悪夢の後夜祭
「日出美!」
夜道をひたすら、大門は走り続ける。
柘榴祭が終わり、一般客は帰される時間となった時。
大門・妹子・塚井・実香もそれにより柘榴学園を後にした。
「ひーろーと! 後夜祭で一緒に踊りたかったのに」
日出美はこう言って、口を尖らせていた。
しかし今大門は、その柘榴学園への道を走り続けている。
「日出美、頼む出てくれ!」
大門は走りつつ、何度も日出美のスマートフォンにかけているのだが応答はない。
彼が柘榴祭の締めであり、恐らく生徒たち最大の楽しみであった後夜祭を台無しにした事件を知ったのはつい先ほど。
女性陣と別れ、大門は事務所に一人でいたのだが。
ニュースを見ていた時、それは突如速報として入って来た。
「たった今入りましたニュースです! 本日19時頃、武蔵野市の学校にて男性の焼死体が発見されました。」
大門は少しぼんやりしていたが、この言葉により我に返る。
武蔵野市の学校といえば、柘榴学園も該当する。
しかも、焼死体と来ている。
後夜祭にてキャンプファイヤーが催されることは大門も知っていた。まさか――
間違いであってくれとも考えつつ、大門はテレビに釘付けになった。
「現在、警察では殺人事件として捜査を開始しています。」
「!? くっ、やっぱりか!」
画面に映るのはつい先ほどまで彼がいた場所に間違いなかった。
急いで日出美に連絡したが、動揺しているか周りが混乱しているか、あるいはその両方かで連絡はつかない。
ならばといても立ってもいられず、事務所を飛び出した次第である。
と、その時。
「! もしもし、日出美か!?」
「あ、すみません……私、塚井です。」
「……あ、つ、塚井さん……」
大門は走りながらかかって来た電話に出たのだが、バツの悪さに思わず立ち止まる。
「すみません、日出美さんじゃなくて!」
「いや、いいんです本当に! 僕こそすみません早とちりして」
電話口の塚井からのしおらしい声に、大門は弁解する。
と、そこへ。
「ああ、もう貸して! ……ごめん、九衛門君。今どこ? 車の音とか聞こえるみたいだから、多分外よね?」
「あ、遣隋使さん……はい。先ほどのニュースを見て、今柘榴学園の方に向かっている途中です。」
電話口では話し手が妹子に変わり、大門は自身の現状を説明する。
「そう……具体的にどの辺かしら?」
「あ、大丈夫です! もう着きそうなので。遣隋使さん方ももしや……柘榴学園に?」
「うん! ちょうど実香さんを送っていくところで、テレビを見てビックリして……そう。分かったわ、私たちも遅れて着くけど、先に行って日出美ちゃんをよろしく!」
「そういう訳で、大門君ファイト!」
「は、はい! ありがとうございます!」
実香も送られかけながらも結局ついて来たらしく、声が聞こえた。
電話はそれにて切れた。
本当のことを言えば、まだ着きそうになかったのだが。
さすがにここでまで妹子たちの世話にはなるまいと、敢えて嘘を言った。
「はあ……実際には僕の方が遅くて怒られるんだろうけど。仕方ない、僕の方は僕で急がないと!」
大門は再び、走り出す。
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予想に反して、大門が柘榴学園に着いた時にはまだ妹子たちは来ていなかった。
「はあ、はあ……これは……」
大門は校門――厳密には、それがあるはずの辺りで息を整える。
その校門があるはずの辺りでは、記者らしき人たちが詰めていた。
その人混みの隙間から見ると、既に校門のところで規制線が張られている。
「一言お願いしたいだけなんです!」
「ですから、我々も捜査を始めたばかりですし! 生徒さんたちもとても苦しんでいますから、今は無理です!」
「そこを何とか!」
規制線の所で警察と記者とが、せめぎ合いをしている。
「あっ、あれは生徒さんでは?」
「!? な、何!」
大門が投げかけた言葉により、記者たちは一斉にその場を離れていく。
その隙に。
「ご無沙汰しています、井野警部。」
「!? 九衛君。」
大門は挨拶をする。
規制線で記者たちとせめぎ合いをしていたのは、他ならぬこの井野だ。
「何だ? まさか依頼者がここに?」
「いや、依頼者では……まあ、友人がここに。」
「ふうむ……分かった、記者たちが戻って来ないうちに早く入れ。」
「ありがとうございます!」
大門はお言葉に甘えて、そのまま規制線をくぐり校内へ入る。
「うえっ!」
「何で、何で……!」
入るなり大門は、予想以上の窮状に驚く。
嘔吐したり、激しく泣く者たちもいた。
遺体など到底見慣れてもいない、まだ幼気な中高生なのだから当然だが。
しかし、日出美はどうだろうか。
大門は必死に彼女を探した。
「! 日出美!」
「!? 大門!」
たくさんの生徒たちの中からだったが、彼女は思いの外早く見つかった。
「大門お……」
「!? 日出美。」
日出美は弱々しく立ち上がり、大門の手を取ろうとする。
大門は、柘榴祭初日の午前中とは違いそれを受け止めた。
「! 大門さん……」
「! 木曽路さん。」
急な言葉に顔を上げると、そこには文香が立っていた。
彼女の顔も青ざめている。
「二人共、よく頑張った。」
「……うわあああ!」
大門の言葉に感極まったのか、日出美も文香も泣き出した。
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「井野さん!」
「九衛君!」
「!? え、九衛君?」
「!? 周防さん!」
井野を見つけた大門は、校門とは別にかけられた校庭の規制線の外から声をかける。
日出美たちは今、保護者が来るまで待っている。
井野の傍らには、周防がいた。
以前、邪術教事件の時に世話になった刑事だ。
「周防君、知り合いだったのか?」
「はい! 前に例の新興宗教への内偵中に知り合いまして。」
「何ということだ、じゃあその事件も九衛君が?」
「あ、はい……」
井野の言葉に、大門は恥ずかしそうに頭をかいて答える。
「おお……ということはもしかしたら、今回も君の力が必要かもしれないな。」
「いやいや、そんな……」
大門はこの井野の言葉にも、動揺する。
確かに、日出美たちをこんな目に遭わせた事件を解きたいという気持ちもある。
しかし、依頼を受けたわけでもないため今は実際に解決しようという気持ちはなかった。
と、その時である。
「井野警部! 藪の中から被害者の遺留品が!」
「! 本当か!」
規制線の所で大門と話していた井野・周防は、校庭を囲む藪を捜索していた捜査員の声に、彼の元へ。
やがて、戻って来る。
「井野さん。もしかして、被害者の身元に繋がるものですか?」
「ああ、そのようだ。」
井野は周りを見渡し、大門に耳打ちする。
「……愛久澤成志という人である可能性が出て来た。さっき見つかったのは、その免許証だ。」
「!? あ、愛久澤……」
「! 知っているのか?」
「ええ、この学校の2年前の卒業生だそうです。」
大門は井野の言葉に、大声を出さぬよう注意しながら言う。
まさか、愛久澤だったとは。
ということは――
しかし、井野から次に聞こえた言葉は大門の想像を超えていた。
「私も知っている。……2年前に、ある事件の関係者だったからな……」
「!? に、2年前……?」
大門はその言葉に、聞き覚えがあった。
そして。
「井野さん。実は……この事件について事情を知っていそうな人を知っているんですが。」
「!? ほ、本当か?」
「はい。」
大門は井野に話す。
思い当たるのは、三人ほど。
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「はい、確かに……彼女が"儀式"をしていたことは事実です。」
日出美の担任・制野は、生徒二人を横に恐る恐る話す。
その生徒二人――高等部3年市村花と、高等部2年葉山裕子は萎縮している。
パトカーの中の後部座席に三人はいた。
大門によって呼び出されたのだ。
その大門は車の外で、様子を見ている。
「うむ……何故、それを警察に言ってくれなかったのですか? 呪いはともかく、これは場合によっては脅迫事件ですよ!」
助手席から井野は制野を責める。
制野は面目ないとばかり頭をかく。
「も、申し訳ございません! 教頭とも確認したんですが、下手に動くと柘榴祭――当校の文化祭を無闇に中止することになるという判断でして……」
「ううん……まあ、今さら仕方ないことですがな……」
井野はここで矛を収める。
後でその教頭と、学校上層部にも事情聴取をしなければ。
まあ、それはさておき。
「"儀式"、か……市村さん、君はそれを呪いの代行者とやらに唆されてやったと? そして葉山さん、君は。2年前のあの事件を知っているようだね。」
次は質問を、制野の傍らの二人にする。
二人の女子生徒はうなだれている。
刑事から事情聴取を受けるなど、そうそうないことだろうから当然か。
井野が次の質問をしようとした時だった。
「すまない君たち! 君たちを犯人だなんて言うつもりはないんだ、ただ……どうかおじさんたちに、君たちが知っていることを教えてくれないか?」
運転席から周防が、爽やかな笑顔で尋ねる。
先ほどから憮然とした顔の井野とはえらい違いだ。
そのおかげか、まずは市村が口を開く。
「……はい。私が愛久澤を」
しかし、その言葉を遮るようにして葉山も口を開いた。
「私が愛久澤を殺しました! ……あの死体は、愛久澤のものですよね? 愛久澤は私が殺しました!」
「!? な、何?」
井野も周防も、さすがにこれには驚く。
市村がそう言うならまだ予想し得たが、葉山がそう言うのは予想外だった。
しかし、葉山は更に続ける。
「呪いの代行者、ですよね? 私もその人からメールを受け取りました。そして……私は奴を、火あぶりにしたんです!」
「!? 何だって!」
井野と周防は、更に驚く。




