焼け跡から
「ではこの教会の正面扉からは、誰も出ていないと?」
「はい。」
長野県警の刑事・西原の問いかけに。
大門は確信を持って答える。
塚井が見合いを直接断りに来た、彼女の実家近くの村・滝日村。
見合い相手は、魔女狩り村とも呼ばれるこの村の大地主・塚光家御曹司の国明だ。
しかし、その旨を両親にも話し父と共に断りに訪れた塚光邸にて。
突如納屋が燃え、さらに母屋も燃えてしまった。
そして納屋から出て来た遺体は、国明の実父・陽太のものと分かり。
陽太と一緒に納屋にいて行方不明の国明の祖父にして養父・劉禅が犯人として追われているのだが。
「被害者は鳥間郁美。先頃放火殺人事件が起きた塚光家のメイドです。死因は、後頭部を殴打されたことによる頸椎骨折。」
「うん、そうだな……」
西原は部下の女性警察官から話を聞きつつ、大門から聞いた話を吟味しているようだ。
先ほど、犯人により拉致された大門・塚井が監禁場所から出た矢先。
電話で指示された通りに見れば、教会が燃やされ中から塚光家メイド・郁美の撲殺死体が見つかる。
塚光家の一件と同様、今回も焼死ではなかったか。
「ううむ……困った。」
西原は頭を抱えている。
そのまま彼女が見上げたのは、先ほど焼けた教会だ。
石とレンガ、その他金属で出来ているため。
焼けても殆ど、原型は止めている。
事情聴取は、今や鎮火した教会の前に止められたパトカー内で行われていた。
「どうしたんですか、刑事さん?」
「この教会は……正面扉以外からは出られないんだ。」
「なっ!」
西原は教会を見たまま、大門の質問に答える。
「窓は屋根の天窓も含めて、頭一つ入るのが精々な大きさしかなく、扉となるのは正面の一つだけだ。……そして出火当時、扉からは誰も出なかったとあなたは。」
「はい。そうでしたか……」
大門も西原の言葉に、頭を抱える。
その唯一の出口から誰も出なかったことは、先ほど自分の目で見たばかりだ。
「更に、不可解なことがある。」
「え?」
西原は心底困った表情で、もう一度教会を見上げる。
「先ほど言った、頭一つ出入りするのが精々な程の窓。それは、鳥間郁美が死亡した教会裏手の部屋の窓もそうだったのだが……犯人はそこで鳥間郁美を撲殺した後、わざわざ教会唯一の出口たるあの扉の前に灯油を撒き放火したらしい。」
「なっ……!」
大門はその西原の言葉に、驚く。
聞けば、燃え方からして火元と見られるのは郁美が殺された部屋ではなく、外から見て扉を開けて教会の中に入ってすぐの所らしい。
つまり犯人はわざわざ、自分の退路を断つような真似をしたことになる。
尤も、それだけならばまだ密室とは断定できなかっただろう。
一度外に出てそこから、予め撒かれた灯油に火をつけて扉を閉めればよい。
しかし、問題は。
「やっぱり、僕たちがあの扉から犯人が出て来る所は見なかったと証言していますから、やっぱり……あの教会から脱出するのは不可能でしょうか。」
大門はため息を吐く。
「ああ。しかも、あなた方は犯人から銃で狙われていたと言ったが……それは、オーディオから出された、録音された銃声であると判明した。」
「そうですか……」
言いながら、大門は内心悔しがる。
今にして思えば、犯人が単独犯であれば教会内から電話しつつ大門や塚井を銃で狙うなんでできるはずがない。
何故そこに気付かなかったのか――
「まあいい。……さて、あなたと一緒にいた女性にも事情を聞かなければな。」
「ああ……すみません、そのことなんですが。」
塚井の下に行こうとした西原を、大門は引き止める。
「すみません、彼女は……まだ」
「それは……先ほど聞いた。だから、あなたに先に事情聴取をしたんだ。さあ」
「……今日一日は、止めてもらえないでしょうか?」
「……はあ、九衛大門さん……」
西原は深く、ため息を吐く。
「私たち警察は、全く暇じゃないんだ。一刻も早く、この事件を解決しないと」
「それは僕も同じです!」
「!? な、何だ……」
「……あ。」
西原の話を、大門は思わず叫んで遮る。
「……とにかく、行かせてほしい。あまりに引き止めると、公務執行妨害になるぞ?」
「……そうですね。」
西原は言いながら、かちゃりと手錠を鳴らす。
これは脅しではない。
そう言いたげだ。
大門も、実際問題そうなることは分かっている。
しかし、やはり今の塚井に事情聴取をさせる訳にはいかない。
こうなれば。
「西原刑事……すみません、一つよろしいでしょうか?」
「何だ?」
提案を持ちかけようとする大門に、西原は首を傾げる。
◆◇
「塚井、大丈夫?」
「うん……ありがとう実香……」
実香の慰めに、塚井は礼を言う。
しかし、塚井はまだすすり泣きを続けている。
他にも、妹子と日出美もそばにいた。
そこまで親しくはなかったとはいえ、何度か接した女性が死に、しかもその直前まで自分と話していたとなれば。
塚井が衝撃を受けるのも、無理はない。
今、塚井・実香・妹子・日出美は教会周辺の規制線から外にいる。
規制線外に停められている車の中だ。
精神的ショックを受けている塚井を慮り、大門が警察に計らい、事情聴取を後にしてもらったのである。
とはいえ、周りにはお目付け役とばかり女性警察官がいる。
無論、完全に自由とは行かないのである。
「や、やっぱり呪いだあ!」
「!?」
と、その時。
規制線の辺りで何やら声が響く。
見ると。
国明の亡き母たる鉄井潮音の幼なじみ・比賀祐司は叫びを上げていた。
この前、旅館に皆が集められていた時と同じだ。
「ちょっと、祐司!」
「警察の前なんだよ?」
これまた、旅館の時と同じく祐司を宥めるのは。
芳賀麻里・大和紀子・久住奈々。
祐司と同じく、潮音の幼なじみであり。
祐司や一件目の事件で死んだ陽太と共に、26年前の潮音が焼身自殺した現場に居合わせた者たちでもある。
「だけどな……立て続けに、火災で人が死んでるんだ! やっぱり……やっぱり潮音が、あんなことで死んだから!」
「だから祐司……うん? あんなことって?」
尚も叫び続ける祐司に、麻里はふと首を傾げる。
「あ……い、いや……何でもない。」
祐司は自分の発言にはっとしたのか、それ以上は口を噤む。
「祐司……あなた、潮音が死んでからずっとおかしいのよ。いくら潮音が、あなたの想い人だったからって……」
「う、うるさい! そ、そんなんじゃない!」
紀子の言葉を祐司は遮り。
そのままどこかへ、歩いて行ってしまった。
「あーあ……やっぱり、祐司の奴図星ね。」
奈々も、呆れた顔で言う。
「おかーさん! 絵本よんで!」
「あら……奈緒樹、あっちで他の子と遊んでなさいって」
「おかーさん!」
「……はいはい。」
奈々は息子・奈緒樹を宥めつつ。
麻里と紀子と共に、彼女たちの子らも待つ場所へ向かう。
「潮音さんて……確か、国明さんのお母さんよね、塚井?」
「え、ええ……そうですね……」
「何が、あったんですかね?」
妹子と日出美は、首を傾げる。
と、そこへ。
「失礼します。……塚井さん、よろしいですか?」
「あ……九衛さん!」
「大門君!」
「大門!」
「九衛門君!」
女性陣の車の窓をコンコンと叩く音に、その方向を見れば。
そこには、大門が。
◆◇
「……という訳で。僕が塚井さんの事情聴取をすることになりました。」
「あ……すいません九衛さん。私に気を……」
大門の言葉に、塚井は尚も涙ぐみつつ答える。
今車の中には、彼ら二人きりだ。
一応、すぐ外に実香・妹子・日出美が張り付いている。
先ほど大門が、西原に提案したことはこれだった。
今、西原たち警察が塚井に事情聴取をしても彼女は不安だろうという配慮から、大門が自ら事情聴取を買って出たのである。
当然西原は渋ったが。
それでも折れない大門に、彼女は時間の無駄になるよりはましかと折れてくれた。
大門は自分のスマートフォンを通話状態にし、声は西原たちに聞こえるよう計らってある。
勿論その件は、塚井も了承済みだ。
「謝らなくていいんです、塚井さん。……辛かったら、すぐに中断しますから言って下さい。」
「……ありがとうございます。」
塚井は涙目ながらも、少し微笑む。
やはり、大門が相手だと落ち着くのだ。
塚井はその後、懸念されていたよりもスラスラと大門に話す。
旅館の受付に郁美の名で呼び出しのメッセージがあったこと。
それに従いついて行ったら、犯人に拉致され大門まで巻き込んでしまい、それからあの犯行現場の音を聞かされる羽目になったことまで話した。
「……本当にすみません、九衛さん!」
「あ、いや……いいんですって、塚井さん。お話しして下さってありがとうございます。」
塚井のもう本日何度目かも分からない謝罪に、大門は首を横に振る。
「しかし、一つ分かったことが。……僕たちの捕らえられていた時の状況からして犯人は、最初から僕たち――いや、正確には塚井さんか。塚井さんを目撃者に仕立て上げようとしていたんでしょう。」
「なるほど……」
大門の言葉に、塚井は頷く。
なるほど、つまり犯人はあの教会を完全な密室だと証言させるために、わざわざ郁美の名で塚井を拉致し教会に火を放ったということか。
大門はたまたま、そこにお釣りとしてついてしまったのだ。
聞けば、大門たちが閉じ込められていた納屋は、小さなベニヤと短い釘で扉が外側から塞がれていただけらしい。
大門たちが手は縛られても足は縛られなかったことや、ナイフがこれ見よがしに置かれていたことも含めて。
やはり犯人は最初から塚井と、後付けで大門を目撃者に仕立て上げるために――
「……以上で、よろしいですかね西原刑事?」
「うむ、ありがとう。」
大門が通話状態にしていたスマートフォンに呼びかけると、西原の声が返る。
◆◇
「キー! まったく、あの西原って刑事大人しそうな顔して! 無理矢理塚井を!」
「いやお嬢様……刑事さんですし。」
塚井家への帰りの車の中で、妹子は西原に腹を立てている。
塚井は、そんな主人の言葉をありがたく思いつつも。
西原にも理解を示す。
「そういえば塚井さん……大門から聞いたんですけど、炎の処女て何ですか?」
「こら、日出美!」
ふと塚井に尋ねた日出美を、運転しつつ大門は窘める。
「いや、だって」
「ああ、いいんです九衛さん! ……そうか、美梨愛はそこはお話ししていないんですね。あの村が魔女狩り村と呼ばれる、そもそもの理由を。」
大門の懸念に反し、塚井は説明を始める。
◆◇
そもそものきっかけは、まだ江戸幕府三代将軍・家光の頃。
当時はそれまで貿易のためならばと布教が多目に見られていたキリスト教が、身分社会で成り立つ江戸幕府を揺るがしかねないとの理由で弾圧された頃。
そんな中でも隠れて信仰していたキリスト教徒――隠れキリシタン。
その隠れキリシタンを滝日村の人は匿い、信仰させていたが。
幕府にバレたことにより、村人らは我が身可愛さに隠れキリシタンらを差し出してしまったという。
それ以来、この村は何百年もの間隠れキリシタンがいないかを常に確認されいればまた差し出されるという暗黒時代が続いた。
「でも……処刑される時にその隠れキリシタンは皆、口を揃えて言ったんです。」
――ふれいむ、めいでんが!
お前らを子々孫々に至るまで焼殺してくれる!
それから村人たちは、隠れキリシタンの怨念を恐れ。
あの教会を作り、また死ぬ時は皆炎の中だった彼らを偲んで。
火葬場を設けない時代が長く続いたという。
◆◇
「それなら、この辺の人たちは皆知っているんですけど……すみません、美梨愛が知っていた潮音さんのお話までは。あの娘もどこで……」
「いや塚井、別に謝らなくても……」
また謝る塚井を、実香が宥める。
大門も、今日は塚井は謝ってばかりだなと思う。
と、その時だった。
「!? ひっ!」
「つ、塚井!」
「一旦停めます!」
塚井は、自分のスマートフォンが鳴る音に驚く。
大門は咄嗟に、郁美が殺される前のことを彷彿とさせるからだと悟り。
道を出て、茂みの中に車を停める。
「塚井さん、スマートフォンを。僕が出ます。」
「あ、はい……すみません、九衛さん。」
「いえいえ……」
塚井は実香や妹子、日出美に心配されつつスマートフォンを大門に差し出す。
大門は代わりに、電話に出る。
一体、誰が――
「ま、真尋さん! だ、大丈夫ですか?」
「あなたは……国明さん、ですか?」
「!? だ、誰だ!」
掛けて来たのは、国明だ。
大門の声が聞こえた途端、敵意を表す。
お見合い相手の電話口から男の声が、聞こえたからだろう。
「僕は九衛大門です。塚井真尋さんの友人で、私立探偵をしています。」
「な……そうですか。」
国明は大門の説明を聞き、ひとまずは落ち着く。
しかし。
「あなた……何で、近くにいながら真尋さんを!」
「それは……すみません。」
大門は車の外に出つつ、国明に答える。
どうやら混み入った話になりそうだからだ。
あまり、塚井には聞かせたくないという配慮である。
「真尋さんに代わって下さい!」
「……すみません、一応先ほどの事件について知っているようですので言いますが……塚井さんは先ほど、電話で被害者の声を最後に聞いたトラウマで……」
「あ! ……そ、それは……すみません。」
大門はお節介かと思いつつ、国明に言う。
国明は悪い人ではなさそうだが、どうも思慮が足りないようだ。
「いえ……ところで、ご用事があるならお伝えしますよ?」
「あ……はい。九衛さん、でしたっけ? 今すぐ滝日村に戻れますか?」
「……え?」
大門は国明の言葉に、首を傾げる。
「それが……すぐに村にいる母の幼なじみたち全員と、真尋さんの関係者を全員村の旅館に集めるようにと……ふ、フレイムメイデンから……」
「え……ほ、本当ですか?」
大門は更に驚く。




