つ、明かりの点いている教室を見つける。
『魔法乱譚伝灯王』の撮影現場で起きた殺人事件の解決とその劇場版鑑賞より数日後。
HELL&HEAVENを訪れた女性陣だったが、ちょうど大門が外出する時というタイミングの悪い時であり。
菓子や茶を沢山用意したので、戻って来るまでそれで間を持たせてくれと大門は言い。
どこかへ行ってしまったのであった。
その間に女性陣たちの間では、大門と日出美の馴れ初めは何だったのかという話になり。
彼らの初めての出会いとなった、一年前の出来事について日出美は話していた。
これは日出美によるその話である。
「ここ、か……」
そのままその者は。
教室のドアを開ける――
「……ようこそ、教頭殺しの犯人さん。」
「!?」
が、そこには。
大門が一人だけでいた。
「そう、僕はあなたにこの校舎に来てくださいとは言いましたが。具体的にどの教室だとは言いませんでした。……来れば分かりますよと。そしてあなたは、校舎に入ってから短時間でここにたどり着いた。何故か分かりますか?」
大門はその者に、更に問いかける。
「……それはあなたが、教頭先生殺しの時に同じ手を使ったからですよね? 全て真っ暗な校舎で一つだけ、"現場"を明るくしておくという手を。」
「丹沢先生!」
「!?」
目の前のその者――体育の非常勤教師・丹沢は驚く。
◆◇
「た、丹沢先生あなたが!?」
「そ、そんな……」
「た、丹沢先生が科川先生や大庭先生たちを……?」
近くの教室で待機させていた校長の筧や養護教諭の持田、さらに笠倉も入って来てこの光景を見る。
教室に入って来ていたのは、確かに丹沢だった。
「ま、待ってよ……えっと、探偵の九衛さんだっけ? 私が八つ目の七不思議とやらだとでも言いたいようだけど……そもそも、第一の教頭殺し。あれは、どうやればできるというの?」
「! そ、そうです九衛さん!」
しかし丹沢の反論に。
笠倉もはっとする。
そう、第一の教頭・国立殺し。
八つ目の七不思議から電話を受けた大門と笠倉は、その犯人に襲われていた国立にどこにいるのかと尋ねると。
――あ、開かずの間……開かずの間にいる!
その彼の言葉に大門たちは、近くの校舎であの時電気が点いていたただ一つの教室――開かずの教室に向かったのだが。
何故か犯人も国立もいなかったのだ。
あの校舎は非常口も普段は閉まっているから、一ヶ所だけの玄関しか出口はない。
そこで大門とも笠倉とも鉢合わせせずに、遺体を抱えて出られるものなのか?
「いえ、難しいことは何もありません。単純な話ですよ……あの時の犯行現場は、この開かずの教室ではなかったというね!」
「な!?」
「な、何ですって!」
しかし大門は、丹沢に返す。
「先ほど言った通りです。あなたは別の場所で国立さんを拉致して殺そうとしている所で、僕たちに電話を掛けた。しかしその前に手を打っておいたんですよね? 全て真っ暗な校舎で一つだけ、この開かずの教室――"現場"を明るくしておくという手を!」
「!」
「こ、ここを犯行現場に見せかけたと?」
大門の言葉に丹沢は、目を逸らす。
「ええ。そうして電話口で国立さんに『開かずの間にいる』と言わせれば、僕たちはいる場所から見える全て真っ暗な校舎で一つだけ明るいこの開かずの教室にまんまと来てくれるという算段です!」
「な、何てことだ……」
「……」
「そ、そんな……」
「……」
大門の言葉に、丹沢と筧は黙り込み。
笠倉と持田は、驚いている。
「……待って! 忘れてない? あの時教頭は確かに、『開かずの教室』って言ったんでしょ? 私が別の場所で教頭を殺したというのなら、何で教頭はそんなことを言ったの?」
「そ、そうです九衛さん! あれは確かに私も聞きました。何故……」
が、丹沢はすかさず返す。
そう、あの時笠倉のスマホにかかって来た国立の電話で、彼は確かにそう言っていた。
犯人にそう言うよう強要されたのか?
が、笠倉がその疑問を口にする前に。
「ええ、それも簡単なことですよ。……国立さんの言っていた開かずの教室――いえ。開かずの間は、別の場所のことだったんです!」
「!?」
「ひ、ひいい!」
「な!?」
「な、何ですって!?」
大門のこの言葉に、今度は全員が驚く。
筧は何やら驚きついでに、怯えた様子だがさておき。
「ど、どう言うことですか!?」
「その話に行く前に……まず、この八不思議の謎を解いてしまいましょう。」
「! そ、それは……」
大門はそう言いながら、紙を全員に見えるように掲げる。
あの八不思議が書かれた紙である。
『1.開かずの教室を開けると、神隠しに遭う
2.体育館で、霊がサッカーボールを蹴ってばかりいる。
3.とある階段は上がった時と下がった時の階数が違い、そこからは首が落ちてくる。
4.夜の印刷室では、下半身或いは上半身が切れた人の姿が互い違いに延々と印刷されていく。
5.家庭科室では、蛇口から血が流れ続ける。
6.理科実験室では、チョークが黒板にひとりでに文字を書き続ける。
7.音楽室で加藤さんが亡くなり、それ以来ピアノが勝手に鳴る
8.図画工作室で太郎さんが亡くなり、それ以来彫刻刀で何かを削る音が時折聞こえる。』
◆◇
「まず……あの埼玉県警の祭警部が言うことには。この八不思議は元は七つで、元の形は八番目がないもの――そうでしたね?」
「え、ええ……」
大門はそう言いながら、八つ目の『図画工作室で太郎さんが〜』を隠して見せる。
「結論から言いますと、確かにこの八不思議が元は七つだったというのは本当です! 犯人が名乗る、八つ目の七不思議というその名の通りね!」
「は、はあ……」
「え、ええ……刑事さんの言っていた通りと?」
大門の言葉に、笠倉と持田は首を傾げる。
「いいえ、祭警部のおっしゃる通りなのは八不思議が元々は七不思議だったという点のみにおいてです! 八つ目の七不思議というのは、この八番目のことではありません!」
「!? な!」
しかしその大門の言葉に、笠倉や持田はまたも驚く。
八つ目の七不思議――増やされた八不思議目は、八番目のことではない?
「ど、どういうことですか?」
「まず。この八不思議自体が、実は一つの心理トリックだったんです。……僕たちに知らず知らずのうちに、この順番が追加された順番だと思わせるためのね!」
「な……!?」
大門は更に続ける。
丹沢も筧も、やはり黙っているままだ。
「いわばこの八不思議の順番は、ただの出席番号に過ぎなかったんですよ。出席番号が背の順や成績順ではなくただのあいうえお順なのと同じく。この順番は追加順ではなかったんです。」
「な、何てことだ……」
「そ、それじゃあ……」
笠倉と持田は、息をのむ。
「それじゃあ九衛さん。八つ目に追加されたのは一体……」
「その謎を解く鍵は……この名簿でした。」
「! それは……国立さんが握っていたもの!」
持田の言葉に大門が見せたのは。
国立が握っていた、あの名簿だった。
『1鵜川勇人
2安斉花緒
3樹雅美
4加藤凪
5小俣駿太
6江畑智紀
7加藤太郎
7加藤太郎
8木村慎二
9葛葉紀子
・
・
・』
「そして笠倉さん、確かこうおっしゃいましたよね? 『十年前に改装が行われて、音楽室は二つに分けられて音楽室と図画工作室になった』って。」
「え、ええ……」
「しかし僕たちはそこで、こう考えるべきでした……『では、図画工作室はそれ以前はどこにあったのか?』と。」
「! あっ……」
またも大門の言葉に、笠倉は合点する。
そう言われれば確かにそうだ。
「この名簿はまさに、改装によってどの教室が入れ替わったかを表していたんです。そうですよね? ……筧校長!」
「!?」
名指しされた筧は、はっとする。
「十年前、この七不思議を八不思議に増やして何かを隠蔽するためにこの改装を指示したのはあなたですよね?」
「か、筧校長が?」
「ち、違います! 私は」
しかし大門の指摘にも筧はあくまで、トボけるつもりのようだ。
「そうですか、分かりました……まず、この二つある七番目の加藤太郎さんですが。これは言うまでもなく、二つに分けられた音楽室を指しています。」
「や、止めて!」
そんな筧を前にしても大門は。
あくまで、解明の手を緩めない。
「では、図画工作室ですが。……本来、八番目に来るべき生徒がここにいますね?」
「そ、そういえばこれは!」
「そう、先ほども僕が言った通り。出席番号とは本来、あいうえお順ですね?」
「止めてって言ってるでしょ!」
筧の抗議は、虚しくも続いている。
「そして、本来の八番目は…… 四番目の加藤凪さんです! そしてこれは図画工作室が元は、現在の四番目たる印刷室だったことを意味しています!」
「い、印刷室が……?」
「くっ……」
大門の解明は尚も続き。
筧は、ついに声は上げなくなった。
「そして、五番目の小俣駿太さんと六番目の江畑智紀さんも本来あいうえお順ならば逆――つまり、家庭科室も理科室も改装で入れ替えられたことを表しています!」
「ほ、本当だ……」
「あ、あ……」
大門は更に続ける。
「では、次に。……印刷室は元はどこにあったかという話になります。それは、本来の四番目の生徒―― 鵜川勇人さんが一番目ということからもう、お分かりですね?」
「そ、そうか! 印刷室はもともと……今の開かずの教室だったんですね!」
「じ、じゃあ開かずの教室は……あれ?」
しかし、持田が開かずの教室がもともとどこにあったのかという話に移ろうとして。
ふと、首を傾げる。
そう、これまでの法則で言えば本来の一番目がもともとの開かずの教室だったはずだが。
恐らく本来の一番目であろうものは。
二番目の安斉花緒――すなわち、体育館。
「そう。体育館がもともとは開かずの"教室"だった――体育館が教室だったとは、ちょっと考えにくいですよね? だとしたら考えられるのは……もともと開かずの教室だった場所は、ないのではということです。」
「! そ、それじゃあまさか……」
「はい。本来の八不思議の八番目は……一番目の、この開かずの教室です!」
「!? な!」
「ああ……」
大門は言い切る。
八番目に追加されたのは、この開かずの教室の話だったのだ。
つまり、本来の七不思議はこういう形になる。
『1.体育館で、霊がサッカーボールを蹴ってばかりいる。
2.とある階段は上がった時と下がった時の階数が違い、そこからは首が落ちてくる。
3.夜の印刷室では、下半身或いは上半身が切れた人の姿が互い違いに延々と印刷されていく。
4.家庭科室では、蛇口から血が流れ続ける。
5.理科実験室では、チョークが黒板にひとりでに文字を書き続ける。
6.音楽室で加藤さんが亡くなり、それ以来ピアノが勝手に鳴る
7.図画工作室で太郎さんが亡くなり、それ以来彫刻刀で何かを削る音が時折聞こえる。』
「こ、これが本来の七不思議か……しかし、これって……」
笠倉は紙に書かれた七不思議を見て、首を傾げる。
まず、これが何を意味するのかということ。
そして次に。
今までの話から、七不思議が八不思議になったのは十年前。
つまりこの七不思議はそれ以前――すなわち、音楽室が二つになる前からあったということになる。
それなのに、この音楽室を分けたような記述は――
「ええ、これは。恐らくは暗号です。先ほど言いました、開かずの間を指し示すためのね!」
「!?」
そんな笠倉の疑問に、まるでテレパシーが通じたように大門が答える。
開かずの間を示す暗号?
どういうことなのか。




