容疑者は一人
「……課長。」
「! あ、ああ……十市さんか。」
早朝のオフィスに突然響いた声に、実香の所属する営業三課課長・船戸幸宏は微睡みかけていてハッとする。
実香直々に誘いをかけた大門を含めた、彼女の会社主催のツアー参加者が誘拐され3日目。
実香は、今思う所がありこれほど早くに出社していた。
ツアー参加者の誘拐が知らされてから、社員が変わる変わる電話の番を務めている。
そして、昨夜番をしていたのは。
「課長が犯人からの電話の番をなさった後の今しかないと思いまして……一つ聞きたいことが。」
「……何だい? 私はそろそろ帰る所なんだ、手短に」
「……単刀直入に言います。今回のツアー参加者誘拐の犯人は、船戸課長あなたですね?」
「!? な、何!」
船戸は耳を疑う。
「じ、冗談はやめてほしい! 私が何故」
「ツアー参加者を全員まとめて誘拐する方法があるとするなら、それは偽の日程を全員に伝えて誘き出すこと。……それができるのは、内部の人だけだと思うんですが。」
「!? そ、それが私だと言うのか!」
船戸は声を荒げる。
しかし実香は怯むこともなく、まだ畳み掛ける。
「というより、課長以外に考えられません。今回のツアーを企画されたのだって」
「そ、そんなことは証拠にならない! ぶ、物的証拠を出せ!」
「課長、横領されてますよね?」
「……なっ!」
尚も否認を続ける船戸に、実香はついに痺れを切らし特大の事実を突きつける。
「実は昨日、退社した後またこっそり戻って調べました。……不自然なお金の流れ、これって横領ですよね?」
「……くっ!」
実香の差し出した紙を見て、船戸はついに折れる。
「別に、課長の横領を糾弾する気はありません! でも……ただ、教えてほしいんです! 大門君……いや、私の大事な人や、他のツアー参加者はどこにいるんですか!」
「ぐっ! と、十市さん……い、一旦落ち着いてくれ!」
実香は船戸の胸倉を掴む。
船戸は怯えつつ、彼女を宥める。
「……そうですね、すみません。」
「はあ、はあ……すまない十市さん。私は主犯ではない、犯人に協力させられたんだ!」
「……え!?」
船戸の言葉に、今度は実香が我が耳を疑う。
◆◇
「き、共犯?」
「うん。何でも、ハッキングで横領の事実を握られて……それで、協力させられたみたい。」
道尾家の車の中で、実香は塚井や妹子に情報を伝えていた。
「実香は、その言葉を信じたの?」
塚井が尋ねる。
「うん、まあ……それ以上問い詰めても全然口割らなかったから、ひとまず信じるしかないんじゃない?」
「うーん……」
塚井は考え込む。
鵜呑みにしていいことではなさそうだ。
しかし、結局のところ彼が口を割らないのならば知ることはできまい。
「実香。やっぱり……密かに警察に」
「それは駄目! ……大門君が、死んでもいいって言うの?」
「! そ、そうよ塚井! それは駄目!」
「は、はい……」
警察に連絡すれば、人質たるツアー参加者の命の保証はない――あの脅迫状に書いてあることを、塚井も忘れた訳ではない。
しかし、このままでは埒が明かないのも事実だ。
「でも、そうなると……私たちにできることって何?」
「……あたしたちは、ただ指を咥えているしかないの……?」
実香は顔を覆う。
塚井も妹子も、頭を抱える。
船戸がまさか共犯に過ぎなかったなんて。
これで真相にたどり着けると思っていたのに、道は閉ざされてしまった。
と、その時。
「お待たせ! 実香さんたち!」
「!? 日出美ちゃん!」
窓ガラスを叩いたのは、日出美だった。
「お、おはよう日出美ちゃん……」
「さあ、皆さん! 早く行こう!」
「……え?」
乗り込んで来た日出美のこの言葉に、女性陣全員が首を傾げる。
「い、行くってどこへ?」
「決まっているでしょ! ツアーバスの発着所!」
「は、発着所……? ……あ!」
しかしこの日出美の言葉には、実香が合点する。
「そ、そっか! もし、大門君たちを誘拐したバスがうちの会社と同じ発着所から出ていたとしたら」
「そっ! あわよくば防犯カメラか、職員の人の記憶にバスのナンバーが残っているんじゃないかなって!」
日出美は胸を張り、得意げに言う。
「そう、ですね……ないとは言えません!」
塚井もはっとする。
考えようによっては、そんなに分かりやすいことを犯人はしないだろうとも言えなくはないが。
しかし、今は藁にもすがる想いだ。
「さあー、行きましょう塚井! 千里の道も一歩から!」
「はい、お嬢様!」
女性陣は俄然活気づき。
塚井はバス発着所に向け、車を発進させた。
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「ううん……ないですね。」
「九衛さん、こっちにもないです!」
「だめだ、こっちにも。」
「うーん……」
大門は方々から来る声に、頭を抱えていた。
やはり、東西南北の棟同士を繋ぐ隠し通路の類はないようだ。
翻って、大門たちは。
時は実香たちが船戸が共犯であることを暴く日の前日昼ごろ。
実香から誘われたツアーに参加したはずが、何故か何者かに他のツアー参加者共々謎の施設に連れてこられた大門。
しかし、着いて早々に大門ら10名のツアー参加者たちは。
目覚めた大広間にあったモニターからこれから人狼ゲームを始めるという指示が表示される。
今回の人狼ゲームのルールは、以下の通り。
・役割は、力無き村人たちと霊媒師・占い師、そして人狼の4種。
・大広間の時計は0時に鳴る。
それ以降は、自室に戻り人狼以外は部屋を出てはならない。
・その翌朝は、7:00に部屋の時計が鳴る。
それにより、プレイヤーは自室から出て大広間に集合しなければならない。
・朝、大広間に集合した後。その日人狼と疑わしき者を4時間の制限内に一人選定しリタイア部屋に押し込む。
・人狼の数は3人なので、村人側はその3人を全てリタイヤ部屋に押し込めれば勝利。
・村人側はその時点で残る人狼と同数まで減らされてしまった場合、即刻敗北となる。
当初こそ、文字通りのゲーム気分であった参加者たちだが。
2日目の朝、殺人が起こる。
殺害されたのはツアーに参加していたサバイバルゲームチームの一人・拝島明彦だ。
明彦殺害の犯人は、万が一の場合に備えたアリバイ作りとして全員で行われたパソコンでのチャットに、何故か会話が殆どなかった石毛元樹だ。
元樹には更に、"人狼"が大広間を通った時の映像による状況証拠もある。
というのも、先に述べた通り大広間を通じてしか東西南北の棟同士は行き来できないのだが。
"人狼"は大広間に入る際、北から入った。
そしてこれまた不可解なことに、小一時間ほど大広間に留まった後、明彦の部屋がある東の棟に入ったのである。
そうして、今に至る。
「やっぱり……」
築子は、元樹を見る。
「ふ、ふざけんな! 俺はやってねえ。……そうだ、天井裏だ! 天井裏を」
「往生際が悪いぞ、元樹! 状況証拠的にお前としか考えられないだろ!」
「いや、待って下さい!」
「……え?」
矢太郎と元樹の言い争いに待ったをかけたのは大門だ。
「確かに、天井裏もまだ見ていません。まだ時間があることですし、一度見てみましょう。」
「あ、ああ……」
◆◇
「ど、どうだ九衛さん!」
「駄目ですね、屋根裏は部屋ごとに仕切られているみたいです。」
「……駄目か。」
天井裏に上がった大門からの知らせにより。
元樹は肩を落とす。
しかし、すぐに。
「いや、そ、そうだ屋根だ! 屋根を伝ったんだ!」
再び声高に、叫ぶ。
「もういい加減にしろよ! 認めろって!」
「ほ、ほら! 早く九衛さん見てくれよ!」
「あ、はい。」
大門は天井裏の天井に、手を掛ける。
すると、何やらグラグラと感触がする。
「あれ? これは……」
「おっ! や、やっぱり」
「……いや、すみません。確かにグラグラとする天井板はあるんですけど、外れないですね。」
「くっ! な、なら他の部屋もだ!」
元樹は尚も執拗に、抜け道を調べようとする。
確かに、まだ屋根や屋根裏の抜け道の可能性は残されている。
まだ全ての部屋のそれを、調べた訳ではないからだ。
しかし、大門には少し引っかかることがあった。
「屋根、か……」
◆◇
「うーん、駄目ですね。どの部屋も同じだ。」
「……駄目かよ!」
元樹は壁に八つ当たりする。
全ての棟にはまず、五つの部屋だけ。
さらにどの部屋にも天井裏及び、グラグラする天井板はある。
しかし、結局天井裏は部屋毎に仕切られており、天井板もグラグラとはするが外れないのはどこの部屋も同じだった。
更に。
「そして、どの部屋からも雨の臭いがしないことが気になりますね。」
「……何?」
大門の言葉に、他のメンバーは首を傾げる。
「いや、昨夜は雨が降って明け方に止みましたから。もし、屋根を伝っていったなら雨の臭いがしてもおかしくないと思うんですよ。消臭剤の匂いもしませんし。」
「う、うーん……」
続いての大門の言葉に、皆考え込む。
確かに晴れても、雨の臭いとはそんなに簡単に消えるものではないだろう。
消臭剤でも使ったのでなければ。
「そもそも……何故抜け道なんかあるのなら、最初から大広間なんか通ったんでしょうね? "人狼"は。」
「! た、確かに……」
皆ハッとする。
そういえば。
何故、帰りに抜け道を通るぐらいなら、行きは堂々と大広間を使ったりしたのか。
いや、待て。
「いや。……石毛さんに罪を着せるため、でしょうか?」
「!? そ、そうだよ! ほら見ろ、俺は犯人じゃ」
「で、でも……結局抜け道は見つからず終いなんですよね?」
「……くそっ!」
大門の言葉に目を輝かせる元樹だったが、次の紗千香の言葉に肩を落とす。
と、その時。
「み、皆! も、モニターが残り時間を、さ、30分だって……」
「……今日の犠牲を、決めなければならないですか。」
千鳥が残り時間を告げにやって来た。
◆◇
「……やっぱり、俺なんだな。」
元樹は渋々、リタイヤ部屋として指定された東棟の部屋に入る。
結局、不自然な点こそあるものの、いずれも元樹の濃厚な容疑を逸らすには至らなかったのだ。
「じゃあね、元樹。この部屋、水も食糧も水道もトイレもあるらしいから。」
「そこで、反省してろ。」
「俺はやってねえ!」
築子と矢太郎の言葉に、元樹は乱暴にドアを閉めた。
それを外から、鍵をかける。
「じゃあこの鍵は、このモニター下の引き出しに……じゃあ、0時までは自由だぜ?」
リタイヤ部屋の鍵を仕舞いながら、矢太郎は皆に呼びかける。
「いや、僕は……」
「私も、今日はもう部屋に……」
結局皆、部屋にはそそくさと帰り。
また例のごとく、アリバイ作りのチャットに勤しんだ。
「うーん、石毛さんが"人狼"、か。」
チャットをしながら、大門は考えを巡らせる。
そして、後ろをチラッと見る。
「……あいつ、出てこないか。」
大門は安堵とも、拍子抜けともつかぬため息を漏らす。
あいつとは、大門の別人格・ダンタリオンと呼ばれる存在である。
「……まあいい。しかし……駄目だ、全く分からないな……」
大門は頭を抱える。
まだ、殺人は続くのだろうか――
◆◇
そして、3日目の朝。
「きゃあああ!」
「し、死んでる!」
第二の犠牲者、それは。
南の棟にいる、矢太郎だった。




