儀式の一日目〜午後〜
「それじゃあ……君はただ、指示を受けただけだったと? このメールで。」
「……はい。」
「それで、呪いの儀式を? 自分で名前を書いた紙を、ビーカーに入れて。」
「……はい。」
制野の問いかけに、市村はまだしゅんとした様子で答える。
柘榴祭1日目。
大門や日出美、文香によって物理準備室で行われていた "儀式"が、阻止された。
それは女子生徒・市村花により行われていたもの。
アルコールランプで熱された湯を張ったビーカーに、呪う対象の名前を書いた紙を入れるというものだった。
今、そのことについて事情聴取をすべく職員室に皆はいた。
制野が市村に、このことを問い質そうとしている。
そして、それを取り囲み。
大門・日出美・文香が立っていた。
「制野先生は、たしか誰かに呼び出されたとおっしゃっていましたよね?」
「あ、はい。……私には送信元不明のメールが。」
そう言って制野は、自身のスマホを見せる。
『物理準備室に行ってみろ。危険が行われている。』
シンプルな文面だった。
「送信元が……何これ?」
「恐らく暗号化されているんだろうな……厄介な。」
覗き込み首をかしげる日出美に、制野は気持ちを吐露する。
「……市村さん。ちょっと、君に送られたっていうメールを見せてくれないかい?」
「……」
大門の呼びかけに、市村は鋭く視線を向けるだけで何も言わない。
先ほど、彼に取り押さえられたことを根に持っているのか。
「あーもう! いい加減にしてください、先輩! 大門は、あなたのことを思って」
「いや、いいよ。仕方がなかったとはいえ、女の子に力技をかけたのは事実だし。」
「だけど……」
「市村。」
痺れを切らす日出美を、大門は宥める。
その間、制野が市村を諭す。
「何があったか知らないけど……ここにいる九衛さんは君が過ちを犯さないよう止めてくれたんだ。彼だけじゃない、円山や木曽路もだ。ここにいる人はみんな、君を心配しているんだからさ。……頼む、話してくれないか?」
「先生……」
制野の言葉に、市村は涙ぐむ。
「……これです。」
それにより市村は折れ、ようやく自身のスマホを見せてくれた。
先ほどの制野と同様、送り主は不明だが。
こんな文面に、なっていた。
『あの三人が憎いだろう?
愛久澤、相模、忍足はあんな性悪にもかかわらず、表向きは人気者だ。
呪いを望むなら、名前を書いた紙を湯で熱する儀式を行え。
柘榴祭のさなか、物理準備室で。
ただし、その呪いは誰にも知られるな。
大丈夫、知らせなくとも分かる。
お前が、誰を選んだかは。
呪いの代行者』
「呪いの代行者……」
「!? ……」
「? 先輩?」
市村のメールを見て、急に驚いた様子の文香を日出美は訝しむ。
「木曽路、どうした?」
「……いえ、何でも。」
制野も心配し、文香を気遣うが。
文香は、すぐに元の様子に戻り答える。
「……あー!! ひ、日出美ちゃん、あたしたちそろそろ行かないと!」
「……あ! そ、そうですね……行きましょう! ……じゃあ大門、また後で!」
「あ、ああ……公演、頑張ってな!」
腕時計を見た文香は、わざとらしく叫びそのまま職員室を後にする。
一応日出美の様子を見ると、演劇部公演の都合上もう集まらないといけないのは本当らしい。
時刻は、既に正午を回っていた。
「……では、先生。私もこれで。」
「あ、はい……すみません九衛さん。お客様を巻き込んでしまって。」
「いえいえ! まあ、僕本業は探偵ですから。何かありましたら、またどうぞ!」
「あ、はい……」
大門は制野に笑顔を返し、職員室を後にする。
「さあて、市村。もう少し話しを。」
「……はい。」
制野は、椅子に座り直す。
「市村、本当にあの九衛さんに感謝しろ? しかし……あの人探偵とはなあ……ん?」
「? 先生?」
急に制野は、笑顔のまま止まる。
今度は、市村が彼を訝しむ。
「……探偵!?」
思わず、制野は素っ頓狂な声を上げてしまった。
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「さあ〜いらっしゃいませえ! 高2女子による焼鳥屋でえす!! お姉さんもお兄さんも、鳥のコラーゲンで美男美女に更に磨きをかけちゃいな!」
「いらっしゃいいらっしゃい! バスケ部による今川焼きだよお! お兄さんお姉さん、寄って行かない? 今ならお得だよ!」
「こちら漫画研究会によるお好み焼き屋です! 是非!」
その頃、校内の屋台村では。
乱立する屋台たちが、商戦で凌ぎを削っていた。
ちょうど昼のピーク時、通称昼ピー。
学生たちのアピール合戦は、白熱している。
「皆さん! 女子の作る料理より、ここは男の料理をとくとお上りよ!」
「むさい男子より、ここは華やかさ溢れる女子の屋台へ、さあいらっしゃい!」
何やら男女の戦いにすり替わっているのはさておき。
とにかく、これは戦いだ。
どの店が、客を多く獲得できるか――
なのだが。
「う〜ん♡ この焼鳥美味しーい! コラーゲンで美肌になっちゃうかも……う〜ん♡ 今川焼きも美味しーい! ……あっ、お好み焼き? うんうん、食べる食べる!」
ほぼ全ての店を回る猛者が、ここにいた。
実香である。
「実香さん!」
「あ、ひほほふん!」
そこへ現れた大門に、実香ははしたなくも食べ物を咥えたまま振り返る。
「あー、またこんなに……お腹は大丈夫なんですか?」
「もぐもぐごっくん! ……失礼だなあ、これでもダイエットしてるって!」
実香は、自らの腹をぱんぱん叩いてみせる。
確かにスレンダーだ。
しかし、そうではなく。
「あ、いや……すいません、食べすぎでお腹が大丈夫じゃないことにならないですかと聞いているんですけど。」
「分かってるって! もう♡ ご存知のくせにい!」
実香がわざとらしく、皿を持たない方の右腕で大門を小突く。
「いたっ。いやあ、実香さんが食べる方っていうのは大学時代から知っていますけど」
「あと……あたしも知ってるよ! 大門君も食べる方だって。」
「あはは……まあ、そうですね。」
大門は恥ずかしそうに鼻をかく。
「教室企画でも回ってましたか?」
「それがさ、聞いてよ大門君!」
実香は笑いながら話を続ける。
「『やーい、お前んクラスおー化け屋ー敷ー!』っていう某となりのトト□みたいなキャッチフレーズでお化け屋敷やってるクラスもあってさ〜!」
「いや、そこは伏せ字で四角使っちゃダメですよ! せめて丸にしてください!」
「あはは〜、何の話? 別に、伏せ字なんて何使おうがピー音になるんだからどうでもいいじゃん?」
「いや、バキューン音かもしれないですよ!」
一体何の話か分からなくなっているがさておき。
「……ほら、今川焼き食べる?」
「あ、どうも……」
実香が皿から、今川焼きを差し出す。
大門は手で受け取ろうとするが、実香がムスリとした顔になる。
「……えっと?」
「こういう時は! ……はい、あーん♡」
「え、ええ!?」
大門は驚いて周りを見渡す。
大門らを見てはいないが、先述の通り昼ピー故に人がごった返している。
「いいのいいの! 誰も見てないんだから。……ほら、あーん♡」
「は、はい……」
観念したように大門が口を開け、そこに実香が食べやすく半分にした今川焼きを入れる。
「どう?」
「……おいひいです。」
「うんうん、あたしに食べさせてもらうと10倍うまいか♡」
「あ、はい……」
恥ずかしくて、実香の言葉があまり入って来ない大門は。
何とか、必死に話を合わせる。
と、背後でドサッと、何かが落ちる音がした。
「おや、妹子ちゃん♡」
「!? け、遣隋使さん……もしかして」
二人が振り返った先には、妹子の姿が。
口をパクパクさせながら、固まっていた。
「お嬢様! すみません、執事喫茶ではつい悦に入ってしまって……おや!?」
妹子の後から追い縋るように現れた塚井は、主人のただならぬ有様に驚く。
が、目の前の実香と大門を見てすぐに事情を察する。
「実ー香ー! あんたまた九衛さんに」
「ふはは……あ、あーん♡ だって……ふはは……あ、あーん♡ だって……」
「あ、あーん!?」
壊れたおしゃべり人形のような妹子のうわ言は、塚井をさらに困惑させた。
「ちょっと実香! 九衛さんに何したの!」
「だから、あーん♡ って。ねえ♡」
「あ、あの……」
実香の塚井への説明に、大門はかなり恥ずかしくなる。
「やだ! 赤い大門君可愛いー!」
「もう、実香!」
さらにはしゃぐ実香を、塚井はさらに窘める。
「ああ、もう……実香さんめ」
「どう? 楽しんでる?」
「!? ひ、日出美!」
背後の声に驚いて振り返る。
そこには、日出美の姿が。
「何で? 演劇部は」
「まあいいじゃん。さあて。……あの市村先輩も言っていたけれど、せっかくの神聖な魔宴が台無しね。こんなに盛り上がっちゃ。」
「……え?」
大門は首をかしげる。
日出美がなぜそんなことを――
「大門君!」
「! 実香さん。」
後ろからの声に話を中断され振り返る。
そこには、実香の心配そうな顔が。
「どうしたの?」
「あ、いや……ちょっと日出美が……って!?」
「え、日出美ちゃん?」
大門は日出美のいた方を振り返る。
しかし、彼女の姿はない。
「まさか……」
「大門君……疲れてる?」
「……かもしれません。あれ? 遣隋使さんと塚井さんは」
「あああの娘たちは、一足お先に体育館に。」
「ええ? あ、もう13時半ですか……」
大門は腕時計を見る。
いつの間にか、時間が。
「それより……疲れている時には甘いものだぞ、大門君♡」
実香は大門に、笑顔でクレープを皿から取って差し出す。
「ええっ!? まさか」
「はい、あーん♡」
「……はい。」
大門は、口を開けた顔を赤くし。
また実香に、食べさせてもらうのだった。
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「あ、こっちですよ!」
「ごめん、お待たせ♡」
「すいません。」
演劇部公演、開演10分前。
体育館に行くと。
塚井と(まだ石化の解けていない)妹子が席取りをしてくれていた。
大門、実香は彼女らの左に座る。
「お二人とも……随分とお楽しそうで。」
「あ、あはは……」
「うん、楽しかったよね♡」
塚井の痛いほど鋭い視線に、大門は苦笑いを、実香は満面の笑みを浮かべる。
「隣、よろしいですか?」
「あ、はいどうぞ……!? せ、制野先生!」
「おや、知り合い?」
大門は左隣からの声の主に驚く。
制野が観に来ていた。
「ああ、日出美の担任の先生です。」
「初めまして、制野と言います。」
「あ、初めまして♡」
「初めまして!」
制野に、実香・塚井が挨拶する。
相変わらず固まったままの妹子はさておき。
「……あの、先生。」
「ああ、九衛さん。まあ市村は……厳重注意の上、解放しました。」
「あ、お知らせありがとうございます……でも、あのメールは」
「そうですね……後で教頭に伝えます。」
大門と制野は、小声で話す。
「何々? 何のお話?」
「あ、実香さん……その」
『まもなく、演劇部柘榴祭公演・春の時代を上演致します。』
大門が、実香に口ごもる中。
聞こえた場内アナウンスに、ホッとした。
やがて幕が上がる。
「春……そう! 収穫祭の春!」
主役・カトリーヌが舞台上を、駆ける。
背景には、アルプスらしき風景が描かれていた。
「こうして晴れた日にこそ! 結婚して恋人時代の蜜月を忘れた者たちが……恋人時代に戻って逢瀬を楽しむ!」
「カトリーヌ。」
「ああ、君が望むなら……そう、風のように早く駆けつけるわマイダーリン!」
「……ん?」
主役・カトリーヌと相手役・ワトソンの遣り取りに、大門は妙な既視感を覚える。
そう、大門を出迎えた際日出美がやっていたものだ。
やけに大仰で、芝居じみているなとは思っていたが。
まさか、本当に芝居だったとは。
尤も、カトリーヌもワトソンも日出美ではない。
「ワトソンは……木曽路さんか。」
見事に、某歌劇団の男役のように男声を出し。
メイクもばっちり決めているので気づかなかったが。
ワトソンは文香が務めていた。
日出美は……その後も、しばらく姿が見当たらない。
やがて、彼女は出て来た。
「春なのに……このままじゃ折角実った作物さ、みーんな枯れちゃうだ!」
「ああ腹が減って、困ったべえ。」
日出美は、この遣り取りの内後者の農民の役だった。
台詞は、これだけだ。
「(あははは! 面白い。なるほど、まだ一年だから端役なのかな?)」
大門は楽しみつつも。
「(……ここに来てから、あいつの気配を感じる。それに……あのメールは誰が?)」
心の片隅には、まだあのことが引っかかる。
しかし、やがて。
「カトリーヌ! 僕たちの愛が、再び春を呼び戻したんだね!」
「ワトソン……ずっとずっと大好きよ!」
ジャンジャン、ジャーン!!
派手な効果音と、たくさんの登場人物に囲まれたカトリーヌとワトソンの場面で劇は、締めくくられた。
たちまち会場は、拍手喝采となる。
「ありがとうございました!!!」
役者がすぐさま、舞台挨拶に移ってからも拍手は続く。
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「日出美! 木曽路さん!」
「ひーろと!」
「大門さん!」
終わった後、大門たちは二人の元を訪れる。
「すごかったよ、木曽路さんのワトソンも、日出美の農民も!」
「ありがとうございます!」
「ふん……次こそ主役取るんだから!」
大門の台詞に、文香は礼を言い日出美は胸を張る。
「おお、日出美ちゃん言ったね!」
「楽しみにしてますよ、日出美さん!」
「は、はは……あ、あーん……」
「え?」
相変わらず固まったままの妹子のうわ言に、塚井は慌てる。まずい、日出美にあのことがバレては。
「い、いえ! 何も。」
「よくも、顔出せましたね!」
「!?」
その時、体育館の端から声がした。
「! あれは。」
大門が背伸びをして覗き込むと。
何やら、カトリーヌ役の女子生徒が男性三人に突っかかっていた。
「あれは……」
「! 部長!」
「え?」
文香の言葉に、大門はパンフレットを見る。
そこには、『カトリーヌ役:高等部2年 葉山裕子』の記述と彼女の写真が。
裕子が突っかかる相手は。
「何だい? わざわざ来てやったんだぜ、なあ?」
「そうそう。」
「冷たいねえ。」
愛久澤・相模・忍足。あのイケメン三人組だ。
「……2年前のこと。」
「はあ?」
「2年前のこと、謝ってください! あんたたちのせいで友達は!」
「……え?」
三人が首を傾げた、裕子のその言葉に。
大門が周りを見れば、空気が一変していた。
「……文香先輩?」
日出美は、固まっている文香に声をかける。
『2年前』という言葉に反応したのは、それなりに年次の高い生徒たちだ。
日出美や、その他観に来た客らも分からないらしく。
ただならぬ空気に困惑している。
「おいおい、空気読めよ? そんなに騒いじゃ」
「空気読めはあなたたちでしょ!? どの面下げて」
「止めないか、葉山!」
「!? 先生。」
葉山を止めたのは、制野だった。
「まったく……行こうぜ!」
「おう。」
「元テニス部のよしみで、来てやったのにな。」
愛久澤らは呟きながら、その場を後にする。
「……大丈夫か、葉山?」
「……はい。ごめんなさい。」
裕子はどうにか、落ち着いたようだ。
「……はあ。」
「文香先輩!」
「大丈夫かい?」
文香も、その場にへたり込んでしまった。
「大丈夫? スポドリあるけど。」
「あれ? ここはどこ?」
「あ、お嬢様! よかったー!」
「わあ、塚井!」
実香が文香に飲み物を勧め、妹子の石化がようやく解けているその横で。
「(魔宴……2年前……なんだろう、この嫌な予感は。)」
大門の勘は、不吉な前兆を告げていた。




