魔王の犯行
「よし、少々休憩だ! 次は毛野君のシーンを撮るぞ!」
「はい!」
監督は新進気鋭の若手俳優にして、クラウン役の毛野輝を登場させる。
劇場版の撮影と並行しての、テレビ版撮影現場にて。
スーツアクターたちのアクションシーンを終え、撮影は顔出しの彼のシーン撮影が始まろうとしていた。
「おお……うん。謎の青年クラウンの、怪人体初登場回なんだし。さあ張り切って」
と、大門も熱を帯び始めたその時だった。
「おほん! あなたたち、何度も言いますがこの撮影は一般公開はしていません。直ちに!」
「あ、い、いやだなあ助監さん。そんなに目くじら立てなくても……」
助監督・甲斐谷鷹子は茂みに向かって声をかける。
ぞろぞろと出て来たのは、男性三人組である。
毎回のように撮影を嗅ぎつけては、こうして物陰から覗き込んでいるのだ。
「あなたたちの覗きを許してしまうと、他の方にも撮影現場を見せなきゃいけなくなるんです! あなた方を大目に見ることなんてできません、お帰り下さい!」
「は、はい……」
甲斐谷の言葉を受け、男性三人組はすごすごと帰る。
「まったく、あの連中は! ……九衛君、すまないが。」
「あ、はい!」
大門は他のスタッフの指示を受け、走り出す。
こうしたトラブル対応も、撮影アシスタントの仕事である。
「……では気を取り直して! 撮影開始だ!」
「はい!!」
監督の言葉に、現場は再び活気づく。
◆◇
「まあ決定的瞬間が撮れたから結果オーライですけどね!」
太った男性・亀井雷太はスマホを背中に隠しつつ、他の二人に言う。
「しかしあのスーツアクターの動き、何とかなりませんかねえ?」
鳥越千太郎は雷太に言う。
自身もショーでのスーツアクターアルバイト経験があるとかで、操演者には手厳しい。
「まあでもこれで、我々のネタバレブログも充実するでござるよ!」
痩せぎすの男・京極明男も、微笑みながら言う。
彼ら三人が撮影現場覗きに精を出しているのは、そのブログネタにするためだった。
「み・な・さ・ん?」
「うわっ! あ、アシさんか……」
コホンと咳払いをして大門は、亀井たちに声をかける。
大門は亀井たちとは、すでに顔見知りである。
彼らは一度追い返されても、まだ付近に止まっていることが多いのだ。
「盗撮した内容をブログに載せるとは、関心しませんね?」
「い、いやしかし……ど、読者が我々の写真を!」
「そ、そうなんだ!」
「そうでござるよ!」
亀井・鳥越・京極は揃って大門に弁解する。
「うん、そうですね! 僕も現場の端くれとして関わる前は……ネタバレ情報が待ち遠しくて待ち遠しくて!」
「おお!」
「そ、そうでござろう!」
「だ、だったら!」
「……ですけど! それとこれとは別ですね〜。」
「! むうう……」
大門も一旦は、彼らに同情するような素振りを見せるが。
かと言って、見逃す真似はしない。
そして。
「まあ、タダで画像を渡してくれとは言いません。……これと、交換です。」
「! そ、それは!?」
「ひ、引き換え券付劇場版前売券でござるか!」
「お、おお!」
大門は、手に三枚の券を掲げる。
それを見た亀井・鳥越・京極は目を輝かせる。
引き換え券というのは、劇場版に出て来る招待魔法を司る限定版魔法陣人・インビテージーンの魔炎陣との引き換え券だ。
近年の特撮では、こういう販売戦略も取られている。
塚井の言葉を借りれば、決して褒められたものではないが。
さておき。
「ほ、欲しい! くれよ!」
「ええ、まあ差し上げたいんですけど……これは、画像全てとの引き換え券ということで。」
「ええ!?」
大門の要求に、亀井たちは不満な顔をする。
「ええ〜? そ、それは」
「うーん、仕方ありませんね……」
「ま、待ってくれ! ほ、ほら!」
が、大門がそのまま去ろうとすると。
亀井たちは大慌てで、映像の入ったビデオカメラを差し出す。
しかし大門は、更に亀井たちを見つめ。
「……これで、本当に全部ですか?」
「うっ! ……ほ、ほら鳥越君も京極君も!」
「うーむ……し、仕方ないでござるな。」
「うーん……はい。」
大門の詮索に、亀井は自身のスマートフォンを取り出し。
鳥越と京極も、自身のスマートフォンをそれぞれ取り出す。
そこには、先ほどの撮影風景が映っていた。
「……この場で全て処分し、僕に確認させてください。そうすれば、この引き換え券はお渡ししましょう。」
「ほ、本当だな!? さ、さあ、早く2人も!」
「ううん……止むを得ないでござるか!」
「これも引き換え券のため、か……」
三人は渋々といった形ではあるが、画像を消去し始める。
そうして。
「ふんふん、ふんふん……はい、消去確認。では、お三方にこれを進呈いたします。」
「おお!」
「これは……おいくら万円で売れるんだ?」
「ええ!? いや鳥越殿、転売ヤーになる気でござるか?」
三人は無事、引き換え券を手にしたのだった。
「……さあ、では受け取られたら早く!」
「おおっと! わ、分かったよアシさん……」
「ちぇっ、我々がいくら投資してやっていると」
「と、鳥越殿! す、すまんでござるアシ殿……さあ、ズラカルでござるよ!」
そのまま亀井たちは、立ち去る。
「ふう、悪い人たちじゃないんだけどな……まあいいか、さあて撮影に」
三人を見送った大門が、そのまま現場に戻ろうとしたその時だった。
「ひーろーと!」
「うわっ! ひ、日出美……と!?」
急に後ろから声をかけられた大門が、振り向けば。
そこには、日出美と。
「やっほー、大門君!」
「お邪魔するわ、九衛門君!」
「すみません九衛さん、お邪魔して……」
「大門さん、お久!」
実香・妹子・塚井・美梨愛ら女性陣たちが。
「み、皆さん……な、何で?」
大門は呆気にとられる。
すると。
「何でって……あたしたちも、スタッフですから♡」
「ああ、なるほど……ってええ!?」
実香が先陣切って見せたスタッフのカードに続けて、日出美も妹子も塚井も美梨愛も、同じものを見せる。
「ど、どうして……?」
「安心しなさい、九衛門君! これぞ毎度お馴染み道尾家の、七光りって奴よ!」
「……相変わらず、いろいろとうちの主人が褒められたものではなくてすみません九衛さん!」
「あ、あはは……」
妹子の言い方に、塚井は呆れ顔をしつつも大門に詫びる。
大門も状況を呑み込み切るには少し時間がかかり、少し呆然自失となる。
「(ふん……まあ何はともあれ、これで大門と!)」
「(これで九衛門君と!)」
「(大門君と!)」
「(こ……九衛さんと!)」
「(大門さんと、蜜月の時! ……って、お姉ちゃんたちは思っているんだろうな……)」
大門に熱を上げる女性陣に、美梨愛はその心中を察して呆れ気味である。
が、そうは問屋が卸さないとばかり。
「おやおや、九衛君あの人たちを追い返してくれたのね? ……って、その人たちも野次馬?」
「あ、甲斐谷さん! あ、いえこれは」
「はい! 私たちもスタッフですから!」
実香も日出美も妹子も塚井も美梨愛も、先ほどのスタッフカードを見せる。
すると。
「そう……なら、働いてもらわないとね♡」
「はーい……えええ!?」
甲斐谷は微笑む。
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「……開放!」
「はいカット! よし、毛野君。良くなって来てる!」
「はい、ありがとうございます!」
クラウン役の毛野輝は監督の言葉に、大きく頭を下げる。
若手である彼の、魔獣ヌーンクラウンへの変身シーンがこの日最も手間がかかったシーンとなった。
「よし、これで本日の撮影終了! 皆、引き上げだ!」
「はい!!」
何はともあれ、本日はお開きとなった。
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「はあ……よし、楽しかった今日の撮影は終わりか……」
大門は再び走り回り、機材の撤去をしながら物思いに浸る。
既に15時を回っていた。
「つ、つーかーいー……腰があ。」
「まあお嬢様……ここは、仮にもスタッフな訳ですから。おとなしく、スタッフ業をご全うくださいませ。」
「そ、そんなあ……」
妹子や塚井も、こき使われていた。
「さあ行こう、実香ちゃん!」
「う、うん……美梨愛ちゃん元気すぎ……」
実香と美梨愛も、当然のようにこき使われている。
「そう言えば塚井、日出美ちゃんは?」
「ああ、日出美さんはまだ13歳ですので。今は車の中で待っていただいています。」
「ああ、なるほど……」
妹子は塚井の言葉に、納得する。
そう、日本の就業可能年齢は15歳以上。
日出美はその歳になっていないため、仕事はさせられないのだ。
「ふう……もう、仕事がないならないでヒマね〜、ひーろーと!」
日出美は、大門のことを憂い一人で車内で待機し溜息を吐いていた。
◆◇
「ねえ鎌田君、相田君を見なかった?」
「え? その辺にいませんか?」
「ん?」
しかし、時同じくして。
大門が機材を片付けている側で、甲斐谷が何やら聞き回っていた。
聞かれた鎌田は大きなダンボール箱に、先ほどまで着用していたゴーシェルのマスクを入れつつ答えていた。
「どうしたんですか、甲斐谷さん?」
「あ、九衛君! 相田君見なかった?」
「いえ、僕も。どこにもいらっしゃらないんですか?」
「ええ、さっき着替えのためのスペースも観に行ったんだけど……ゴーシェルのスーツが放置されているだけで、どこにもいなくて。」
甲斐谷は心底困り果てている。
「そうですか……僕も、ちょっと探して見ます。」
大門も相田を探してみることにした。
「相田さーん!」
「相田君!」
大門と甲斐谷は、周りに叫びながら動き回る。
「あれ? 塚井、何か九衛門君が。」
「ん? ああ、そういえば何かしていらっしゃいますねお嬢様。」
仕事をしていた妹子と塚井も、大門に気付く。
「え、何何! 人探し?」
「おお! 実香ちゃん、これは何やら事件の予感だね!」
実香と美梨愛も、これに気付いた。
「どうしたんだ、甲斐谷君も九衛君も。」
それを聞いた監督も、二人に声をかけて来た。
「あ、監督!」
「スーツアクターの相田さんが、今行方不明で。」
「何?」
「おやおや。あいつ、仕事ほっぽり出して逃げやがったか。」
「! 引井さん。」
先ほどまで、灯王の操演をしていた引井もやって来た。
かなり汗ばんだ様子だが、涼しげな顔である。
「引井さん、相田君はそんな」
「いやあ、まあまだまだ若いですし! 臆病風に吹かれたんじゃないですか?」
「うーん……」
甲斐谷を宥める引井の言葉に、大門は違和感を覚える。
彼は、本当にどこへ行ったのだろうか?
が、そこへ。
「まあそうだな……とにかく、早く引き上げの準備だ! 時間も少し押し気味なんでな。」
「は、はい!」
「……そうですね。」
監督の鶴の一声があり、ひとまず大門たちは片付けに戻る。
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「た、大変です!」
「!? ど、どうしたんですか守衛さん?」
が、一行が東影撮影所に戻り機材の搬入をしているさなかだった。
守衛の初老男性が、スタッフの中へと飛び込んで来た。
「な、中で……遺体が見つかったと!」
「!? なっ! どこでですか、一体どこで?」
「うぐっ! く、苦しい!」
「あ、ごめんなさい……で! どこに?」
「ああ、それなら……」
「……ありがとうございます!」
思わずその胸倉を掴み守衛から場所を聞いて大門は、走り出す。
そして。
「! すみません、ちょっと!」
遺体があるという会議室の前に来ていた人だかりを掻き分け、大門はその部屋に入って行く。
まさか、今行方知らずの相田が……?
「あ、相田さ……いや、違う!?」
が、大門は遺体の顔を見て面食らう。
それは、この撮影所で待機していたスーツアクター・樫澤だった。
更に。
『下級使い魔・ゴーシェルは始末した……魔王』
「ま、魔王!?」
転がる樫澤の遺体に添えられていた文面に、大門は息を呑む。




