殺意の魔法
「ま、まじ……まじい!」
「いや、お嬢様……」
大門のカフェ・HELL&HEAVENにて。
いつも通りというべきか妹子のボケが、響き渡る。
塚井の見合い相手である塚光家をめぐる一件から少し後。
妹子と塚井、さらに日出美・実香もHELL&HEAVENに来ていた。
話題は、大門がアシスタントのバイトを副業としてやっている特撮番組『魔法乱譚伝灯王』のことだ。
しかし、妹子はまずタイトルからして聞き取れなかったらしい。
「ははは……すみません、やっぱり興味ないですよね。」
「い、いやそんなこと!」
「私、そんなには見てないけど気になってるよ? ……『魔法乱譚伝灯王』!」
「え、美梨愛が!」
大門と妹子の話に割り込んだ美梨愛の言葉に、塚井姉は驚く。
そう、おなじみの女性陣に加え。
美梨愛も、ここの常連になっていた。
さておき。
しかし美梨愛は特撮など、見たことはないはずなのだが。
「まあ、内容はあんまり知らないけど……よく見てた雑誌でモデルやってた狩生藤司とか、毛野輝とかがメインで出てるから。」
「ああ……まあ、今や特撮番組はイケメン俳優の登竜門ですからね!」
「へ、へええ……」
妹子は大門と美梨愛の言葉に、若干引いている。
「まあ、スタッフ割りってことで。格安で試写会チケットが手に入りそうなので皆さんもよろしかったらと思ったんですけど……興味ないですよね?」
「もーちろん! 私は、旦那の趣味に理解のある寛容な妻だよ?」
大門のこの言葉に、日出美が真っ先に名乗りを上げる。
「よし! あたしも乗った!」
実香も、声を上げる。
「ほら、塚井も妹子ちゃんも。」
「え、ええ〜……で、でも九衛さんに」
「よし、行くわ九衛門君!」
「……マジですか、お嬢様。」
塚井は実香に促されながらも、遠慮するが。
妹子の言葉に、驚く。
「だって塚井! ここは行くしかないじゃない? さあ!」
「は、はあ……」
塚井は言葉を濁す。
折角、大門が誘ってくれているのだから応じるべきかも知れないが。
こんなに大勢で、行っていいのだろうか?
が、塚井がそう悩んでいる間にも。
「よおし妹ちゃん! 私も行く!」
「え?」
「み、美梨愛!」
美梨愛も、名乗りを上げる。
「ま、私も毛野さんとか見たいし! ……お姉ちゃん、どうするの?」
「ちょ、ちょっと美梨愛!」
美梨愛は言いつつ、大門に近づく。
「み、美梨愛さん?」
「お姉ちゃん、行くの行かないの? ……まあ、行かないと大門さん、皆に取られちゃうかもよ〜?」
「み、美-梨-愛-!」
塚井は美梨愛の台詞に、激しく動揺する。
まず、妹に自分の本心を見抜かれていたということに驚き。
更に、いつの間にか美梨愛が大門を大門さんと呼んでいたことに驚く。
「ほら、つーかーいー!」
「……お嬢様。ご心配なさらずとも、私はきちんと行きますから。お嬢様お一人で行かせるなど、するはずがありません。」
「やったー!」
妹子の言葉に、塚井は答える。
妹子は、大喜びである。
「じゃあ、皆さんにこれを。では、キャスト登壇の試写会当日お会いしましょう!」
「はーい!」
「すみません、九衛さん……よろしくお願いします。」
嬉しそうに笑う大門に少し見惚れながら、塚井はバツが悪そうに頭を下げる。
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「よーし、そろそろスタンバってくれ!」
「はい、監督!」
数日後。
この日も朝早くからの、撮影になる。
この日は、とあるドーム内でのロケである。
「おお……すごい数ですね!」
大門は客席から見渡し、驚く。
分かってはいたが、すでに会場には沢山のエキストラが。
募集をかけて、抽選の結果集められた"選ばれた者たち"である。
「はい、皆さん! 本日はお集まりいただきありがとうございます。では、キャスト陣より挨拶をしていただきましょう……主演・南優龍役、狩生藤司さん! マルク・ゼオライト役、葉山マイケルさん! 戌木菖蒲役、桐山采花さんです!」
「皆さん、こんにちは-!」
監督の呼びかけと共に、メインキャスト三人が用意された台の上に上り挨拶する。
「キャー!」
「おおお!」
たちまち、エキストラたちからは歓声が響く。
いつもはテレビの向こう側にいるヒーローたちが、目の前にいるというのはひとしお感動するのだろう。
しかし、それ以上に。
この日の撮影シーンは、パーティーの場面である。
パーティドレス、またはタキシードなどでいつも以上に粧したキャスト陣を見ると、やはり魅力的に感じられるのだろう。
「行くぞ、魔炎技師!」
「はいはい、お客様!」
「……こんにちは、南優龍役の狩生藤司です!」
「はい、マルク・ゼオライト役の葉山マイケルです!」
「キャー!」
メインの男優二人の挨拶は、黄色い声援が圧倒的に多かった。
「南さん、報告書上げました! ゼオライト氏、靴裏は綺麗にしてから上がって来て下さい! ……はい、戌木菖蒲役の桐山采花です!」
「キャー!」
「うおお!」
ヒロインである、主人公優龍が経営する何でも屋の事務員・戌木菖蒲役の女優が挨拶すると。
こちらは、男女両方からの声が聞こえた。
「……本日は、お集まりいただきましてありがとうございます! 皆さんと僕らで、素敵な映画に仕上げて行きましょう!」
「おおお!!」
狩生の呼びかけに、会場中に歓声が響く。
◆◇
「さあて、僕も」
「九衛君! ちょっとTV版のアクションシーンの撮影、人が足りていないみたいだから入ってくれないか?」
「あ、はい!」
大門は、監督の指示により。
今、アクションをロケーションで撮影している現場へ行くことになった。
劇場版とTV版の撮影は、並行して行われており。
常に、現場はてんてこ舞いである。
「ふう……しかし、実香さんや遣隋使さん、日出美や塚井さん姉妹に会えないのは少し寂しいかな……」
が、そんな状況で大門は。
若干ではあるが、彼女らを(無論恋愛的な意味合いではなく)恋しく思った。
◆◇
「……とか思っちゃっているでしょうけど。甘いわ、九衛門君!」
「はあ、お嬢様……」
と、思いきや。
何と、妹子・塚井・実香・日出美・美梨愛がいたのは他ならぬ、エキストラ撮影のドームだった。
「まったく、また妻に尾けられてることも知らないで! つくづくガードの甘い旦那だよね大門は。」
「まあ、こんな大人数の中じゃしょうがないんじゃない?」
「あー、絶対それだね実香ちゃん!」
日出美・実香・美梨愛も盛り上がっていた。
女性陣は皆、いつもより少し派手な装いに加え。
度が入っていない眼鏡や、サングラスをしていた。
一応、変装のつもりなのである。
「でも、よくエキストラ募集通ったよね妹子さん。」
「おーっ、ほほほ! 安心なさい日出美ちゃん、これぞまたも道尾家の、七光りって奴よ!」
「……相変わらず、いろいろ褒められたものではありませんねお嬢様……」
日出美の質問に答える妹子に、塚井はすっかり呆れ顔である。
と、その時。
「……はい、私。……え!? き、九衛門君移動!? そ、そんなあ……」
妹子は右耳のインカムから、大門を照準していたSPの報告を受けるが。
肝心の彼がもうドームにはいないと知り愕然とする。
「こう、なったら……皆、九衛門君を追うわよ」
「お待ち下さい、お嬢様! ……皆さんも。今は、ここでエキストラの仕事を全うしましょう。」
「え、ええ!? で、でも塚井い! 九衛門君が」
慌ててその場を去ろうとする妹子だが。
塚井は彼女の腕を掴み、毅然として諭す。
「お嬢様! ……恐れながら、このエキストラは喉から手が出るほど参加したくても出来なかった人たちが沢山いらっしゃるもの。しかし、本来参加できないはずだった私たちが参加できている。……お分かりですか? 私たちがこの職務を疎かにしては、そういう人たちに対して失礼なんです!」
「つ、塚井……」
妹子は、返す言葉をなくす。
「……なのでお嬢様も、皆さんも。今は大人しく、エキストラ役を全うくださいませ。」
「……はあい、ごめんなさい塚井。」
「了解♡」
「はい、お姉ちゃん!」
「はあ……大門お! 浮気したら許さないから!」
早速出鼻を挫かれた女性陣だが、塚井の鶴の一声で仕方なく今の務めを全うすることにした。
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「何で、俺じゃないんですか!」
東影撮影所、控室にて。
樫澤亮二は、先輩や同僚スーツアクターたちに喚き散らしていた。
スーツアクター――ヒーローや怪人、または怪獣のスーツで実際に中に入り、操演する俳優である。
そのスーツアクターマネジメント会社・JAU(Japan Arts Union)の若手俳優がこの樫澤だ。
周りには同じくJAU所属のスーツアクターたちが、呆れ顔で彼を見ていた。
「おいおい、引井さんにキレるなよ樫澤。」
同僚の一人・鎌田佳樹は樫澤を窘める。
引井とは、彼らの先輩にして本作・灯王の主人公たる灯王の操演を任されているスーツアクター・引井逢太のことだ。
「そうだぞ、樫澤! 先輩直々に、お前から俺への交代を知らせてくれたんだから、文句言うな!」
「ふん……俺を出し抜いて、お前がおこぼれに預かれたんだから感謝しろよ!」
「何だと!」
今回撮影するシーンで戦闘員・ゴーシェルの一人の操演を樫澤に代わりすることになった相田昌は、得意げに樫澤を煽るも。
樫澤の挑発に、逆上する。
「落ち着け、お前ら!」
「あーあー、引井さんも……その立場得る為に、あんなことして」
「! ん、んだとこいつ!」
「あの!」
「!?」
止めに入った引井も、樫澤の煽りに逆上するが。
そこへ不意に響いた声に、ふと動きを止める。
そこには、大門がいた。
「君は……?」
「ああ、すみません! 撮影アシの九衛です。そろそろ、ロケ現場に移動するそうです。」
「ああ……ありがとう。」
その言葉に、場の空気は一瞬だが緩む。
そうして樫澤を除き、皆ロケバスに乗り込むべくその場から去って行く。
「……精々、お留守番しとけ!」
「……ふん。」
相田の捨て台詞を受け、樫澤はそのまま控室に籠る。
「……ふん、いいさ。……俺たちは、皆同罪なんだからな。」
樫澤は、不敵に笑う。
◆◇
「(……さっきは、一体どういうことなんだろう?)」
大門は、東影撮影所から出るロケバスの中で、ふと先ほどの樫澤たちが話していたことを考えた。
「(……まさか、事件でも起こらないよな?)」
大門はまたも探偵の性というべきか悪い癖というべきか、嫌な予感がした。
しかし、その予感は果たして。
◆◇
「た、大変だ!」
「樫澤さん!」
的中してしまうことになる。
ロケでのTV版撮影終了後、東影撮影所の空き部屋にて。
そこには、死亡した亮二の死体があった。




