呪いの二日目
「お帰りなさいませ、ご主人様♡」
「ああ、もう! メイド喫茶じゃないんだから!」
「いや、お嬢様」
「あ、ごめんなさい……」
妹子は恥ずかしがる。
また、やってしまったか。
いつも執事に屋敷にて出迎えられた時の癖があるならば、メイドにて出迎えられた時もまた然りということである。
柘榴祭2日目。
日出美に誘われてやって来たこの祭りも、最終日になる。
日出美の演劇部先輩・木曽路文香のクラス出し物にまたやって来たが。
昨日の執事喫茶とは装いを変え、メイド喫茶になっていた。
「お帰りなさいませ、ご主人様♡」
「あ、どうも……ご主人様、ですか……」
塚井はまたも戸惑う。
ご主人様、か。
「うん、塚井がご主人様……これは、合うかも!」
「ええっ! 本当、実香?」
「うん!」
今日は、実香も、日出美も、そして。
「お帰りなさいませ、ご主人様♡」
「あ、どうもすみません……」
大門はばつが悪そうに頭を掻く。
そう、今日は日出美・実香・妹子・塚井、そして大門も。
全員で文香のクラス出し物に来ていた。
「お帰りなさいませ♡ さあ、どうぞこちらへ!」
「うわ、先輩可愛い!」
「おお、文香ちゃん可愛い!」
「あは、ありがとうございます!」
大門たちを招待主である文香自ら、メイド姿で出迎えていた。
「さあて! ……おやおや、メニューも昨日のスイーツ中心から、オムライスとか焼きそばとか、ご飯中心になってるね♡」
実香はメニューを広げながら言う。
「ええ、昨日と今日でホール担当とキッチン担当を男女入れ替えてて。でも、メイド喫茶でいわゆる男の料理出されても困るので、レシピはちゃんと女子監修のままやっていますからご安心を!」
「な、なるほど……」
文香の言葉に塚井は感心する。
そこまで工夫されているとは。
しかし、男子が厨房を仕切っているということは。
「注文! バーニング焼きそば、唐辛子マシマシで!」
「応!」
「こら男子! 居酒屋じゃないんだから、そういうのここでは要らない!」
「へ〜い……」
威勢のいい声が厨房に響いたが、当然メイド喫茶には似つかわしくないので止められた。
さておき。
「い、いらっしゃいま……いえ、お帰りなさいませご主人様あ!」
「あ、どうも……え!?」
大門らは思わず、注文を取りに来たメイドを二度見してしまった。
そのメイドは。
「えっと……確か、明石君、だよね?」
「は、はい! そうっす。……あ、いや、そ、そうでございますご主人様!」
妹子の問いに、明石はとてもバツが悪そうに答える。
何やら、背後をちらちら見ているので気になり、そちらを見れば。
メイド服の女子生徒が、明石に睨みを利かせていた。
「あ、どうですか真尋さん! こいつ、中々メイド姿似合っているでしょ?」
「あ、あはは……そ、そうですね……」
文香が明石を、珍しく褒める。
ちなみに、真尋さんとは塚井の下の名前である。
大門・日出美・実香・妹子はこのことを知っていながら一瞬頭にハテナマークが浮かんだというがそれは置いておく。
「えっと……なるほど、お、男の子のメイドさんですか〜!」
「そうです! 昨日真尋さんが言ってくれたでしょう? 男は執事、女はメイド、だなんて! 時代遅れだって。」
「あ、あはは……そうですか。」
真尋、いや塚井は苦笑する。
そういう意味ではないのだが、まあいいか。
「じゃ、あたしオムライスで!」
「私はチキンライス……塚井は?」
「では私は……焼きそばで。九衛さんは?」
「えっと……ではバーニング焼きそば、最上の辛さで。日出美は?」
「大門と同じものを!」
「はい、ありがとうございますご主人様〜!」
注文を聞くや明石は、そそくさと厨房へ行く。
「ご注文一丁!」
「へーい!! ご注文ありがとうございます!!」
「だーかーら! ここはメイド喫茶だっての!」
「失礼しましたあ!!」
「だーかーら!」
明石の注文を受けた男子たちは、相変わらず威勢よく答える。
女子にまた咎められてもまた威勢よく答えるので、余計咎められてしまう。
「ははは……でも、本当よかった! 先輩昨日は、どうなるかって思ったけど。」
「そうだね、元気そう。」
「回復されたようでなによりですね、お嬢様?」
「うん、そうね。」
「……」
「? 九衛門君?」
妹子はふと気づく。
何やら大門は、思いつめた様子だ。
「! あ、すいません遣隋使さん……」
「大丈夫、大門?」
「あはは、大丈夫さ……」
言いながらも大門は、昨日のことに思いを馳せていた。
市村の呪い。
その対象は、あのイケメン三人組の一人・愛久澤成志だった。
『呪いの代行者』という人物の指示によるというが。
何故わざわざ柘榴祭の最中に呪いを行わせたのか。
そして、さらにわざわざ儀式を、制野に目撃させるべく彼にメールを送っている。
一体どういう――
「辛っ! 大門、こんなん食べられるの?」
「えっ……おっと、もう来ていたか。」
大門は日出美の言葉にはっとする。
もう注文の品は来ていた。
「いただきます! ……うん、美味しい!」
「ええ〜……」
見るからに激辛な、『バーニング焼きそば』をがっつく大門にさすがの日出美も少し引いている。
「ご主人様♡ これから、このオムライスにケチャップでのろ……じゃなかった! もっと美味しくなる呪文をかけますから、さあ、ご一緒に♡」
「おお! 本格的だねえ。」
文香のアナウンスに、オムライスを頼んだ実香は興奮している。
「さあ、掛けますよ? 美味しくなあれ、美味しくなあれえ♡ ……さあ、もおっと美味しくなりました!」
「ありがとう、うーん美味しい♡」
実香は、ご満悦の様子である。
「さあ、明石い! あちらのご主人様、オムライスだから! 次はあんたがやりな!」
「えええ!? ったく、野郎のメイドとか本当誰得だよ」
「へえ? いいんだ?」
「……すぐやって来ますご主人様あ!」
明石は文香の命令(脅し?)によりすっ飛んで行く。
「ごめんね、本当に怠惰な奴でしょ?」
「あはは……いいように尻に敷いてますね?」
文香に日出美は、わざと仲を冷やかすように言う。
「やめてよお! あんなん全然タイプじゃないって。……では、ご主人様方。ごゆっくり♡」
文香はそれだけ言うと、また仕事へ戻って行った。
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「きゃあ〜、先輩たち〜!」
「よう、皆。また来てやったぜ!」
「きゃあ〜♡」
愛久澤たちは、また来ていた。
「相変わらず、おモテになるようで。」
大門たちが先ほどのメイド喫茶での飲食を終えると、この有様という訳である。
尤も、日出美と文香は公演の準備でいなくなり。
妹子・塚井も、実香もそれぞれに見たいものがあると言って各自行動になっている。
「あれ? 成志先輩、このほっぺたどうしたんですか?」
女子生徒が一人、愛久澤に尋ねる。
彼の右頰には、絆創膏が。
「……ぷっ!」
「こら、翔!」
何やら、忍足が意味ありげに吹き出したのを愛久澤が窘める。
「え? どうしたんですか?」
「ああ、はいはい! 君たち別にいいだろ!」
興味深々な女子生徒たちを、相模が制する。
「ええ〜! 知りたーい!」
「だーめ! 成志がそれ以上聞くとカンカンになっちゃうよ?」
「ええ〜!」
それだけ戯れると、愛久澤たちは祭の人混みへと入っていった。
「大門さん!」
「あ、ごめん木曽路さん。おや?」
「大門!」
大門が佇む外のスペースに、文香が彼の呼び出しに応じて現れる。
呼び出していないのに、日出美まで来ていた。
「日出美、何も君まで」
「いいの! 妻なんだから、大門の浮気見張らないと!」
「……はいはい。」
いつもながら大門は、苦笑いをする。
しかし、公演の準備で一旦別れた二人を呼び出した以上時間はない。
「木曽路さん。……君は、昨日の市村さんの呪いについて知っているんじゃないか?」
「!? な、何を……」
単刀直入に切り出した大門の問いに、文香は目を逸らす。
「さっき、オムライスにケチャップをかける時も。"美味しくなる呪文"と言って、"呪い"と口に出掛かっていたね?」
「それは……」
「大門……まさか疑っているの? 文香先輩が市村先輩に、呪いを唆したって!」
さすがの日出美も、これには大門に鋭い視線を向けている。
尤も、大門も喧嘩や尋問をしたいわけではない。
あくまでも。
「すまない、今のは警戒されても仕方ない言い方だったけど……何か知っていることがあれば教えてほしいんだ! 昨日の市村さんの呪いだったり……"2年前"のことだったり。」
「……すみません。何も知りません。」
「……そうか、ありがとう。」
「文香先輩……」
その時だった。
「よお! 木曽路い、元気そうじゃん。」
「……お疲れ様です、相模先輩。」
文香に声をかけたのは、あのイケメン三人組が一人・相模晴矢だ。
「ドリンクそんなに持っちゃって、パシられてるんですか?」
文香は敢えて、嫌味たらしく聞く。
「はは、これは忍足に持って行くやつさ! ところで、成志見なかった?」
成志とは、愛久澤のことだ。
このイケメン三人組のリーダー格。
「さあ、知りませんけど。」
「そっか……ん!」
「え?」
相模が上げた小さな声に、文香は反応する。
見ると、相模は顔をしかめていた。
「相模先輩?」
「あ、いや。しまった、コーヒーとコーラ間違えてたわ。」
「それはそれは。ところで……先輩たち本当に三人でいらしてるんですか?」
「? どういう意味だ。」
文香の質問に、相模は怪訝な様子で答える。
「いいえ? ただ、三人共彼女さんでも連れて来るのかと思いまして。」
文香は今度は、にこりと笑い答える。
「……いや、そんなもん今はいねえよ。」
「ふーん、今は、ですか。」
文香は鋭い視線を、相模に向けている。
「……あ、あれ? この人らは?」
「私の後輩の日出美ちゃんと、そのお友達の九衛大門さんです。」
「どうも、初めまして。」
「……こんにちは。」
話題を逸らした相模に、紹介された大門はにこやかに答える。
日出美はやや、警戒が滲み出た挨拶をするが。
「いやあこんにちは! じゃ、俺成志探すわ!」
相模はそう言うと、逃げるようにその場を後にした。
「すいません、大門さん。」
「あ、いや。謝られることは何にも。」
何故か謝って来た文香を、大門は宥める。
「……そろそろ時間なので。じゃあ行こう、日出美。」
「え、ええ……大門、また後で。」
「うん、頑張って。」
文香はそれだけ言い、そそくさと日出美を連れてその場を後にした。
「……何だろう、この嫌な予感は。」
大門はやはり、懸念が収まらなかった。
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しかし、大門のそんな懸念とは裏腹に。
その後の教室巡りや、屋台回りもそこそこ楽しめ。
さらに、昨日以上の完成度の演劇部公演も見られたりと非常に楽しい文化祭になった。
「そう、そして……この柘榴祭恒例の! 締めの! 後夜祭!」
日出美はキャンプファイヤーの、組まれた木材を前に目を輝かせる。
このキャンプファイヤーで、ペアで踊る。
が、日出美は次には、顔を曇らせる。
「……ああ、どうしていないの大門!」
「まあしょうがないよ、学校関係者じゃないと。」
「うえーん、文香先輩い!」
日出美はわざとらしく、文香に抱きつく。
「そんな日出美ちゃんに! まあ、大門さんの代わりにはならないけど……よかったら。」
「……はい?」
日出美は、文香の指し示す方を見る。
そこには。
「あ、あのさ……ま、円山さん、だよね?」
「!? はい、そうですけど……」
「あ、俺は……あ、明石、です。」
日出美に声をかけて来たのは、文香のクラスメイト・あの明石だった。
「ああ、文香先輩の」
「ああ。その……き、キャンプファイヤーさあ……お、俺と踊ってくれませんか!」
「……はい?」
日出美は予想外のことに、素っ気ない返し方をしてしまった。
別に嫌味にしたい訳ではない。
驚きのあまり振る舞いが無感情になってしまったのだ。
「え、ええ〜、っと……」
日出美は次には、しどろもどろになる。
男子に誘われるというのは、どうにも慣れていない。
「だめ、かな……」
「だよね〜、ごめん日出美ちゃん! こんなサボり魔で。」
「……サボり魔で〜す!」
「……ぷっ!」
「え、ええっ!」
文香と明石のやり取りに、日出美は思わず吹き出す。
「すいません、明石先輩。」
「あ、ああ……そうだよね。」
「いえ、私でよければ!」
「……やった〜!」
思いがけぬ幸運に、明石は大喜びする。
かくして、柘榴祭恒例の。
後夜祭キャンプファイヤーが開始される。
「ほら、右! 左! 明石先輩!」
「あ、ああ……ありがとう。」
結局明石は、日出美にエスコートされるという体たらくだった。
「まったく! 本当に明石は」
文香は、別の男子と踊りつつふくれる。
と、その時だった。
「な、何だ!?」
「……え?」
ふと、キャンプファイヤーを囲んで踊っていた皆の動きが止まる。
キャンプファイヤーの火が、急にガラガラと崩れ出したのだ。
「曲止めて! 生徒たちは火から離れて!」
異変に気付いた制野や他の教員たちは、生徒たちを誘導し始める。
しかし、生徒たちは動かない。
いや、動けなくなっていた。
火の中から出てきた、それは――
「きゃあああ!!!」
それが何か分かると、女子生徒たちの悲鳴が木霊する。
焼けて、元の顔は判別できないが。
シルエットは紛れもなく、人そのもの。
そう、それは焼死体であった。




