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悪魔の証明終了〜QED evil〜  作者: 朱坂卿
certification5 yaksa 菖蒲郷の神は祟らない
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遺書発表

「ようこそ、陣様。九衛様。さあどうぞ、こちらへ。」


 鉈倉邸に着くなり、和装の使用人が恭しく出迎える。


「いやいや、お構いなく。」

「いえいえ、鉈倉の家に大切な、光信様の遺言をお預かりしていらっしゃる先生のご訪問でございます故。」


 使用人頭・兵藤(ひょうどう)ミイ子は深々と頭を下げた。


 陣の依頼により、とある寒村・菖蒲郷の三名家の一つ、鉈倉家の遺書発表に立ち会いにやって来た大門。


 ここはすなわち、依頼人の、そのまた依頼人の家である。


「きゃあ! 早信(はやのぶ)様おやめください!」

「お、おいおい美弥(みや)ちゃん! いいだろ」

「おやめなさい! お客様の御前で!」


 急に大門たちが案内される途中の部屋から出てきた若い男女を、ミイ子が咎める。


「ああ? 何だよババア、うるせえな! ご主人様に向かってなんて口の聞き方だ!」

「まあ……なんと嘆かわしい! 亡くなられたお爺様がお聴きになられたら、どう思われるか」

「はあ? ジジイは関係ねえだろ!」

「お、おやめください! ……すみませんミイ子さん、私の不手際で」

「どうしたの?」


 罵声をミイ子に浴びせる若い男――早信(はやのぶ)は懲りずに、尚も罵声を浴びせ続ける。


 美弥と呼ばれた少女、鹿波美弥(かなみみや)は謝るが、それを聞きつけた若い女がやってくる。


「あ、佐村(さむら)さん! すみません、その」

「う、ぐすん……ごめん、佐村さん。こちらは大切なお客様ですから、どうぞ用意した客間にお通しして。」

「はい、かしこまりました。」


 佐村と呼ばれた若い女の使用人は、そのまま大門や陣を案内する。


「さあ坊っちゃま! この度はばあやが、みっちりとお説教を」

「ああもう、うっせーな!」


 早信はミイ子に促されて屋敷の奥へ行く。


「……すみません、主人がご迷惑を。」

「あ、いえ……あれ? 先ほどの坊っちゃまの奥様ですか?」


 大門は首をかしげる。

 まあ、分かりきったことを聞くが。


「あ、すみません……いえいえ、あんなの全然タイプじゃないですよ! 私にとってあの人は、ただの雇い主です。」


 佐村菫(さむらすみれ)は、さして恥じらうでもなく愛想笑いで返す。


 まあ、あんな自分勝手な人に相手がいるわけないか。

 そうこうするうち、客間に着いた。


「どうぞ、おくつろぎくださいませ。」

「あ、いえいえ。ご丁寧にどうも。」


 菫はぺこりと挨拶すると、そのまま行ってしまう。


「あ、どうぞ九衛さんおくつろぎを」

「あ、すみません……ところで、陣さん。あの、さっきの坊っちゃんは」

「ああ……亡くなられた光信氏の、お孫さんですよ。」


 陣は苦笑いする。

 大門も、これは少し聞きづらいかと思ったが。


「光信氏の、これまた亡くなられた息子さん夫婦の息子さんで……たった一人のお孫さんでしたから、まあ甘やかされたんでしょうね……」

「ああ、なるほど。」


 意外にも、あっさりと教えてくれた。

 まあ、依頼主に関することだから当然なのかもしれない。


「あの、陣さん。もう一つなんですが。」

「はい、何でしょう?」

「あの、暗闇様? っていう神様はどんな神様なんですか?」

「……そうですね、すみません。色々とバタバタしてしまったせいで話しそびれてしまって。」


 陣は居住まいを正す。

 大門も、それに合わせて陣の方を向く。


「あれは、もう何百年も前のことかもしれません……」


 それは、まるで親が子に民話を語るような話し方。

 しかし、この後に聞いた内容からすれば、そういう話し方になっても当然なのかもしれない。


 大昔、菖蒲郷は。

 影に邪悪が宿った村人たちが鬼と化し、大混乱に陥っていたという。


「そこへ現れたのが暗闇様――影宿命(かげやどのみこと)様でした。」


 影宿命というのが、暗闇様の正式名称らしい。

 暗闇様は村人たちの影を浄化し、村の混乱を収めてくれたという。


「それからは村に神社――暗闇神社(くらやみじんじゃ)を造り、そこに影宿命様を祀って村の守り神としたそうです。また、その影の浄化にあやかり、また同じことが起こらぬようにと祭を行うようになりました。」

「なるほど……それが、あの影清めですか。」

「はい、その通りです。」


 なるほど、それがこの村の成り立ちというわけか。

 結構どこでも、成り立ちにまつわる話というのはドラマチックなものだ。


 大門は感じ入る。

 と、その時である。


「失礼いたします。支度が整いましたので、どうか」


 襖が開き、ミイ子が顔を出す。


「ああ、ありがとうございます。……さあ行こうか、九衛君。」

「あ、はい。」


 陣が立ち上がるのを見て、大門も腰を上げる。

 ここでは、大門は陣の元で働く司法修習生ということになっているのだ。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「では、只今より故光信氏の遺言を読み上げさせていただきます。」

「ああ、頼む。」

「坊っちゃま、しゃんとなさって下さい!」


 ミイ子がまた早信を咎める。

 この場には使用人こそ彼女以外はいないが。


 他の三名家、小野屋(おのや)家・霧谷(きりや)家の当主たちも立ち会っている。


 彼らは口に出しこそしないが、これは多分心の中では早信を馬鹿にしているんだろうなと大門は思った。


「では、読み上げさせていただきます。鉈倉光信氏の遺書には、こう書かれています。

『遺産は全て、私の息子とその妻の二人の子供に掟に従い託す。どうか私の忘れ形見を頼んだ。』と。」

「ははは、そうか……ん? どういうことだ?」


 早信が首をかしげる。

 陣は続ける。


「私も今回初めて知ったのですが……早信さんには、お姉さんがいるそうです。」

「!? はああ?」

「は、早信坊っちゃま!」


 陣の読み上げた遺書の内容に、早信は声を荒げる。

 ミイ子は、彼を咎める。


「あ、姉貴なんて聞いてねえぞ! インチキこきやがって!」

「いいえ、インチキなどではありません。この遺書は筆跡鑑定で光信氏本人の著であると認められていますし……何より、そのお姉さんもこちらに。」


 早信を宥め、陣は合図を出す。

 すると襖が開き、()()が入ってくる。


「早信さん。このお方こそあなたのお姉さん・鉈倉魎子(りょうこ)さんです!」


 陣は彼女を手で指し示し言う。

 そこには、目の所にスリットの入ったベールを着用した女性・魎子の姿が。


「(!? あ、あの人は!)」


 大門は見覚えがあった。

 この村に来てすぐに遭遇した、神主の行列に紛れていた女性だ。


「誰だてめえは! ふざけんじゃねえぞ、そんな遺言。俺が認められる訳ねえだろ、まったく!」

「お、お待ち下さい坊っちゃま!」


 早信は怒り、その場を立ち去ってしまった。

 ミイ子が慌てて追いかける。


「はあーあ、まったく。あの野良息子が鉈倉家の跡取りとは……鉈倉もあの子の代で終わりかねえ。」


 小野屋家当主・小野屋慎(おのやしん)が肩をすくめる。

 まあ、あの姿を見せられては仕方あるまい。


「まあまあ小野屋さん、そんな本当のことを言ってしまっては。本人がまだ近くにいるかもしれないというのに。」


 霧谷家当主・霧谷昇(きりやのぼる)はフォローになっていないフォローをする。


「おおっと、口が滑った! これはこれは私としたことが!」


 小野屋も霧谷も笑い出す。


「しかし、鉈倉さんもまたお気の毒に……息子さん夫婦に先立たれた挙句、自分が死んで残されたのがあの孫とはなあ!」

「本当に。」

「……こっほん、小野屋さん、霧谷さん。」


 二人の言動を、陣がそれとなく咎める。


「おおっと、これはすまない! ……弁護士先生に、この村の恥を晒すようで。」


 小野屋はバツが悪そうに愛想笑いで、陣や大門に向き直る。


「まあまあ、明日からは影清めもあることですし! 弁護士先生や司法修習生の方も、どうぞ楽しんでいかれてください!」

「あ、どうも……」

「どうも。」


 続けて話題を変えた霧谷に、陣も大門も頭を下げる。


「では、我々もこの辺で。」


 小野屋、霧谷はそのまま屋敷を後にする。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「いや、すみません九衛さん!」

「いや、いいんですけど……えっと、魎子さん? でしたっけ。どこにも見当たらないですね。」


 大門は遺書発表の場である広間を見渡す。

 気づけば、魎子はどこにもいない。


「何か、彼女に用が?」

「いや、ちょっと聞きたいことが。」


 大門はそのまま、広間を出る。


「彼女のお部屋は?」

「ああ、確か……」


 陣は案内してくれた。


 ◆◇


「魎子お嬢様、その他必要なものはございませんか?」

「いいえ、大丈夫。ありがとう。」

「あ、佐村さん!」

「あ、九衛さん。」


 大門たちが魎子の部屋の前まで来ると、何やら菫が魎子と話していた。


「お嬢様に何かご用ですか?」

「ええ、よろしければお聞きしたいことがありまして。」

「お嬢様、いかがですか?」


 大門の代わりに、菫は襖越しに魎子に聞いてくれた。

 が、返って来た答えは。


「ごめんなさい、今日はもう疲れていて。」

「あ、はい。すみません……」


 断られてしまった。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「ほら酒だ。」

「えっ! い、いや僕はその……禁酒中で。」

「何だ? 我々の酒が飲めないってか?」

「す、すいません! そんなんじゃ……」


 小野屋邸にて。

 菖蒲郷現村長・大田(おおた)は半ば脅迫まがいに酒を小野屋・霧谷から勧められていた。


「今回の選挙だって、誰たちのおかげでその椅子守ることできた? え?」


 小野屋は大田の肩を抱き、少し語気を強める。


「……ひとえに、小野屋さん・霧谷さんのおかげと存じます。」

「……ふん、分かっているじゃないか。」


 小野屋は満足した様子で、大田から離れる。


「まあ……ある意味鉈倉はああなってよかったかもな。……死人に口なしだ。」

「……そうだな。」


 小野屋と霧谷は、目配せをしている。


「!? な、鉈倉光信さんの失踪は……まさか」

「余計なことは!」


 言いかけた大田を、小野屋が酒瓶からわざと酒を少しテーブルにこぼし威圧する。


「ひいっ! す、すみません……」

「……ははは、まあそれでいいんだ……あんたはそれで。」

「ああ、その通りだ。」


 大田に向かい、小野屋・霧谷はにやりと笑う。

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