呪殺
「な……葉山さんが!」
「あ、こら!」
「あ、すいません……」
大門は思わず大きな声を出してしまった。
日出美の先輩たる演劇部部長、高等部2年葉山裕子が発見された焼死体について『自分が殺した』と告白したという。
日出美の通う中高一貫校・柘榴学園での文化祭、柘榴祭に呼ばれた大門や妹子・塚井・実香たち。
文化祭の1日目。
高等部3年・市村花が物理準備室で"儀式"を行うなど、不穏なことは多少あった。
それでも、特段大したトラブルもなく終わるかに思われた文化祭の2日目。
よりにもよって、それは起きてしまった。
「井野警部! 只今遺体の身元照合が終わりました!」
「! どうだった?」
「一致したそうです!」
周防が、大門と話している井野の元へやってきた。
文化祭2日目、後夜祭のキャンプファイヤーの中から見つかった焼死体の身元が藪の中から見つかった免許証の持ち主と判明した。
2年前の卒業生で文化祭にも来ていた、愛久澤成志だ。
「! あの遺体は、彼でしたか……」
「よし、ただちに上層部にも報告だ!」
「はい!」
井野の命により、周防は再び連絡の為その場を離れる。
「うーん……」
「おっと、すまない九衛君!」
「え? ……ああ、すみません。単に事件について考えていただけで。」
井野は放ったらかしにしたことを詫びるが、大門は大丈夫とフォローする。
彼が考えていたのは、やはり事件のこと。
先ほどの話に戻るが、事情聴取の結果葉山にも例のメールが送りつけられていることが判明。
葉山に送られていたメールの内容は、以下のものになる。
『あの三人が憎いだろう?
愛久澤、相模、忍足はあんな性悪にもかかわらず、表向きは人気者だ。
呪いを望むなら、名前を書いた紙を燃やす儀式を行え。
ただし、その呪いは誰にも知られるな。
大丈夫、知らせなくとも分かる。
お前が、誰を選んだかは。
呪いの代行者』
一方、以下が市村に送られてきたメールの内容になる。
『あの三人が憎いだろう?
愛久澤、相模、忍足はあんな性悪にもかかわらず、表向きは人気者だ。
呪いを望むなら、名前を書いた紙を湯で熱する儀式を行え。
柘榴祭のさなか、物理準備室で。
ただし、その呪いは誰にも知られるな。
大丈夫、知らせなくとも分かる。
お前が、誰を選んだかは。
呪いの代行者』
以上二つのメールについて相違点は、"儀式"のやり方と、"儀式"を柘榴祭のさなかやるよう指示されているか否か、の二つだろうか。
「しかし……葉山と市村の二人で、呪いの対象は同じとはな……」
「いや、それ自体は確率としてあり得ることですね。ただ……三人を確実に呪う方法としては、確かに今一つだなあ。」
呪いの対象が二人とも同じであること自体は、なんらおかしなことではない。
メールの文面から、三人の中から任意で呪いたい人を選べと言っていることが分かる。
それを二人で選んでいるわけだから、二人とも同じであることは何らおかしなことではない。
しかし、やはり大門の言う通り。
確かに、三人を確実に呪う方法としてはあまり賢いとは言えないだろう。
「待てよ……だとしたら! あと一人呪いをやってる生徒がいるってことじゃ!」
井野は声を上げる。
「ええ、僕もそう思いますし目星はついています。」
「!? 本当か!」
井野は身を乗り出す。
「ただ……その前にすいません。2年前の出来事というのを、知らせてくれませんか?」
「ううむ……分かった。」
井野は大門の求めに応じた。
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「生徒の、集団変死事件?」
「ああ。」
大門は井野から、2年前の事件について聞いていた。
現場は、武蔵野市内の廃校になった小学校校舎。
そこの一室にて。
匿名の通報を受けた警察が踏み込むと、そこには地獄絵図が広がっていた。
「十人もの学校がバラバラな生徒たちが死んでいたんだ。死因は、密閉された部屋にプロパンガスを撒いたことによる窒息死。」
「自殺、ですか?」
「ああ、結局。捜査本部としてはその結論になった。」
大門は首をかしげる。捜査本部としては?
やや含みのある言い方。
しかしその理由を尋ねる前に、井野から聞かせてくれた。
「捜査途中で圧力がかかって、そういう風に捜査を終えるしかなかったのさ。その圧力をかけた人物こそ……今回死んだ愛久澤の、親父さんだったんだ。」
「!? な!」
大門は井野の言葉に驚く。
なるほど、そういうことか。
「死んだ生徒たちを、愛久澤やその取り巻きたちがいじめてたって情報もあってな。あいつらはあの文面通り、かなりの生徒たちから人気だったが……一方で一部の生徒たちからは、蛇蝎のごとく嫌われていたというわけだ。」
「……なるほど。」
大門はようやくその、2年前と今現在が繋がったような感覚がした。
2年前の生徒集団変死事件。
そして、今回この"儀式"を起こしていた二人は、おそらくそのことに恨みを持つ者たちだったのだろう。
「さあ、私は話したぞ。……聞かせてもらえないか、君が目星をつけているというもう一人について。」
「……はい。」
大門は話す。
"儀式"を行なったと思われるもう一人。
それは――
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「……はい、私は相模を呪いました。」
「……そうか。」
再びパトカーの中にて、井野は事情聴取を始めていた。
パトカーの後部座席には、先ほどの二人・市村と葉山。
そして――
「よく話してくれたな、木曽路さん。」
文香だった。
大門は、市村の起こした"儀式"の際も公演を訪れた愛久澤たちを葉山が悪し様に言った時もただならぬ様子だった彼女の様子に薄々気づいていたのだ。
「文香ちゃんまで……何で?」
葉山が尋ねる。
信じられないという面持ちだ。
「すいません裕子先輩……多分、裕子先輩と同じです。桜子先輩の仇を取りたくて。」
「!? そうか……確かに私と同じだ……」
葉山は文香の言葉に、俯く。
どちらも、あの生徒集団変死事件で自殺に追い込まれた生徒の仇を取りたかったらしい。
「では、木曽路さん。……メールの文面を、見せてもらえるよな?」
「……はい。」
井野の求めに、文香はスマートフォンのメール画面を起動させる。
『あの三人が憎いだろう?
愛久澤、相模、忍足はあんな性悪にもかかわらず、表向きは人気者だ。
呪いを望むなら、名前を書いた紙を油鍋で熱する儀式を行え。
ただし、その呪いは誰にも知られるな。
大丈夫、知らせなくとも分かる。
お前が、誰を選んだかは。
呪いの代行者』
内容は以上の通りである。
やはり呪いの内容が他の二人と、そして柘榴祭の最中に"儀式"を行うか否かが市村と違っていた。
「……これで、全員か。」
井野はため息を吐く。
何はともあれ、これで三人出揃ったわけだ。
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「な、文香先輩が!?」
「しっ、声が!」
「ご、ごめん……」
三人が取り調べを受けていたさなか。
大門はこっそりと、日出美に文香のことを伝えていた。
日出美は当然というべきか、驚いている。
「まあ、誰を呪ったかは今警察に話しているところだけどね……」
「相模です、大門さん。」
「! 文香先輩、裕子先輩!」
「木曽路さん。」
大門は、後ろからの声に驚く。
そこには、既に取り調べから解放された二人がいた。
「大丈夫でしたか? 警察から拷問を受けたりしませんでしたか?」
「おい、日出美……」
「拷問なんてしやしないぞ! 二人とも、素直に話してくれたからな。」
「あ、井野さん……」
日出美の、葉山と文香を心配する声に二人の後ろから井野は苦々しく言う。
「あ、あなたが井野刑事ですか? 最初は滅茶苦茶イヤな奴だったっていう人!」
「こ、こら日出美!」
日出美は井野に爆弾発言をする。
三年前の、ドッペルゲンガー事件についての話だ。
さすがに大門も、これはまずいと思い止めるが。
「ああ、三年前の話をしたのか……まあ、あの時は色々あってすまなかったな九衛君!」
井野は恥ずかしそうに言う。
今は警部だとも訂正しないようだ。
「す、すいません井野警部……」
「あ、ごめん。警部さんだった。」
いや、日出美は一応謝罪したが。
さておき。
「何はともあれ……次に殺されているであろう人を探さねば! 私はちょっと連絡してくる。すまない君たちも、しばらくここにいてくれ!」
そう言うと、井野はその場を後にする。
「次に殺されているであろう人……それって」
「相模です。」
「! そうか……」
大門は文香の言葉に頷く。
なるほど、三人被りとはならなかったか。
犯人――呪いの代行者にとっては、ラッキーなことだろう。
これで、三人の"儀式"を行なっていた者は出揃ったわけだ。
しかし、と大門は思う。
何故犯人は、こんな不確実なやり方で三人に呪わせたのか。
それなら、もっといいやり方もあっただろう。
そして、何より。
何故三人目の市村には、わざわざ柘榴祭のさなかに"儀式"をやらせ、あまつさえその"儀式"を目撃させていたのか。
"儀式"を行わされた三人が出揃ったことで、逆に謎は深まってしまった。
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「ただ今入りましたニュースです! 本日昼頃、武蔵野市の廃工場にて男性の焼死体が発見されました。」
「遺留品などから、遺体は大学生・相模晴矢さん(20)と判明。尚、警察では殺人事件として引き続き捜査を――」
「やっぱりか。」
実香はテレビを見ながら、コーヒーに口をつける。
「お嬢様、やはり……」
「うん、文香ちゃんの言う通りか……」
塚井も妹子も、心配そうな顔でテレビ画面を見る。
「……皆さん、何度も聞くようですけどお仕事や学校は?」
大門はカウンター越しに、皆に突っ込む。
「有給♡」
「代返!」
「……実香はともかく、お嬢様は褒められたものではないですね。」
「ええー、塚井!」
塚井の一言に、妹子は口を尖らせる。
あの悪夢の後夜祭から、2日あまり後。
大門の店・HELL&HEAVENを女性陣が訪ねていた。
彼女らの仕事・学校については先述の通り。
と、そこへ。
「すいません! 皆。」
「お久しぶりです、皆さん。」
「! 日出美!」
「文香ちゃん!」
店を訪ねて来たのは、日出美と文香だった。
あの事件により、一週間余りの学校閉鎖になっているのだ。
「大丈夫か、二人とも!」
大門はカウンターから出て駆け寄る。
「うん、私たちは大丈夫!」
「なんですけど、実は今日来たのは……」
「ん?」
文香はふと、店の出入り口に目を向ける。
「入って来な! いつまでそうしてるの?」
「……お邪魔します。」
「! あ、明石君!」
入って来たもう一人に、妹子は目を丸くする。
「君は……確かメイド喫茶の。」
「……明石遠兵って言うっす。この前はありがとうこざいました……」
「あ、いやいや……こちらこそ御馳走様。」
大門は笑顔で接しつつ、内心首を傾げていた。
何故、この子が――
しかし、その意を汲んでか明石は、話し始める。
「お、俺……人を殺したかもしれないっす! 呪いで!」
「!? な、何?」
大門も、その場にいる他の人たちも、皆息を呑む。




