当たらなかった夢
「そんな! 固定電話もスマートフォンも……電話がまったく使えないとはどういうことなんだ!」
修が怒りのあまり、声を荒げる。
妹子が見たという"予知夢"。
それは、使用人・月木が殺されるという夢だった。
それを受け月木・および夢を見た張本人である妹子は、使用人たちによる厳重な警護下に置かれていたのだが。
その"予知夢"は外れ、殺されたのはベテランの使用人・比島だった。
人が一人殺された中にあって別荘は当然ながら、今にも警察に知らせなければという空気に包まれているのだが。
「す、すみません坊っちゃま! 固定電話は電話線がやられたようで……スマートフォンは」
「おそらく妨害電波の類でしょう……電波を発している装置を探しますか?」
修への弁明に必死になる使用人・大地の言葉に、大門が付け足す。
「いや、いい……お父さん、車を僕が出す! 警察に知らせなきゃ」
「ああ待て、修! それなら私が」
長秀と修の親子が、外へ出ようと思ったその時。
「!? 爆発音が!」
突然の爆弾の音に、屋敷中がひっくり返る。
「くそっ、どこで爆発が」
「み、見てあれ!」
妹子が窓の外を指差す、その先には。
「け、煙が……道路の方からだ!」
修と長秀は、慌てて外へ出る。
「待った、ボクも!」
「待ちなさいノブリス、運転できないでしょう!」
外へ出ていくノブリスを追いかけ、未知も行く。
大門も外へ出ようとする。
「こ、近衛さん」
「塚井さん! すみません、妹子さんや月木さんをお願いできますか?」
「……はい、お任せください。」
「ありがとう。」
大門はぺこりと一礼すると、出て行く。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「これは……だめだ、車はこれ以上進めない。」
修は頭を抱える。
長秀の車にて、屋敷の表口に繋がる一本道の道路を進んだが。
橋が落とされてしまっている。
修の言う通り、車では無理だ。
いや、人も無理か。
「こうなれば、原生林を。」
「やめなさい! 一度迷えば生きて帰れないぞ。」
長秀の言葉に、修は立ち竦む。
「スマートフォンは……妨害電波はここまで出ているみたいですね。」
大門はスマートフォンを見るが、やはり電波が入ってきていない。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「は、橋が二つとも?」
「ええ、さっき裏口からの道を見てきたノブリスさんたちのお話と、こちらの見てきた光景を総合するとそうなります。」
大門の言葉に、妹子はため息をつく。
屋敷に戻り、大門らは使用人や道尾家の人々に伝えて回っていた。
「パソコンもダメ。ルーターがやられたみたい。」
「そうですか……妨害電波の装置は屋敷の周りや中には今のところ見当たりません。おそらく森の中かと。」
「ああ、もう!」
妹子は少し、ヒステリーを起こしかける。
「お、お嬢様!」
「……ごめんなさい、九衛門君。あなたまで巻き込んで。」
「いえ、そんな……」
大門が言いかけて、口を噤む。
妹子は、涙をポロポロと流していた。
「お、お嬢様!」
「遣隋使さん、そんな」
「比島さんね、結構いい人だったんだよ?」
「……遣隋使さん。」
妹子は続ける。
「私が小さい時から働いてくれてるベテランで、働き者で、他の使用人からも」
「お嬢様、もう」
「それなのに! 何で? 何で殺されなきゃならないの!」
妹子はしゃくりあげる。
「遣隋使さん。……これが解けない謎一一悪魔の証明ではないという悪魔の証明は、既に承っています。」
「九衛門君……」
「必ず、この悪魔の証明を終了させます。」
「……ありがとう。」
妹子は涙ながらに笑顔を、大門に向ける。
大門も笑顔を返す。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「アリバイがないのは僕と、使用人の方々の多くと……八郎さん、ですか。」
大門は食堂で道尾家の面々を前に、話す。
さすがに検死官でもないので、大門は正確に死亡推定時刻までは割り出せない。
ただ、最後に皆が比島を見たのは昨日夜10時頃なので、それ以降から比島が発見されるまでがアリバイの時間帯となる。
「家族の証言は、アリバイではないのでは?」
「ああ、そうですね。では……ご家族と一緒だった未知さん、ノブリスさん親子と、長秀さん、修さん親子もアリバイはなしということになりますね。」
修の助言に大門は、前言を撤回する。
「OH、NO! mom、アリバイないってさ〜!」
「ノブリス、仕方がないわ。法律で決まってますもの。」
「ううむ。」
道尾家の面々は、口々にそれぞれの感想を述べる。
「僕もありません。逆にアリバイがあるのは……見張りについていた使用人の方々、及び妹子さんと月木さん、くらいでしょうか。」
大門はため息をつく。
あの状況では無理か。そもそも、深夜時間帯というのは普通、アリバイというものはない人が多い。
「しかし……八郎叔父さん。比島さんはともかく、月木さんは殺す理由がありそうですけどね。」
「な、何!? お、修君よ、それが叔父に向かっての態度か!」
思いがけずストレートに言葉を喰らい八郎は、動揺する。
「ああ失礼。……でも、八重子叔母様とはもう死別されているのだから、叔父でも何でもないのでは?」
「くっ……お、おのれ……」
修の更なる物言いに、八郎は怒りを募らす。
「やめなさい、修。……しかし、八郎さん。あんたが月木さんを目の仇にしていたことは、確かにここにいる全員が知っている。」
長秀も修を諌めることはしつつ、否定するつもりはないらしい。
「なっ、長秀さん……それは」
八郎は、周りを見渡す。
皆、彼を疑いの目で見ていた。
「まあまあ皆さん! ほとんどの人がアリバイなしである以上、無闇に人を疑っても仕方ありません。」
「exactly! 近衛クンの言う通りだね。」
「ふん、ノブリス君。君こそ疑いの目を向けていたろうに。」
八郎は、顔を皆から逸らす。
「まあ近衛君。無闇というわけではないよ。そうでしょう? ……月木さんに迫って、フラれたのだから。」
「なっ!」
「……」
八郎は驚き、大門は黙り込む。
それはこの屋敷に来た日に思い当たる節があった。
乱れた服の月木が出てきた部屋から、八郎が出てきた一件だ。
「妹子から聞きましたよ。近衛君、君も見たでしょう? 月木さんは」
「やめてください。」
大門が言いかけた修を制した。
強くはないが、芯の通った声に修もたじろぎ黙る。
「何はともあれ、八郎さんが殺人をしたなどという証拠はありません。それはまだ、変わらないですよね?」
「ああ、そうだな……それは認めざるを得ないな。」
修は苦々しく、大門に返す。
「話は、もう済んだかな? まったく、私を犯人扱いするとは……ところであの貧乏人、いつまで遊ばせるつもりですかな? 結局狙われていたのはあいつではない、ならばあいつにはそろそろきっちり、働いてもらわなければならないのでは?」
八郎は立ち上がりつつ、吐き捨てる。
「いや、実際比島さんは殺された訳ですし、月木さんもまだ殺されないと決まった訳じゃありません。ですから」
「ふん、皆であの貧乏人を庇って。あんまり甘やかすと、あの女は図に乗って何をしでかすか分かりませんぞ。」
そう言うと、八郎は部屋を出て行く。
「ある意味、もう自白したと見ていいんじゃないかな? 八郎さんは。」
「修、そろそろ大概にしなさい。」
長秀が咎める。
「ああすみません、お父さん。」
「そうよ、修君。……ノブリス、私たちも部屋へ戻りましょうか。」
「はい、mom。」
ノブリス・未知親子も、修・長秀親子も部屋に戻る。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「そう、私や月木さんや、一部の使用人の人たち以外はアリバイはないの……」
「はい。修さんは、八郎さんを疑っていたみたいですけど。」
妹子の部屋で大門は、説明する。
話を聞いて妹子は、また頭を抱える。
「ごめんなさい、私があんなこと言ったばかりに」
「いいえ、それは違います。確かに、修さんはそれをネタにはしました。でも、いずれバレていたことですし、むしろ早くバレただけよかったと思います。」
大門は妹子を慰める。
「ありがとう。……なんか、こっちに来てからあなたには励まされてばかりね。」
「いえいえ、そんな。」
「いいの、本当に……ありがとう。」
妹子はにっこりと笑う。
その笑顔には大門も、どきりとする。
「お礼なんて……むしろ、言われたこっちが言いたいぐらいですよ。」
「もう、素直じゃないなあ。……ねえ九衛門君、もう少し話を聞いてくれるかしら?」
どこまでも謙虚な大門には、妹子も少しふくれる。
しかしすぐに真顔になり、そっと大門に話す。
「ええ、僕でよければ。」
「昨日、月木さんの部屋に私お邪魔して、どうせならってことで二人いっぺん警護してもらってたんだけど……月木さん、泣いちゃったの。」
「えっ?」
大門は驚く。
妹子は、更に続ける。
「可哀想に。……ごめん、あまり身内の悪口も言うものじゃないけど、私も八郎叔父様のことはあまり好きじゃない。あんな何もなくて、死んだ奥さんの威光振りかざしてるだけの人に、月木さんみたいな真面目な人が言われる道理ないと思う。」
妹子のその口調には、心なしか熱が入っていた。
「そうですね、それは……確かに。」
「でしょう? だから、私この事件が終わったら、月木さんの再就職を斡旋しようと思うの。私、叔父様の仕打ちを見て見ぬふりしてた。だから、せめてもの罪滅ぼし。」
「遣隋使さん……そうですね、あんまり罪悪感を抱きすぎるのは駄目だと思いますけど、それはいいことだと思います。」
大門は頷く。
確かに、あそこまでひどい人のいる職場に、あんな真面目そうな人がいては病気の一つにでもならない方が不思議だ。
「ありがとう。……月木さん、今にも消えてしまいそうだったな。」
「え?」
「理由は教えてくれなかったけど、何故か自分を責めてた。自分は優しくなんてされるべき人じゃないって。」
大門はその言葉に考え込む。
聞き捨てならない言葉だ。
「八郎さんの、ことですかね?」
「ううん。……って、言い切れないんだけど。女の勘で、何となくそれとは別の何かだと思うの。」
「ふうむ……」
もしや、それが。
今回狙われる、要因になってしまっているのかもしれない。
「遣隋使さん。」
「何?」
「今すぐ、月木さんにお会い出来ますか?」
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「くう、おのれ……誰だと言うんだ、私たちを!」
自室で一人、八郎は貧乏ゆすりをしつつ苛立つ。
彼が思い当たらないのは、今回の犯人だ。
自分たちが殺されそうになっている理由には、大体検討がつく。
「八重子のことか……あのことをあの女が誰かにバラしたのかもしれん! おのれ、これだから貧乏人は!」
八郎はさらに苛立つ。
殺された比島。
比島にあの計画を持ちかけたことが、全ての間違いだったか。
あの男の方が強かだった。
逆に自分が、あの男の計画に取り込まれてしまったのだから。
「くそっ、何故私が!」
その時だ。
おもむろに、ドアが開く気配がした。
「だ、誰だ!」
八郎が振り返ると、そこには。
「……何だ、お前か。何の用だ。」
そう言って、"訪問者"に背中を向けた時だった。
「ぐっ! があ、き、貴様……」
八郎は背中に激痛を感じるが、もうその次には目の前は真っ暗になっていた。




