まさかの四人目
「ううむ、これは……」
明石から見せられたメールの文面に、井野は頭を抱える。
日出美の通う柘榴学園での文化祭・柘榴祭のさなかに起きた"儀式"と、後夜祭での焼死体発見騒ぎ。
その直後に行われた、取り調べにて。
演劇部部長にして高等部2年・葉山裕子が、焼死体となった2年前の卒業生・愛久澤成志を呪い殺したと告白した。
葉山が受け取ったメールの内容からして、"儀式"は柘榴祭のさなか行なった高等部3年・市村花と先述の葉山、彼女ら二人とあともう一人――合わせて三人に教唆されたと推測された。
あともう一人は、大門が目星をつけていた通り。
中等部3年・木曽路文香だった。
市村・葉山は同じ愛久澤を、文香は愛久澤の腰巾着で彼と同学年・相模晴矢を呪っていた。
"儀式"を教唆した犯人・呪いの代行者が呪いの選択肢として挙げたのは愛久澤・相模、さらに愛久澤の腰巾着で彼と同学年・忍足翔の三人だった。
このことから、対象の被りと漏れこそあるものの呪いを教唆された人は出揃ったと思われたのだが――
『あの三人が憎いだろう?
愛久澤、相模、忍足はあんな性悪にもかかわらず、表向きは人気者だ。
呪いを望むなら、名前を書いた紙を花火で燃やす儀式を行え。
ただし、その呪いは誰にも知られるな。
大丈夫、知らせなくとも分かる。
お前が、誰を選んだかは。
呪いの代行者』
「……またか。」
「……すんません!」
メール画面を見て愚痴を漏らす井野に、明石は全力で謝る。
「あ痛て!」
勢い余り明石は、机に頭を思い切りぶつけてしまう。
警察の取り調べ室に彼らはいた。
大門から連絡を受け、彼の経営する喫茶店から井野が、明石を連れて来たのである。
「大丈夫か?」
「あ、すいません……」
明石はぶつけた額を抑えながら顔を上げる。
「すまん、いきなり不躾な質問にはなるが……君のお兄さんは、明石武太か?」
「!? は、はい……」
いきなりの井野からの質問に、明石は背筋を伸ばし驚く。
明石武太。
2年前の集団変死事件における、被害者の一人だ。
その弟が、今目の前にいる彼だと分かり井野は、その動機にも納得がいく。
「これは、もしや。」
「……兄ちゃんの、仇を取ろうと思って……あいつらが憎くて……!」
言うと明石は、再び俯く。
嗚咽を上げ、泣き出す。
「……よく、自分から話してくれたな。」
井野は彼が泣き止むのを、静かに見守る。
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「なるほど、彼あの後搬送されていたのか。」
「はい。本人は、日出美ちゃんの傍についてやれないことを悔しがっていましたけど……」
大門は日出美、文香と共に、取り調べ中の明石を警察署のロビーで待っていた。
井野が明石に同行を求めたため、付き添いとしてついて来たのである。
勿論妹子・塚井・実香も来たがっていたが、大勢で押しかけるわけにもいかず選ばれし(?)このメンバーにてやって来たというわけである。
「ちょっと、文香先輩!」
「あ、ごめん日出美ちゃん……」
日出美は文香を、(公の場なので)声を絞って責める。
文香はしまったと思った。
日出美にとっては、大門に他の男と後夜祭で踊ったことを知られたくなかっただろうに。
「どうした、日出美?」
「ううん、別に……」
当の大門は話が読めないとばかりの表情だ。
これには文香も、少々呆れた。
「とはいえ……彼は中々えらいんじゃないかな? まだ、心に傷があるだろうに自分から警察に話してくれたんだし。」
「ええ、そうですね。まあ、悪い奴じゃないんですけど……」
先ほどの話に戻る。
一応点滴を受け一晩で病院を出た明石は、そのまま文香に自分も"儀式"をしていたことを知らせ、文香から相談された日出美の紹介でHELL&HEAVENにやって来たというわけであった。
「明石先輩は……誰を呪ったんでしたっけ?」
「……忍足さん。例によって、あの三人組の一人。」
「ああ……」
日出美の質問に対する文香の答えに、大門は考え込む。
既にその話と、明石が例の『呪いの代行者』より受け取ったメールの内容は知っている。
文香が呪った相模の遺体も、"儀式"に見立てられていた愛久澤のものと同様、"儀式"――油鍋で名前を書いた紙を燃やす方法に見立てられ油を張ったドラム缶で燃やされていたという。
ただ、愛久澤も相模も直接の死因は心臓を刃物で一突きにされたことらしい。あくまで"儀式"のように火で殺されたように見えたのはただの演出だった。
おそらく、まだ見つかっていないが忍足の遺体も、明石の"儀式"に見立てられることだろう。
やはり市村のメールと比べれば、相違点は呪い方と"儀式"を柘榴祭中に行うか否かの二点。
そして一方、明石・葉山・文香の三人のメールにおける相違点は呪い方一点である。
呪い方を除けば、市村と他の三人の相違点はやはり"儀式"を柘榴祭中に行うか否かの一点である。
こうなると、ますます分からなくなる。
「……何故犯人は、三人を呪うために四人用意したんだ? そして、何故ただ一人市村さんには柘榴祭の最中に"儀式"を……?」
「それは、三人に選ばせちゃうとそう都合よくバラバラに選んでくれるとは限らないからじゃないですか?」
「! おっと、失礼。」
文香の言葉に我に返る。
心の声が漏れるとはまさにこのことで、頭で考えていたつもりがいつの間にか口に出ていたのであった。
「うん……しかし、四人でも場合によっては同じ人を選んでしまう確率はあるし……」
大門は先ほどの文香の推測に答える形で話を進める。
そもそも、犯人は呪いのやり方は全員に指示しておきながら、誰を呪いの対象とするかは個人に委ねた挙句知らせなくていいと言っている。
まさにこの点こそ、今回の犯行を不能犯たらしめているといえよう。
呪いの対象人物を知っていたのならまだしも、知る術がないなら呪いに見せかけることは不可能だ。
「じゃあ、やっぱり……」
「……私たち、人を……そりゃ、あいつらは憎かったけど、まさか……」
「そんなこと有り得ない! 大丈夫、何かトリックがあるはずだから。」
自分自身に怯え出した文香と、つられて青ざめる日出美を大門は宥める。
「君たちをこんな目に遭わせた挙句、後夜祭まで台無しにした犯人を暴く――これが悪魔の証明でないという悪魔の証明、只今承った!」
「大門さん……」
「大門……さすが!」
「しっ!」
「あ、ごめん。」
大門は文香、日出美を励ます。
「九衛君!」
「周防さん!」
大門が見ると、周防がこちらに走って来る所だった。
「今、明石君の呪った相手――忍足翔を捜索させているところだ。早く探し出したいんだが……」
「ありがとうございます。あの、明石君は?」
「ああ、まだ少しかかりそうだ。まあ親御さんにも連絡したし、君たちは」
「すみません! 生徒は」
大門と周防が話している最中に、ロビーに別の声が響く。
「!? 先生。」
文香と日出美も立ち上がる。
制野だった。
「制野さん。」
周防も寄る。
「す、すみません大声を……あの、明石は?」
「ああ、彼はまだ……先ほどそこの彼にも行ったんですが、親御さんにも連絡しましたし、先生もどうかご無理なさらず。」
「そう、ですか……ありがとうございます。」
制野は周防の言葉に、項垂れる。
「……じゃあ、僕らもそろそろ行こうか。」
「はい。」
「うん、そうね。」
大門は文香・日出美を促す。
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とある、廃工場にて。
老人がその近くを歩く。
ここは彼の、散歩スポットなのだ。
「……ん? 何だ、これは。」
老人は周りを嗅ぐ。
何やら、キナ臭い。
と、その時。
「!? な、何だ!」
廃工場の一室から、膨張した火が窓を突き破り飛び出した。
部屋は一階だ。
「 こ、これは……?」
老人は今、爆発があった部屋を覗き込む。
そこには。
「う、うわぁあああ!」
焼死体が見え、老人は腰を抜かす。
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「速報です。本日、都内の廃工場にて」
「!? まさか。」
HELL&HEAVENにいる全員、塚井・妹子・実香・日出美・文香、そして大門がテレビを見る。
明石の取り調べが終わり彼が解放されてから、一夜明けて。
その面々が店に詰めかけていた。
事件の続報がないかと待っていたら案の定、というわけである。
ニュースは、忍足の焼死体が見つかったという内容だった。
「もしもし。……周防さんですか? はい、ニュースは見ています。……分かりました、ありがとうございます。」
大門は、周防からの電話を終える。
「大門! 刑事さんは何て?」
日出美は身を乗り出し、尋ねる。
「ああ、忍足は……やはり"儀式"に見立てられてか、爆発のあった部屋から発見されたらしい。死因も他の二人と同じだって。」
「……そう。」
「……」
「……文香先輩……」
日出美は文香に、心配そうに声をかける。
他の面々も同様だ。
「大丈夫。でも……私だけじゃなくて、裕子先輩や、明石も……市村先輩も同じ気持ちだと思う。」
「……そうですね。」
文香の言葉に、日出美は頷く。
「……だったらさ、他の人たちもここに呼んじゃおうよ?」
「え?」
「ねえ、大門君!」
実香が不意に、提案する。
「確かに……実香にしては、いい考えかも! 九衛さん、お願いします!」
「うん、確かに実香さんにしてはいい! 九衛門君、お願い!」
「いやいや、塚井も妹子ちゃんもひどくない?」
自身に同意しながらも一言多い妹子・塚井に、実香は苦言を呈す。
「え、いやそんな……そんな大勢じゃ」
「いえ、文香先輩! ここは頼らないと! 大門、お願い。」
「勿論、いいですとも。」
「!? ひ、大門さん!」
恐縮する文香は日出美にも窘められるが、大門の快諾に今度は驚く。
「で、でも大勢でお邪魔じゃ」
「いいんだ、木曽路さん! こんな所元から穴場、というか儲かってないから。大丈夫、その分お代は頂かないし。」
「そ、そんな!」
文香は大門の言葉に、更に恐縮する。
「いいんだって! さあ、他の人にも呼びかけようか。」
「は、はい……ありがとうございます。」
文香は少し涙目になりながら礼を言う。
「さあて……じゃあ葉山さん・市村さん・明石君と……あと、制野先生も呼んでくれるかな?」
「えっ、先生もですか?」
「うん。ここで生徒たちについていた方が、先生も安心だろうし。」
「は、はい……」
大門の頼みを、文香は首を傾げながらも聞く。
「さあて、あたしも手伝うよ大門君!」
「いや実香、あんたはむしろ邪魔になりそう! 九衛さん、私が手伝います!」
「あ、私も手伝う!」
「私も、妻として!」
「いや、みなさんお客様なのでどうぞ座ってください!」
次々と名乗りを上げる女性陣を、大門は宥める。
「さあて、これで役者は出揃うか……」
未だ盛り上がる女性陣たちをよそに、大門は考える。
申し訳ないが、やはり制野や葉山たちはまだ犯人ではないとは言えない。
今回集まってもらうのは、推理をするためもあった。
そして、何より。
「(木曽路さん……聞かせてもらうよ。君のあの、発言の意味を。)」
大門は、文香に確かたいことがあったのだ。




