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悪魔の証明終了〜QED evil〜  作者: 朱坂卿
certification1 incubus 夢魔がいない
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正夢

「いやー、やっぱりここのご飯はおいしいネエ!」

「ノブリス、はしたない。」

「ああごめんなさいmom!」

 夕食時。


 食堂には妹子と大門をはじめ、多くの人が席に着く。

 みんなが黙々と皿に手をつける中、所作こそ上品だがせわしなく、騒がしく料理を掻き込むノブリスは母に注意される。


 そんなノブリスをよそに、大門は考える。

 この食事、後で理由をつけてトランクの中の日出美に持って行ってやらないと。


 と、そこへ視線を感じ目を動かす。

 視線の主は、右隣の妹子だった。

「妹子さん、どうされました?」

「あ、いえ……きゅう、じゃない。だ、大君の食べ方が様になっているものだからつい」


 妹子は顔を赤くしながら言う。

「ああ、昔からマナーを叩き込まれましたから……ありがとうございます。」

「そうねえ、本当に様になっていらっしゃる。」

「は、はい。」


 別の方向から声がして、大門は顔を動かす。

 ノブリスの母だ。

「あらすみません、口を挟んでしまって。……私は妹子の叔母で未知(みち)と言います。いつも姪が世話になっています。」


 未知は頭を、深々と下げる。

「あ、いえいえ! こちらこそ妹子さんにはお世話になっています。」

「おい! 私を殺す気か!」


 にわかに怒鳴り声がした。

 見ると、テーブルの一角で老人が、女性の使用人に対し怒鳴り散らしている。


 老人は先ほどの八郎で、女性は先ほど八郎と、同じ部屋から出てきた女性だ。


「も、申し訳ありません!」

「申し訳ありませんですむか!」

「まあ、どうしたんですの? 八郎さん。」

 見かねて、未知が口を挟む。


「ああ未知さん。こいつが私の服に茶をかけてねえ……まったく、それで謝れば済むと思っているとは、これだから貧乏人は!」

「も、申し訳ありません」

「申し訳ありませんではないと言っているだろうが! 耳まで悪いのかこの貧乏人は!」

 もはや理不尽の域すら通り越している。


 と、そこへ。

「八郎様。こいつのミスに、そこまでおっしゃらなくても」

「何だお前は! この私に文句があるのか、貧乏人共が!」

 勇ましくも、八郎を諌めようと割って入る若い男性使用人にも、八郎はきつく当たる。


 食堂中が冷たい空気だ。

 妹子も堪りかねたのか、手を震わせて今にも立ち上がろうとする。


 と、その手を大門が掴む。

「え!?」

「遣隋使さん、どうか抑えて。大丈夫、僕に任せてください。」


 そう言うと大門は席を立ち、八郎の元へ行く。

「何だ? 話せば不利になると分かった途端黙りこくりおって! まったく」

「お話中の所すみません。八郎さん、でいらっしゃいますよね。」

「? ああ、妹子の」

「近衛です。」

 大門を前にすると、さすがに八郎もやや大人しくなる。


「先ほどからお話を聞いていますと……八郎さんはそのお服を弁償してもらいたいとおっしゃりたいんですよね?」

「あ、ああ……そうだが。」

 八郎は歯切れ悪く答える。


 まさか、単にあの女性に八つ当たりしたいだけとは言えまい。

「……これを。」

「!? こ、これは?」

「僕が弁償しますので、どうぞこの件は手打ちに。」

 大門は八郎に、札束を差し出していた。


「……結構です、お客様にそんな! おいお前! 私は自室にいるから後で食事を運んで来い! いいな?」

 恥ずかしげに八郎は立ち上がり、女性に言いつけると食堂を去る。


「……申し訳ありません!」

「え? いえいえ! かえって逆効果でしたかね。」

 女性が謝って来たので、大門は手を振って返す。


「ごめんなさいね、八郎さんもまさかお客様の前で」

「まあ、Ancleも相変わらずだね。」

「ノブリス。」

「ごめんごめん、Mom。」

 未知は大門に謝る。

 同時にノブリスを咎めるが、今回はさして本気で黙らせようとしている様子ではない。


 ノブリスもノブリスで、そんな母の真意を知ってか知らずか軽く謝るに留めている。

月木(つきぎ)さん、大丈夫?」

「は、はいお嬢様……すみません、私なんかに」

「そんな卑下する必要ない! 叔父様の言うことなんか聞かなくていいのよ!」


 妹子が八郎に責められていた使用人・月木光(つきぎひかる)を宥める。


 八郎はやはり、妹子やノブリスの叔父らしい。

「よっ、マイコちゃんよく言った!」

「やめなさい、ノブリス。……でも、妹子の言う通り。八郎さんもあんなに言うことないのにね。」


 未知は、ため息を吐く。

近川(ちかがわ)さんも、ありがとう。」

「すまない月木! 僕は何も」

 近川は謝ると、その場を去る。


「言ってくれただけでもありがたかったのに……」

「そうね。……近川君も、隅に置けないなあ。」

 妹子はニコニコと、からかい混じりの視線を送る。


 大門が、口を挟む。

「八郎さん……普段からああいう方なんですか? 妹子さんとノブリスさんの叔父様とか。」

「ええ。八郎さんは、私や、妹子の父の妹の夫でね。いわゆる婿養子よ。」

「婿養子、ですか……」


 大門は婿養子、という言葉に反応する。

 何やら、感慨があるようだ。

「? 大君?」

「ああ、すみません……なるほど、情報をありがとうございます。」

「いいえ。……まあ、その妹はもう死んでるんだけどね。」

「全く、この家の財産目当てでまだ死んだ女房の威光をかさにしがみついて……あの威張りは、その危機感の裏返しですよ。」

「おやおや。」


 聞きなれない声が会話に入る。

 大門が声の方向を見ると、壮年の男性がワインを煽っている。

「ああ失礼。私は、妹子の父と未知の弟で、長秀(ながひで)と申します。」

「はじめまして。」


 大門は長秀に挨拶をする。

「でもあのおっさん、主水(もんど)叔父様がいる前では縮こまってるよな。」

「こら、(おさむ)。」

 長秀の右隣の青年も口を開く。


 長秀の息子で、妹子やノブリスの従兄弟らしい。

 主水というのは、道尾家の現当主である妹子の父だ。

「そもそも、あんな人が八重子(やえこ)叔母様の相手だなんて、皆ふさわしくないと思っていただろ?」

「……それは、そうだが。」


 尚も続ける修を、今度は長秀も咎めない。

「もう、よしましょう。……ごめんなさいねえ近衛さん。身内の恥をお見せしてしまって。」

「いえ、そんなことは。」


 話を打ち切り未知は大門に謝る。

 大門も何でもないという表情を返す。



 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



「ほうら、猫ちゃん。ご飯の時間だよ〜」

「……遅い、腹減った!」

 車のトランクを開け、日出美が顔を出す。


 大門が立っている。

 手にはタッパーに詰められた料理が。

「持ち出すの大変だったから、心して味わいな。」

「いただきまーす!」


 日出美は大門の言葉を聞くのもそこそこに、タッパーを開け食糧にありつく。


「そうだ、料理の話以前に……駄目じゃないか、勝手について来ちゃ。」

「……ごめんなさい。」

 大門は語気は強めないまでも、静かに諭すようにして日出美を叱る。


 日出美も、素直に謝る。

「後で親御さんに電話しないとな。……でも、どうして」

「旦那を見守るのは、妻の役割でしょ?」

「……はいはい。」


 大門は受け流すように日出美の言葉に返す。

 いつものやりとりだ。


「頃合いを見計らって、客間に入ろう。でも本当に無茶するな、冬や夏なら体温異常で死んじゃうかもしれないんだぞ?」

「今は春だし。」

「そういう問題じゃない。」

 言いつつ、大門は出来る限り日出美を興奮させないように気を配る。


 ここで騒ぎすぎたら、さすがにばれて言い訳もしようがない。


「まったく、この子猫ちゃんは。」


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



「……? ここは」

 気がつくと妹子は、パジャマのまま廊下に立っていた。


 かろうじて明かりはあるが、それだけでは心許ない。

 周りは暗い、怖い。


 しかし。

「あれ? あたし、何で……」

 妹子は首をかしげる。


 なぜこんな所にいるのか、思い出せない。

 しかし、ふとある疑問が頭をよぎる。

「まさか……またあの夢?」


 妹子は自らの胸を抱えて震え出す。

 夢? 夢ならばまた、あの一一

「そうだ、夢か確かめる方法……痛い! 夢じゃない……」


 妹子は頰をつねり、痛がる。

 古典的だが、今の妹子にとっては元気の出るまじないである。


 と、その時だった。

「……? お、音……?」


 妹子は微かに聞こえた物音に、耳を傾ける。

 これは一一

「そ、そんな!」


 妹子は小さく叫び、すぐにしまったと思い口を手で塞ぐ。

 これは、あの夢と同じ音だ。


 あの仮面の男(性別はわからないが)がテーブルに何かを打ちつける音。


「そんな、これは夢じゃないはずなのに……?」

 妹子はまた、耳を傾ける。


 音はまだ、続いている。

「……そ、そうよ、何私ってば早とちりを。こ、これが、あいつの起こしている音とは限らないし……」


 そうだ、勘違いでびびっているだけだ。

 妹子はそう自分を振るい立たせると、音のする方へ歩く。


 すると、そこは。

「!? そ、そんな……あ、開いているドア!? う、嘘よ、だってこれじゃ」


 これでは、まるで。

 妹子はそっと、ドアの隙間から中を見る。


 すると一一

「!?」


 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


「お嬢様、お嬢様!」

「……はっ、はあ、はあ……つ、塚井……」

 妹子は息を切らしながら目を覚ます。


 塚井が心配ここに極まれりといった表情を浮かべ、傍らに立っていた。

「わ、私……?」

「すみません、お部屋に勝手に入ってしまいまして……お嬢様の叫び声が聞こえたものですから。」

「え……?」


 妹子は呆然とする。

 まさか、叫んでいたとは。


 が、すぐにあることを思い出す。

「そうだ、それどころじゃ……つ、月木さんが、月木さんが!」

「お嬢様、お落ち着きくださいませ! 月木が、どうかなさいましたか?」

「こ、殺されたの! あの! 仮面の男に!」

「え……!?」


 塚井はその言葉に、愕然とする。

 その時である。

「どうしました?」


 妹子と塚井は一緒に驚く。

 部屋の外からノックと共に声が。

「ど、どなたですか?」

「あっ、すいません……近衛です。」


 その言葉に、妹子も塚井も、今度は一緒に落ち着く。

「九衛さ」

「しっ! ……皆さんも、妹子さんを心配していらしてます。」


 塚井はその言葉に、口をつぐむ。

 なるほど、それでここでも偽名を。

「あ、すみません……ご心配をおかけしました、どうぞ。」


 塚井がドアを開ける。

 しかし、それにより見えた景色に、妹子も塚井も悲鳴を上げた。

「ど、どうしました?」

「あ、ああ……」


 二人が驚くのも、無理はない。

「お嬢様、大丈夫ですか?」


 大門の隣に、月木が立っているからである。


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