conclusion:魔宴は盛り上がってはならない②
「はあ、はあ……これで、終わりだ……!」
強烈な匂いのする暗い部屋で、"呪いの代行者"は最後の仕上げをしようとする。
それは、自分自身の始末。
そう、このライターを点火すれば終わりだ――
「これで終わりだって、本気でそう思っていますか?」
"呪いの代行者"は驚く。
バーンというドアを蹴破る音共に、警察官が隊を成して突入して来た。
「動くな! 梶原!」
警官隊の最前列には井野と、周防がいた。
「そっちこそ動くな! ……この匂いが分からねえか? この部屋中には、浴槽にしこたま入れたスピリタスが気化したガスが充満している! ……俺がこのライターを点火したり、警官さんたちい! あんたらがその銃ぶっ放せばどうなるか分かるよな?」
「なっ……くっ!」
"呪いの代行者"を追い詰めた警察だったが、逆に動きを止められてしまった。
しかし、そんな状況をよそに。
「まだ間に合いましたか! よかった。」
「!? あ、あんたは!」
場違いに呑気な声の主は。
警察を掻き分けて前に出て来た大門だった。
「や、止めろ九衛君!」
「すいません、公務執行妨害かもしれないんですが……今はどうかやらせてください。」
「……くっ。」
井野はそれ以上は止められず、下がる。
「はん! 部外者が」
「部外者じゃありませんよ。巻き込んだのは君じゃないですか?」
「何? ……なるほど。」
「? どういう意味だ?」
"呪いの代行者"と大門の会話に井野たちもついて行けず、困惑している。
「そう、あの時以来ですね? "呪いの代行者"さん? いえ」
大門は"呪いの代行者"を見つめる。
「相模晴矢君!」
「!?」
「な、何い?」
大門の呼びかけに、井野は思わず暗闇の中で目を凝らし"呪いの代行者"の顔を確認する。
間違いなく、相模だった。
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「さ、相模!」
「馬鹿な……2番目いや、最後に死んだって……」
「ええ。しかしさっきも言った通りです。あれは偽の真相。ここにいる彼こそ正真正銘本物です!」
「う、うむ……」
大門の言葉と自らが見ている光景を合わせても、今一つ納得できない。
ならば、あの遺体は?
しかし、井野が質問する前に。
「あの遺体こそ、忘れられていた愛久澤の腰巾着・梶原です! 相模君は自分の保険証を梶原に使わせ歯科医を受診させることで歯型を偽装していたんですよ!」
「な、何!?」
大門からの説明は、さらに井野たちを困惑させた。
「じゃあまさか……遺体を焼いたのも」
「ええ、身元確認の手段を歯型に限定するためです!」
「ははは、その通りだ! そうだよ、よく引っかからなかったな偽トリックに。」
「ええ。……君が木曽路さんに会い、殺害順序の入れ替え工作をした時のことを覚えていますか?」
「……ああ。」
警察をよそに、大門と相模は話す。
それはあの時のことだった。
『忍足に飲み物を持って行く途中で愛久澤を探している』と文香に話しかけた時だ。
「あの時、君は持っていた飲み物を飲みましたね? その時君は顔を顰めた。……そのことで僕は、君の企みに気づきました。」
「な、何だと!?」
相模は驚く。
あの程度のことで?
いや、待て。
すぐに相模ははっとする。まさか、あれは――
「ご自分の致命的なミスに、ようやく気づいたみたいですね。」
「……まさか。」
「そう、僕はその時、それを虫歯だと思いました。しかし……後から治療記録を調べた時見つけたんです。"君"が柘榴祭の数日前に治療を済ませ、さらにやり残しもなかったということをね!」
「くっ!!」
相模は悔しがる。
無論その治療記録は相模のものではない。
梶原が相模の保険証を使って受診したものだ。
「それで思いついたんですよ。遺体は君のものじゃないのではと……君が生きていると考えた時、この悪魔の証明は悪魔の証明ではなくなりました。」
「……はははは! ……あーあ、まさかあんたみたいなのがいるとはな……完全に計算外だったぜ!」
相模は自嘲気味に笑う。
「動機は……2年前の集団変死事件か!?」
井野は相模に聞く。
自身も2年間、忘れられなかった事件だ。
「ああ、そうさ! だが……あの件については俺も同罪さ! 愛久澤や忍足や梶原、あいつらとな!」
「何があった!」
井野は叫ぶ。
はやる気持ちが声に出た。
「……2年前の事件は、君たちによる監禁致死事件だった。そうですね?」
「!? なっ……」
「へえ……そこまで分かるのかい名探偵さんよ!」
大門の言葉に井野は息を呑み、相模は笑う。
「贖罪のためですか?」
「……くっくっくっ、はははは!!」
大門のこの言葉に、相模は狂ったように笑い出す。
「な……何がおかしい! お前分かっているのか、お前らのせいでどれだけの命が!」
「ああ、そうだな……でもな刑事さん! 俺もあいつらも、贖罪なんてできるタマじゃなかったんだよ!」
「な、何?」
井野はそんな相模に激怒するが、相模は笑いを止め悲愴な表情になる。
「笑えるだろ? 俺もあいつらも、あれだけ多くの人を殺しておいて! 自分は殺される覚悟がなかったんだからな!」
「な……」
相模は叫ぶ。
その顔に笑みはなく、先ほどの悲愴感が何倍にも増していた。
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2年前、未だ愛久澤・相模・忍足・梶原が柘榴学園生徒だった頃。
「俺は愛久澤と入学の時出会った。いや……出会っちまった!」
クラスでも学園でも権力ある立場だった愛久澤には従わざるをえず、相模は取り繕いながら一緒にいた。
テニス部でうまい部類に入る選手だった愛久澤は人気者だった。
しかし同時に、自校のみならず部活繋がりで出会った他校の生徒すら奴隷のように虐げる性格から、一部では疎まれていた。
そんなある日。
「その日が……来ちまったんだよ!」
愛久澤が自らのいじめる他校と自校の生徒たちを、『教育』の名目で廃校となった小学校校舎の一室に閉じ込めたのだった。
中には相模の恋人である同級生・佐渡静奈もいた。
「でもちょうどその頃……愛久澤の悪評が一部の生徒に広まったせいで、佐渡も腰巾着である俺を警戒するようになってた……」
それに怒り心頭となった相模は、こらしめる目的で彼女も他の生徒と一緒に閉じ込め、そのまま外からプロパンガスを流す。
外から窓やドアがふさがれていた教室ではたちまち酸欠状態となり、中の生徒たちは当然助けを求める。
「俺もこの状態にはさすがにまずいと思った。だから愛久澤に中止しろって言ったのに……あいつらは!」
調子に乗った愛久澤たちはまだまだ足りまいと注ぐガスの量を多くする。
その結果、室内の生徒たちは全員死亡。
相模は思いがけぬ大惨事、さらに恋人を死なせてしまったことに自失状態となるが。
「さっきも言ったろ? ……同罪なんだとよ、俺らは!」
愛久澤からは同罪だと言われ、現場を自殺に見せかけるために工作を手伝わされてしまう。
その後、罪悪感に苛まれるも佐渡との関係をごまかすよう愛久澤から指示され、新しい彼女までも見繕う。
しかし、2年経った後にも。
「佐渡を忘れられなかった……だから、愛久澤たちに言って自首しないかどうか聞こうとしたよ。だけど……あいつらにそんなもん求めた俺が馬鹿だった!」
愛久澤たちには罪悪感など、欠片もなかった。
「その時決意したよ……俺はこいつらを、同時にこの自分自身も呪ってやるってな!」
相模は拳を握りしめる。
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「……だけど、相模。……今の話が本当なら、お前は少なくとも贖罪の念を」
「……ねえよ、そんなもん!」
「! 相模。」
話を聞き終えた井野がかけた言葉は、相模により言下に否定された。
「俺も……佐渡を巻き込んでなければこんなことしようって思わなかった! 今は演劇部で当時テニス部の葉山……あいつと、木曽路……その友達だった根岸桜子! あいつについて……俺は何も思えなかった。」
「相模……」
「明石の兄貴にも、市村の友達の斯波美春にも……罪悪感なんて、これっぽっちも抱いちゃいねえ! 俺はただ彼女を自分の手で殺した現実を受け入れられなかっただけなんだよ!」
「!? さ、相模!」
相模は手に持つライターの蓋を開ける。
「あいつら――愛久澤や梶原、忍足を殺す時もよ。知ってっと思うが……あいつらは心臓を一突きにしてやった! でもよお、あいつら……何で自分が殺されなきゃいけねえんだって、最期はそればっかだったよ! てめえが何人も殺したくせになあ!」
「相模、やめろ!」
相模はライターに手をかける。
「でもよお、俺もさっき言った通りあいつらと同じだ……結局自分が死ぬようなトリックにしときながら、こうして生きてんだからなあ!」
「……そうですね。」
「こ、九衛君!」
相模を止めるどころか、むしろ何故か煽る口調の大門を井野は咎める。
しかし、大門は続ける。
「あのトリックは三人用だったとはいえ……やり方を変えれば、四人用の本当に君が死ぬものにできたはず。それをしなかったのはやはり……覚悟がなかったからですね?」
「お、おい!」
「ふふふ……はははは! よくぞ言ったあ、これで終わる!」
相模は言うが早いか、ライターを持つ手を振り上げる。
「止めろ!」
井野も周防も警官隊も叫び、相模を――
「これで――ぐっ!」
「井野さん、取って!」
「うおっと!」
相模を。
大門がライターを蓋を閉め取り上げ、井野に託し相模を締め上げる。
「ぐっ、離せ!」
「あんなわざとらしく、不必要に腕振り上げて! ……結局は、本当に死ぬ覚悟なかったんですよ。」
「くっ……」
「あのトリックで自分が死ぬ勇気が出ず、人を身代わりに立てておいて! 今度は、市村さんの呪いに見立てて自分を殺害ですか?」
「……ははは! そうだな、覚悟もねえことを……本当大馬鹿野郎だったぜ……」
相模は抵抗する力――体力ではなく気力を失い、その場にへたり込む。
HELL&HEAVENで今待機している事件の関係者たちが、そうであったように。
「ええ、馬鹿野郎です! でも……君は生きていてよかった。」
「……え?」
相模は驚き、大門を見る。
「もちろん、君がいれば2年前の愛久澤たちの罪も公にできるという意味で、です! ……それでも、実際問題まだ君が生きる理由にはなる。ご不満ですか?」
「……ああ、ああ……そうだな、そうだな……ああああ!!」
相模はそのまま腰を折り、地べたに突っ伏す。
今度は狂ったように、泣き続ける。
「……井野さん!」
「! か、確保ー!」
「応!」
大門の呼びかけにより、警官隊が相模を取り囲む。
「ええ……00:35! 相模晴矢! 柘榴学園の卒業生三名連続殺人の容疑、および被害者の一人梶原宅への放火未遂の現行犯にて逮捕する!」
井野の読み上げと共に、まだ泣き続ける相模に手錠がかけられた。
「相模、それと……2年前の集団変死――監禁致死についてもしっかりと片付けさせてもらう! だから……先ほど九衛君も言ったが、お前は今は生きていていい!」
「あ、ああ……ありがとうっす……」
「うん! ……連行だ!」
「はい!」
井野は相模に言葉をかけつつ、周防に彼を連行させた。
「ふう、まったく九衛君……無茶を!」
「無茶でも、事件が解決すればいいんです。……これで、悪魔の証明終了ですね。」
「……まったく!」
怒られながら清々しい笑顔を浮かべる大門を苦々しく思いながら、まだ酒臭い部屋で井野はため息を吐く。




