conclusion:魔女狩り村に火葬場はない①
「山の中を隅々まで探せ!」
西原は無線にて、大量動員した警察官に告げる。
大門の要請を受けてのものである。
滝日村で起きた、連続殺人事件。
第一には、塚井の見合い相手である塚光家の屋敷での、納屋に始まり母屋まで巻き込んだ放火殺人事件。
ここで発見された遺体は、見合い相手の御曹司・国明の実父たる陽太だとDNA鑑定で判明する。
第二には、塚井共々大門が拉致され、目撃者に仕立て上げられた、教会の密室放火殺人事件。
この事件では塚光家のメイド・鳥間郁美が撲殺死体となり発見され、直前まで犯人によって電話をさせられていた塚井の心に影を落とすことになった。
そして時は、大門が犯人・炎の処女と接触する数時間前に遡る。
「ありがとうございます、西原刑事。」
大門はパトカーから出て来た西原に、礼を言う。
「まったく……これも一応は周防刑事のご指示あってのことだ。」
「はい、周防刑事にも後で感謝しないといけませんね。」
西原の愚痴も、大門は受け流す。
「……しかし、本当なんだろうな。この事件の謎が解けたというのは。」
「はい、ではまず……教会での密室放火殺人事件から紐解きましょう。」
大門は西原に、説明を始める。
「まず言っておかなければならないことは……あの教会から出火した当時、犯人は既に教会内にいなかったということです。」
「何! 犯人は、じゃあどこに?」
大門の言葉に、西原は腰を抜かす。
中にいなかったというのなら、犯人はどこに?
「では流れについて説明しましょう。犯人はまず、鳥間さんを拉致した後麻酔薬で眠らせました。そうして彼女を椅子に座らせ、窓の近くに立てかけ、その頭で窓を開けっぱなしにさせたんです。」
「な、なるほど……」
「そうして犯人は教会内に灯油を撒いておき、火元となるドアを開けて入りすぐの所にも大量の灯油を撒いて外に出たんです。後は裏に回り込み、鳥間さんの麻酔薬が切れるのを一旦待った。」
「うむ……」
そうして麻酔薬が切れ彼女が目覚めた頃。
犯人は彼女の頭で支えられ開けられた窓から動かないよう脅し、別の場所で拉致している大門や塚井に電話をかけ会話させる。
「何故会話を?」
「出火の直前まで鳥間さんが生きていることを僕らに印象付け、また犯人が教会内にまだいると思わせて密室放火トリックを完成させるためです。」
「うむ……」
西原は考え込む。
「そうして犯人は、電話を切った後。……麻酔薬で、鳥間さんを再び眠らせた後で。窓から覗く鳥間さんの首筋めがけて鈍器を振り下ろしたんです!」
「う、うむ……」
なるほど、確かにそれなら外から撲殺するのは可能だ。
しかし、西原はふと尋ねる。
「しかし九衛さん……放火はいつしたというんだ? それでは窓が閉まってしまい、放火はできないぞ?」
そもそも、郁美の殺された部屋は火元ではない。
火元はあくまで、教会の出口付近に撒かれた大量の灯油なのだ。
どうやってそこに放火する?
しかし、西原が更にそう尋ねようとしているのを知ってか大門は。
「犯人は撲殺と放火を同時に成し遂げるトリックによって、この不可能を可能にしたんです!」
「ぼ、撲殺と放火を同時に!?」
西原は我が耳を疑う。
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「何話してんのかしら、塚井い!」
「いや、妹子ちゃん。あたし実香! みーかー!」
「あ、ごめんなさい……」
「しっ! 刑事さんに怒られちゃう!」
車の外で話す大門と西原を遠くから見つつ、実香・日出美・妹子は不安げにしている。
西原は大門の言葉に驚いた様子だ。
無理もない。
自分たちも初めて事件の真相を聞いた時には驚いたものだった。
時は、大門が真実に気づいた直後。
滝日村の旅館にて、悪魔の証明終了を塚井・国明に告げるため、大門は今挙げた女性陣と共に塚井と国明の下を訪れる道中。
女性陣に後に西原に語る内容と同じく、事件の真相を語っていた。
「撲殺と放火を同時に行うなんて……そんなこと出来るの?」
実香が尋ねる。
すると、大門は。
「ええ、撲殺と放火。これらは一見すると、何の関係もありません。……しかしこの二つの間にあるものを仲介させることによって、この二つは繋がります。」
「あるもの?」
次は、妹子が尋ねる。
「……『かちかち山』ですよ!」
「!?」
「へ?」
「え?」
しかし、大門のこの言葉に女性陣はやや拍子抜けする。
何を言い出すかと思えば。
先ほど、関係者の一人である主婦・奈々が息子の奈緒樹にせがまれていた絵本だ。
「ええ〜……いやいや九衛門君! こんな所で昔話持ち出されても!」
「そうよ、ふざけてる場合じゃ!」
「いや……待って妹子ちゃん、日出美ちゃん。まさかそれって……火打ち石のこと?」
「え?」
だが実香は、ふと思いつき大門に尋ねる。
すると。
「ご明察です、実香さん! ……そう、『かちかち山』で兎が、狸の背中に火をつけるのに使ったものですよ!」
「あ!」
大門のその言葉に、日出美は合点する。
しかし、妹子は。
「え……? いやいやちょっと待って! 何、火打ち石って?」
「……いや、知らんのかい!」
「ああ、遣隋使さん。それはですね……」
大門は懇切丁寧に、教え始める。
そう、火打ち石。
火打ち金と呼ばれる金属片に叩きつけて火花を生じて着火する、黄鉄鉱などの鉱物である。
「へえ〜、叩きつけて……って、まさか!」
「はい、ようやく来ました!」
ようやく合点した妹子に、日出美は声を上げる。
「そうです、遣隋使さん。……犯人は火打ち石を巻き付けた鈍器で被害者を撲殺すると同時に、火花を生じさせて放火したんです!」
「お、おお!」
妹子はまだ事情を呑み込み切れないながらも、感嘆の声を上げる。
そう、郁美を眠らせた後。
実は郁美には、予め燃えにくい綿の衣服を着せ。
さらに火花が生まれた時に引火し種火を作るように、頸の右側には油を塗っておく。
そして、これまた予め郁美の身体には、あの教会の扉の前に撒かれた灯油に繋がっている導火線が通っている。
その線の先は、襟から頸の左側に出されている。
こうした中、郁美の殺人は行われた。
まず、金属棒の先を頸の中央に接させ、頸の左を火打ち石をくくり付けた鈍器で殴り付ける。
その一撃で被害者は絶命し、遺体は衝撃で椅子ごと床に倒れ込む。
そして金属棒の先より生まれた火花は、被害者の頸右側の油に引火して種火となり。
身体を通している導火線を通じて扉近くに撒かれた灯油に引火する。
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「……これによって、密室放火殺人事件が完成したんです。」
「……ううむ……」
西原は大門の言葉に、さらに思い悩む。
時は、再び炎の処女と接触する数時間前。
「では……それが、塚光劉禅の引き起こした密室放火殺人なんだな?」
西原は確認する。
確かに、今の説明の筋は通っている。
わざわざ犯人が、彼女に着せていた燃えにくい服。
そして、致命傷と思われる頸部の傷は、頸の左側だった。
右側には火傷の跡があったという。
着ていた綿の服には、真っ直ぐな線状の焼け跡が。
そして郁美は後ろ手に縛られて椅子に座らされていたらしく、遺体の近くには椅子が転がっていたという。
これらの、遺体やその周りに関する不可解な点もそれならば説明がつく。
しかし、大門の答えは。
「いえ、劉禅さんは炎の処女じゃありません!」
「!? な、何!?」
この言葉に、西原はまた困惑する。
今探しているのも、劉禅ではないのか。
そのつもりだったのだが。
「では……いよいよしなければなりませんね。炎の処女が誰かということを。」
「あ、ああ……」
大門は、また話を始める。
「……しかし、塚光劉禅が犯人ではないとはどういうことなんだ? 奴は第一の殺人で、自分の息子と自宅の納屋に入ったはずだが、焼け跡からはその息子・陽太氏の遺体しか見つからなかったんだぞ?」
西原はまた尋ねる。
二人のうち、一人がいなくなったということは。
いなくなった一人が、犯人ということではないのか?
「犯人に、ついては……第三の被害者である比賀さんが教えてくださいました!」
「な……ひ、比賀氏が?」
西原はまたも驚く。
比賀から、犯人を教えてもらった?
「ば、馬鹿な! 比賀氏はあなた方が駆けつけた時既に」
「あ、いえ! 何か喋った訳ではありません! ……彼が今際の際に掴んでいた、花と種がメッセージでした。」
「! ……なるほど、それはつまり」
ダイイング・メッセージか。
そういえば、確かに被害者は花と種を手に握っていた。
しかし。
「あれが一体、何だというんだ?」
西原は考える。
あれはてっきり、花卉業者だった比賀が仕事中にでも襲われたためだと思ったが。
違うというのか。
花と種。
何のメッセージが?
「あの花は……春蘭の花でした。別名・ジジババです。」
「!? じ、ジジババ?」
西原ははっとする。
大門は更に続ける。
「春蘭がジジババと呼ばれる所以ですが。ジジババは確かに、お祖父さんお祖母さんの意味もありますが、ここでは男女の意味ですね。」
「だ、男女?」
西原は首を傾げる。
「はい、春蘭の雄蕊を男性の特徴として、そして春蘭の唇弁――花の付け根にある部分を女性の特徴として捉えての命名とされています。」
「な、なるほど……」
西原は今一つ、呑み込めない有様だが頷く。
先ほどの妹子と、同じであった。
「そして、比賀さんが握っていたのはその春蘭の中でも……ピンポイントで、雄蕊でした! つまり……ジジババのうち、ジジの部分を握っていたんです!」
「!?」
しかし西原は、この大門の言葉に何かを感じる。
そして。
「ジジ、種……つまり、"お祖父さんの胤"、それが比賀さんの、ダイイング・メッセージです!」
「!? お、”お祖父さんの胤"……それって!」
西原ははっとする。
この村で、この事件の関係者で。
そのメッセージから想像される者は、一人しかいない。
「ええ……塚光国明さんは、陽太さんではなく。……血縁上は祖父だと思われた劉禅さんの、息子さんだったんです!」
「!? ま、まさか……」
西原は驚く。
まさか犯人は、国明なのか?




