エピローグ
「……!? 九衛さん……?」
ガラス越しに見えた大門の顔に、菫は複雑な表情を浮かべる。
菖蒲郷の秘密を巡る事件より、一月ほど経った頃。
大門が訪れたのは、留置場だった。
「お久しぶりですね。まあ……あまり、お会いしてもあなたの方は嬉しくないかもしれませんが。」
「ええ……そうですね。」
ガラス越しの席で、菫は視線を逸らす。
「……鹿波さんや、ミイ子さんは? あと……あの村はどうなりました?」
菫は質問に質問を重ねる。
同僚である鉈倉家使用人たちのことを尋ねたのは、彼女のせめてもの優しさなのだろう。
「ミイ子さんは……今、入院されています。鹿波さんはそんな彼女を看病しています。」
「……そう。」
菫は俯く。
ある程度は覚悟していたとはいえ、やはり無関係な彼女たちに迷惑をかけたことは気に病んでいるのかもしれない。
「……あの村は?」
「……今、麻薬検査が村民全員に行われています。村長も、あの三名家の主人たちの事実上傀儡状態だったということもあってその辺は知らなかったと言っていますが……彼自身も取り調べを受けていて。」
「……ザマァ見ろって言いたいです。」
菫は笑う。
しかし、そうした言葉選びとは裏腹に、それが引きつった笑いであることを大門は見逃さなかった。
「……"鉈倉魎子"の遺書は覚えているでしょう? ……あの遺書自体は嘘ですけど、本当の部分もあります。」
「ほう?」
「……私は、あの村そのものが憎かった!」
菫は叫ぶように言う。
ついていた警察官が止めようとするが、大門がそれよりも早く呼びかける。
「ええ、だから村の秘密を暴き、お父さんの仇を討ったんですね?」
「……はい。」
大門の言葉に菫は落ち着いた声を出す。
それを聞いた警察官が、元の場所に戻る。
「……でも、父の仇っていうのはあの時も、今も言いましたけど……それも違う気がします。」
「……はい。」
菫の言葉に大門は、ただただ聞き入っている。
「父には、そもそもあんな村には戻らずに私や母と一緒に暮らして欲しかった! ……だから、父が殺されたのは正直、ザマァ見ろって思います。それ見たことか、自業自得だって……なのに、悔しかった……」
菫はしゃくり上げる。
「なんで、本当に殺されなきゃならなかったのかって……! これじゃあまるで、私が死を願ってたみたいだって……。」
「……佐村さん。これは、僕の推察ですが。」
大門は、話し始める。
「……鉈倉光信は、あなたに殺されることを分かっていた。だから、あんな遺書を残したのかもしれません。」
「! ……そんな。」
菫は、驚いた様子だ。
「だから鉈倉光信だけは、良心の呵責があったのかもしれません。だからといって、彼らのしたことは許されることではありませんが……だから佐村さんも、自分を許せる日を迎えることを目標にするべきだと思います。」
「……え?」
菫は首をかしげる。
「あなたのお父さんを殺したのは、あの村の主人たちです。しかも、少なくともそのことは、鉈倉光信は分かっていた。……決して、あなたがお父さんの死を願ったからお父さんは死んだんじゃありません。」
「九衛さん……」
菫の目からは、涙が出ている。
「あなた自身の罪も、これから償わなければなりませんが……少なくとも、一度はお父さんの死を願ってしまうようなことになってしまったことで、ご自分を責めることは止められてもいいんじゃないでしょうか?」
「……はい。」
菫はそのまま、泣き崩れた。
「九衛さん……あなた司法修習生っておっしゃっていましたけど……本当はどなたなんですか?」
「え? あ、ああ……」
泣きながらも菫がしてきた質問に、大門は一瞬面食らう。
「……僕は九衛大門。どこにでもいる、普通の悪魔の証明者ですよ。」
「……ふふっ。」
大門の言葉に、菫は笑う。
それは先ほどのものとは違い、心からの笑いだった。
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「……という訳で、佐村さんはひとまずは心配なさそうです。」
「なるほど……しかし、九衛さん。何度も聞くようなんですが。」
大門の言葉に、車を運転する塚井は返す。
「……よかったんですか? ご自分の執事さんに送ってもらわなくて。」
「……真荒木ですか。いいんです、実家とはもう距離を置いていますから。」
塚井の言葉に、今度は大門が返す。
留置場までは塚井が、車で送ってくれていた。
大門の執事、真荒木については。
話を、菖蒲郷殺人事件の解決直後に戻さなくてはならない。
◆◇
菖蒲郷殺人事件の解決後、数日が経ち。
大門と女性陣は、事務所で寛いでいた。
ふとコンコンと、事務所の扉を叩く音がする。
「……はい?」
「あ、私開けるよ!」
来ていた日出美が、応対する。
「はい、どーなた? ……ん?」
「おや、これはこれは。」
「……あー!」
「え?」
「あの時、騙したおじいさん!」
「えっ!?」
ドアを開けた日出美の言葉に、大門のみならず、同じく来ていた実香・塚井・妹子も驚く。
「おやおや……あの時のお嬢さんでしたか。これはすみません、とんだご無礼を。」
「……って、ええ!?」
言いつつおじいさんは、変装を解く。
その姿は。
「ま、真荒木!」
「……ご無沙汰しています、坊ちゃま。」
果たしてその姿は大門の執事・真荒木波純であった。
「えっ、もしかして……九衛門君ってお坊っちゃまだったの!?」
「いや、坊ちゃまなんて……まあ、小金を持っている所のボンボンっていうのは確かですけど。」
妹子が驚きの声を上げている。
大門は事も無げに言う。
「……僕を、連れ戻しに来たのかい? 誰の指示かな……母さんはなさそうだ。安音、もないな……」
「んん? 安音って誰!?」
「うわっ、ちょっと!」
大門の口から出た女性の名前に、ピクリと女性陣が反応する。
「ああ、坊っちゃまの従姉妹様で、許嫁です。」
「い、いいなづけー!?」
たちまち女性陣から、阿鼻叫喚が。
「こらこら九衛門君〜?」
「大門君、これはどういうことかなあ?」
「おのれえ! 重婚はりっぱな犯罪なんだからね!」
「ま、待ってください! 皆さん!」
迫る女性陣を、大門は宥める。
「……祖父が勝手に決めたことです。今時、時代遅れだろとしか思えないんですけど、僕の母の実家は財産分散を恐れて、親戚筋同士が結婚する習わしがありまして。」
「か、勝手に決められた……?」
その言葉に、熱り立っていた女性陣は静止する。
「じ、じゃあ……大門は、その安音さんって人は何とも思っていないの?」
「まあ、そうですね……むしろ、嫌われていますし。」
「ふ、ふーん……」
女性陣はほっとした反面、大門を嫌うなんてと安音に少し怒りが湧いてくる。
「いえいえ、坊っちゃま! これは、安音様のご指示でございます。」
「……そうか。まあ、お祖父様の顔色を伺ってのことだろう。……でも真荒木、もう来なくていい。」
「坊っちゃま!」
「九衛さん……」
真荒木を撥ね付ける大門の表情に、塚井は複雑なものを感じ取る。
「今日の所はお客様もいらっしゃるし……それに、僕はこの前の事件の加害者の方と面会にも行かないと。」
「あ、でしたら私が」
「いい! ……今日はひとまず帰ってくれ。」
「……かしこまりました。」
真荒木はこれにより、引き下がる。
◆◇
「すみません……結局、こうして塚井さんに送っていただくことになってしまって。」
「いえ、私は別に……でも、執事さんが。」
「いいんです。……坊っちゃま、坊っちゃまなんて、それこそ執事喫茶じゃないんですし。」
「そ、そうよね〜!」
大門の言葉に、後部座席の妹子が共感の声を上げる。
「ねえ、実香さん。……お金持ちになる方法って何?」
「うーん、そうだねえ……ま、勉強かな♡」
「はあ、勉強か……」
「うん、あんたからその言葉を聞くとは思ってなかった。」
同じく後部座席での日出美に対する実香の言葉に、塚井は呆れて言う。
「ひどくない? 塚井。」
「いや、イメージじゃないもん。」
「はは……いやいや。実香さんは結構勉強家ですよ?」
「おおっ! ありがとう大門君♡」
大門の言葉に実香は、すっかりご機嫌である。
「まあ、でも九衛さん。……ご実家に一度くらいは顔を出されては?」
「うーん、そうですね……」
「……すみません、余計でしたね。」
塚井は余計なことを言ったかなと、頭を抱えるのだった。
しかし同時に、塚井はふと疑問に思う。
何故、大門はこうも実家を避けるのか――
「(……僕が実家なんて、継げる訳がない。安音だって、付き合わせる訳にはいかない……)」
大門は一人、考えていた。
未だ時折見る、人を殺す悪夢。
そして何より、自分の第二人格・ダンタリオン。
「(……自分の中に、悪魔がいないことを証明できるまではね。)」
その複雑な胸中の大門はそのまま、気がつくと眠りに落ちていた。




