離れの影
「おや? 九衛さん、だったな。」
「八幡刑事。」
鉈倉邸に戻ると、何やら訪問していた八幡刑事が部下と共に出て来るところだった。
「おやおや、美女をこんなに引き連れて……司法修習生とはモテるものなのかな?」
八幡はニヤニヤしながら、大門の後ろを歩く女性陣を見る。
「どうも♡ 十市実香です!」
「……道尾妹子です。」
「……円山日出美です。」
「塚井真尋です。」
実香は営業スマイルで、妹子と日出美は仏頂面で、塚井は真顔で挨拶する。
「いやはやどうもどうも! 岡山県警の八幡です! 何かありましたら」
「八幡刑事は、もしかして早信さんを?」
「……ああ、そうだ。釈放して送り届けに。今離れにいるよ。あと、そのお姉様にも用があってな。」
女性陣との会話に割り込んだ大門に、あからさまに不機嫌な顔をして八幡は答える。
「まあ、ともかく……素敵なお嬢さんたち、何かあれば是非。」
非常に作りこまれた態度で挨拶し、八幡は去って行く。
◆◇
「キー! やっぱり嫌な奴、刑事って!」
「お、お嬢様!」
鉈倉邸の、大門の客間にて。
腹立ち紛れに暴れる妹子を、塚井が宥める。
「うん、そうだね……顔はまあ、いいかな♡」
「おや、あの刑事は実香さんの好みでしたか?」
「やーだー、嫉妬しないで! あたしは大門君一筋だよ♡」
「はあ、それはどうも……」
実香の言葉に、大門が返す。
「ちょっと、実香さん!」
「抜け駆け、禁止!」
妹子と日出美が、猛抗議する。
と、大門はまた立ち上がる。
「おや、大門君?」
「どちらへ?」
「いやあ、ちょっと魎子さんの所へ。」
「ちょっとお、ナンパは許しませんよ!」
すかさず女性陣は彼に、しがみつく。
「うわあ! ちょ、ちょっと皆さん……」
大門は女性三人にしがみつかれ、さすがに照れる。
「ち、ちょっと実香! お嬢様! 日出美さん!」
塚井もさすがに、窘める。
「私たちも行く!」
「いいじゃん、女同士なら話してくれることもあるだろうし♡ ねえ、塚井?」
「いいこと言うう! 実香さん!」
「……もう! すみません、九衛さん……」
「いや、いいんですよ。確かに実香さんの言う通りですし。」
大門は言う。
こうして彼は、両手に花で魎子に会いに行くことに。
◆◇
「たのもう! 魎子さんとやら。」
「こら、実香!」
「すみません、いきなり……あの、他の使用人の方が見当たらないものですから、直に来てしまってすみません。」
魎子の部屋のドア前に来ると、大門は声をかける。
何か他のことで忙しいのか、刑事と入れ違いに帰ってきてから他の使用人が見当たらない。
陣もどこかに言ってしまったのか、見当たらない。
「あなたは……」
「おっと、すみません! 一昨日ここに来ました、司法修習生の九衛です。」
果たしてドアの向こうから返る声に、大門は名乗りを忘れていたことに気づき謝る。
すると。
「うん、一昨日来て。」
「!?」
「な……は、はい。」
所謂一昨日来やがれと言われ、大門はショックを受ける。
しかし。
「あ、ごめんなさい……うん、一昨日お話ししたかったと言いたくて。」
「あ、そうでしたか……」
大門はほっとする。
ドアの向こうからは、クスクスと笑い声が返る。
「ごめんなさい。」
「あ、いえいえ! あの、警察からは……?」
「そう、それが聞きたかったのね。」
大門が本題を切り出すと、ドアの向こうからはどこか残念そうな声が返る。
「す、すみません! お話しできるようならで」
「いいえ。別に、昨夜どこにいたのかって。あと……遠回しにだけど、遺産を独り占めしたいんじゃないかって。」
「……なるほど。」
大門は頷く。
やはり、あの刑事はそんなことを。
「あ、でも私はそんな気にしてないわ! ……まあ、昨夜のアリバイは部屋で一人で寝ていたからないけれど。」
「そうですか……あの、魎子さん。本当に大丈夫ですか?」
「……早信のあのこと?」
「……はい。」
大門が更に尋ねたかったのは、昨日早信が大声で喚いたために離れから響き渡ったであろうあの言葉だ。
「大丈夫。あなた、優しいのね。」
「いやいや、そんなそんな! ……お気にされてないようでしたら、よかったです。すみません、ありがとうございます。」
大門は話し終わると、ドアの前を離れる。
「よおしこれで……ん?」
大門は痛い視線を感じ、周りを見る。
何故か、女性陣が睨んでいた。
◆◇
「おや、九衛さん! もうお帰りでしたか。すみません、お構いできず。」
民宿に帰る何やら不機嫌な女性陣を見送った後にミイ子と玄関で鉢合わせし、大門は声をかけられる。
「ああ、いいんですよ。あのノラ……坊っちゃんが帰ってきてから大変だったでしょう。」
「ええ、それは確かに……いえいえ、しかし! お客様を放っておくなどと……」
ミイ子は申し訳なさそうな顔をしている。
「あ、九衛さん! お帰りなさいませ。」
「お帰りなさいませ!」
美弥と菫も、屋敷に入るなり挨拶してくれた。
何やら二人とも濡れている。
それでふと外を見ると、雨が降っていた。
「いえいえ! お二人は、離れに?」
「はい。早信様のお世話で。まあ私は、最後にちょっと入っただけなんですけど。ところで九衛さん、さっきちらりと見えたんですけど、他にお客様がいらっしゃったんですか?」
「あっ、はい。まあ……」
大門の問いに、美弥が答え。
美弥の問いに、大門が返す。
「すみません九衛さん! 九衛さんもお連れ様お二人もお構いできず!」
「あ、いえいえ」
菫が大門に謝る。
「佐村さん、鹿波さん! ちょっとこちらを」
「は、はい!」
ミイ子の声に、菫と美弥は奥へ走る。
「……さて、夜までは。これでも聞くかな……」
大門は懐から、ICレコーダーを取り出す。
先ほどの魎子との会話を、録音したものだ。
「只今戻りました! おや、九衛さんもですか。」
「あ、陣さん。」
陣が玄関に着いたところだった。
散歩していたらしい。
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その、夜のことだった。
大門は既に、床についていた。
と、その時。
「……ん?」
何やらドアをノックする音が聞こえ、大門は目を覚す。
「はい、今……あれ?」
ドアを開ける大門だが、既に外には誰もいなかった。
すっかり狐につままれた気分になる大門だが。
「……あれ?」
ドアを開けてすぐのところに、メモが。
拾い上げると。
『窓の外を見よ。』
「……誰だ?」
奇妙な思いに囚われつつも、大門はカーテンを開け窓の外を見る。
今更であるが、離れの状態が分かる。
一応母屋である大門たちの泊まる棟とは塀で隔てられているが、塀は低く窓がよく見える。
意外と母屋と離れの距離は、近そうだ。
雨は、すっかり止んでいた。
と、その時である。
「? ろ、蝋燭……?」
先ほどは暗くて気づかなかったが、蝋燭が離れの窓の前に並んでいた。
それに気づいたのは、その蝋燭に火がつき窓を照らし出したからだ。
照らされた窓にはカーテンがかけられており、そこには。
何やら吊るされた人影が浮かんでいる。
いや、人影はもう一つ。
それは刃物を、吊るされた人影に――
「なっ!?」
大門はすぐさま、懐中電灯を手に部屋を飛び出す。
離れには確か、早信がいたはずだ。
まさか、あの人影は――
そのまま離れに着くと、ふとおかしなことに気づく。
「足跡が、ない……?」
ぬかるんだ離れの玄関前地面には、足跡がなかった。
現場保存のため大門は、スマートフォンで撮影する。
そのまま離れの中に入る。
「早信さん、早信さん!」
大門は早信の部屋のドアを叩く。
しかし、返答はない。
「開けますよ!」
ノブを捻り鍵がかかっていないことを確認すると、部屋に押し入る。
しかし。
「……もぬけの、殻だ。」
中には誰も、いなかった。
部屋は真っ暗だ。
さっきまでこの部屋の窓前に並んで点っていた蝋燭も、いつの間にか消えていた。
「……うわっ!」
大門は何気なく、部屋の壁を懐中電灯で照らし驚く。
そこには――
「く、暗闇、様……?」
あの表裏堂と同じ、夜叉のごとき暗闇様――影宿命の絵があった。




