地獄池
「くっ、どうなって……」
大門は離れの窓を開け、歯ぎしりする。
現場破壊になってしまうので、窓のすぐ外にある蝋燭の並びは乱さないよう細心の注意を払っている。
菖蒲郷にて。
三名家の一つ・鉈倉家の遺書発表立会いを依頼されやって来た大門。
6年前には当時の村長が殺害され、その翌年には鉈倉家当主・鉈倉光信が失踪しており、今回も何事も無しではすむまいとは思っていた。
果たして、その予想通り。
三名家のうち、小野屋家当主・小野屋慎が自ら胸を搔きむしった遺体として、また、霧谷家当主・霧谷昇が村の祭・影清めに見立てられた遺体として発見された。
そして、今回。
離れにて鉈倉光信の孫・早信が吊るされ刺殺される姿をカーテン越しに影として目撃した大門は、急いで離れに向かった。
しかし、おかしなことに。
離れの玄関前には足跡もなく、更に早信の部屋に入ればもぬけの殻ときている。
おまけに、部屋には暗闇神社の表裏堂にかけられていたものと同じく、村の祭神・暗闇様の夜叉のごとき恐ろしい業相の絵がかけられていた。
「表裏堂の、見立てか……しかし、遺体はどこに?」
大門は離れの窓を開け周囲を見渡す。
遺体は見当たらない。
と、その時。
「きゃっ! こ、九衛さん?」
「あ、鹿波さん!」
「どうしたの? あ、九衛さん!」
「佐村さん。」
母屋の窓がにわかに開き、中から美弥と菫が顔を出す。
「どうして、離れに?」
「いや、それが」
大門は、先ほどの殺害現場目撃の経緯を説明する。
「そ、そんな……」
「まあ、まだ早信さんの遺体が見つからないので何とも言えませんが……」
「そうですね……ところで、お嬢様を見ませんでしたか?」
「え? 魎子さんですか?」
菫から返ってきたのは、大門の思いもよらぬ言葉だった。
「いや、僕は何も。」
「そうですか……私たちは急に叩き起こされて、ドアを開けたのですが誰もおらず、ドアの外にはメモでお嬢様の部屋を見てみろと。」
「!? ほ、本当ですか?」
大門は驚く。
まさに、自分と同じではないか。
「僕も同じです。叩き起こされて、そしたら」
と、その時母屋のいくつかの部屋が一斉に明るくなる様が窓から見えた。
「あ、停電が復旧したみたいですね。」
「え、停電ですか?」
「ええ、お嬢様の部屋の電気を点けようとして点かなくて……それでミイ子さんが、ブレーカーを見に行かれまして。多分今ブレーカーを上げてくださったんだと思います。」
「停電、ですか……」
大門はその菫の言葉に、考え込む。
先ほど犯行現場を目撃した時は、自室の電気は点けずじまいだったから分からなかった。
しかし、どうやら停電していたらしい。
おそらく、犯人の手によって。
どういうことなのか。
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「なるほど、それが君の目撃情報か。」
「はい。」
八幡の問いに、大門は答える。
現在は離れと母屋両方に、警察の捜査の手が入っている。
「ふうむ、この簡単な遠隔操作式着火装置により火がついた蝋燭で照らし出された窓で、早信が首を吊られ、更に刺される現場を見たと。」
「はい。」
大門は言いつつ、窓の前を見る。
事件に使われた蝋燭は、八幡が言った装置から延びる導火線が上を走るものだった。
それにより並んでた蝋燭は、一斉に灯されたのだ。
「それで僕が離れに向かったんですが……その時に離れの玄関前地面はこの有様で。」
「ううむ……足跡が、ない……」
大門が見せたスマートフォンの写真を見た八幡は、歯噛みする。
「うーん、九衛さん。正直、君を犯人だと思ったが……どうやら違うようだな。となると犯人は……もしや、今行方不明になっている鉈倉魎子か。」
「はい……え?」
八幡はスマートフォンを大門に返し、言う。
大門は首を傾げる。
「いやね、実は今捜索中なんだが、魎子は早信の失踪と同時に消えている。しかも、この離れに入る足跡を消したと思われる雨が止んだ時刻にアリバイがない。犯人だと疑って然るべきだろう?」
「あ、はい……でも、遺体はどうやってあの離れから運んだんですかね?」
「裏口がある。そこは砂利が敷かれているから足跡は残っていなかったが、そこを通り運んだのだろう。その裏口は閂のみで閉まる形になっていて外部からは開けられないようになっているが、先ほど見たら開いていたしな! ははは!」
「……なるほど。」
なるほど、確かに状況は鉈倉魎子を犯人だと言っている。
しかし、何か引っかかった。
「た、祟りだあ! 暗闇様の祟りだあ!」
「!? な、何だあんた! 勝手に入って来るな!」
急に響いた声に、大門も八幡も振り返る。
そこには、暗闇神社神主・穂村の姿が。
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「それ、中々怖い話ね。」
「まさか、あの魎子さんが……」
「いや、僕はその説には疑問を持っています。」
「どういうこと? 大門君。」
大門の言葉に、女性陣は首を傾げる。
彼女たちの泊まる民宿のロビーに、大門もいた。
現場となった鉈倉邸では苦しかろうと、女性陣が連れてきてくれたのだ。
「いや、確かに状況証拠は揃っているんですが……まあ、勘が告げているってやつですね。」
大門は曖昧に笑う。
と、その時。
「はあ、はあ! あ、九衛さんこんな所に。」
「あ、陣さん! ……と、大田村長。」
民宿に、陣と大田が駆け込んで来た。
何やら、肩で息をするほど急いで来たようだ。
「大丈夫ですか? 一体何が」
「は、早信さんの遺体が……山の奥にある地獄池のそばで、り、魎子さんの遺書と共に発見されたと。」
「えっ!」
大門も女性陣も、この陣の言葉には息を呑む。
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「……ええ〜、まだ鉈倉魎子は捜索中だが! この遺書は彼女自身の罪――すなわち、この一連の殺人が自分によるものだと告白するものであったため、今この場にて発表させていただく!」
「!? な、そんな!」
八幡の言葉に、大門は驚く。
民宿から鉈倉邸に戻ると、八幡が関係者を集めていた。
その目的が、上記の通りである。
「では、読み上げる。」
事の起こりは、5年前だった。
里親を実父母だと思い育って来た魎子だったが、生来の身体の弱さもあり疎まれていたという。
そんなさなか、実の祖父と名乗る鉈倉光信から会いたいという手紙をもらった。
半身半疑ながらも、もしやと思いこの菖蒲郷にやって来た。
場所は今や早信の死体遺棄現場となった、地獄池だ。
村のはずれにある、分かりにくい場所にある池だ。
そのまま祖父と会った魎子だったが、20年近くも放って置かれた悲しみから祖父の勝手さが許せず、衝動的に突き落としてしまったという。
「……そのまま、自分の罪に恐ろしくなった魎子だったが、やがて自分を捨てたこの村そのものが憎くなり今回の犯行を企図したらしい。」
まず、祖父の他の三名家の一つ、小野屋家の主人を殺害しようとした。
しかし、小野屋は急に怯え出したかと思うと自ら胸を掻き毟り死んでしまったという。
後に知ったが、祖父や小野屋、そして霧谷家の主人は自分が祖父を殺す前年に当時の村長を理由は分からないが殺しているらしい。
魎子はそれを知り、自らの中に復讐の神として暗闇様が舞い降りたことを確信した。
そのまま霧谷も殺害した。
小野屋と同じく自らに宿る暗闇様の力により死んだことを知らしめるため、この村の風習・影清めに遺体を見立てて。
「……そして今、離れに行って弟の早信を殺す。早信は自分と違い祖父に愛されていた。それが許せないから殺す。
自分は地獄池に身を投げる。これで暗闇様は許してくれるだろう。……以上だ。」
八幡が遺書を、読み終わった。
「ぼ、坊っちゃま……!」
「お嬢様……」
「お嬢様……」
ミイ子・美弥・菫は涙を流す。
魎子はともかくも、ドラ息子だった早信もやはり、ミイ子には大事な主人だったようだ。
「そんな、三名家の主人たちが……」
大田は肩を落とす。
死を悲しんでいるというより、後ろ盾を失い不安がっている印象だ。
「さて、では」
「や、八幡刑事! 地獄池から死体が」
「何? 出来した、魎子の」
「いえ! 白骨化していることから恐らく、失踪した鉈倉光信かと。」
「何! よおし、この遺書通りだな。」
飛び込んで来た警察官の報告に、八幡はほくそ笑む。
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「うーん、やっぱりその刑事ムカつくう! ねえ九衛門君、あの話違うんでしょ?」
「あ、やっぱり遣隋使さんもそう思いましたか……」
「うん勿論!」
「わ、私だって思ってる!」
「うん、あたしも!」
妹子に負けじと、日出美と実香も張り合う。
再び、女性陣の民宿にて。
大門はまたここに来て、先ほどの八幡からの話を女性陣にしていた。
「うーん、しかし九衛さん。一体」
「……鉈倉魎子には、犯行は絶対不可能でした。」
「!?」
大門の言葉に、女性陣は息を呑む。
「ど、どういうこと?」
「それについては後で。今は……すみません、また鉈倉邸に戻ります!」
「ちょ、ちょっと!」
民宿を出て行く大門を、女性陣は慌てて追いかける。
◆◇
「……ここが、魎子お嬢様の部屋です。」
「どうも。」
大門は美弥と菫の案内により、魎子の部屋に入る。
するとやはり。
「やっぱり、離れの窓と向かい合っているんですね。」
「はい……それであの時、あの人の声がお嬢様に……」
「鹿波さん。」
涙を流す美弥を、菫は抱きしめる。
「すみません、ご用件お済みの時にまたお声掛けください。」
「あ、はい……すみません。」
菫は美弥を庇いながら、部屋を出る。
「……さて。この部屋は豆電球が照明か。そして、これは引っ越しの、ダンボールかな……」
大門は一人の部屋で、呟く。
やはり、そうか。
犯人はこれで――
「ねえ、順調?」
「うわっ、日出美! ……いや、ダンタリオンか。」
「……やれやれ、やはり可愛いげのない!」
背後からの日出美の声に、思わず仰け反る大門だが。
やはり見抜いた。
「……また、腐敗した神話を更新中かい?」
「……いい、別にお前の手は借りない。」
「おやおや。つくづく可愛いげがないな〜!」
ダンタリオンは日出美の姿のまま、大門に悪態をつく。
「だから、別にお前なんかに可愛いがられなくてもいいんだからね!」
「……おお、ツンデレじゃないか!」
「……へ? ……えええ!!!」
ダンタリオンに指摘され、自覚した大門は青ざめる。
「そ、そんなんじゃない!」
「いいじゃないか、記念にメモしよう!」
「……いや、どこから筆記具を取り出した!」
いつの間にかダンタリオンの手には、メモとペンが。
「さあて早速……おや間違えた〜! まあペンだから消せないな……こうしとくか!」
「だから……ん?」
「ん?」
「ああ〜!!」
「あん?」
「……そういうことか!」
大門は一人、ポンと手を叩く。
◆◇
「あ、大門君!」
「遅いよ〜!」
「まったく、女をこんなに待たせるなんて」
「すみません皆さん! ……これが悪魔の証明ではないという悪魔の証明、終了しました!」
「……おおお!!!!」
大門の言葉に女性陣は、歓喜する。




