炎の処女
「こ、九衛さん……」
塚井は目の前の大門に対し、言葉に詰まる。
見合いを直接断るためやって来た実家近くの村・滝日村、通称・魔女狩り村。
しかしその旨を両親にも話し、父と共に改めて見合いを断るためやって来た見合い相手の家・魔女狩り村の塚光邸にて。
納屋から火が上がり、さらに母屋からも火の手が。
幸いにも母屋からは、使用人が全員出されていたことや中にいたメイドの郁美・塚井父娘も早くに脱出したことにより犠牲者は出なかったのだが。
納屋で何やら話をしていたという塚光家当主・劉禅とその息子・陽太。
見合い相手である国明の、血縁上の祖父・劉禅と血縁上の父・陽太のうちどちらかの焼死体がその納屋から見つかる。
国明のDNAと僅かに残っていたその遺体の焼け残り部分からのDNAを照合した結果、彼の血縁上の父・陽太の遺体と断定される。
そして遺体の身元についての発表の後。
郁美から呼び出された塚井は山中で何者かに拉致された。
そして目を覚ませば、何故か大門がいる状態。
一体、これはどういうことなのか。
「こ、九衛さん……すすすみません!」
「……え?」
塚井は自分でも分からないが、謝ってしまった。
「な、何を謝るんですか塚井さん……」
「え!? え、ええ……そ、そうですね。そ、その……さ、昨夜はお、お風呂場が騒がしくてすみませんでした!」
「……はい?」
「え?」
大門の当然の疑問に、塚井は頭から答えを捻り出す。
それは昨夜、自分が風呂場で上げた嬌声が大門に聞かれていないかと懸念していたことから出た言葉だったが。
当然昨夜思索に没頭していて聞いていない大門は、首を傾げている。
「あ、いや……さ、昨夜私とお嬢様の声が聞こえたりは……?」
「い、いやいやそんな! じ、女性のお風呂を盗聴するなんて!」
「あ、なるほど……すみません、何でもないです。」
大門の言葉に、塚井は落ち着く。
そこはやはり、大門だったか。
しかし、待て。
「あれ? ……そういえば私は、何故?」
自分も大門も、何故ここにいるのか。
そういえば。
「僕こそすみません……森に入って行かれた塚井さんが気になってストーカー紛いであることを覚悟の上で尾けたんですけど……のこのこと塚井さんが既に気を失っている所にやって来て、剰え僕も気絶させられてこんな所に。」
「えっ……」
塚井は大門のその言葉に、内心喜ぶ。
大門が自分を心配し、助けてくれようとしたことに。
「あ、ありがとうございます……九衛さん。」
「いやそんな……結局、一緒に捕まってしまう体たらくですし。……でも、どうやら出られそうです。」
「え?」
塚井の礼に、大門は事も無げに返す。
そして。
「では、塚井さん。」
「え? 九衛さん?」
大門が徐に立ち上がる。
後ろ手に縛られてはいるが、足は自由なのだ。
と、何やら近くに積み上げられた段ボール箱の山の中の、突き出た一箱に縛られている手を置き。
何やら身体を、前後させる。
すると。
「……よし! では塚井さん、その縛りを今解きますから。」
「あ、縄が。」
塚井が驚いたことに。
大門は次の瞬間には、誇らしげに解かれた両手を見せた。
右手には、恐らく彼を縛っていたであろう縄が。
左手には、カッターナイフが。
塚井のアングルからは隣の段ボールの影で見えなかったが、先ほど大門が手を置いていた段ボール山の突き出た一箱の上には、このカッターナイフが置かれていたのだ。
「実は、塚井さんが気を失っている間に周りを見渡して見つけ出していたんです。さあ、手を。」
「あ、すみません……よろしくお願いします。」
大門の求めに応じ、塚井は大門に自分の縛られた両手を向ける。
大門はそのまま、手際よくロープを切る。
「はい、これで塚井さんは自由です!」
「あ、はい……すみません本当に。」
塚井は立ち上がる。
うん、大丈夫そうだ。
「よかった、元気そうで。」
「あ、はい。私は元気ですよ。それより本当にすみません九衛さん……」
塚井は改めて、大門に謝る。
「謝る必要ないですって。……じゃあすみません塚井さん。次は、離れていて下さい。」
「え?」
大門はまたも、塚井に指示する。
見ると、大門が前にしているのは扉だ。
「行きます……はあっ!」
「え? ……っ!?」
大門が叫んですぐ後に、彼は扉を蹴り上げる。
たちまち大きな音と共に、扉はひしゃげた。
「す、すごい……」
塚井は思わず言う。
これほどの力なら、自分と一緒に犯人に捕らえられることもなかっただろうに。
さっき大門は彼自身を体たらくと言っていたが、むしろ塚井は、自分自身の体たらくさえ無ければと思ってしまう。
「さあ塚井さん! 早く出ましょう。」
「あ、はい……」
大門はそう言って、塚井に右手を差し出す。
その姿に思わず時めきながらも、塚井は自分の右手にてそれを取り歩き出す。
◆◇
「ここは……?」
外に出た二人は、周りを見渡す。
自分たちがいた場所は、納屋のような所らしい。
そう、納屋――
「……! は、はあ、はあ……」
「! つ、塚井さん!」
思わずしゃがみ込んだ塚井を、大門は心配する。
「塚井さん、呼吸を楽に。……両手で口を覆って、ゆっくり深呼吸してください。」
「あ、は、はい……」
大門の優しい呼びかけに従い、塚井は深呼吸する。
塚光家で見た炎上する納屋、母屋の光景は、塚井自身でも知らぬ間にトラウマになっていたらしい。
それを今、彼女は実感した。
「……ありがとうございます九衛さん。少し、良くなりました。」
「よかった。」
塚井が言うと、大門は笑顔を浮かべる。
なるほど、自分の主人は親友は、そして日出美は。
この笑顔に――
と、その時。
「! ば、バイブ音?」
「塚井さんのスマートフォンみたいですね。」
突如鳴ったバイブ音に、大門は自分のスマートフォンを取り出し、確かめて言う。
着信は、塚井のものからのようだ。
「も、もしもし……?」
「……ようやく、出られたかな?」
「え?」
電話に出ると、何やら奇妙な声がした。
ヘリウムガス吸引により出るような、奇妙に甲高い声だ。
まさか――
「あなたは……まさか、犯人ですか!?」
「ほう……話が早い。」
塚井は直感的に、相手に――犯人に問う。
わざわざ機械で声を変える人物など、そのぐらいしかいない。
「塚井さん! 貸して下さい。」
「おや?」
「……あなたが、塚光陽太さんを殺した犯人……劉禅さん、ですか?」
「君は?」
「僕は九衛大門。どこにでもいる、普通の悪魔の証明者です。」
「……ほう。」
大門は塚井と電話を変わると、犯人に問いかける。
普通の悪魔の証明者とは何か、そう問い返されそうだが。
「……我が名は炎の処女。」
「フレイム、メイデン……?」
犯人の名乗りに、大門は首を傾げる。
それはさながら、マリア像型の拷問具・鉄の処女を思わせるが。
「ふ、フレイムメイデン!?」
「つ、塚井さん?」
大門が鸚鵡返しした犯人の名乗り名に、塚井はひどく怯えた様子だ。
一体何が――
「……さあ、話せ。」
「た、助けて……塚井さん!」
「!? こ、この声は……鳥間さん!」
「えっ!」
しかし次には、スマートフォンに聞き耳を立てていた塚井はまたも反応する。
紛れもない、塚光家メイド・鳥間郁美の声だ。
塚井はようやく全て思い出す。
そうだ、塚井は彼女に呼ばれて山中に入って行ったのだ。
「塚光家のメイドさんです! 鳥間さん、どうなさいました?」
大門が渡してくれた自分のスマートフォン越しに、塚井は郁美に呼びかける。
「た、助けて下さい……こ、殺されます!」
「!? 鳥間さん!」
「なっ!」
大門は驚き、塚井から思わずスマートフォンを奪う。
「鳥間さん! 塚井さんの友人の九衛と言います。どうされました?」
「こ、九衛さん……? だ、誰でもいいから早く助けて!」
「鳥間さん! 今どこに」
と、その時だ。
「!? 九衛さん、危ない!」
「えっ? ……!?」
突如、どこからか銃声が。
スマートフォン越しではない、大門たちの近くだ。
塚井は咄嗟に、背後から大門を庇って覆い被さり倒れ込む。
「つ、塚井さん! 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫ですよ……こ、九衛さんは?」
「僕はどこも……それより、塚井さんは弾を」
自分を庇い、着弾した――
大門はそう思った。
しかし。
「……? 何ともない、みたいですね……」
「あ、はいおかげさまで……」
塚井の背中も頭も、腰も足も。
着弾した様子は見られない。
ならば、弾はどこに?
大門は周りを見渡すが、狙いが外れた弾も見当たらない。
「ど、どうしたんですか塚井さん! 九衛さん!」
「ああ、言っていなかったが……塚井さんに九衛さん。君たちは今、銃で狙われている。」
「何!」
未だ通話状態のスマートフォンからは郁美の、二人を案じる声に続き。
犯人の声が、響いている。
「私と彼女は、今君たちから見える丘の教会の中だ。……そして今の一発は空砲。だが警告の意味もある。この後何があっても、君たちはその場を動かないでくれ。」
「何! ……一体何を」
犯人の言葉に、大門は問いかけるが。
電話は一方的に切れた。
「くっ……あの教会か!」
大門は、自分たちが閉じ込められていた納屋の近くのフェンス越しに、教会を見つける。
このアングルからは、正面が見えた。
この後何があっても、君たちはその場を動かないでくれ――
「……くそっ!」
「九衛さん……」
先ほどの犯人の言葉により、動きを封じられた大門はフェンスに当たる。
あの教会に犯人――炎の処女と郁美がいることは、分かっているのに。
彼は歯軋りする。
しかし、その瞬間。
「!? なっ……」
「ひ、火が!?」
大門たちが驚いたことに。
教会の天窓や正面扉から、火が吹き出した。
「くそっ! ……くっ。」
大門は今にも、走り出してあの教会に行きたい気分だが。
一人ならそうしたかもしれないが、今は塚井が一緒にいる。
「くっ……僕一人が塚井さんの代わりに捕まっていれば、銃なんて」
「止めて下さい!」
「!? つ、塚井さん……」
しかし、背後から塚井が泣き叫ぶ声が。
すると、塚井は、大門の背中に抱きつく。
「つ、塚井さん……」
「九衛さん。前にも言いましたが……九衛さんがまた、危険な目に遭うのは駄目です。すいません、今も危険な目に巻き込んでしまったんですけど。……鳥間さんを救いたいのは私も同じですが、今は大人しく、一緒にここにいて下さい……」
「……はい。」
塚井の絞り出すような声に、大門もおとなしくなる。
塚井の声は弱々しい。
先ほどまで知り合いと話していたのに、その知り合いが命の危険に晒されている。
この状態になってはいつも気丈な彼女も、か弱くなる。
「……絶対に許さない。炎の処女!」
大門は自分の背中に抱きつく塚井の手を握り、叫ぶ。
しかし大門は、まだ知らなかった。
これが紛れもない、不可能犯罪――まさに悪魔の証明ということを。




