当たるべからざる夢
「すみません、急にお話を聞かせてくれだなんて。」
「いえ、私は別に。……一体、何のお話をすれば?」
部屋を急に尋ねてきた大門、妹子を前に、月木は首をかしげる。
既に、道尾家の別荘を訪れて早数日が過ぎている。
月木に対する犯行予告ともとれる"予知夢"を妹子が見せられてからは二日経過した。
予知夢に反して第一の犠牲者・比島が出た後、大門はどうにか事件を探ろうと月木の下へ来たのだが。
「失礼します! お、お嬢様……」
「!? 塚井、どうしたの?」
大門たちが月木の部屋へ来ていくらもしないうちに、塚井も月木の部屋へやってくる。
「す、すみません……ノックもせず」
「ううん、いいのよ。そんなに息を切らして、どうしたの?」
「そ、それが……は、八郎様が!」
その言葉には、大門も妹子も月木も驚く。
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「後ろから、一突きですか。」
「近衛君、もういい。後は、恐らく呼べるようになる警察の捜査を待とう。」
簡単な現場検分を終えた大門は、修に促され八郎の部屋を出る。
「まさか、白昼堂々と襲われて殺されてしまうとはね。」
「ええ……今回は、誰にもアリバイはありませんね。」
大門はため息をつく。
「八郎さんも、犯人ではなかったということなのね……」
「ええ、まさか自分の背中の手の届かない場所を一突きにするなんて、できるとも思えませんからね。」
八郎の部屋の外に他の道尾家の面々といた未知のつぶやきに、大門は返す。
「mom……じゃあ犯人は、誰なんだろう?」
「そうだな、月木さんを殺しそうな人といえば八郎だけだったが。……誰だろうねえ。」
修はにやりとしつつ周りを見渡しながら言う。
「ちょっと、修。身内が亡くなっているというのに、その笑いは何なの?」
「ああ、これは失礼……仮にも、身内が亡くなっていると言いますのにね。」
一応は謝罪の言葉だが、その言葉ヅラとは裏腹に修の口角はまだ上がったままだ。
「修! その顔をどうにかしなさいと」
「まあまあ、未知さん。……でも修さん、差しでがましいようですが。人が亡くなっているのに笑うというのは、さすがにどうかと」
「ああ、すみません!」
未知の言葉を遮った大門の言葉に、修は少し語気を強くして返す。
「いや、すまないお姉さん……修。父親として恥ずかしいぞ。」
長秀もようやく、息子を咎める。
「ああ、すみません。……まあそれより、早く犯人を見つけなければね。」
修はやや、ご機嫌斜めな表情は崩さずにまた話し始める。
「あの、近川君、だったかな? 月木さんに随分とご執心のようだが彼は第一の比島殺しも、この八郎殺しもアリバイはないよね?」
「ええ、そうですね。」
「それは、少しおかしくはないか。」
修は疑問を呈する。
大門は首を傾げる。
「どういう意味ですか?」
「いやあ、アリバイがないとはつまり、月木さんと妹子の警備に参加しなかったということだろう? どうして月木さんにご執心の君が、彼女の警備をしなかったのかと思ってさ。」
修の目には、やや底意地の悪い光が宿っている。(いつもか。)
そうして彼の目の先には、近川が。
「黙ってないで何とか言ったらどうだい? 近川君。」
「……僕は、彼女の味方です。」
「何?」
「僕は、彼女の味方です!」
小さかった近川の声がいきなり大きくなり、その場にいた一同は皆驚く。
「な、何だ! はしたない。」
「修。」
「すみません、坊っちゃま……しかし。僕は彼女の味方。それだけは、どんなことがあろうと事実です!」
「近川さん……」
近川は胸を張って言う。
月木も感慨深そうに、近川を見る。
しかしその言葉は、先ほどの修に対する答えにはなっていない。
「何だ? 肯定も否定もしてないじゃないか、自分が犯人かもしれないということについて! この期に及んで、お茶を濁そうというのか。」
「修!」
「お父さん。 この男は今のところ、犯人第一候補ですよ? ……ようし、君が犯人じゃないのか、証明してもらおうじゃないか。」
今回ばかりは父の咎めにも動じず、修は言葉を続けた。
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「ようし。これだけ厳重に見張れば、下手は打てないな。」
修はにっと笑う。
近川は自室に、見張りを相当数周囲に配置した上で軟禁されることになった。
「近川さん。……すみません、私のために。」
「いや、いいんだ。……じゃあまた。」
名残り惜しそうに近川と月木はアイコンタクトを交わす。
そうこうするうち、近川の自室のドアが閉まる。
「本当に、大変なことになったなあ……」
「すいません遣隋使さん……僕がいながら。」
「いいの。……本当にごめんなさい、九衛門君。」
妹子は深々と、頭を下げる。
妹子の自室にて、二人は話していた。
「そんな、遣隋使さ」
「ごめんください! 近衛君はいるかな?」
ドアの向こうからにわかに、修の声がする。
「はい、います。」
「すまないね。妹子、入っていいかな?」
「ええ。……どうぞ。」
修は承認の声を聞くと、ズカズカと入り込む。
「うん近衛君。仲が良いとは言え、女性の部屋に入り浸るのは」
「いいの、私が呼んだから。」
「いやいや、そこは遠慮もなしかい?」
修は苦々しげに言う。
妹子は少し、食ってかかるように反論した。
「まあそうですね、僕という男は。……それで、御用向きは?」
「いやあ、もしかしたら聞きたいんじゃないかと思ってね。……今回の事件について。」
「!?」
突然の言葉に大門は、面食らった。
「えっ? それはつまり」
「まあ、いろいろ聞きたいだろ? 今回狙われている月木君や、さっきの近川君と死んだ二人のつながりとか。」
修はイスに勝手に座り込み言う。
「えっと……そうですね。では、単刀直入に。……その亡くなられた二人と月木さん、近川さんを繋ぐ共通点はもしや、八郎さんの奥さんでは?」
「さすが、ご明察だ。」
修はわざとらしく、拍手して見せる。
「そして、これも僕が思うになんですが……八郎さんの奥さん、八重子さんはもしや」
「いいや、それは病死だ。」
これは、大門の予想に反する。
「実際、八重子叔母には多額の保険金があったが……それも本人が契約したものだしね。八重子叔母は元々、持病がある上に身体も弱かった。それで結婚も、あの歳までしなかった訳だが……よりにもよってようやく踏み切った結婚が、あんな男とはね。」
修が付け加える。
その話は本当らしく、妹子もこくりと頷く。
「なるほど……身体が弱く持病……病死ですか。」
「おや、何が引っかかるかな?」
何やら呟く大門を、修が訝しむ。
「あ、いえ。……なるほど。犯人の動機は、八重子さんの復讐かと思っていたんですが……ないかなあ。」
「ううむ……まあ、何にせよほっとしているよ。あの八郎が死んで、犯人の近川もあんなで。」
「ちょっと!」
妹子は修に、今度こそ本当に食ってかかる。
しかし、修はさらりとそれを躱す。
「まあ妹子、それは道尾家全ての認識さ。……その意味ではむしろ、近川君には感謝しないとな。」
吐き捨てるように言うと、修は出て行く。
「……ごめんなさい、私の従兄が。」
「いいえ! むしろ、情報があってよかったですよ。……しかし、八重子さんの復讐という線はこれで固まりましたね。」
「そうね、固ま……え!? 何で? なくなったんじゃ?」
この言葉には妹子も、驚愕する。
「いいえ、人を意図的に病死させる……それは、不可能ではありません。」
「え? まさか、毒を?」
「半分合っていて、半分外れてますね。毒そのものを盛ったりしたらおそらく、運が悪ければその場で死んでしまい犯行がバレてしまいますよ。」
「それは……確かに。」
妹子は考え込む。
何はともあれ、これで動機ははっきりした。
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「ううん、しかし……どうしたものか。」
湯に浸かりながら、大門は思索を巡らせる。
結局、湯に浸かる時が彼にとっては尤も思考が研ぎ澄まされる時らしい。
大門自身も、それを噛み締めていると。
「分かったの?」
「うわっ! 」
いきなり響く声に、振り向き見れば。
そこには、日出美が。
しかし。
「……うん、ダンタリオンだな?」
「……同じ手には引っかからないか。」
やや悔しさを滲ませつつ、日出美一一ダンタリオンは大門の姿になる。
「何の用だ?」
「ははは……気がかりだねえ。あの、月木ってお嬢さんのこと。」
「……当たり前だ。」
大門はつれなく返す。
「しかし……殺される以上にあの子、自殺しないか心配だねえ。」
「自殺? ……そうだな。」
大門は、ふと思い出す。
妹子から聞いた、月木が今にも消えてしまいそうだったという話を。
「何とかできないのかい?」
「……遣隋使さんもいるし、大丈夫だろ。」
「ふうん。案外ドライなんだね。」
「!? ……ふん。」
大門は今のダンタリオンの言葉に、大きく心を揺さぶられる。
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「……近川さん……」
月木は一人、自室で佇む。
比島、そして八郎。
一一八重子に対し罪を犯した者たち。
だがそれは、自分も同じだった。
もはやどんな罰も、厭わない。
そう、思っていた時だった。
刹那、近川の部屋から悲鳴が聞こえた。
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「近川さん!」
真っ先に駆けつけたのは、大門だった。
「こ、近衛……さん。」
「喋らないでください! 傷口が」
「いい、です……早く、犯人を……」
近川は腹を抑えながら、窓を指差す。
窓はガラスが割れて開き、夜空が見えて風が吹き込んでいた。
犯人は、窓から出入りしたか。
「くっ!」
大門はドアから部屋を飛び出す。
「行くぞ! 逃すな!」
近川の周りを固めていた警護の人たちも、大門に続く。
せっかく見張っていた近川が刺されてしまった。犯人は絶対に捕まえなくてはという心持ちである。
ここは二階にある。
窓から出ることはさすがに危ない。
「他の警護の人も呼べ! 逃すな!」
後ろに続く警護の人が、騒ぐのが聞こえた。
それに合わせ、二階にいる警護の人たちが騒ぐのが聞こえた。
「近川さんが襲われたらしい! 犯人は窓からだ。」
「何!?」
「そのまま窓の外に逃げたって!」
「追うぞ!」
人の多くが外に向かう犯人を追う列に、合流していく。
たちまち近川の部屋の周りから人は、いなくなる。
「駄目です! 見つかりません。」
屋敷の外の暗がりを探す、警護の人が叫ぶ。
他も同様だ。素早く逃げたか。
「近川さんが気がかりですね……戻りましょう!」
大門が皆に、呼びかける。
「皆さん!」
「近衛さん!」
大門たちが外から戻り、近川の部屋へ急ぐと。
既に他の使用人や、道尾家の人々も来ていた。
「ち、近川さんは」
「彼は……もうだめだ。」
中から出てきた、修が首を横に振る。
「ち、近川さん……!?」
「月木さん! しっかり!」
その声に大門が振り返ると。
そこには、倒れこむ月木と、それを抱き抱える妹子が。