訪問者J
このエピソードは知り合いのアマチュア作家・手鏡氏の作品『END=START』の世界観を許諾を得た上で元にしています。
そのことをご了承の上、本作をお読みください。
「はあっ、はあっ……!」
8年前、とある寒村。
一人の男が、追っ手から逃げていた。
「どこだ、探せ!」
追っ手の一人が、叫ぶ。
男はそれを聞き、声の方向とは逆に逃げる。
しかし。
「!? ぐっ!」
男は急に脇腹に痛みを感じ、倒れる。
横道から現れた別の追っ手に、刺されたのだ。
「お、お前は……!」
男は痛みに悶えつつ、叫ぶ。
こいつも、追っ手の一人だったとは。
「村長。困るんですよあんたがいちゃあ……暗闇様の、怒りを買っちまう。」
「く、暗闇様……か。あんなものに……ぐっ!」
追っ手の言葉を嘲笑う男だが、それに激怒した追っ手は。
「そんなものだと、貴様! 暗闇様の祟り、思い知れ!」
「がっ、がはっ!」
男の刺された脇腹を、激しく蹴る。
「おう、そこか!」
「お、来たな!」
追っ手は、駆けつけた別の追っ手たちの顔を見ると笑みを浮かべる。
いや、笑みを浮かべたのは彼だけではない。
「くくく……はーっ、ははは!! ……か、かはっ!」
「!? な、何だ?」
追っ手たちが、驚いたことに。
男は傷が開くのも厭わず、口や傷口から激しく血を出しながら言う。
「ははは……祟りだと? それはお前らに当たって然るべきものだろう? 先祖代々、村人たちを騙して来て!」
「な、何だと!」
「おのれ! とどめを刺せ!」
「応!」
笑う男を見た追っ手の一人は、男を今度こそ亡き者にしてやるとばかり。
刃物を構え、走り寄る。
「はははは! 暗闇様が祟らずとも、この私が祟ってやる! お前ら子々孫々まで! はーっ、ははは!」
それが男の、最後の言葉だった。
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「くう……もう、九衛門君めえ!」
探偵事務所にやってきた妹子は、思わずドアノブにかけられた札に八つ当たりする。
「お嬢様!」
「むう……ああごめん塚井。私が間違っていたわ。」
「いやいや、そこはいっそのこと壊しちゃったら? 妹子ちゃん。」
「うーん、まあそうね!」
「お、お嬢様! もう、実香!」
妹子を咎める塚井だが、彼女を扇動する実香も咎める。
例によって、女性陣は。
あの柘榴祭での事件から1ヶ月あまり経ち、日出美が何とか平穏を取り戻してからまた大門を訪ねて来たのだが。
今度は例外として、前回は掃除のためにいたHELL&HEAVENにも臨時休店ということでおらず、じゃあということで事務所に来てみれば。
『これより依頼により、数日間留守にいたします。ご依頼がある方は下記アドレスまでご連絡下さい。
所長 九衛大門』
妹子が先ほど壊そうとしていた札には、こう書かれていた。
「もう! お店にもいなくて、事務所にもいないなんて……こんなパターン初めてじゃない?」
「いや、あたしなんか何回も経験したよ?」
「あ、すみません……」
実香のこの言葉には妹子も、話の腰を折られる。
「お、おほん! ……さあお嬢様、そろそろ」
「そうだ、塚井! 九衛門君どこに行ったか分からないの? 探偵を使ってでも探し出して!」
「いや、お嬢様……」
探偵を、探偵を使って探し出してとは。
塚井も、妹子が彼にこれほど執着しているとは思わなかったため深くため息を吐く。
「おほん! 皆さん……この、ミセス九衛をお忘れですかな!」
「あ、日出美ちゃん! そういえばいたね〜!」
「ええっ、私そういうキャラだっけ? ちょっと塚井さん〜!」
「いや、別にキャラのすり替えなんてしてませんよ!」
日出美の心外とばかりのこの言葉に、塚井は自分こそ心外とばかり強く返す。
「あーハイハイ日出美ちゃん。それで? 大門君の愛妻さんは何ができるのかな?」
「……ふふふ、聞いて驚きなさい!」
実香の挑発めいた言葉もさして気にせず、日出美は思わせぶりに言う。
「……私、大門とホットラインを繋げているのよ! おーっほっほ!」
「……あ、もしもし?」
「って! ちょっと、勝手に掛けないでよ!」
日出美の翳したスマートフォンの画面を見た実香は、そのまま自分のスマートフォンから大門に掛ける。
が、結果は。
「……ルスバンデンワサービスニ、セツゾクシマス。」
「……駄目かい!」
実香の大して似ていない自動音声の物真似に、女性陣は皆ズッコケる。
「ええっ、八方ふさがり!?」
「ううむ、どうしたものか……」
「いーっ、ヒッヒッヒ! お困りのようだねえ。」
「? あれ、だあれ?」
急に響いた老人の声に、振り返れば。
それは、いつぞやの碁会所で――あの時はダンタリオンだったので日出美は知らないが――会ったあの老人だ。
「そこの探偵さんなら、確か……菖蒲郷とかいう所に行っとるよ。」
「ほ、本当ですか!」
「やった、塚井早く!」
「は、はい! ……あれ、でも」
何故、そんなことをこの老人が知っているのか。
しかし、塚井がその疑問を口にする前に。
「その依頼主はしかも……確か、陣とかいう、若くして国際弁護士の資格を取ったという才女」
「!? なあーにー! おのれ、あの浮気野郎!」
依頼主が女と聞くや、日出美は荒ぶる。
「うーん、許せないわね!」
「あーあ、まったく。あたしという初めての女がいながら♡」
「いや、皆さん……」
老人のこの発言により、女性陣は口々に文句を言う。
おかげで塚井は、先ほどの疑問を口にできなくなってしまった。
「さあー、行きましょう塚井! さっさと水差しに行かないと、善は急げよ、さあ!」
「う、うーんお嬢様」
仕事に水を差しに行くのが、本当に善なのか?
しかし、またも塚井は。
「そうよ塚井さん、さあ菖蒲郷へ!」
「行こう行こう!」
「ちょ、ちょっとー!」
疑問を口にする前に、また押し切られてしまうのだった。
「ははは……まだ話は終わっていないんじゃが……まあ、いいか。……おっと。」
老人は一人言を言いつつ、なんとそれまで丸まっていた背筋を伸ばす。
「……すっかり染み付いてしまったか。まあ、いい……さあて、この真荒木も行かねばなりますまい! 大門坊っちゃま。」
老人――に化けていた真荒木なるこの男は、そのまま階段を降りて行く。
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「九衛さん、そろそろですよ。」
「……ん? あ、すみません……ついうたた寝を。」
依頼主の弁護士・陣の声を受け、大門は目を覚ます。
岡山県に彼らはいた。
件の、菖蒲郷のある県だ。
陣の運転する車は、既にそこへと続く道に入っていた。
「すみません、アポもなしに急に。」
「いえ、そんなことは……まあ、驚きました。遺書の発表立会いなんて、本当にそんなちょっとで来させてもらっていいんですか?」
大門は気になっていたことを尋ねる。
それだけの仕事のために、ここまで送迎してもらうなどと恐れ多かった。
「あ、すみません! いやいや、それは申し上げた通りで……杞憂に終わればいいことなんですけどね。」
「はあ、そうですね……」
ルームミラー越しに運転席にいる陣の顔を見やると、大門は道の先を見る。
あまり遠くは見通せそうにない、森が続く道だ。
依頼を受けたのは数日前。
以前の仕事の縁で知り合った陣より、依頼があった。
依頼内容は、菖蒲郷の名家・鉈倉家の遺書発表に立ち会ってもらいたいというもの。
ただ、以前に実香からの依頼を断りかけた時のように、大門もこれだけの依頼ならば断るつもりだった。
これが、悪魔の証明に当たらないならば。
これを彼が引き受けたのは、先ほど陣が言っていた"杞憂"による。
その"杞憂"とは――
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「実は、その村では8年前……当時の村長が何者かに殺害されているんです。さらにその翌年には、鉈倉家ご当主・光信さんが失踪されて……この遺書の発表は、その失踪より所定年数が経ち死亡宣告を受けてのものなんです。」
「な、なるほど……」
大門はその言葉を、受け止める。
そんなことがあった村では、確かに何もないとは言えまい。
ただの杞憂と一笑に付すのは難しい。
「……分かりました。それが悪魔の証明ではないという悪魔の証明、確かに承りました!」
「……ありがとうございます。」
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「あ、着きました!」
「あ、すみません……」
車を止めた陣の言葉に、大門は我に返る。
既に日は落ち、しかも霧立ち上る中。
浮かび上がるその景色は、まさに閉鎖的な寒村とも言うべきものだった。
「なるほど……菖蒲郷、ですか。そう言うぐらいだからてっきり、菖蒲の花でも咲いているんじゃないかと……」
「ははは……一説には、"殺める"から来ていると言います。」
「!? な、なるほど……」
唐突に陣の口から出てきた物騒なワードに、大門も思わず息を呑んだ。
と、そこへ。
「暗闇様の、お通りなーりー……暗闇様の、お通りなーりー……」
「! あ、あれは……」
「この村の守り神だそうです。ちょうどここに私たちが来ている間は、影清めという暗闇様を祀る祭りがあるそうですから、せっかくなので見てから帰りますか。」
「あ、そうですね……」
神主らしき人を先頭にした村人の列が、大門たちの所へ向かって来た。
こういう地方の民俗風習がある辺りにも、やはり昔ながらの村社会の名残を感じる。
さておき。
その、暗闇様の行列とすれ違う時だった。
「!?」
「? 九衛さん?」
「あ、いや……」
行列の中に、何やら目の所に切れ目のあるベールを纏った女性がいた。
その女性が、こちらを睨んだ気がしたのだ。
が、確かめられぬ内に行列は、行ってしまった。
「い、行きますか!」
「あ、ここです。」
「おおっと! こ、ここですか……鉈倉邸は。」
陣と大門は、目の前の大きな屋敷の門に入る。
ここが、陣の依頼主宅だ。
菖蒲郷。
祀られている神・暗闇様。
そして、この鉈倉家を含めた、村を支配する三名家。
それらは十分に、これから先の惨劇を示唆していた。




