疑惑の3日目
「これが、防犯カメラの映像です。」
「はい。……さあ、皆。」
「うん!!」
「はい、お嬢様。」
バスターミナルの事務所にて。
実香・妹子・塚井・日出美は、警備員より防犯カメラ映像を提供してもらっていた。
大門たちが連れ去られ3日目の夕方頃。
日出美の提案により、僅かな手掛かりを求めて実香たちはここに来ていた。
全ては、大門を助けんがため。
「でも、言い出しっぺで何だけど……よく、警察でもないのに防犯カメラ映像なんか提供してくれたよね?」
日出美がふと、冷静になって尋ねる。
「大丈夫、日出美ちゃん! ……これぞ道尾家の七光りって奴よ!」
「……色々褒められたものではありませんがお嬢様。今日の所は止むを得ませんね……」
「おーっほっほっ……ゲホッ、ゲホ! いいじゃない塚井、いつもは全然使ってない手なんだから!」
慣れないお嬢様笑いに慣れない妹子は思わず咳込む。
確かにあまり美しいやり方とは言えないが、ここは幾分仕方なかろう。
「皆、ありがとう……さあて、調べないとね!」
実香は俄然、やる気になる。
「何の何の! 実香さん、私たちの仲じゃないですか!」
「旦那を助けるのは、妻の役目じゃない!」
「そうだよ、実香。九衛さんを助けたいのは、私たちだって同じなんだから!」
「うん……ありがとう。」
妹子も日出美も塚井も、やる気である。
「さあて……問題はいつの日に誘拐されたかよね……」
「う-ん、中々それなりの数の映像がありますね……」
妹子と塚井は記録映像の膨大な数に、頭を抱える。
これが、こんなにあるとは。
「……でも塚井。女は度胸よ!」
「……お嬢様。」
妹子は、立ち上がる。
「さあー、やりましょう! 千里の道も一歩から!」
「あ、大門だ!」
「……へ!?」
勇んだ妹子は、早々に出鼻を挫かれる。
「ち……ちょっと日出美ちゃん!」
「ど、どこに九衛さんが!?」
「ほら、本来の出発日の前日夜。ここここ!」
「……あ、本当だ!」
「日出美ちゃんすごい!」
「えへへ!」
日出美はあっさりと、見つけてしまったのである。
「ど、どうやって?」
「いやあ、連れ去られるとしたらその前日じゃないかって。まあ、ただの山勘ですけどね!」
「……はああ。」
あっさりと自分の解こうとしていたものが解かれたことで、妹子は萎れる。
「お、お嬢様!」
「で、でも! こ、これで誘拐に使われたバスのナンバーは分かるよね?」
「……はっ! そ、そうよ! よおし塚井!」
「……はい。」
妹子は瞬く間に再起動する。
塚井は妹子のそういう所は評価しつつも、やや呆れ気味である。
「今すぐ道尾家の七光りでもって、Nシステムの映像を片っ端からかっさらいなさい!」
「……はい、お嬢様。」
相変わらず七光りと臆面もなく言える妹子には、呆れを通り越して尊敬すら覚える塚井である。
しかしそれにしても、かっさらうとは。
せめていただく、という言い方にできないだろうか。
さておき。
「こうしちゃいられないわ! さあ……皆! これで九衛門君の居場所、分かるかもしれないわよ!」
「おおー! 今だけ妹子さんが格好よく見える!」
「ふっ、ふっふーん。そうでしょ……って! 私の価値って今だけなの!?」
「あ、そんな……ふ、普段は格好いいっていうか……面白いですよ!」
「……あ、あら? そう?」
日出美は妹子に弁解する。
妹子は少々、煽てられて気を良くしている。
まったく、面倒臭いのやら単純なのやら。
さておき。
「(大門君……待ってて、必ず助け出すから!)」
いつもならこういう話には進んで入って来そうな実香だが、この時はただひたすら大門の無事を祈らないではいられなかった。
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「や、矢太郎!」
築子が叫ぶ。
場所は、南の棟の一室。
そこには築子や2日目朝の被害者・明彦らと同じサバイバルゲームサークルのメンバー・大上矢太郎の遺体が。
実香に誘われた、彼女の勤務する旅行社主催のツアーに参加予定の大門だったが。
その後、彼女と同社の者と名乗る人物より嘘の日程を教えられ、同じく嘘の日程を教えられていた他のツアー参加者たちとともにバスに乗せられ、そのまま眠らされた。
そして気がつけば、この施設にいたのである。
そのまま訳も分からず、人狼ゲームに参加させられてしまう。
しかし1日目こそ何も起こらず、文字通りゲーム感覚でしかなかった参加者たちも。
2日目朝に参加者の一人・拝島明彦が殺害されたことにより動揺し始める。
そして、3日目の朝にはさらに参加者の一人・大上矢太郎が殺害されてしまったのである。
「皆さん、落ち着いてください! 」
「お、落ち着いてなんかいられるかあ!」
大門は宥めようとするが、逆にその場は混乱するばかりだ。
「お、俺は今すぐ帰るぞ!」
「わ、私も」
錯乱極まり、千鳥や坂木は昨日確かめた出口へと向かおうとする。
「待ってくださいと言っているでしょう! 今は帰れやしません。既に確かめたじゃないですか。」
「……」
大門のこの一喝には、皆が黙り込む。
そう、出口自体は北棟にあることを確かめたのだが。
大門が皆の前で確かめた所、どうやら閉まっているらしいことが分かった。
その出入り口の鍵を犯人が開け、外に出て窓から侵入したとしたら。
そうも考えたが、窓にはいずれも鉄格子がかかっているので無理と分かった。
「……また、カメラ映像が提供されるはずですから、それを見ましょう。」
「あ、ああ……」
大門は皆を宥める。
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「……出て来ましたね。」
「……昨日と、同じですね。」
大門が操作するPCに、皆見入っている。
その映像に映っているのは。
1日目の映像と同じく、大広間をこれ見よがしに通り過ぎる人狼だった。
どうにか皆揃って部屋に戻った頃。
ちょうど2日目の映像が流れ始めていた。
制限時間は四時間。
それまでに、今日のリタイヤ部屋行きを決めなければならない。
「奴は、今度は東の棟から……?」
「と、いうことは……昨日の人狼とは、別人ということでしょうか。」
「べ、別人!?」
大門の言葉に反応したのは、竜騎である。
「更に気になることが一つ。」
「……何だ?」
「……僕たち、今何人ですか?」
「……はい?」
大門の質問に、竜騎は拍子抜けする。
「あのなあ……そんなもん、数えればいいじゃねえか!」
竜騎は馬鹿にした言い方だ。
「では。数えましょう。……まず苅田さん。それから千鳥さん。岩本さん。」
大門は右手の親指、人差し指、中指……と、指折りでカウントして行く。
「そして生稲さん、坂木さん、日比野さん……と、最後に僕自身を入れて、七人ですね。」
「ああ、そんなの数えりゃ分かるだろ!」
「いや……待て。」
しかし大門が左手の人差し指まで折ってカウントした時、日比野はあることに気づく。
「そうです、日比野さんは気づいたみたいですね……そう、人狼は三人。つまり……石毛さんが人狼でないとしたら、このターンで誰を選ぶかによって人狼側の勝利が確定してしまう可能性があるってことですよ!」
「あっ……!」
「そ、そうか……」
大門の言葉に、皆ははっとなる。
そして互いに、互いを見る。
「ね、ねえ竜騎……あんた、矢太郎と結構喧嘩したことあったよね?」
「はあ!? なんだ築子、俺を疑うのか!?」
築子の言葉に竜騎は、食ってかかる。
「だって……人狼は東から出て来たんでしょ? 東にいるプレーヤーってこの中で、あんただけじゃない!」
「なっ……そ、それは……!」
竜騎は顔を顰める。しかし、すぐに言い返す。
「それを言うならお前だって、動機はあるじゃねえか! こっそり明彦と付き合ってたくせに! でもすぐに別れて、今度は元樹に乗り換えたんだってな?」
「なっ……そ、そんなこと!」
築子は顔を真っ赤にし、否定する。
しかし大門はこの話を聞き、なるほどこういうこともあるんだなと何やら冷めた気持ちである。
こういう男子大勢の中に女子が一人ならば、確かにそういうこともありそうだ。
しかし、この喧嘩はひとまず止めねば。
大門はそう思ったが、二人の喧嘩は口を挟む暇もなく続く。
「まあとにかく……竜騎、だけどあんたが東にいるんだから東から出て来た人狼があんただという容疑はどうやって晴らすの? どうせ、そんな頓珍漢な弁解しかできないんでしょ!」
「そ、それは……」
「あんた根は小心者の癖に! あの一年前だって、あんた見てるだけで……はっ!」
「なっ……お、おい築子!」
しかし築子は一年前、と口走り。
何やらまずいことを言ったような顔で口を噤む。
いや、彼女だけではなく。
竜騎も、何やら青ざめた顔だ。
「……? どうしました?」
「あ、いや……」
「な、何でもないと思うよ九衛君!」
「? 坂木さん。」
しかし、その様子を見た大門が尋ねると。
何故か弁解して来たのは、坂木だった。
「え? あ……な、何でもないよ! と、とにかく早くリタイヤ部屋行きを決めないと。」
「……はい。」
何やら釈然としない思いを抱えつつ。
再び映像を見る。
それは、南の棟から人狼が出て来る場面だ。
「じ、人狼はどこに……?」
竜騎はまるで、縋るように。
いや、祈るように言う。
どうか、東の棟には行きませんように。
そんな気持ちが見て取れた。
しかし、それは虚しく。
人狼が戻った先はやはりと言うべきか、東の棟だった。
「そ、そんな……」
「これで決まり……皆さん、人狼はこいつみたい!」
「お、俺じゃねえ!」
勝ち誇ったように言う築子に、竜騎はつかみかかろうとする。
「苅田さん、暴力はいけません! ……それに、すみませんが苅田さん。確かに、今この時点ではあなたの容疑が一番濃厚です。」
「なっ……あんたまでか!」
竜騎は後ずさる。
しかし、ふと思い出したようにこう言う。
「そ、そうだ……ゆ、昨夜のチャットだよ! そ、そこに……あっ!」
「往生際が……って、何?」
竜騎の言葉に、築子は食ってかかろうとして止まる。
竜騎が、何やら青ざめているのだ。
「お、俺……き、昨日チャット始める前に寝ちまって……」
「……そうら見なさい。」
竜騎はその場にヘタリ込む。
「さ、早くこいつを」
「まあ待ってください生稲さん。……ひとまず、昨日のチャットをもう一度見ましょう。」
◆◇
千鳥:いやあしっかしさあ、1日目のポーカー楽しかったよな!
岩本:え、ええ……そうですね。
九衛:ええ、ここから解放されたらまたやりましょう。
坂木:そうですね……
生稲:いいな〜、トランプできるって羨ましい!
日比野:あ、僕マジックできますよ。
生稲:え? 本当! 今度見せて〜!
千鳥:ちなみに、どんなマジックを?
日比野:えっと……マジシャンが後ろを向いている時にお客さんが適当に選んだトランプを当てるマジックです。
岩本:うわあ……すごいですね!
「うん、まだ平和だったね……」
築子が呟く。
確かに、まだこの時は平和だったかもしれない。
というより、皆目を逸らしていたのかもしれない。
ここで、殺人が行われたという厳然たる事実から。
さておき。
「……これが、人狼が大広間をうろついていた辺りの時間帯の会話ですが……やっぱり、苅田さんの名前はありませんね。」
「あ、ああ……でも……俺は違う!」
竜騎は叫ぶ。
しかし、それが虚しいやり方であることは彼自身にも分かっていた。
がっくりと、その場に崩折れる。
◆◇
「じゃあ、閉じます。」
「あ、ああ……」
こうして。
2日目のリタイヤ部屋行きは、竜騎になった。
さて。
「……これでもし、石毛さんも苅田さんも間違いだったら。人狼側の勝利になりますね。」
「え、ええ……」
「そ、そんな!」
「……ああ、神様!」
「うう……」
「くっ……」
竜騎をモニターの指示通り南のリタイヤ部屋に行かせた後。
大広間に集まった大門・築子・紗千香・千鳥・坂木・日比野は張り詰めた空気になる。
果たして――
――……ご苦労だった、皆。さあ、引き続きゲームを続行しよう。
「……! や、やった! やっぱり、元樹と竜騎が……!」
「そ、そうだったんですね……」
「よ、よかった……」
「ふう……」
「はあ……」
皆安心した様子である。
しかし、大門は。
「いや……石毛さんと苅田さん、場合によってはどちらかが間違っていた場合もあります。つまり……人狼はまだ1〜2人いるわけですから、まだ油断はできません。」
「!?」
「そ、そういえば……」
大門はまだ、警戒を解いていなかった。
「で、でも! あたしたちにはアリバイがある中で、あいつらだけはアリバイなかったんだから。ほぼ、あいつらで決まりでしょ!」
築子は言う。
「ええ……一番気になるのは、そこですね。」
大門は考え込む。
もし2人が人狼なら、何故自分のアリバイを作らなかったのか。
まさしく、一番気になるのはそこだった。




