conclusion:菖蒲郷の神は祟らない①
「まったく、なんなんだ! いつまで待たせる?」
八幡は痺れを切らした様子だ。
ここは鉈倉邸の母屋。
菖蒲郷で起きた三件の事件。
胸を掻き毟り"自殺"した小野屋家の当主、村の祭り・影清めに見立てられ殺害された霧谷家の当主、そして、この鉈倉邸で殺害された挙句村の外れにある地獄池で発見された鉈倉家御曹司・早信。
それら一連の事件は鉈倉家長女・魎子の仕業だと告白する彼女本人の遺書が、早信の死体遺棄現場で見つかった。
かくして、この事件は解決されたかに見えたのだが。
「いきなり事件の真相を暴くと言われてもな……事件はもう解決したというのに! 我々だって暇じゃないんだぞ!」
八幡は愚痴ばかりこぼしている。
大門に呼び出された彼や、鉈倉邸の使用人たち、村長、神主や陣など事件関係者が集められていた。
早信の殺害を目撃した時の、大門が泊まっていた部屋に。
「まあまあ! 彼ももう少しで現れるから、ね♡」
「う……ううむ。ま、まあお姉さんがそう言うなら……」
実香の言葉に、八幡は照れる。
妹子・日出美・実香、そして塚井も来ていた。
「はーあ!」
その八幡の様子に、妹子や日出美、塚井も呆れていた。
無論、彼女たちはあらかじめ真相は聞かされている。
と、そこへ大門が現れた。
「大門君!」
「九衛門君!」
「大門!」
「九衛さん……」
「お待たせしてすみません。では、悪魔の証明を始めます。……まず。この村の秘密についてお話ししましょう。」
「ふん、散々待たせて……何?」
大門のこの言葉に、八幡は眉根を寄せる。
「この村はその昔……激辛草が発見されたことから始まりました。」
「げ……激辛草が発見されただと?」
八幡は話が見えない。
激辛草とはそもそも。
「こ、九衛さん。激辛草はそもそも、架空……いや、伝説の植物では?」
「そ、そうだ! 祟りじゃあ!」
「こ、こら穂村さん!」
陣の言葉に騒ぎ出した神主・穂村を、村長の大田が宥める。
「いや、激辛草は実在しましたよ。……この村の奥地にね!」
言いながら大門は、スマートフォンの写真を見せる。
それはあの、お椀のような花だった。
「な、何だこの花は?」
「ケシ、といいます。もっとも、この花の実を絞った汁は痒みを催すものではありませんがね。」
「な、何!? ま、まさか」
大門の言葉に、八幡ははっとする。
「そうです、刑事さん。この花の実から採れるエキスは……阿片やモルヒネ、ヘロインといった麻薬の原料です!」
「ま、麻薬!?」
たちまちその場にいる全員が、息を呑む。
「そしてこの花と、あの暗闇神社の表裏堂に刻まれていた"弘化2年 建立"の文字。……これらが指し示すものはすなわち、阿片戦争です!」
「あ、阿片戦争!?」
皆驚く。
1840年から2年間行われていた、イギリスと中国の戦争だ。
当時清と呼ばれていた中国は眠れる獅子と呼ばれ恐れられていたが、所詮は相手の船に乗り移る白兵戦を主とする同国に対し、海戦で優れた砲戦技術を持つイギリスには及ばず敗戦してしまったのである。
「恐らくこの村は……清国に阿片を製造・密輸して儲けていたんでしょう!」
「な、何!?」
八幡は大田を睨みつける。
「わ、私は知りません! 本当です!」
「ふん、まあそれは後で事情聴取しましょう。」
「ええ、お願いします。ところがそれからほどなくして、このケシ――ひいては阿片を巡る惨劇が、この村で起きます。」
大門は八幡のみならず、もう一度全員を見渡して言う。
「この阿片戦争と前後して、この村にて。……村人たちが、"影に邪悪が宿り凶暴化"――すなわち、売り物の阿片に手を出してしまったことにより禁断症状により凶暴化し、殺し合うようになってしまったんです!」
「な、何だと!?」
皆は息を呑む。
「しかし、このことが国――当時の幕府に漏れれば大問題になる。そう考えた当時のこの村の三名家の主人たちは村人たちを虐殺し、その負の歴史を"影宿命により村が救われた"という美談に作り変えてしまったんです!」
「なっ……」
「う、嘘だ! 影宿命――暗闇様は!」
声を荒げたのは、穂村だ。
「ええ、"作られた神"です。実際、日本各地に残る蟒蛇や大百足退治の塚などは、奈良時代辺りに朝廷――天皇に従わなかった異民族たちを迫害・虐殺した歴史を隠すために作られたと言われていますし。神が、文字通りの黒歴史隠蔽のため作られたとしても、不思議ではないでしょう?」
「うむ……」
八幡は唸る。
先ほど声を荒げた穂村や、村長の大田、そして鉈倉の使用人たちは絶句している。
無理もない。
まさに、足元が覆るような感覚とはこのことだろう。
「うむ、話は分かった。この村については麻薬取締法違反容疑で捜査し直さなければなるまいな。しかし……それが今回の事件と、どう関係している?」
八幡が大門に、質問する。
「ええ。しかし、この"激辛草"――阿片を巡る惨劇は、これだけでは終わりませんでした。それが6年前の、当時の村長殺しの事件です!」
「な、何!」
もはや何度目か分からない。
八幡はまた驚く。
「この村の開発を推進していた当時の村長は、恐らく自分でも独自に捜査する内……見つけてしまったのでしょう。この村の、秘密について。」
「あ、ああ……」
「それにより、秘密が公になることを恐れた三名家の主人――今回の殺人事件の被害者三名のうち二名、それに加えて地獄池から発見された鉈倉光信により殺害されていたんです!」
「なっ……!?」
場は今度は、静まり返る。
「……では九衛さん。君は今回の事件は、その村長殺しに対する復讐のためだと? しかし、それならあの、鉈倉魎子の遺書はどうなる、あれは」
「いや、鉈倉魎子に犯行は絶対不可能でした!」
「!? ぜっ、絶対不可能!?」
八幡はあまりにも自信満々な大門の言葉に、またも息を呑む。
一体どこから、その確信が?
しかし、そう尋ねる前に大門から、返答があった。
「何故なら……鉈倉魎子という人物は、実在しないからですよ!」
「……はああ!?」
この言葉には、村の関係者全員が声を上げた。
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「り、魎子お嬢様が……?」
「実在しない……?」
この言葉には菫・美弥が首をかしげる。
彼女たちこそ、鉈倉魎子と最も関わった者たちだからだろう。
しかし、大門は続ける。
「陣さん! 確か鉈倉魎子の存在が最初に浮かび上がったのは……亡くなった光信氏の遺書があったからですよね?」
「え、ええ……」
「そう。遣隋使さん、あれをくれませんか?」
「ええ。……塚井。」
「はい。」
陣に確かめた後で、大門は妹子を介し塚井から紙を受け取る。
「……こんな文面でしたね?」
『遺産は全て、私の息子とその妻の二人の子供に掟に従い託す。どうか私の忘れ形見を頼んだ。』
「!? そ、それは!」
「ああ、陣さんご安心を。これは、僕が覚えていた文面を元に別の紙に書いたものです。」
「あ、なるほど……いや、待ってください九衛さん。」
陣は大門の言葉にホッとするが、すぐに引っかかる。
「もし魎子さんが架空の人物だというのなら、その遺書はどうなるんですか? それは筆跡鑑定で光信氏本人の字だと」
「ええ。真犯人は何一つ、この遺書を書き変えていません。しかし……犯人はこの遺書を、何ら書き変えることなく偽装したんです!」
「な、何ですと!?」
「何!」
陣本人は勿論、八幡や村の関係者全員が驚く。
◆◇
「遺書を、書き変えずに偽装する……?」
「そ、そんなことできるわけが!」
大田とミイ子が、揃って声を上げる。
「この遺書を書いたのは確かに鉈倉光信本人です。……ただし、彼は"自分の孫が二人いる"という内容の遺書を書いたんじゃありません。」
大門は今一度、皆を見比べる。
「この遺書に書かれている"二人"とは、孫の人数ではなくその両親――つまり、"鉈倉光信の息子夫婦二人"という意味で書かれたものだったんです!」
「なっ……!?」
皆、息を呑む。
「恐らく犯人は、"鉈倉魎子の遺書"に書いてあった通り5年前に、鉈倉光信こそが当時の村長を殺害した犯人と知り逆上し、そのまま地獄池に突き落として殺害したんです。そして、その後鉈倉光信の遺書を見つけ……この文面を"孫は二人いる"という内容に誤認させることによりでっち上げた人物――鉈倉魎子に全ての罪を着せる殺人計画を思いついたのでしょう。」
「な、何と……」
大門の言葉に、陣や八幡、村の関係者たちは言葉もない。
「そして、その遺書の偽装方法が、鉈倉魎子という架空の人物に変装し、遺書と共に現れるというものだったんです。」
「!? あ、あれはこの中の……誰かの変装ということか?」
八幡は村の関係者たちを見渡す。
この中に……?
「ええ。そしてその人物こそがこの事件の真犯人・影宿命ということになります!」
「!? なっ……」
大門の言葉に、村の関係者・陣・八幡は顔を見合わせる。
「だ、誰なんだ!」
「わ、私たちの中に……?」
穂村が叫び、菫が呟く。
「ええ、ではその前に……あの離れで起こった密室トリックについて、解き明かしましょう!」
大門は窓の外の、離れを指差す。




