conclusion:銀幕の悪魔は実在しない②
「ぼ、僕が魔王だって!?」
「か、鎌田君が!?」
「な……鎌田……」
大門の視線の先にいる、真犯人・魔王――鎌田佳樹。
その推理を聞いて一同は、困惑している。
劇場版の撮影と並行しての、テレビ版撮影現場にて。
スーツアクターたちのアクションシーンや顔出し俳優のシーンのロケーション撮影を終え、撮影所に戻って来たスタッフ一行だが。
撮影所で待機していたはずのスーツアクター・樫澤は遺体となり発見された。
そうして警察が呼ばれ現場検証が行われ。
更に撮影現場をうろついていたオタク三人組、亀井・鳥越・京極も取り調べを受けた後。
樫澤の死亡推定時刻――すなわち、灯王と戦闘員ゴーシェルとの戦闘シーン撮影が終わった直後から姿が見えずアリバイのないスーツアクター・相田が重要参考人であるとされた。
が、警察が引き上げた直後だった。
――……初めまして、私が魔王です。
それは、採石場の風景をバックに気絶していると思しき相田に刃物を向けるフードを目深に被った人物――曰く、魔王が。
相田のスマートフォンからメッセージアプリ・LINERを使うことにより灯王役のスーツアクター引井に、テレビ電話をかけて来たのである。
それを受けた引井とメイン監督・杉山や助監督の甲斐谷、さらに相田のスーツアクター仲間である引井や鎌田とロケバスに乗り込み。
その様子を見て不審がった大門も同じくそのロケバスに乗り込み、採石場に向かった。
しかし、採石場には犯人・魔王の姿も相田の姿もなく。
そのまま撮影所に戻った大門たちだったが。
撮影セットを置いている建物の近くで、腹を刺されて事切れた相田が発見されたのである。
しかし、そんなさなか大門は真相に辿り着いていた。
それは。
「ええ、あなたが樫澤さんと相田さんを殺しました。」
「くっ……」
大門は改めて言う。
鎌田は、歯軋りをしている。
「あなたは採石場での撮影の際、東影撮影所で待機する予定だった樫澤さんを自分の車に密かに乗せて運んだんです。」
「か、樫澤を? トリックのためか……だけど、どんな口実で?」
「相田さんを嵌めて、彼がやる予定の操演をやらせてやるという口実です。実際、樫澤さんは操演ができないことをかなり悔しがっていましたから。」
引井の質問に答えつつ大門は、照準するように鎌田から目を離さない。
その目には、怒りの光が宿っていた。
「そうしてあなたは相田さんを準備時間中に薬で眠らせ。樫澤さんに彼が着るはずだった戦闘員ゴーシェルのスーツを着せて撮影に参加させたんです。」
「そ、それで撮影中のどさくさに紛れて……」
「ええ、あらかじめヘルメットと首の境目に仕込んでいた毒針を押し込み樫澤さんを殺したんです。」
「ううむ……」
その話を聞いた皆は、改めてそのシーンを思い浮かべる。
引井が操演する灯王がランプキンを振り回す。
が、あるカットではランプキンを開いて中の魔炎陣を取り替え。
ブレードモードからガンモードに変わったランプキンにより戦闘員ゴーシェルを薙ぎ倒して行く。
なぎ払われたゴーシェルは、吹き飛んだり。
ある者はバック宙をして倒れたり。
また、ある者は折り重なったりと、さらに"やられる"演技を熱を籠めてこなしていく。
あの中で、人知れず殺人が行われていたなんて――
本当だとすれば、なんと悍しいことだろう。
「もちろん毒針も、恐らく痛みの少ない医療用の針でも使ったんでしょうけれど。まあ仮に痛みがしたとしても、スーツアクターは激しく動く仕事ですからどこかしら痛くなるから問題はないと思いますけどね。」
「し、しかし九衛君……撮影中に仕込んだのがいくら遅行性の毒だとしても、いつ撮影が終わるかなんて監督の私でも分からないんだぞ?」
杉山は指摘する。
撮影が終わる前に樫澤が死んでしまえば、意味ないだろうと。
「ええ、確かに。ですからもし撮影が終わる前に樫澤さんが死んでしまった場合は。眠らせていた相田さんを起こして、操演をさせる予定だったのでしょう。」
「な、なるほど……」
が、大門は杉山に答える。
そう、相田をその場で殺さなかったのは保険としてのためもあったのだ。
「まあ、あの時は運良く撮影の終わるタイミングと樫澤さんが毒で死ぬタイミングが重なったことで、更なる小細工の必要はなかったみたいですけど。」
「あ、ああ……」
井野は聞きつつ、大門の様子に違和感を覚えていた。
その言葉こそ淡白そのものだが、目に宿る感情は激しいものがある。
その様子は、井野の目には奇妙に映っていた。
「そうして、樫澤さんが死んだ後で。あなたは、スーツを入れるための大きめのダンボールにヘルメット以外を着用させたまま入れ。それを車の後部座席に乗せて、皆との引き揚げの際に東影撮影所まで運んだんです。眠らせた相田さんもまた、トランクに積んだ状態でね!」
「くっ……」
「あ、その段ボールって!」
甲斐谷は青ざめながら声を上げる。
彼女は、撮影後に大門と相田を探し回っていた時のことを思い出していた。
あの時、相田を見なかったか聞かれた鎌田は、大きなダンボール箱に、先ほどまで着用していたゴーシェルのマスクを入れつつ『知らない』と答えていたのだが。
まさかあのダンボールに、遺体が入っていたとは。
甲斐谷は吐き気も催したのか、しゃがみ込んで口を押さえる。
「か、甲斐谷君!」
「すみません助監督、不快にしてしまって。……しかし、鎌田さん。そうして撮影所まで戻って来たあなたは、急いで遺体発見現場となる場所まで行って鎌田さんの遺体を、スーツを脱がせた上で放置したんですね?」
「……」
大門は甲斐谷を気遣いつつ、続ける。
鎌田は、大門から目を逸らしている。
「そうして相田さんの場合は……先ほど言った通りですね?」
「か、鎌田……」
「鎌田君……」
その場にいる全員が、鎌田へと視線を注いでいる。
だが。
「……証拠は? そこまで言うのなら、証拠があるんだろうな!」
鎌田は、逆に大門を睨む。
「……井野警部、あれは今鑑定に回していますね?」
「あ、ああ。……まだDNAは割れていないが、ルミノール反応は出たよ。」
「な、何の話だ! ……まさか。」
大門と井野の会話に、鎌田は首を傾げるが。
すぐに内容を理解し、動きを止める。
「ええ、あなたが――正確には、樫澤さんが着用していたゴーシェルのスーツを無断ですが鑑定に出しています。そのヘルメット部と首の部分から、針を刺した時の血痕が検出されました。じきに、樫澤さんのDNAも検出されるでしょう。」
「……くっ!」
「まあ、あなたが代わりに着ていた相田さんのスーツにも恐らくあなたのDNAが残っているとは思いますが。そちらも調べましょう。」
大門は鎌田に、証拠を突きつけていた。
「……いや、その必要はない。」
が、鎌田は。
「ああ、そうさ。……樫澤も相田も、そしてそこにいる引井も! 奴らが出るこんな作品を台無しにしてやりたくて事件を起こした"魔王"は、この俺だ!」
鎌田は、高らかに叫ぶ。
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「お、俺たちが出る作品を……?」
引井は、怯えながら言う。
その屈強な肢体からは想像もできない、震え様である。
「ええ、引井さん。……まさか、忘れた訳じゃないですよね? あんたらが汚え根回しやら印象操作やらして自殺まで追いやった翁さんのことを!」
「お、翁を……」
鎌田は引井に啖呵を切る。
引井も思い当たる節があるらしく、ハッとした様子を見せる。
「そうさ、翁さんは……大切な俺の先輩だった! 俺はあの人こそ、灯王のスーツアクターにふさわしいって思ってたのに……あんたらは!」
鎌田は語り出す。
翁の方が実力もあったが。
それに嫉妬し、また灯王のスーツアクターを狙っていた引井は樫澤や相田、さらには自分自身にまで強要し灯王の操演役が自分に回るように仕向けたのだという。
こうして灯王の役争いに敗れた翁は。
「じ、自殺って……翁君は出演する舞台のリハーサル中事故で」
「それは事故じゃなかったんですよ甲斐谷さん! 翁先輩は、あの時……」
鎌田は言う。
翁は死の前日、鎌田にLINERでメッセージを送って来たのだという。
「翁先輩は言ってました。引井が印象操作で灯王役を射止めたことは絶対許せないって! 全身全霊をかけて役を取るのに邁進して来た灯王役を取られたことが許せないって……そんな絶望が滔々と綴られたメッセージだったんですよ!」
「か、鎌田君……」
「鎌田……」
涙ながらに鎌田は、そう語る。
「そのメッセージを送ってくれた翌日に……あの人は! だから俺は決意したんだ、こんな汚れた作品要らないって! 翁さんを死に追いやった奴ら――俺も含めた屑野郎共が出ている作品なんて要らないって、だから消してやるって!」
鎌田はさらに、吐き出すように言う。
「鎌田……すまなかった!」
「!? ……何だよ引井。今さら!」
が、引井は。
鎌田に対し、頭を下げる。
「俺にもあいつの死の前日、あいつからLINERでメッセージが届いた。お前と同じメッセージが!」
言いながら引井は、スマートフォン画面の翁とのメッセージのやりとりを見せる。
鎌田はスマートフォンを奪うようにして取り、スクロールして眺める。
「ああ、やっぱり引井さん……汚い手を使ったあんたを絶対許さないって、書いてある! あんた、翁さんがそう考えてたこと知っててわざと……」
鎌田はスマートフォン画面から顔を上げ、引井を眺める。
よくも――
が、引井は。
「……でも翁は、許してくれるとも言ってくれた! 借りに印象操作がなかったとしても、俺に勝てたかは分からないって……だから! もう一度お互いに腕を上げてから正々堂々と戦おうって!」
「な……そ、そんなはずはない!」
鎌田は引井の言葉を聞きながら、首を振る。
しかし、LINERの画面に目を落とし。
まだ翁からのメッセージが続いていることに気づき絶句する。
「ま、まさか……!?」
鎌田は翁からのメッセージを読み進める。
すると、果たして引井の言っていた通りのことが書いてあった。
「まさか……そんな!」
鎌田はもしやと思いつつ、そうでなくあってくれという願いをも込めて。
自身のスマートフォンを取り出し、翁とのLINERの画面を開き引井のスマートフォン画面と見比べる。
すると。
「お、翁さん……」
「鎌田、そうか……お前に送られたメッセージにも……」
引井は鎌田の様子から全てを悟り、俯きながら言う。
鎌田に送られたメッセージにもまた、引井宛メッセージと同じことが書かれていたのだ。
「そ、そんな……」
鎌田は持っていたスマートフォンを、二つとも取り落とす。
まさか、自分が見落としを?
あれは、本当に事故だったというのか?
「う、嘘だ! 嘘だ、嘘だ……」
「鎌田、すまない……」
「く、くうう!」
鎌田は歯軋りする。
到底、受け入れ切れることではない。
と、その時だった。
「引井さんが、どう役を得たにせよ……少なくとも、彼は技術的に灯王役に及ばないということはなかったと思います。彼の演技力は、割と特撮ファンとしての目には自信がある僕も保証します!」
「こ、九衛君……」
大門が、鎌田の前に来ていたのである。
「……それよりも、あなたですよ。」
「何? ……くっ!」
「き、九衛門君?」
「こ、九衛さん?」
「大門君!」
「大門!」
「大門さん!」
「こ、九衛君!」
大門は、鎌田の胸ぐらを掴んでいた。
これには、女性陣や井野も驚く。
「すいません! まあ、暴行罪になるかも知れませんが少し待っていてください……分かってますか、あなた! あなたこそが……この作品を汚したということを!」
「うっ、くっ……」
「こ、九衛君……」
大門はそんな皆を制し、尚も鎌田に呼びかけ続ける。
その目には、これまで見たこともない怒りの光がやはり宿っていた。
「汚れた作品? 汚したのはあなたでしょう。確かに、殺された2人や引井さんが翁さんを自殺に追いやっていたとしたら彼らは許されなかったでしょうし。罰せられないからと言ってそれで全てよしということもありません。」
「くっ、くっ……」
「でも、でもね……結果的とはいえ、彼らは無実だった! だけどあなたがこの作品を汚したことを――汚すようなやり方で復讐を望んだことを、僕はどんな理由があったって許しません!」
「く……」
大門の言葉に鎌田も、目に涙を浮かべ始める。
「借りに、本当に翁さんが引井さんたちによって自殺に追い込まれたのだとしても……こんなやり方、この番組に携わっている人たちが許すはずありません! 何より……翁さんが!」
「あ、ああ……あああ!」
「そんなことも分からないようなら……もう、あなたに子供たちやファンの夢を背負う資格はありません! あなたは……スーツアクターなんか辞めちまえ!」
「あああ……あああ……」
大門はそこまで言った所で、手を鎌田から離す。
鎌田は床に崩れ落ち、子供のように泣き続ける。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「鎌田……すまなかった!」
引井もまた、床に崩れ落ちていた。
「……もう、いいか九衛君?」
「はい、すみません。……公務執行妨害になりますか?」
「いや、いい。……君の気持ちに免じることにするよ。」
井野はそう告げてから、鎌田に歩み寄る。
「ええ、鎌田佳樹! 二名連続殺人の罪と……私には、特撮はよく分からんが。ここにいる大層熱心な奴を初めとするファンの想いを汚した罪で、逮捕する!」
「……はい。逮捕、してください……」
井野の大門の気持ちを汲み取っての言葉に。
鎌田は抵抗せず、あっさりと両腕を差し出す。
井野はそこへ、手錠を掛けた。
「井野警部、ありがとうございました。」
「いや、だが……あまり、君も褒められたものじゃないな!」
井野はそう言うと、鎌田を他の警察官と共に連行して行った。
「……これで、悪魔の証明終了です。」
「うん……」
「九衛さん……」
「よく、頑張った。」
「大門。」
「大門さん……」
事件解決を告げた大門は、妹子・塚井・実香・日出美・美梨愛に労られる。




