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悪魔の証明終了〜QED evil〜  作者: 朱坂卿
certification5 yaksa 菖蒲郷の神は祟らない
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花畑

「殺害されたのは霧谷昇。死亡推定時刻は昨夜1時過ぎ頃。死因は杭を腹に刺されたことによる内臓損傷、か……」


 ブルーシートを捲りながら、八幡は遺体を検分する。

 今は大門たちがこの村・菖蒲郷にやって来て3日目の朝だ。


 2日目の夜、村の祭神・影宿命――暗闇様の祭り・影清めの最中に。


 村の三名家の一つ・小野屋家の当主が胸を搔きむしった無残な遺体となって発見された。


 これについては胸の傷以外外傷がないことや薬物が検出されないことから、警察は自殺と断定する。


 しかし、この遺体はどう見ても、他殺体だった。


「どうやら……見立て殺人のようですね。」

「!? な、君は!」


 急に響いた声に、八幡は思わず面食らってしまった。

 声の主は、規制線の外にいる大門だ。


「刺された杭に、撒かれた塩……これ、どう見ても影清めじゃないですか?」

「な、何……?」


 八幡はもう一度、ブルーシートを捲り遺体を確認する。

 大門はそんな様子を見つつ、思い出していた。


 影に杭を刺し、塩を撒いて杭に穢れを負わせ川に流す――霧谷の遺体はまさに、その時に杭を刺され塩を撒かれた影のようだ。


 所謂、見立て殺人である。

 さらに言えば。


「こうなると、あの小野屋さんの死も自殺じゃない可能性がありますね。」

「な、何!?」


 八幡はまたしても、思いがけぬ言葉をぶち込んで来る大門を見る。


 口の前に握り拳を当てている。

『真剣に考えています』のアピールか。


「……一応、聞こうか。どういうことだ?」

「はい。あの小野屋さんの死も、この影清めの見立てと同じく村の風習や伝承に見立てたものだったのではないかと。」

「あれがか? 何の見立てだと言うんだ?」


 八幡はあからさまに、不機嫌を絵に描いたような顔をしている。


「その実から絞った汁を摂取すれば立ち所に激しく辛い痒みが襲うという伝説の草・激辛草ではないかと。」

「何? そんなものが……おおっといかん! ううむ、司法修習生君では、一応聞くが……あのどう見ても自殺な遺体は、どう見る?」


 一旦は大門の話を聞く八幡だが、揺り戻されんとばかりに質問を切り返す。


「いや、それは……まだ他殺であるという確証は。」

「だははっ! それ見たことか、素人が口を挟むな! 帰れ帰れ。」

「それはそれはすみません。……犯人に心当たりがない訳じゃないんですけど、これも余計なことですよね?」

「当たり前だ! ……何い〜!?」


 その言葉には、八幡もひっくり返る。


 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


「はあ? 俺がだと!」

「ああ、殺しを予告していたらしいな? ちょっと署までご同行を。」

「よ、予告じゃねえ! 調べるならあの女を調べろ、俺はただその女のせいで、近々殺しでも起きるんじゃねえかって言っただけだ!」

「ふむ、お姉さんのことだな? まあ調べるさ。今は行こうか。」

「は、離せよ!」


 抵抗も虚しく、早信は警察に連行されて行った。


 ◆◇


「きいー! 何よおその刑事、刑事って皆そんな奴らなのお!」

「お嬢様。」


 思い切り口を尖らせる妹子を、塚井は宥める。

 鉈倉邸にて、女性陣は大門を取り囲む。


「うんうん、大門君。そこは怒ってよかったと思うよ?」

「そこは実香さんに同意しすぎて草生えるわ。」

「はあ。いやあ、そんな刑事さんに。」


 女性陣の話を、大門は笑って聞き流すが。


「刑事さんに3年前突っかかったのは、どこの誰だっけ?」

「ち、ちょっとお嬢様!」


 塚井は妹子のこの言葉に慌てる。

 そこは、ネタにしていい所じゃないだろ。


「あ……ご、ごめんなさい九衛門君!」

「いやいや、何を遣隋使さんが謝ることがあるんですか? まあそうですね、当時井野さんに――警察にも食ってかかっていたのはまあ、若気の至りとでもいいましょうか。」

「わ、若気の至りですか……」


 塚井は大門のその言葉に、突っ込みたくなる。

 今でも十分若いだろと。


 しかし、ここで。


「いやいや大門君? 何、それはお姉さんたちへの当てこすりかなあ〜?」

「い、いやいやそんな滅相もない! ぼ、僕はただ、あの時未熟だったと言いたいだけで……」

「……冗談だよ! 決まってるじゃん!」


 困る大門を見て、実香は笑いながら答える。


「はーあーあ、実香!」


 塚井はそんな実香に苦言を呈す。

 初心シスターズをちらりと見やると案の定、嫉妬に塗れていた。


「うん、そうだね! 戯れるのはここまでっと!」

「うん、あんたが妙に素直すぎて何か起こるんじゃないかと不安。」


 いや、もう殺人が起きているか。

 塚井はその言葉は、さすがに飲み込んだ。


「しかし、九衛さん。あのドラ息子……じゃなかった、ノラ息子の早信さん? を容疑者と警察に言ったのは、やっぱり九衛さんもそう思われているからですよね?」


 言い直した意味があまりない言い方で、塚井は大門に尋ねる。


「いや、まああのノラ……間違えた、ドラ息子を犯人だとまでは……ただ、一応目ぼしい言動があったので報告しただけです。」

「いや、二人ともひどくない?」


 塚井と同じくあまり意味のない言い直しをする大門に、実香がケラケラと笑う。


「まあ、そうですね。すみません、つい本当のことを……まあ、あれだけではすぐ釈放されると思いますけどね。」

「うん、やっぱりひどい!」


 今度は謝罪にならない言い方をする大門に、実香は更に吹き出す。


 何はともあれ。

 大門の言う通り、早信はあれではすぐ釈放されるだろう。


 連行の要因は大門の密告と、アリバイのなさだ。

 しかしアリバイがないのは他の人も同じである。


 早信の言動についても、犯人と決定できるものではない。

 つまるところ長期拘留のネタとしては貧弱と言わざるを得ないのだ。


「さて……そろそろ行きますか。」

「え? どこへ。」

「ちょっと、お散歩に。」

「一人で?」

「……何ですか、皆さん。」


 腰を浮かせて今にも一人出て行こうとする大門に、女性陣は皆ふくれっ面をする。


「うん、大門君。いい加減、水臭いって言葉を覚えた方がいいんじゃない?」

「え、いや水臭いの意味ぐらいは」

「言葉の意味の問題じゃあなくて! 私たちも連れて行けってこと!」

「え、あ、いやその……皆さんを、ですか……」


 実香と妹子に迫られ、大門はタジタジである。


「とーぜん、私も! 妻なんだから、連れて行ってよね?」

「う、うーん……えっと」

「み、皆さん! そんなことでは九衛さんの」

「いや、いいです塚井さん。……そうですね、三人寄れば文殊の知恵と言いますし。」

「九衛さん!」


 日出美も絡み始め、さすがに図々しすぎやしないかと思った塚井は宥めるが、大門に逆に宥められた。


 どうでもいいが、明らかに三人以上いないか? と塚井は突っ込みかけてやめた。


 さておき。


「やったー!」

「でも、その代わりに! ……僕が逃げてと言ったらすぐ逃げてください、いいですね?」

「はーい!!!」

「はあ、皆さん……」


 相変わらずお人好しの大門と、本当に分かっているのかよく分からない返事をする女性陣に塚井はため息をつく。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「はあ、はあ……」

「大丈夫ですか、皆さん? やっぱり」

「い、いいわ九衛門君!」

「う、うん! 大丈夫だよ大門君!」

「探偵の妻舐めないでよね!」

「……まったく。」


 大門の菖蒲郷の散策について行っている女性陣だが、探偵として鍛えている大門に比べ体力で劣る彼女たちは息を切らしている。


 やはり、これでは足手まといになるだけではないかと呆れる塚井であった。


 しかし、やがて大門は。


「……ここ辺りでしょうか?」

「はあ、はあ……え?」


 不意に立ち止まり藪を指差す。


「陣さんから貰った地図なんですけど……やけにこの辺りの遊歩道だけ入り組んでいるんですよ。まるで何か、疚しいものでもあるように。」

「疚しいもの……?」


 女性陣は揃って首を傾げる。

 疚しいものとは何か。


 しかし、それを聞く前に。


「それが何かは分かりませんが……もしかしたらこの道を藪の中に抜けたら、何か分かるんじゃないかと。」

「な、なるほど!」

「おおっ、探検隊っぽい♡」

「さあー、行きましょう!」

「えっと……ここから先は危険そうなので僕だけで」

「エイエイオー!!!」

「……はあ。」


 塚井は、もう何度目かわからないため息をつく。

 こうなるとは分かっていたが、女性陣は大門の話を聞かぬまま勝手に盛り上がっている。


 結局、そのまま藪の中を歩く大門に付いて来てしまった。


「あの、皆さん……」

「さあ、行きましょう! 千里の道も一歩から!」

「ほら、大門君!」

「後ろ詰まってるでしょ?」

「……何かすみません、九衛さん……」

「あ、いえいえ……」


 そうやって、進んで行くと。

 ()()は、目の前に現れた。


「うわっ!」

「おお、お花畑?」

「だ、誰が脳内お花畑よ!」

「いやお嬢様、誰も言ってません!」

「これは……」

「こ、九衛さん!」


 それは、花畑だった。

 花は、何やら見慣れない。


 例えるならば、広く大きな花びらの形が、まるで椀のような――


「この花……そして表裏堂の文字……」

「ねえ、九衛門君?」


 何やら考え事をする大門の後を、妹子が付いて行くが。

 大門は構わず、考え続けている。


 やがて。


「……そういうことか。」

「!? え、ま、まさか……ねえ、皆!」


 大門の様子にピンと来た妹子は、皆を呼ぶ。


「えっ! ま、まさか大門君」

「よ、よおし、我が旦那よ!」

「あ、あの台詞ですね!」


 集まって来た女性陣は、大門に期待の眼差しを向ける。

 あの台詞が、出るのではないか。


 これが悪魔の証明ではないという悪魔の証明――


「あ、すみません! 盛り上がっている所申し訳ないんですがそちらはまだです!」

「……まだかい!!!!」


 思わず大門に、塚井も含めた女性陣は突っ込んでしまった。


「ただ、分かったことはあります。この花こそ、激辛草だということが。」

「へえ〜……ええええ!!!!」


 今度は、女性陣は大騒ぎだ。

 皆既に、何人かは触ってしまったのである。


「つ、塚井い! な、何か痒く……」

「お、お嬢様!」

「ど、どうしよ日出美ちゃん! ねえ、ム○持ってない?」

「も、持ってない! ム、○ヒなんて!」


 一部伏せ字が意味なくなったがさておき。


「おほん! すみません皆さん、人騒がせなことを言いました。激辛草とは言っても、それはあくまでこの村だけで通じる俗称です! それにこの花にそんな効能、ありませんよ。」

「!? ほ、本当?」


 大門の言葉に女性陣は、今度は静まる。


「ぞ、俗称ですか……?」

「ええ、この花はケシという花です。」

「け、ケシ……?」


 女性陣は花を見る。

 ケシ、というのか。


「で、でも九衛さん。何故そんなことが……?」

「さあ、そろそろ行きましょう! もう目当ては、果たしましたし。」

「え、ええ……」


 大門は塚井の質問には答えず、そのまま女性陣を促す。



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