conclusion:菖蒲郷の神は祟らない②
「ううむ、一体何だ……?」
八幡はまたも、唸る。
菖蒲郷にて、三名家の主人たち、そしてそのうちの一つ・鉈倉家の御曹司・早信が殺害された事件。
当初は自殺したとみられる鉈倉魎子による犯行と見えたこの事件も、大門の推理により覆りつつある。
鉈倉魎子は、鉈倉家の主人・光信が残した遺書を偽装して作り上げられた架空の人物だという。
そして、早信殺害のトリックを再現して見せるという大門の言葉により刑事の八幡、村長の大田、神主の穂村、鉈倉家使用人のミイ子・菫・美弥、そして妹子ら女性陣が大門の泊まっていた鉈倉邸の部屋に集められていた。
と、その時。
「!? な、何だ?」
「!? て、停電でしょうか?」
「こ、これって!」
「は、早信様殺害の時の」
「皆さん、落ち着いてください!」
パニック状態になった皆を、塚井が宥める。
すると。
「!? ま、窓の外を見て!」
「!? な、何!」
窓を覗いた妹子が、叫ぶ。
それにより皆、先を争うようにして窓際に押し寄せる。
「あれは……」
「く、首吊り!?」
そこから見える離れの窓の様子に、皆は絶句する。
その窓の前に並ぶ蝋燭には、一斉に火がつき窓に引かれたカーテンを照らしている。
カーテンには、首を吊られた人影が見える。
そしてそこには、その人影を刃物を構えたもう一つの人影が刺す――
「いやあああ!」
「くっ、また誰かが!?」
八幡は急いで部屋を、そして母屋を飛び出す。
馬鹿な、事件は解決されたはずなのに――
◆◇
「はあ、はあ! くっ、ここだ!」
八幡は離れに到着すると、押し入る。
「おい、九衛さん! 一体何が……え? 何!」
早信の部屋に入った所で、八幡は面食らう。
馬鹿な、ここに大門がいたはず。
「あ、刑事さん! どうやらちゃんと、見てくださったみたいですね。」
「な……? い、いつの間に!」
窓の外から大門の声がする。
八幡が離れの窓を開けると、はたしてそこには大門が。
母屋の窓から、顔を出している。
「ここから……どうやってその母屋に?」
「僕は、先ほどそこに人影が見えてからずっと、この母屋にいました。そちらには居ずにね。」
「!? な、何い!」
八幡は驚いている。
「ど、どういうことだ?」
「まあ、このトリックについては後ほど。ひとまず、今僕がいる部屋に来てください。」
「な、何い?」
八幡は大門のこの言葉に、更に驚く。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「皆さん、再び集まりましたね。」
「ああ……さあ、話してもらおうか、一体どういう」
「では単刀直入に。あの時犯人は離れにはいませんでした。まさに、この部屋にいたんです!」
「な、何?」
八幡は更に驚く。
ここは、大門が泊まっていた部屋の二部屋左隣にある。
「こ、ここって!」
「り、魎子お嬢様のお部屋!」
「なっ!?」
菫と美弥の言葉に、八幡はもう何度めか分からないが驚く。
「こ、この部屋に?」
「ええ。……これを、見てください。」
「? ……これは、映写機か……?」
大門が見せて来たのは、ダンボールの箱から筒の飛び出したもの。
「これは、幻灯機というものです。この部屋にあった電球と、ダンボールで作ったものです!」
「つ、作った?」
「ええ。この部屋の電灯は、今ついているものと同じく電球でした。それを電池にでも繋ぎ、更に光を強めるための筐体をダンボールで作れば……こうなります。」
「!? こ、これは!」
皆が息を呑む。
大門がどこからか取り出した、膨らませる人形をこれで照らせば、光は母屋から離れのカーテンに当たり、その人形の影が映し出された。
「影絵のトリックだった、という訳です。停電させたのも、邪魔な光を排除するためでしょう。」
「ううむ……しかし、九衛さん。こんな風にこの部屋から光が差していたら、さすがにトリックがバレバレじゃないか?」
「ご明察です。」
八幡の指摘に、大門は待ってましたとばかりの顔をする。
「しかし、あの時は別の光源がありましたよね?」
「別の、光源……そうか! あの蝋燭か!」
八幡は大門の言葉に、はっとする。
「その通りです。つまり犯人は、あの時この部屋で幻灯機のスイッチと共に、あの蝋燭に引かれた導火線に火をつけるスイッチを遠隔操作で入れた。そうすることで、あたかも離れの窓がこの部屋の幻灯機でではなく、蝋燭で照らされたように見せかけるためにね。」
「う、うむ……」
大門の説明に、皆はただただ聞き入っている。
「ま、待てよ! じゃあ犯人は、あの日最後に離れに行った人物……?」
「!? そ、それって!」
大田のつぶやきに、ミイ子ははっとする。
あの時離れでの仕事を頼んだのはあの二人。
菫と美弥である。
「わ、私たちじゃ」
「ええ、あなたたちの中の……あなたですね?」
「え……?」
大門は犯人を、見つめる。
「佐村菫さん!」
「!?」
真犯人――菫は驚きを隠せない。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「さ、佐村さんが……?」
「う、嘘です! 菫さんは、私と一緒に離れにいたんですよ! 私の目を盗んでそんなこと」
「いや、その時には早信さんは既に殺され、地獄池まで運ばれていたんでしょう。」
「!?」
美弥は菫を庇うが、大門により言下に否定される。
「し、しかし九衛さん! 佐村さんが"魎子さん"とドア越しに会話している所はあなたも見たでしょう?」
陣が今度は声を上げる。
彼が言うのは、光信の遺書発表の直後。
彼と大門が"魎子"の部屋を訪ねた時だ。
「それに、あなただって佐村さんが離れで仕事をなさっていた間! "魎子さん"とドア越しに会話していたじゃないですか。到底」
「いや、それらは簡単なトリックですよ。」
「な、何ですと!?」
陣のこの言葉も、大門は突っぱねる。
「ではまず、佐村さん。あなたがドア越しに"鉈倉魎子"と会話をしていたトリックから。……あなたはあらかじめ録音していた"鉈倉魎子"の声を、部屋に置いていたオーディオから流し、自分はそれに合わせて会話をしていた。そうですね?」
大門は菫に問いかける。
菫は、顔を背ける。
「勿論、その方法では"鉈倉魎子"があなた以外と会話をすることはできない。そこで、誰か来た場合にはオーディオをリモコンでチャプタ切り替えし、『今日はもう寝る』という"鉈倉魎子"の声を流した。」
大門は話しながらも、菫をチラチラと見る。
「僕と話をしていた時は、この部屋に設置したスピーカーに離れから声を飛ばして話していた。まあその時は先ほどのオーディオトリックのような横槍は運よく入らなかった。たまたま話し終えた時に、鹿波さんがやって来たんでしょう。」
「う、嘘です! ……じゃあ、あの激辛草のトリックは? あんなの魎子さんでもなければできないでしょ!?」
あくまで菫を犯人という大門に、美弥は尚も食ってかかる。
もっとも、あの小野屋の"自殺"は、誰でもできなさそうだが。
しかし、大門は。
「いいえ。あれは小野屋さんの自殺ではありません、佐村さん! あなたが彼を殺しました。」
「何!?」
「えっ……?」
美弥はさすがにこの言葉には驚嘆する。
あの小野屋の"自殺"が、殺し?
「ば、馬鹿な! あれは自殺だ! もし他の死因で死んだり、眠らせて胸を搔きむしらせたのだとしたら他に外傷や毒物が検出されるはずだが、そんなものはないと言っただろ?」
八幡も、今回は特に全身全霊をかけて否定しようとしている。
しかし、大門はどこ吹く風だ。
「そのトリックを、今からご紹介しましょう。……この、紙と鉛筆を使ってね。」
「か、紙と鉛筆……?」
大門の言葉と共に、塚井が赤い鉛筆一本と青い鉛筆二本、さらに紙を一枚持って来る。
◆◇
「な、何だこれは?」
「ではまず、この紙を小野屋さんだと思ってください。そしてこの赤い鉛筆を、犯人の刃物だと思ってください。」
紙にはあらかじめ、人の頭・胴体が描かれていた。
手足は省略されている。
「まず犯人は、小野屋さんの隙をついてその胸の大動脈を狙い刃物で傷つけた!」
「!? な、何!?」
大門はそう言うと、紙に描かれた胸に鉛筆でばつ印をつける。
「そして、次はこの青い鉛筆二本を小野屋さんの腕とします。……それによって小野屋さんが失血死した後、彼の両手を取り……そのまま搔きむしらせる!」
「!? こ、これは!?」
八幡も村の関係者たちも、陣も。
菫やあらかじめ真相を聞かされていた妹子たち以外は驚く。
赤鉛筆の線――すなわち刃物傷は、青鉛筆の線――すなわち、両手で搔きむしった傷になっている。
「な、なんてことだ……」
「そう、これが小野屋さん殺しのトリックです。」
大門が言い終わると、皆は菫を見る。
「す、菫さん……」
「……証拠は? そこまで言っていても、何一つ証拠がないですよ!」
「! そ、そう言えば……」
黙っていた菫が、声を上げる。
一方の、大門は。
「……先ほどの、僕とドア越しに話していた時のトリックです。あの時あなたは、あるミスを犯しました。それが証拠です。」
「!? み、ミス……?」
菫は大門の言葉に、首をかしげる。
「それは……このレコーダーに録音されていました。」
「!? き、九衛門君それは……?」
妹子が尋ねる。
彼女たちもこればかりは、聞かされていなかった。
「これは、"鉈倉魎子"との会話を録音しておこうとしたものです。その日、僕は後になって録音ボタンを切り忘れていたことに気づいたんですが……皮肉にもその切り忘れによって、僕はあなたのミスに気づくことができました!」
「な、何ですって!?」
菫は大門の言葉に、更に困惑する。
「問題は、この部分でした。」
そう言うと大門は、レコーダーの再生ボタンを押す。
しかし、流されたその部分は"魎子"との会話部分ではない。
――おや、九衛さん! もうお帰りでしたか。すみません、お構いできず。
その後女性陣を見送った後の、鉈倉家使用人たちとの会話だ。
――いえいえ! お二人は、離れに?
――はい。早信様のお世話で。まあ私は、最後にちょっと入っただけなんですけど。ところで九衛さん、さっきちらりと見えたんですけど、他にお客様がいらっしゃったんですか?
――あっ、はい。まあ……
――すみません九衛さん! 九衛さんもお連れ様お二人もお構いできず!
――あ、いえいえ
――佐村さん、鹿波さん! ちょっとこちらを
――は、はい!
終わると大門は、レコーダーを切った。
「い、今のが証拠……?」
妹子・日出美・実香・塚井は首をかしげる。
「佐村さん、お聞きします。……何故、僕について来ている女性陣が二人だと分かったんですか?」
「そ、そんなの!」
菫は美弥を見る。
「さっきあなたが流した話の中にもあったでしょ? 鹿波さんから聞いたの! ね、鹿波さん? 離れからこの母屋に戻って来る途中で聞かせてくれたでしょ、ねえ!」
「え!? ……ええと。」
菫はとてつもない剣幕で美弥に迫る。
しかし美弥は、うんとは言わない。
むしろ、そんなはずはないという顔をしている。
「忘れたの!? ほら」
「そ、そんなはず……」
「なんで? なんでそう言い切れるの!」
菫は美弥に、尚も迫る。
しかし。
「……鹿波さん。あなたが見た女性陣の数は、何人でしたか?」
「あなたは口挟まないで下さい! そんなのさっきも言った通り」
「……四人です。」
「そう! 四人って……え!?」
美弥のこの言葉に、菫は呆ける。
しかし、すぐに気がついたのか、青ざめる。
「……そうです。すみません、佐村さん。少しカマをかけました。実は、あの時僕と一緒にいた女性陣は二人ではなく、四人だったんです!」
「……」
大門の言葉に、菫は俯く。
「鹿波さんから話を聞いていたなら四人だと分かっていたはずです。なのになぜ、二人だと思ったのか? ……それは、見ていたからではなく、聞いていたからですね?」
「!? 聞いていた?」
これには妹子ら当の四人がざわめく。
何を聞いていたというのか。
「そう、佐村さんが四人を二人だと思う理由はただ一つ。……この声をドア越しに"鉈倉魎子"として聞いていたからです。」
言うと大門は、またレコーダーから声を流す。
今度は、"魎子"の部屋を訪れた時のものだ。
――たのもう! 魎子さんとやら。
――こら、実香!
「あっ……!」
妹子らは、ようやく合点する。
そう、あの時声を発した女性陣は、実香と塚井の二人だけだったのだ。
「……お分かりですね? さあ、佐村さん。女性陣を二人だけだと思った理由が他にあるなら、どうぞお聞かせください!」
「……降参です。」
菫は俯いたまま、膝をつく。
「……終わったか。」
八幡も複雑な面持ちで、菫を見る。
「菫さん……」
「佐村さん……」
ミイ子や美弥は、ショックを隠せない。
「佐村さん、6年前に亡くなられた村長さんは……あなたの父親、ですよね?」
「……そうです。私は、あなたの言う通り父の仇を……」
菫はしゃくり上げる。
そして語り始める。
父はもともとこの村の出身で、元々辺鄙故に中々発展しないことを不満に思い、家族を都会に遺して村長になることを決意したという。
「私も母も、離れたくなかったから反対した。でも、まさか!」
父の死に疑問を抱いた菫は、やがて母方の姓を名乗りこの村に鉈倉家の住み込み使用人としてやって来た。
そして、光信に近づいて詰め寄った。
「私が前村長の娘だと知るとベラベラあの男は喋りました。そして、気がついた時には……」
光信は地獄池に、沈んだという。
「鉈倉光信の話では、私の父は……最後に三名家を子々孫々まで祟ると言い遺したそうです。その時私は誓った……父の、この村の神の怒りを買った奴らを、子々孫々に至るまで呪ってやるって……!」
そこまで言い終えると、菫は泣き叫ぶ。
「……これで悪魔の証明、終了です。」
「うん……」
「九衛さん……」
「よく、頑張った。」
「大門。」
事件解決を告げた大門は、妹子・塚井・実香・日出美に労られる。




