分けられた部屋
「うーん、いつまで待たせるんでしょうね犯人。」
「そうですね……」
日出美の拉致された図画工作室のすぐ下の階で。
大門と笠倉は、犯人たる八つ目の七不思議に呼び出されて今こうして待機していた。
時は、現在より一年前の話に遡っている。
『魔法乱譚伝灯王』の撮影現場で起きた殺人事件の解決とその劇場版鑑賞より数日後。
HELL&HEAVENを訪れた女性陣だったが、ちょうど大門が外出する時というタイミングの悪い時であり。
菓子や茶を沢山用意したので、戻って来るまでそれで間を持たせてくれと大門は言い。
どこかへ行ってしまったのであった。
その間に女性陣たちの間では、大門と日出美の馴れ初めは何だったのかという話になり。
彼らの初めての出会いとなった、一年前の出来事について日出美は話していた。
これは日出美によるその話である。
「! こ、九衛さん!」
「犯人からの電話ですね? 取ってください。」
「は、はい!」
その時。
鳴り響いた笠倉のスマホを、大門は彼に取らせる。
「……もしもし。」
「ああ、八つ目の七不思議だ。図画工作室のすぐ下にいるな?」
「変わって下さい。……お久しぶりですね、探偵の九衛です。」
「ひ、大門!?」
「! な、その声は!」
大門は笠倉から電話を変わるが。
彼の声を聞きつけたのか、日出美がそれに気づき声を上げる。
大門は驚く。
まさか、日出美が?
「おや、この娘と知り合いだったか……なら、一つ教えてやろう。今図画工作室に私とこの娘と、もう一人はいる。今すぐ助けに来た方がいいんじゃないか?」
「っ! くそっ」
「あ、待ってください九衛さん!」
大門はその犯人の言葉を聞くや、すぐ近くの階段を駆け上がる。
まさか、日出美が?
何のためにこの依頼を受けたのかと大門は自身を責めつつ、とにかく走る。
やがて。
「!? こ、ここは……?」
大門は目の前の光景に、更に驚く。
図画工作室。
確かにそう書かれた教室への入り口のすぐ近くの廊下は行き止まりになっていた。
下層階の廊下はそうなっていなかったのに、である。
「その行き止まりの向こう側は、音楽室です! 十年ほど前に一つの音楽室だったのを、音楽室と図画工作室に分けたと聞きました。」
後から階段を上がって来た笠倉は、そう説明してくれた。
「そ、そうだったんですね……って、そうだ日出美!」
大門はその説明を聞くが、すぐに扉を開けて図画工作室内に飛び込む。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「おお、大門君かっこいい! ね、塚井?」
「え、ええ実香……なるほど、ここでも閉じ込められた女性を助けていましたか……」
再び、現在のHELL&HEAVENでは。
日出美の話に、実香と塚井は大門を称えていた。
どちらもかつて、犯人に閉じ込められていたところを助け出された身である。
「おーっほほほ! そうよ、さすが私の旦那!」
「ふ、ふーんだ! どうせ私は、九衛門君に閉じ込められたところを助けてなんてもらってませんよーだ!」
「あれ? あ、妹子ちゃんそうだっけ?」
「い、いえお嬢様! 私はそこまでは」
しかし、妹子はむくれてしまった。
実際彼女には、その経験はなかったからだ。
「まあまあ妹ちゃん! 私も経験ないから。」
「ぐすん、え? あ、そうか美梨愛ちゃんもか!」
が、美梨愛の慰めにより。
妹子はすぐに立ち直る。
「そ、そういえば美梨愛もまだなかったね……」
塚井は美梨愛のその言葉に。
もし、大門に助けられたら美梨愛はどうするのかという考えがふと頭をよぎっていた。
彼女も大門に?
塚井はそれを、少し嫌だなと思うのであった。
「そうだよ妹ちゃん! 私も経験ない、処女だから!」
「そ、そうね……私も九衛門君と経験ない、処女!」
「じゃ、私は大門君と経験のある、初めての女だね♡」
「ああ、実香さん!」
「実香ちゃん、それは仲間外れだよ〜!」
「ち、ちょっと……美梨愛もお嬢様も実香も、何の話ですか!?」
が、美梨愛・妹子・実香の話がいつの間にかすり替わっていることに気づいた塚井は慌てる。
「ああ、そういえば塚井も大門君と経験あるひとだったね♡」
「え、ちょっと塚井い!」
「お姉ちゃん、いつの間に経験済ませてたの?」
「いや……だから、話がおかしくなってるんだけど!」
塚井は顔を真っ赤にする。
「ああ、もう! 私も大門とは経験あるの!」
「おお、そういえば日出美ちゃんもだったね!」
「い、いや日出美さん! その言い方だと九衛さん青少年保護法違反者ですよ!?」
「あ……そ、そういう意味じゃないんだからね!」
そこに日出美も参戦し、ややこしくなる。
ここだけ切り取れば、大門は見境なく女性と関係を持つクズ男だが。
恐ろしいことに大門は、実際のところ誰とも付き合っていない。
朴念仁だ。
さておき。
「お、おほん! でもね、皆。……その時大門は、私を助け出せなかったの。」
「!!!! え?」
が、日出美のこの言葉には。
他の女性陣はキョトンとする。
「ど、どういうことですか日出美さん?」
「まあ一言で言うなら……あの時――教頭先生の時と同じだったって訳。」
「! ま、まさか……図画工作室にはいなかったってこと?」
「……そ。」
「!?」
女性陣は更に、混乱する。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「先生! と……あれ、日出美は、どこだ?」
「ひ、人が!?」
再び、一年前。
図画工作室に入った大門と笠倉だが。
現場には日出美の姿はなく。
「大丈夫ですか! ……ダメだ、もう息が」
「!? え、絵島先生!」
「え? この方、教師なんですか?」
うつ伏せの遺体には既に息がないことを大門は確かめるが。
その顔を見て笠倉は驚く。
その遺体は、非常勤の図画工作教師たる絵島だった。
「! え、絵島先生!」
「!? あ、丹沢先生!」
「何!?」
「何があったの? ……ああ、絵島先生!」
「きゃあああ!」
そこへ続々と。
丹沢や校長の筧、更には持田の姿が。
「み、皆さん何故ここに?」
「あ、わ、私は、その……」
「私、八つ目の七不思議という人に呼ばれて」
「あ、私もです!」
「え!?」
何やら口籠る筧だが。
丹沢と持田は、大門たちと同じく八つ目の七不思議に呼ばれたことを明かす。
「! そ、そうだ……日出美いや、円山さんを見ませんでしたか?」
「え!? ま、円山さんもこの夜の校舎にいるんですか?」
「え、ええ……」
大門は、先ほどの犯人との電話について皆に話す。
「と、とにかく探しに」
「待って下さい! 笠倉さん、至急警察に電話を。皆さん、殺人犯がうろついている可能性があります。ここは、皆でまとまって探しましょう。」
「! は、はい!」
大門は皆を制す。
が、彼の頭の中には様々な疑問が渦巻いていた。
例えば、先ほど大門と笠倉がいた場所は図画工作室のすぐ下である。
そしてその図画工作室が、該当校舎の最上階にあり。廊下まで分断する壁により音楽室と分けられているということは。
その大門たちがいた階段を通って出ない限り、他の階とは行き来できないということだ。
しかし大門も笠倉も、階段では無論犯人と遭遇していない。
ならば。
「……一旦、屋上を見てみましょうか。」
その後普段は閉まっている屋上を鍵をもらい開けたが、誰もおらず。
それで図画工作室の同フロアの別教室を見たがやはり誰もおらず。
そして。
「ひ、日出美!」
「……ん? ひ、大門!?」
日出美は、図画工作室のすぐ下の階の一教室から見つかったのだった。
◆◇
「ううむ、またもここで事件が起きてしまったか!」
「祭警部、被害者は音小の非常勤教師・絵島一也。死因は、腹部を刺されたことによる失血死です。」
「うむ、そして……また君たちか、よりにもよって!」
何十分か後に警察は到着し、現場検証は進められていたが。
祭は第一の教頭殺しと同様に第一発見者となっている大門に、あからさまに不快感を表していた。
「お久しぶりですね、祭警部。」
「できれば再会したくない男ナンバーワンだな君は! ……まあ、聞き込みが終わったらさっさと帰れ。あの女の子のお見舞いでもしにな!」
「はい……」
祭の言葉に、大門は黙る。
日出美は精神的ダメージから、病院にいるのである。
「ま、祭警部! 被害者の手から紙が!」
「! な、何?」
が、部下の報告に祭は遺体の向きを振り返る。
その紙には。
七ナ夕
と書かれていた。
「何だこれは? ナナナタ?」
「あるいは、七夕の中にナを入れてタナナバタ……何でしょうね、それ?」
「ああ、それもあるな……って! 勝手に遺留品を見るな!」
いつの間にか紙を覗き込んでいた大門に、祭は顔を真っ赤にして怒る。
「しかし待てよ……八つ目の七不思議……そして、この学園の八不思議に、第一のガイシャである教頭の握ってた名簿……」
祭の頭を、この事件の手がかりたちが駆け巡る。
・
・
・
7加藤太郎
7加藤太郎
8木村慎二
9葛葉紀子
・
・
・
『7.音楽室で加藤さんが亡くなり、それ以来ピアノが勝手に鳴る
8.図画工作室で太郎さんが亡くなり、それ以来彫刻刀で何かを削る音が時折聞こえる。』
やがて彼は、一つの答えを導き出した。
「そうか! 分かったぞ、この事件が!」
「ええっ!」
「さ、さすが祭警部!」
「……はい?」
祭の得意げな言葉に、皆が讃える中大門はあまり期待を含まない声を返す。
それは、大門もとっくに気づいていたことだからだ。
それも、大門がとっくに気づいて疑問を持っていたことだから――
「ま、祭警部大変です!」
「おお、君もいい所に! 私はようやく」
「お、音楽室で! 遺体が!」
「!?」
「な、何ですって!?」
が、そこへ入って来た祭の別の部下が告げた言葉が更なる混乱をもたらした。
そう、彼が今言った通り。
音楽の非常勤教師・奏の遺体が音楽室で見つかったのだった。




