新たな凶行
「ええ、死因は首に針のようなもので毒物を注入されたことによる毒殺。被害者の名前は樫澤亮二。スーツアクター……? あんまり聞かんな……」
樫澤の遺体を前に、警部の井野は溜息を吐く。
既に警察の現場検証は、始まっていた。
劇場版の撮影と並行しての、テレビ版撮影現場にて。
スーツアクターたちのアクションシーンや顔出し俳優のシーンのロケーション撮影を終え、撮影所に戻って来たスタッフ一行だが。
撮影所で待機していたはずのスーツアクター・樫澤は遺体となり発見された。
そうして警察が呼ばれ、今に至る。
「ああ、ここは撮影所ですから。特撮番組のヒーローやら怪人やら中に入って演じる人たちを、そう呼んでいるんですよ。」
「ふうむ、なるほど……って! 君か、九衛君……」
声が聞こえて来た方向を井野が見れば。
毎度お馴染みというべきか、そこには大門の姿が。
「ははは、すみません……僕、ここで撮影アシスタントのアルバイトをしてまして。」
「あ、アルバイト!? き、君のようなた」
「っと! ……すみません、僕が探偵であることはどうかご内密に……」
「! あ、ああ。分かった……」
大門に口止めされ、井野は慌てて口を噤む。
◆◇
「ま、魔王!?」
「ええ……樫澤氏の遺体に添えられていた紙には、そう書かれていました。」
「う、うーん……」
井野の話を聞き、プロデューサーの五江星・メイン監督の杉山輝生はほとほと困り果てた顔をする。
井野はそんな彼らを、見逃さなかった。
「……何か、ご存じなんですね?」
「え、ええ……魔王というのは、この後放送予定のエピソードに出て来るキャラクターの名前です。劇場版のラストシーンにも、TV版に先行して登場する予定でした。」
「! 一体、どんな奴なんですか?」
「う、ううむ……」
五江星も杉山も、ひどく言い辛そうにしている。
やがて五江星が、口を開いた。
「まだ魔王については……本編で出て来ていないキャラクターなんだが。」
「お願いします! 一刻も早く犯人を逮捕するためにも。」
「……分かりました。」
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「ふん、これはこれは……少しずつ、お前の願いに近づきつつあるのかな?」
「おや? ……誰かと思えばまたあんたかい、魔王さん。」
クラウンが手にする髑髏のような魔法ランタン・コブランタン。
そこから徐に聞こえて来た声の主・魔王にクラウンは声をかける。
「ああ、私はお前たちの側にいる! いつでもな!」
「"ibligiin,magiin."」
その時。
コブランタンに装填されていたと思われる魔炎陣から詠唱が響き、クラウン付近の地面から何やら影が湧き出る。
それはさながら、頭頂部から生えてそのまま湾曲し襟足に先がある角を備え。
その他やつれたような黒い顔や身体に、襤褸のような皮膜を備えた翼を付けた姿。
それぞ、魔王である。
「さあて……これから面白くなるのか、クラウン?」
「ああ、お見せしてやるさ……この文字通りの茶番劇が、有終の美を飾る瞬間を!」
「ははは、楽しみにしているぞ……」
クラウンの言葉に魔王は、高笑いをする。
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「なるほど……で結局、その魔王ってどんなキャラクターなの?」
翻って、撮影所の一角で。
大門は井野が、五江星や杉山から聞いている話と同じ話を妹子・実香・塚井・美梨愛・日出美らにしていた。
が、妹子は珍しくボケではなく尤もなことを聞き返す。
「ああ、まあそれは……結局劇場版のラストでは先行登場するんですけど、まだ具体的にどんなキャラクターかは明かされていないんです。」
「……まだかい!」
「ま、まじ……まじい!?」
「いやお嬢様……」
大門の返答に、女性陣は拍子抜けした様子である。
「……まあ、僕は知ってはいるんですけどね。」
「……いや、知ってるんかい!」
が、次には女性陣総ツッコミとなる。
「まあ、謎の青年クラウン……彼はゴーマンドの部下や使い魔ではなく、対等な存在って公式ではなっているんですけど。実は、例の魔王から力を授かって魔法使いになったっていう設定なんです。」
「へ、へええ……」
女性陣は今一つ理解できないが頷く。
「し、しかし九衛さん……犯人はその、魔王を名乗って殺人を行なっているんですよね? 一体誰が」
「ああ、まあこの話を直接聞かされた人は……クラウン役の毛野さんなどの一部の人なんですけど。スーツアクターの人たちも、直接聞かされた訳ではないが知っていた人たちは多いみたいです。」
「す、スーツアクターの方々が……?」
「はい。それで警察は、今行方知らずの相田さんを重要参考人として行方を追っているみたいです。」
「あ、あの時! いないいないって騒ぎになってた人ね。」
塚井と大門の会話に、妹子は合点する。
そう、あの時いつの間にかいなくなっていたスーツアクターの相田。
今の所彼が、犯人である可能性が高いらしい。
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「被害者樫澤亮二の死亡推定時刻は、相田氏の出演場面撮影が一通り終わった直後の時間と一致する。撮影現場とこの東影撮影所は片道一時間はかかり、しかもその間撮影現場で姿が見えなかったのは相田氏だけ。……そうですな、杉山監督?」
「あ、はい……」
井野の言葉を聞き杉山メイン監督は、逡巡しつつ頷く。
「……よって、警察はスーツアクターの相田昌を重要参考人として捜索することとします!」
「あ、待ってください井野警部!」
「! こ、九衛君か……」
「え?」
力強く宣言する井野だが。
いつの間にか来ていた大門の言葉により少しペースを乱される。
杉山も、大門と井野が知り合い同士であることを初めて知り驚いた様子である。
「何か、用かい?」
「あ、えっと……確かに樫澤さんの死亡時刻に出て行った人はいないんですけど。あの時、スタッフに紛れ込んでいた一般人ならいました。」
「……何!?」
井野はその大門の言葉に、驚く。
その人物とは、無論。
◆◇
「へえ〜……ここが東影撮影所の中ですか!」
「す、すごいでござるよ鳥越殿!」
「京極君も亀井さんも、少し落ち着きな。」
あの時撮影盗撮を目論んでいたオタク三人組である、亀井・鳥越・京極たちだ。
大門は彼らと、連絡先も交換しており。
急遽、この撮影所の一角に集まってもらったのである。
「……おほん! 君たちは撮影現場の草むらに隠れて、あわよくばその撮影現場を盗み撮りしようとしていたと?」
「ぬ、盗み撮りなんて失礼な!」
井野の言葉に、亀井は立ち上がり抗議する。
「そ、そうでござるよ我々は」
「まあまあ皆さん! 一応盗撮を目論んでいたことは事実ですよね? 僕と、盗撮はしないってお約束をしたんですから。」
「う……」
京極も一緒になって抗議するが、大門の一声により黙り込む。
「……その約束の時僕は、彼らが手にしていたこの家庭用カメラを没収しまして。その後で、彼らのスマートフォンに残っていた画像も削除してもらってから、帰ってもらいました。」
「なるほど、な。」
大門からカメラを、井野は受け取る。
「まあ、その時間にいたなら……いや、そもそも君たちが、この撮影所にまで入り込んで人を殺すなんて無理だろうしな。」
「あ、当たり前ですよ!」
亀井はその井野の言葉に、またも抗議の声を上げる。
「ああ、すまんすまん……では、尋ねる。その時、彼を見なかったか?」
井野は三人に謝った後、相田の写真を指し示しながら言う。
「いえ……鳥越君や京極君は?」
「いや、ないな。」
「な、ないでござるよ!」
三人とも、首を捻るばかりであった。
「うーむ……そうか、分かった。」
井野も収穫がないであろうことを悟り、腰を上げる。
◆◇
「そうなの……じゃあ、そのオタク三人は犯人じゃないってこと?」
警察が引き上げた後。
再び、大門と女性陣は。
撮影所敷地内の塚井の車内で話しており。
妹子は大門に尋ねる。
「うーん、どうなんでしょう……」
「え? ち、違うの?」
頭を抱える大門を見て、妹子は首を傾げる。
「どうしたの大門君。はっきりしないな〜!」
「わ、す、すいません!」
「ちょっと実ー香ー! 九衛さん考えてる最中でしょ!」
大門に戯れる実香を、塚井は止めにかかる。
「ちょっと、人の旦那にい!」
「わ、ひ、日出美さんまで参戦しないでください!」
「ちょっと、私も混ぜなさい塚井〜!」
「お、お嬢様まで!」
が、嫉妬した日出美や妹子までも大門に戯れ始めてしまう。
美梨愛は無言のまま、笑顔でこれを見ていた。
「いたた……(うーん、本当に犯人は相田さんなんだろうか? 誰か他には)」
大門は女性陣に揉まれつつ、冷静に思考を張り巡らせていた。
が、その時。
「あれ? お姉ちゃん、大門さんたち! 何か皆慌ただしく車に乗ってるよ!」
「! え? ……すみません、ちょっと失礼!」
「わ! ひ、大門君!」
美梨愛の言葉に大門は。
戯れて来ていた女性陣を振り解き、車から降り。
美梨愛の言っていた、スタッフたちが乗り込んだロケバスに向かう。
「み、皆さん!」
「! 君は……撮影アシか。」
「あ、はい。九衛です。」
バスに乗り込めば、そこには。
灯王役のスーツアクター引井や、その後輩スーツアクターの鎌田。
更には杉山や助監督の甲斐谷までいた。
「どうしたんですか、皆さん?」
「ああ、とにかく……運転手さん、撮影現場の採石場に向かって下さい! 早く!」
引井の言葉を受け、バスは発進する。
「九衛君、実は先ほど。引井君に相田君のスマホから、LINERでテレビ電話がかかって来てな……」
「え?」
杉山の説明に大門は、事情を察する。
相田、のスマホということは。
すなわちスマホの持ち主と発信者は、別人だということである。
◆◇
時は、この少し前に遡る。
警察が引き上げた後、撮影所内事務所にいた杉山や甲斐谷だが。
そこへ。
「か、監督! た、大変です!」
「! ど、どうした引井君?」
息を切らし、引井が駆けこんで来た。
「こ、これを見て下さい!」
「これは……な、なんだこれは!?」
引井は自身のスマートフォン画面を見せ。
それにより彼らは、驚く。
「……初めまして、私が魔王です。」
それは、採石場の風景をバックに気絶していると思しき相田に刃物を向けるフードを目深に被った人物――曰く、魔王である。




