魔王の影
「……始まるね。」
「うん、妹子さん。」
「ええ、お嬢様。」
「うん、妹ちゃん。」
「うん、妹子ちゃん。」
「はい、遣隋使さん。」
他映画の予告が終わり、『東影』のマークが表示された画面を見て。
大門と女性陣は、こっそりと言葉を交わす。
そうして場面は。
「はあっ!」
「ぐああ!」
「えい!」
「ぐああ!」
灯王――優龍が。
ランプキン――マルクを。
振り回し、戦闘員ゴーシェルをなぎ倒して行くシーンから始まる。
「まったく……雑魚共が。」
「お客様……雑魚共が、はいいんですが! ……人を、武器にしないでー!」
ランプキンからは、同化しているマルクの声が響く。
大門が撮影アシスタントのバイトをしている、特撮番組『魔法乱譚伝灯王』。
その劇場版を、彼はおなじみの女性陣に塚井妹・美梨愛を加えたメンバーと共に見に来ている。
そう、あの日も。
こんな、ゴーシェルとの戦闘シーンから始まっていた。
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「はい、三十分後にシーン撮影入るからよろしく!」
「はい!」
そうして時は、撮影の時。
監督の声と共に、皆準備に入った。
劇場版の撮影と並行しての、テレビ版撮影現場にて。
大門はロケバスでやって来ていたが、着くなり慌しい動きとなる。
カメラや椅子のセッティング、スーツアクターらは着替え、顔出し俳優はメイク……と、一分一秒を争う。
「監督、すいません! 今着きました。」
「おお! よし、早い所スタンバッてくれ! あと二十五分くらいだからな。」
「はい!」
と、そこへ。
ロケバスではなく自身の車でやって来たメンバーが姿を見せる。
スーツアクターの鎌田、相田だ。
彼らはいつも、こうして自分のスーツは自分で管理しているのである。
「さあ、早く早く! 今回はいつも以上に大事な撮影なんだからな!」
監督は周りに、言い聞かせるように叫ぶ。
今回撮影するのは、ストーリー全体で見ても大事なエピソードの一場面だった。
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テレビ版本編のエピソードである。
「さあて……大人しくしていろゴーマンドの使い魔!」
「くっ、この……」
灯王は、銃形態に変形させたランプキンの銃口を向けている。
その先には、人型の蝙蝠に似たゴーマンドの使い魔。
ゴースコマンド・オポチュニズムが。
「行くぞ、魔炎技師!」
「は、はいお客様!」
「"灯王リリージーン、マジーン! 灯王リリージーン、ウィジーン ロジーン?"」
「……大開放!」
優龍は灯王リリージーンを、再起動し。
灯王リリージーンに尋ねられるがままに、必殺技コマンドを詠唱する。
「"『リリース オール マジック!』ロジーン!
灯王リリージーン マジーン!"」
灯王リリージーンもコマンドを認識し、必殺技のエネルギーを貯め始める。
たちまちランプキンの前には、滾る炎により描かれた魔法陣が浮かび上がる。
◆◇
「……面白そうだなあ。」
「ん? どうした、クラウン。」
この様子を物陰から見ていたゴースコマンド・オポチュニズムの主であるゴーマンド・ジャヴァウォングは驚く。
ジャヴァウォングの協力者であるスーツにシルクハット姿の青年・クラウン。
ジャヴァウォングが驚いたのは、クラウンが何やら目の前の手すりから身を乗り出そうとしているからだ。
「ふふふ……」
「"Crown Engagiin、Majiin!"」
「お、おいクラウン!」
ジャヴァウォングはマーキュラスの中から叫ぶ。
クラウンは右手で顔の右側を隠しつつ、勢いよく手すりを乗り越えたからである。
「悪いね! ちっと面白そうだから。」
「……" Please command me, my lord" Logiin。」
「……爆裂!」
「"Crown Engagiin、Wiziin Logiin " Explosion" Logiin。Crown Engagiin、Majiin!"」
そのままクラウンは落下しつつ叫ぶ。
するとその左手には火球が生成され、彼はそれを灯王とゴースコマンドめがけて投げつける。
「! くっ……」
「ぐっ!」
「うわっ!」
火球は灯王とゴースコマンドの間に当たり、爆発する。
「くっ……し、しかし! 今がチャンスだ!」
「! あ、あいつ逃げちゃう!」
ゴースコマンドも倒れながらも。
灯王も倒れた隙を突き、そのまま蝙蝠のごとく飛び去る。
後を追おうと立ち上がる灯王だが。
「ちょっと待った灯王! なあ、俺と遊んでくれないかな?」
「何?」
その前に、クラウンが立ちはだかる。
「誰だ、お前は!」
「俺? 俺はクラウンってんだ! よろしくな!」
「く、クラウンだと……?」
「あ、こ、こいつは!?」
突然現れた、紳士服にシルクハットという装いの青年。
魔法陣衣の中の優龍も、ランプキンの中のマルクも、これには大いに戸惑うが。
「じゃ、本気出ーしちゃお!」
そんな彼らをよそに。
そういってクラウンは顔の右半分を右手で覆う。
すると。
「"Crown Engagiin、Majiin!"」
「ク……」
「クラウンエンゲージーン⁉︎」
またも優龍らは、戸惑う。
紛れもなく、それは魔法陣人の力。
が、これまたそんな戸惑いをよそに。
たちまちクラウンは全身を炎に包まれ。
何やら、開放陣衣を思わせる姿に変わる。
顔の左半分は、鉄仮面のように覆われているが。
右半分は、今しがた腕を下ろした時に、その鉄仮面の右半分らしきものが手に握られて外されたと思われ。
その仮面のあった場所には、髑髏のようなものが覗いている。
その周りを飛び回るのは、先ほどクラウンから抜け出した魔法陣人・クラウンエンゲージーンだ。
「"Crown Engagiin、Logiin " Please command me, my lord" Logiin。」
「……解放!」
「"Crown Engagiin、Wiziin Logiin " Release the fiend power" Logiin。Crown Engagiin、Majiin!"」
「うわああ……何ちゃって、ハハハハ!」
「くっ……」
そうしてクラウンエンゲージーンが、クラウンの身に取り憑き。
クラウンの身を覆っていた炎は消え、変身は完了する。
身体の左半分が拘束具に覆われ、右側は変身前を思わせる紳士のごとき装いをした怪人体・魔獣ヌーンクラウン。
「さあ……文字通りのゲーム・スタートといこうか!」
「くっ……」
◆◇
「おいおい……意外に、歯応えないねえ!」
「くっ……」
「お、お客様……」
魔獣ヌーンクラウンの余裕を湛えた笑い声に、灯王の魔法陣衣の下で優龍は歯軋りする。
高速で動き回るクラウンは捉え所がなく、優龍は大苦戦を強いられてしまう。
しかも、血のにじむような鍛錬でも補えない彼生来の虚弱体質という弱点をついたかのように。
クラウンは、彼に長期戦を挑んでいたのである。
「まあいいや……これで文字通りのゲームセットと行こう、灯王!」
「"Crown Engagiin、Logiin " Please command me, my lord" Logiin。」
「……大解放!」
「"Crown Engagiin、Wiziin Logiin " Release the all fiend power" Logiin。Crown Engagiin、Majiin!"」
「くっ、お客様! こっちも!」
「ふっ、言われなくとも! ……大開放!」
「"『リリース オール マジック!』ロジーン!
灯王リリージーン マジーン!"」
クラウンは宣言と共に、クラウンエンゲージーンを必殺モードに切り替え。
優龍もまた、灯王リリージーンを必殺技モードに切り替える。
たちまち両者の背後には、魔炎陣の紋章が浮かび上がる。
「はっ!!」
「……はいっ。」
そのまま二人は、必殺技を撃ち合う。
二人の魔法による攻撃は、ぶつかり合い拮抗し合うが。
「なるほど……中々やるじゃあない灯王!」
「ふん、当たり、前だ……くっ!」
「お、お客様!」
優龍は言いつつ、ふらつく。
マルクはランプキンの中々よりこれを見てハラハラする。
ただでさえ、消耗している優龍である。
このままでは――
しかし、その時。
「だけど……悪いねえ! 魔力はこっちの方が上、かな?」
「くっ、うわっ!」
「まずい!」
「"ディフェンジーン、マジーン!"」
クラウンはそんな灯王を嘲笑うかのごとく、魔力波を強める。
瞬く間に、灯王の攻撃は押し切られ爆発する。
「ぐっ、この……」
「へえ……そこのカボチャ君が咄嗟にお客様を庇ったか。いい顧客愛だねえ。」
変身が解除された優龍と、ランプキンとの融合が解除されたマルクは倒れ込んでいる。
そこへ魔獣ヌーンクラウンは、ゆっくりと歩み寄る。
が、その時。
「……ん?」
「"Crown Engagiin、Logiin "It's time to be out of time, my lord" Logiin。」
「……文字通りの時間切れってかい。まあいいや、また遊ばせてよ!」
「くっ……待て!」
その言葉と共に魔獣ヌーンクラウンは、身体から炎を吹き出して消える。
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「うん、今日も楽しい撮影になりそうだ!」
大門はこれからの撮影に、胸を躍らせる。
謎の青年クラウンが、怪人体を明かす回とあっては先述の通り重要な回である。
そのために現場の雰囲気も心なしか、一層引き締まったものになっていた。
「監督! スタンバイします!」
「おお、頼む!」
この現場でのスーツアクターとしての主演・灯王を操演する引井逢太が、真っ先に準備ができた。
「おお……やっぱりかっこいいなあ!」
大門はまたも、大はしゃぎである。
ミーハーという誹りを受けそうではあるが、そもそも趣味が高じてのこのバイトなのだから仕方ない。
「やっぱりスーツアクターさんがいなきゃ、特撮じゃないな!」
スーツアクターとは、俳優と名がつく職業では最も難しい部類に入るのではないだろうか。
少なくとも大門は、そう思っていた。
勿論顔を見せる訳でもなければ声を発することもない。
しかし彼らは、確実に演技をしている。
身体全部で表現する、ボディーランゲージをもって。
それは顔や声でも魅せることのできる他の俳優とは、違った魅力である。
「よーし、全員スタンバったな! ……では、開始だ!」
「はいっ!!」
そうして戦闘員ゴーシェルのアクターたちも、勢揃いし。
現場全体が監督の号令に、返事をする。
そうして。
「3、2、1……アクション!」
助監督のカチンコ音と共に、撮影が開始された。
「……!」
「!」
「……、……!」
たちまち引井が操演する灯王がブレードモードのランプキンを振り回し、戦闘員ゴーシェルを薙ぎ倒して行く。
なぎ払われたゴーシェルは、吹き飛んだり。
ある者はバック宙をして倒れたり。
また、ある者は折り重なったりと、"やられる"演技を熱を籠めてこなしていく。
引き立て役であるこの戦闘員のアクターには、鎌田と相田もいた。
「(そうだよな……やっぱり、"やられる"役がいないと。)」
大門は尚も撮影を眺めながら、次は戦闘員の動きに着目する。
灯王役の引井など、目立つ戦士役アクターがスタイリッシュな動きで魅せるとするならば。
彼らはやられたオーバーな演技で魅せる役なのである。
「はいカット! ……よし、次は」
監督は一カット撮り終わるや、また新たなカットに取り掛かる。
難しい撮影ならば、何度もNGが出てしまうことも多い。
この撮影も難しい部類には入り、故にやはり何度も撮り直しがかかる。
たちまち引井が操演する灯王がランプキンを振り回す。
が、あるカットではランプキンを開いて中の魔炎陣を取り替え。
ブレードモードからガンモードに変わったランプキンにより戦闘員ゴーシェルを薙ぎ倒して行く。
なぎ払われたゴーシェルは、吹き飛んだり。
ある者はバック宙をして倒れたり。
また、ある者は折り重なったりと、さらに"やられる"演技を熱を籠めてこなしていく。
大門も合間合間に、水を配って回ったり。
タオルを配ったりしつつ、撮影を楽しく眺めていた。
と、その時。
「ひーろーと!」
「!? ひ、日出美!」
大門は突然声をかけられ、驚いて振り向く。
そこには、日出美の姿が。
が。
「(……いや、日出美がこんな所にいる訳ない! お前……ダンタリオンだな!)」
「ふふふ……ああ、久しぶりだね。」
日出美――の姿のダンタリオンは微笑む。
かれこれ、魔女狩り村の一件以来か。
「(こんな所に……何で出て来た。)」
「つれないねえ……いつも、一緒にいるのに。」
「(……さっさと今は消えてくれ! 忙しくて構っている暇なんかないんだから。)」
「ふーん……まったく! 本当につれないなあ君は。例の人狼の時は調子良く呼び出しておいて、前の魔女狩り村では私の力無しに事件を解決できたからもう要らないってかい?」
大門の態度にダンタリオンは、ふくれっ面となる。
「(ああ……元からお前の力なんていらない。さあ早く消えてくれ!)」
「ふうん……いいのかなあ? 事件の匂いがするっていうのに。……君だって、気づいてない訳じゃないだろう?」
「(……くっ!)」
大門はダンタリオンの言葉に、目を逸らして今の撮影風景を見る。
確かに、東影撮影所で。
今演技中の引井たちと、撮影所で待機中の樫澤が何か揉めていた。
―― 落ち着け、お前ら!
――あーあー、引井さんも……その立場得る為に、あんなことして
――! ん、んだとこいつ!
あれは確かに、不穏な空気だったが。
どこかしら事件など起きて欲しくないという気持ちが大門にはあり、少し目をつぶっていたことは否めない。
この大好きな特撮撮影現場で、事件など――
「ん……?」
と、その時。
ダンタリオンに言われて意識したせいか、何やら違和感を感じる。
それは、とあるカット。
ここでも灯王がランプキンを振り回し戦闘員ゴーシェルを薙ぎ倒して行く。
なぎ払われたゴーシェルは、吹き飛んだり。
ある者はバック宙をして倒れたり。
また、ある者は折り重なったりと、さらに"やられる"演技を熱を籠めてこなしていく。
特に変わった所はない、はずなのだが。
「(なあ、もしかして……って!)」
大門はダンタリオンに違和感の正体を尋ねようと、その方を振り返る。
しかしダンタリオンの姿は、既になかった。
「……ま、気のせいか!」
「はーいカット!」
大門は再び気を引き締め。
監督の言葉と共に、またスーツアクターたちの中へと水とタオルを持って飛び込んで行く。
◆◇
「ほうら塚井! もっと早く!」
「飛ばしちゃって塚井! 愛しの大門君のためだよ!」
「塚井さん、早く早く!」
「ほうらお姉ちゃん! い・と・し・の大門さんの」
「だあー! 皆さん運転中なんですから、ここは大人しくただただ乗っていて下さい!」
その頃、そのダンタリオンに化けられていた本物の日出美とその他妹子・実香・美梨愛は。
エキストラ出演のドームから既に出ており。
塚井の運転する車で、大門のいるロケ現場に向かっていた。




