惨劇の狼煙
「さあて、どうだ国明? 真尋さんをきちんとエスコートできたか?」
「あ、いや父さんそれは……」
「何だ? 全く情けない……申し訳ありません、真尋さん。」
部屋に戻ってきた劉禅は、同じく帰って来た塚井父・嘉人と塚井に詫びる。
塚井の実家の近くにある、長野県滝日村。
通称・魔女狩り村。
この村にある旅館に今、良家・道尾家の執事・塚井真尋はいた。
尤も、今は道尾家の令嬢・妹子の執事としてではない。
「いえいえ! こちらこそ娘がご迷惑をおかけしなかったかと心配していたんですが」
「お父さん。」
父・嘉人と共に魔女狩り村の大地主・塚光家の息子・国明のお見合い相手としてやって来たのである。
「いやいや真尋、親として当然のことじゃあないか! ……国明さん、どうぞお気になさらず。」
「あ、いえ……」
「(もう……)」
塚井は父に呆れ返る。
お見合いと言っても、この村に来る数日前に妹子と共に訪れたHELL&HEAVENで友人らに宣言した通り、彼女は直接お断りしに来ただけなのだが。
父も周りもこう乗り気とあっては断るタイミングを図りかねており、どうにも落ち着かない。
何より、塚光家のメイド・鳥間郁美から先ほど聞いた話は恐ろしかった。
かつて国明の母・鉄井潮音が、彼の出産直後にこの村で、夫や幼なじみの前で焼身自殺をしたという話である。
ただでさえ断りたかった結婚話が、これでは尚更煩わしく思えて来る。
「……では、真尋さん。今日の所はこれにてお開きということで。」
「あ、はい。ではまた明日に。」
「(はあ……)」
そうこうする内、お開きとなる。
結局、この日は断れなかった。
◆◇
「ま、真尋さん! ……ぼ、僕は絶対あなたを幸せにしますから!」
「はあ、それはどうも……」
帰り際、国明のこの言葉は塚井を更に憂鬱にさせる。
余計、断り辛い空気になってしまったじゃないかと。
「これこれ国明! まだ気が早いだろう? ……すみません、真尋さん。」
「いえいえ! いやあ、気に入ってくださったようでありがたいですよ。」
「は、ははは……」
どんどん勝手な盛り上がりが加速していく周囲に、塚井はため息を呑み込み愛想笑いを返す。
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「つーかーいー!」
「うわっ、お、お嬢様⁉︎」
家に帰るなり塚井に、妹子が抱きつく。
「お邪魔してます♡」
「どうも、塚井さん。」
「実香、日出美さん!」
塚井は妹子の後ろから見える実香・日出美たちにも驚く。
そして。
「ど、どうも……」
「こ、九衛さん! ……い、いらっしゃいませ……」
更に大門の姿を見つけた塚井は、顔を赤らめて逸らす。
「何何塚井〜? 振袖なんか着ちゃって。」
「お見合いなんですから、着ますよ。」
妹子の茶化しを、塚井はさらりと躱す。
「おお、塚井似合ってる!」
「え、ああ……ありがとう。」
「うんうん、似合ってる塚井さん!」
「あ、ありがとうございます……」
実香や日出美からは褒められ、塚井は照れる。
「大門君は、どう思うかな?」
「えっ⁉︎ あ、ああ……お、お似合いですよ!」
「あ、ど、どうも……」
実香に感想を求められた大門の言葉に、塚井は大いに照れる。
「おやおや、これはこれはお客様ですか。」
「あ、お邪魔してますオジ様!」
「うん、いらっしゃい実香ちゃん。」
車を車庫に入れやって来た嘉人に、実香は挨拶する。
実香はどうやら、塚井家の面々とは知り合いのようだ。
「そちらの方々も、真尋のお友達ですか?」
「あ、私は塚井に普段お世話になってる、道尾家の妹子です。」
「あ、もしや執事の……いつも真尋がお世話になっております! 真尋の父の嘉人と申します。」
目の前の少女が、いわば娘の上司と知り。
嘉人は、慌てて頭を下げる。
「いえいえ、まあお世話してます!」
「お嬢様。」
妹子を、塚井は少し窘める。
「いやいや、本当のことだろうに! ……すみません道尾さん。いつも娘が」
「いえいえそんな!」
嘉人は妹子に、尚も頭を下げる。
「何をお外でそんなに長くお話ししているの? ほらほら、あなたも真尋も早く入らないと。お客様を外にずっと立たせる気?」
「あ、これはすみません!」
家のドアを開けて顔を出した塚井母が、夫と娘を咎める。
嘉人は慌てて、皆を案内する。
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「塚井、大分お疲れちゃんね?」
場所は、家の二階にある塚井と美梨愛の部屋。
二段ベッドと二つの机がある。
振袖から普段着に着替えた塚井は、すっかり疲労困憊している。
そんな塚井を見た妹子は心配している。
「ええ……こういう場はまったく慣れていないですし、何より……すみません。」
「え?」
突然謝って来た塚井に、一同は困惑する。
「どうして謝るの?」
「皆さんには直接お断りするって宣言したんですけど……周りに流されっぱなしで結局出来ずじまいで……」
「いやそんなの、塚井が謝ることじゃないでしょ?」
塚井の言葉に、妹子は返す。
「そうだよ塚井! 明日もあるんでしょ? ならその時にでも。」
「そうですよ、塚井さん。」
実香と日出美も、返す。
「まあ、魔女狩り村に纏わるあんな話聞いちゃあねえ……」
「美梨愛、もしかして知ってたの?」
妹の呟きに、塚井は反応する。
「うん、あと……実香ちゃんたちにも話したよ。」
「そう……」
妹の返事に、塚井は俯く。
本当なら、実香たちに余計な心配かけるでしょと咎める所だが。
それすらできないほど、今は元気がない。
「……まあ塚井さん、どうぞこれを。」
「あ、九衛さん。これは……ハーブティーですか?」
大門は徐に水筒を取り出し、中身をその蓋に注ぐ。
いい匂いだ。
「はい、うちの店で扱っているものです。どうぞ。」
「……いい香りですね。」
塚井は蓋を顔に近づけ、香りを嗅ぐ。
心が癒される思いだ。
「ハーブは心を和らげる効果があるんですよ。……では、これで。」
「えっ⁉︎ いやいや九衛門君どこに?」
部屋から退出しようとする大門を、妹子が咎める。
「え、どこにって……空けていただいた客間に」
「まだいたっていいじゃん大門君!」
「そうだよ大門!」
「え、ええ……でも、女性の部屋に野郎がいるというのは……」
女性陣から引き止められた大門は、困惑している。
ここは、ただでさえ塚井の部屋だと言うのに。
今、塚井・美梨愛・実香・妹子・日出美……と、完全に女子会状態である。
言ってみれば大門は、早くこの場を去りたかったのである。
「ご飯、できましたよ!」
「あ、はあい!」
階下から聞こえる塚井母の言葉に、美梨愛が返事する。
大門はほっとした。
◆◇
「へえ、じゃあ九衛さんは探偵を?」
「あ、はい。まあ、駆け出しですけどね。」
食卓を囲みながら、嘉人の言葉に大門は答える。
客の中で、唯一の男性という大門は、嘉人の興味を引いているようだ。
「オジ様、大門君のことお気に入りですか?」
「あはは。実香ちゃんの大学の後輩さんでしたっけ?」
「あはは! あたしたち女子大ですよ? 大門君はあたしがインカレで入っていたサークルの後輩です。」
「おっと、これはこれは。」
嘉人は実香のツッコミに、頭を手で押さえる。
「でもオジ様……真尋ちゃんのお相手には、大門君はどうです?」
「えっ?」
「ぶっ!」
「ゴホッ!」
「ゲホッ!」
「ぶはっ!」
実香が嘉人に投げかけた問いに、嘉人本人は首を傾げ。
当の本人たちである塚井・大門は吹き出す。
いや、彼らのみならず。
日出美と妹子も、吹き出す。
「あらあら、拭かないと。」
塚井母はそれを見て、台所に赴く。
「えっ⁉︎ お、お姉ちゃんまさか九衛さんを……」
「ち、違うから美梨愛! ……ちょっと、みーかー!」
「ははは……まあ、今のはちょっと冗談です。」
「は、はあ……」
美梨愛もこれには大いに驚き。
実香は笑って流す。
嘉人は首を傾げている。
「でもさ、塚井。……あのことやっぱり、自分の口で言わなきゃ駄目でしょ?」
「……実香。」
「あ、そういうことですか……」
しかし実香のこの言葉に、塚井・大門はその真意に気づく。
実香は塚井が、見合い話を断るきっかけを与えたのである。
「何だ、真尋?」
父は更に首を傾げている。
「……お父さん。」
「うん。」
「ごめんなさい、今回のお見合いの件は……お断りしようかと思っています。」
「え?」
塚井は父に言う。
あれほどタイミングを逸していた割には、淀みがない言葉である。
塚井は本来、しっかりした女性なのだ。
「どうしてだ? やっぱり、この九衛さんが」
「いや、九衛さんは関係ないから! ……ごめんなさい、今は仕事に注力したい。あと、まだ結婚するっていうこと自体に関心が持てない。」
「塚井。」
「……」
塚井のその言葉には、大門・実香・妹子・日出美・美梨愛も聞き入る。
塚井は頭を下げつつ、父の顔をちらりと見る。
果たして、どんな言葉が返ってくるか。
「……分かったよ真尋。明日はこの件を一緒にお断りしに行こう。」
「……え?」
「オジ様……!」
しかし、予想外にも。
嘉人は娘の言葉を、受け入れる。
「え? いいの、お父さん?」
姉に代わり、美梨愛が尋ねる。
「いやいや、真尋のためになればと思っていたんだが……すまない、余計なことだったな。」
「あ、いやそんな……」
塚井はすっかり面食らう。
案ずるより生むが易しということだったか。
「そうね、真尋はまだ結婚は早いかもね。」
「お母さん……」
台所から出て来た塚井母も、これには賛同する。
「よかったわね、塚井!」
「あ、はい……お嬢様。」
塚井は呆けつつも、答える。
「まあでもそうだな、九衛さんはいい人そうだしな……」
「ちょ、ちょっと! だからあ!」
しかし父のこの言葉には、塚井も突っかかる。
「い、いやいやお父様!」
「ひ、大門には私という妻がいますから!」
「そ、そうオジ様……まあさっきのは冗談ですから。」
妹子・日出美・実香も否定する。
「ああ、すまない……まあ、ここまで多くの女性に慕われているんじゃ、真尋には勿体ない方かな。」
「い、いやそんなことは!」
「お父さん。」
父のこの言葉に、今度は塚井だけでなく。
大門も否定する。
「あはは、すまないすまない。……さあて真尋。明日はきちんとお断りに行かないとな?」
「う、うん……ありがとうお父さん。」
塚井は父に、頷く。
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「じゃあそういうことで。……お金、待ってますから!」
郁美はそう言って、電話を切る。
その電話の、相手は。
「ふん、私を脅迫するなど……ケツの青い小娘が!」
郁美が仕える主人・劉禅だった。
◆◇
「お、大っきい!」
「ああ、やはり大地主だからなあ。」
夜が明け。
塚光の屋敷にやってきた塚井父娘は、ため息をつく。
想像以上に大きい。
「いらっしゃいませ、お客様!」
「あ、どうも……と、鳥間さん!」
「おや、真尋さん!」
「お、真尋? お知り合いだったか?」
塚井父娘を出迎えたのは、郁美だった。
「あ、ああちょっとね……」
「その節はどうも! ……さあお待ちしておりました。」
郁美は何事もなかったように、二人を案内する。
と、その時である。
「お前は、何も分かっていないな!」
「いや、分かっていないのは父さんだ! 何が国明の幸せだ、そんなもの違う!」
廊下を歩く塚井父娘の前に。
大きな音を立てて出てきたのは国明の実父・陽太だ。
「あ……す、すみませんお客様! どうぞごゆっくり。」
「あ、はい……」
陽太は塚井父娘を見かけると、バツが悪そうに会釈し。
その場を後にする。
そう言えば、昨日の郁美の話では。
劉禅と陽太の間には、確執があったとか。
「……すみません、塚井さん。お見苦しいものを。……さあ鳥間、お二人を。すぐに国明に応対させますので、どうかお待ち下さい。」
「は、はあ……」
「さあ、どうぞ。」
劉禅も部屋から出て、塚井父娘に会釈する。
父娘は戸惑いつつも、郁美の案内に従う。
◆◇
「す、すみません! 父が失礼を。」
「あ、いえ……」
居間にて。
国明に応対され、塚井父娘は席についていた。
「わざわざすみません、家までなんて。」
「あ、いえいえ……」
国明の言葉に、塚井は答える。
「ま、まあ無駄に広いですけど! ……暮らして行くのには困らないですし。」
「は、はは……」
国明の言葉には、塚井との結婚後の構想があることを彼女は感じた。
これはまずい。
「そ、そうだ国明さん! お、お父様は遅いですね……」
「あ、す、すみません! ぼ、僕呼んで来ます!」
塚井が話題を逸らすために言った言葉を、国明は真に受け。
席を立とうとする。
と、その時。
「た、大変です! ……な、納屋が燃えています!」
「⁉︎ え!」
郁美が血相を変えて居間に飛び込む。
国明と塚井父娘は、息を呑む。
◆◇
「(ふふふ……さあ、清算するとしようじゃないか! この村に染み付いた、怨念を!)」
燃え盛る塚光家の納屋を見て。
犯人は憎悪を、滾らせる。




