魔王推理
「採石場をバックに……? 犯人は、どこかに相田さんを拉致していたんでしょうか?」
大門は杉山から聞いた話を元に、更に考えを深めようとしていた。
「あ、ああ……魔王は、犯人は! 相田君を傍らに立たせて、凶器を彼に」
「ひ、ひい! そ、そのナイフで、相田を刺したんですか……?」
「ああ、鎌田……いや、ナイフを翳した所で通話は途切れて」
「そう、ですか……」
杉山の危機迫る説明に、鎌田は問い返し。
引井が代わりに、答える。
劇場版の撮影と並行しての、テレビ版撮影現場にて。
スーツアクターたちのアクションシーンや顔出し俳優のシーンのロケーション撮影を終え、撮影所に戻って来たスタッフ一行だが。
撮影所で待機していたはずのスーツアクター・樫澤は遺体となり発見された。
そうして警察が呼ばれ現場検証が行われ。
更に撮影現場をうろついていたオタク三人組、亀井・鳥越・京極も取り調べを受けた後。
樫澤の死亡推定時刻――すなわち、灯王と戦闘員ゴーシェルとの戦闘シーン撮影が終わった直後から姿が見えずアリバイのないスーツアクター・相田が重要参考人であるとされた。
が、警察が引き上げた直後だった。
――……初めまして、私が魔王です。
それは、採石場の風景をバックに気絶していると思しき相田に刃物を向けるフードを目深に被った人物――曰く、魔王が。
相田のスマートフォンからメッセージアプリ・LINERを使うことにより灯王役のスーツアクター引井に、テレビ電話をかけて来たのである。
それを受けた引井とメイン監督・杉山や助監督の甲斐谷、さらに相田のスーツアクター仲間である引井や鎌田とロケバスに乗り込み。
その様子を見て不審がった大門も同じくそのロケバスに乗り込み、今に至る。
向かう場所は無論、その採石場だ。
「ああ、とにかく……早く向わないとな!」
杉山はバスの前をガラス越しに睨む。
少々、道が混んでいるようだ。
一刻も早く現場に辿り着きたいというのに、もどかしい。
杉山は貧乏ゆすりをして、苛立ちを表現する。
◆◇
「……相田君!」
「相田ー! どこにいるんだ?」
「相田さん!」
なんとかその後、採石場に到着した一行は。
バスから素早く降り、走り回って相田を探し始める。
「皆さん、待って下さい! 殺人鬼がまだ、この辺りにいるかもしれません。」
「あっ……!」
が、大門は散り散りになりそうな皆を宥める。
それを聞いた皆は、ひとまず集まって来るが。
「あれ? ……まったく、引井さん!」
大門はそこにいない人物に気づき、声を上げる。
「……返事が、ないな。」
「皆で探しに行きますか……引井さーん!」
「引井くーん!」
「引井くん! どこ!」
「引井さん!」
大門は、今集まった皆で。
そのまま固まって動きながら、引井に呼びかけ続ける。
「出て、来ないな……」
「ま、まさか引井くん……」
「引井さん……」
杉山や甲斐谷、鎌田は青ざめる。
まさか、引井まで――
「引井さーん! いらっしゃるなら返事して下さい!」
「はいよ! 何だい、そんなに皆で大声出して。」
引井はひょっこりと、一行の近くの石積みより顔を出す。
「はいよ、じゃないでしょ引井くん!」
「九衛君の言う通り、まだ近くには殺人犯がいるかも知れないんだぞ?」
甲斐谷と杉山は、引井を叱る。
「ああすいません監督、助監督……おい、鎌田。こういうときは俺を庇えって!」
「あ、いやすいません……さすがに」
引井に言われ鎌田は、決まり悪げに頭を掻く。
「こら、引井!」
「ああ、すいませんって! ……さあ、早く相田を探しに行きましょうよ!」
「まったく……調子ばかりいい奴め!」
引井はまたも、杉山に怒られつつも。
話を逸らす意味も含め、再度の相田探しを促す。
「しっかし、スーツアクターがこうも立て続けに襲われるなんて……こりゃあ、翁の呪いかねえ?」
「!!!!」
「え? 翁さん?」
が、引井のこの言葉には。
鎌田も甲斐谷も杉山も、どきりとする。
大門は首を傾げるが、皆のただならぬ雰囲気を見逃さなかった。
「……翁君というのは、引井君たちと同じJAUに所属していたスーツアクターさ。去年、顔出しアクション俳優としての舞台リハーサル中に亡くなってしまってね。」
「! そ、そうだったんですか……」
杉山が、説明してくれた。
「……さ、さあ行きましょう! 相田探さねえと!」
引井は今の発言にどこか疚しさがあるのか、また繕っているのが見え見えな言葉で皆を促す。
◆◇
「はあ、はあ……ここには、いないみたいだな。」
「そう、ですね……」
小一時間ほど、採石場を探した一行だったが。
相田の姿も、犯人の姿も見当たらなかった。
「と、とりあえずまた撮影所に戻りましょう……」
と、その時である。
「あれ? ……私のじゃない、誰かスマホ鳴ってない?」
「え? ……いや、俺じゃ」
「お、俺も違います!」
「私も違うな。」
「あ、僕みたいです。」
大門のスマホだった。
呼び出し音が鳴っているスマホを、慌てて取る。
「もしもし」
「もしもしじゃないわよ大門! 妻を差し置いて」
「ひ、日出美!?」
大門は出しなに響いて来た大声に、思わず耳を離す。
「あ、ちょっとまだ私が」
「すみません九衛さん! 塚井です。」
「あ、塚井さん……」
日出美から半ば強引に変わったのだろう。
日出美の恨み節も半ばに、塚井の声が聞こえた。
何故かほっとする、大門である。
「九衛さん、今どちらですか? すみません先ほどから何度も……」
「あ、今、先ほどのロケ地である採石場に……え、何度もですか?」
塚井の問いに答えつつ、大門ははっとする。
どうやら歩き回っていて気がつかなかったらしい。
「あ、気づいていませんでしたか……何かありましたか?」
「いやあ、それが……」
大門は答えに詰まる。
犯人――魔王から電話があったことを話すべきか。
いや、戻ってからでいいか。
「これから撮影所に戻ります、お話はそれから」
「はい、……って、ちょっと実香」
「たのもう、大門君! 早く帰って来てよ、あたしたち置いてけぼり食らって結構モヤモヤしてるから〜!」
「あ、み、実香さん……はい、すみません……」
大門は先ほどの日出美の言葉と合わせて、はたと気づく。
そう言えば、女性陣を置いてけぼりにしてしまっていたか。
「そうだよ、九衛門君! 帰ったら、シフォンケーキ奢りだからね!」
「私も楽しみにしてます♡」
「あ、遣隋使さん、美梨愛さん……」
妹子と美梨愛の声も聞こえ、大門は苦笑する。
「……ま、そう言うことだから! 後で教育だかんね、大門!」
「あ、はーい……」
最後の日出美の言葉に、大門は少々憂鬱になりながら電話を切る。
「……ははは! 楽しそうだな九衛君!」
「……え?」
大門が電話を切ると。
会話を聞いていた皆は、大笑いをしていた。
が、この直後。
バスで再び大門たちが撮影所に帰ったすぐ後のことだった。
「あ、相田君!」
撮影セットを置いている建物の近くで、腹を刺されて事切れた相田が発見されたのである。
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「バディ……? それって確か、窓際警部が難事件を解決するっていう……確か主人公は、左の文字だったかしら?」
「いやお嬢様……それは中の人が同じだけのまったくの別物でございます。」
「し……知ってるわよ!」
撮影所の一角、道尾家の車内にて。
大門と女性陣五人は話をしていた。
話題は相田の倒れていた近くの建物内の、セットが使われていた番組についてだ。
半年に一度のペースで放映されている刑事ドラマ・バディ。
それについての妹子のボケに、塚井がツッコミを入れる。
しかし一体何の話なのか、分からなくなっているが。
さておき。
「ええ、遣隋使さん……採石場で殺されたはずの相田さんが、その撮影セットが置かれている建物付近に倒れていたんです。」
「な、なるほど……」
「はいはい。それでまたお仕事なんて、警察の人たちも大変だねえ。」
大門の話に、実香も車窓から外を見る。
現場は見えないが、この駐車場にも警察官の姿が。
「ええ……でも、僕とさっき採石場に行ったメンバーも大変でした。」
大門は苦笑しながら言う。
◆◇
それは、相田の遺体発見現場に警察が着いてすぐのこと。
「ええと、被害者の名前は相田昌。警察が重要参考人として睨んでいた男か……死因は腹部を刺突されたことによる失血死。そして」
またも現場指揮に当たる井野は、振り返る。
そこには、杉山・甲斐谷・引井・鎌田の姿が。
「……あなた方が、犯人――魔王から会話アプリで連絡を受けて採石場に向かったと? ……そうだな、九衛君、とやら?」
「あ、はいそうです……」
井野はあやうく、大門と顔見知りであるとボロが出そうになりつつも。
全身全霊を持って回避する。
そのまま大門も、初対面の体を装いながら。
井野に、経緯を説明する。
「なるほど……つまり、少なくともあなた方には犯行当時この撮影所にいてアリバイがあるということか……」
「いえ、刑事さん。」
「ん? えっと、確か助監督さんの」
「ええ、甲斐谷です。」
声を上げたのは甲斐谷である。
「ほんの数十分ほどですが……引井君は私たちと別行動を取っていました。」
「な……ちょっと助監督! 俺が犯人だって言うんですか?」
甲斐谷に引井は、食ってかかる。
「第一、例の電話がかかって来たのは俺にだったんですよ! 今刑事さんの言った通り、アリバイが」
「ええ、そうね……あなたに、共犯がいないなら。」
「な、き、共犯!?」
引井は驚く。
「何、図星? ……まあいいけど、とにかく私が言いたいのは。殺人に関してはあなたはアリバイがあるかもしれないけど、全て共犯にやらせていたとしたら? あなたあの時、一人逸れて相田君の死体をバスに積み込んだんじゃないの?」
「な……あ、あんな短時間でんなことできるもんか!」
甲斐谷と引井は、ぶつかる。
「鎌田さん、あの二人」
「ああ、実は……灯王のスーツアクター、引井さんと翁さんで争ってたんだけど。翁さんを推してた一人が甲斐谷さんで。」
「な、なるほど……」
大門は鎌田からこの話を聞き、合点する。
なるほど、道理でこの有様な訳だ。
しかし、確かに引井が単独で動いた時間は僅かである。
如何に引井が屈強な男といえども、そこまで短時間の間に遺体を積み込めるとは思えない。
それは、引井自身も否認している通りだ。
◆◇
「うーん、意外とあの助監督やな奴だったかー……」
「いやお嬢様。それほどでは……」
再び、車の中。
大門と女性陣が話している時に戻る。
「さあて……さあ大門! 妻に謝って……って! どこ行ったのよ大門お!」
日出美は助手席から首を回して大門を睨もうとするが。
彼の姿はいつの間にか、また消えていた。
「え? ……あれ!? 本当ですね……」
「ち、ちょっと九衛門君!?」
塚井も妹子も、そのことにようやく気づく。
「大門君なら、もう外だよ♡」
「そ、妹ちゃんとお姉ちゃんが話してる間にね!」
実香と美梨愛が、楽しげに言う。
「ええ!? ……もう、ひーろーと!」
日出美は、爆発寸前である。
◆◇
「……ここか、バディのセット。」
一方、大門はといえば。
こっそりと、相田の遺体発見現場近くの建物に入っていた。
今この建物もセットも、長く使われていない。
撮影期間ではないからだ。
「これは取り調べ室のセットか……だとしたらどこかに」
大門は、探し回る。
そして、ふと足元に何か長い筒があることに気づく。
「! これは……そうか。」
大門はそれに触れ、確信を得る。
やはり、あれはそういうトリックだったか。
「取り調べ室の隣室は、壁がない面がある……やっぱり犯人は……」
しかし。
「後は、樫澤さん殺しだけど……うーん、あれはどうやって」
「……ひーろーとー!」
「うわっ! ひ、日出美……」
不意に後ろから声が聞こえ、大門はびくりとする。
振り返れば、そこには日出美の姿が。
しかし。
「うわっ! ……す、スマホ……ん?」
大門がまた驚いたことに。
ポケットのスマホが、急に鳴り出したのだが。
そこに、『日出美』と表示されていることに気づき。
「……ダーンターリーオーン!」
「おやおや……バレちゃったか!」
目の前の日出美――いや、ダンタリオンは。
舌をぺろりと出して自分の頭を拳骨で軽く叩く。
「……かわいくないんだが。」
「何だい、つれないなー! まあでも……意外と見た目が同じなら、気づかないものだろう?」
「ああ、そうだな……まったく、最近はすぐ見抜けていたから油断してた! ……ん!?」
「……やっぱり、気づいたか。」
大門はダンタリオンとの軽口の叩き合いで。
ふと、あることに気づく。
そうして、ついに。
「癪だけど、またお前のおかげか。……これが悪魔の証明でないという悪魔の証明、終了したよ!」
「ははは……ははは!」
ダンタリオンは笑う。
大門はついに、真相に辿り着いたのであった。




