儀式の一日目〜午前〜
「お帰りなさいませ、お嬢様!」
「ああ、もう! 執事喫茶じゃないんだから!」
「いや、お嬢様……執事喫茶ですよ?」
「あ、ごめんなさい……」
柘榴祭における、日出美の演劇部先輩・木曽路文香に連れられて彼女のクラス出し物・執事喫茶にやって来た妹子・塚井だが。
塚井の突っ込みに、妹子は顔を赤らめる。
いつも、屋敷で執事たちに同様のお出迎えをされた際にやってしまう、妹子の癖である。
「お帰りなさいませ! お嬢様!」
「あ、どうも……お、お嬢様、ですか……」
執事に扮した中学生たちのお出迎えを、今度は塚井が受け。
普段お嬢様、お嬢様と呼びかける立場の彼女は、顔を赤らめる。
満更悪くない思いだ。
「ううん、塚井がお嬢様、か……」
「お、お嬢様! そんなにおかしいですか!?」
「うーん、ちょっと違和感が」
「本当ですか……」
塚井は肩を落とす。
やっぱり、お嬢様って柄ではないか。
「まあまあ! さあさあ男子連中! この塚井さんはうちの後輩のご友人で、正真正銘本物の執事さんなの!」
「おおお!!」
文香の煽りに、その場の中三男子執事たちはどよめく。
「あ、ははは……はい。」
注目を集めていることが恥ずかしくなり、塚井は大いに照れる。
「さあ、あんまりお嬢様を立たせていてもダメでしょ!? ほら、さっさとご案内!」
「は、はい!」
文香の言葉に、執事たちは慌てて塚井と妹子を案内する。
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「執事たる者に、最も求められることは何か!」
「ええと……有能さかな?」
店内に入り注文を待つ間。
先ほどの文香の触れ込みにより、塚井に注目する他クラスの女子生徒が彼女を囲んでいた。
「ただ有能では、超一流の執事にはなれません! 最も重要なことは……見ざる言わざる聞かざる。」
「……え?」
女子生徒たちは首をかしげる。
それは、かの有名な東照宮の三猿のことだが。
「つまり……主人の事情に対して、妙な詮索をしないことです。」
「……へええ〜!」
女子生徒たちは感心している。
「我々の主人になるような方々というのは、皆さんそれなりの事情を抱えていらっしゃいますから。そういう事情一つ一つに首を突っ込むとキリがないんですよ。」
「な、なるほど〜!」
女子生徒たちは塚井に、拍手を送る。
「……いや、絶対理解できてなさそうなんだけどあんたたち。」
妹子がぼそりと、呟く。
妹子も別に目立ちたがりというわけではない。
だから、主人の自分を差し置いて執事の塚井が注目されていても別にそのこと自体への嫉妬はないのだが。
「まったく……私のことは置いてけぼり?」
いつも近くにいた執事がこの有様では、何だか取られてしまったようで面白くはない。
さておき。
「お嬢様、お待たせいたしました! ……ご所望の、パンケーキでございます!」
「あ、どうも……」
「では、どうぞごゆっくりおくつろぎください。」
ちょうどそこへ、中三執事が妹子ご所望――もとい、ご注文の品を運んで来た。
妹子はその執事の顔をさりげなく見て。
「えっ!?」
「どうですか? 私の執事っぷりは。」
驚いた。
文香だったのだ。
「え、ええ……てっきり男の子たちがやっているのかと思ってたから。びっくりした、女の子たちもやってたんだ……」
「ええ。やっぱり学校全体でも、学年でも、クラスでも、男子は少なめだから。女子もフォローしなくっちゃね。」
「へえ……大変ねえ。」
まあ、執事というのは男ばかりではないのだし。
実際自身の随行執事が、まさにその好例。
まあその好例は、今自身の近くでお嬢様扱いなわけだが。
さておき。
「文香! 逃げ出してた明石のやつ、戻って来たから。もういいよ、穴埋めありがとう!」
奥から出てきた執事服の女子生徒が、文香に告げる。
どうやら文香は、逃げ出したクラスメイトの穴埋めで働いていたらしい。
「そう? もっとしてもいいんだけど。」
「いやあいいの! 演劇部公演あるでしょ?」
「いや、午後だし。」
文香は穴埋めとはいえ仕事を気に入ったのか、食い下がる。
「いやあ、本当ありがとう! でも、明石にサボった分罰与えないとだし……ね?」
「そっか……じゃ、明石はせいぜいこき使っといて! 後でシメる時は、あたしも呼んでね!」
「オッケー!」
そのセリフに、ようやく文香は折れる。
「は、ははは……いろいろあるのね……」
妹子はその様を、苦笑しながら眺めていた。
「あっ、すいません! 明石っていうのはうちの男子で……結構普段から不真面目なんだけど、ここまでとはね……今出て来ると思うので、妹子さんも好きに使ってやってください!」
「あ、あははは……うん。」
「じゃっ!」
文香はそう言うと、奥へはけていく。
「い、いらっしゃいませ」
「アホ! お客様は主人、あんたは執事! それがこの執事喫茶でしょ?」
「ちぇっ」
「ああん!?」
「は、はい! お、お帰りなさいませ、お嬢様!」
急いで裏から出て来た明石らしき男子は、女子から先ほどサボられていた溜飲を下げるがごとくシメられていた。
「皆さん! 演劇部公演『春の時代』、14時から体育館にてやります! 是非観に来てください!」
教室から出た文香は、廊下に宣伝の声を響かせる。
「ははは……可愛いなあ。」
妹子はパンケーキを頬張りつつ、自分の中高時代に思いを馳せる。
あんなに必死に、文化祭に取り組んでいただろうか?
周りからどう見えたかはわからないが、少なくとも夢中でやっていた自負はある。
だったら意外と、捨てたものじゃない思い出にはなるか。
そう思いながら、二口目を口に運んだ。
一方の塚井はというと。
「だいたい、女はメイドで男は執事だなんて! 男は看護師、女は看護婦って呼んでいた時みたいな、前時代的な考えですよ!」
「よっ、名執事!」
「いやあ、それほどでも。」
女子中学生におだてられ、すっかりいい気分になっていた。
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かくして、文香は外で日出美と合流し。
今に至る。
「そっか、公演て14時からだったね。」
「その通り! この日出美様の活躍をしかと、目に刻みなさい!」
「しっ! ここ廊下!」
「あっ、すいません文香先輩……」
大門、日出美、文香はゆっくりと校舎内を移動していた。
制野とは先ほどの場所で別れている。
この辺は見れば、『立ち入り禁止』の貼り紙がある教室ばかりだ。
「ああ、この辺は体育館に近くて。理科関連の部屋が多いですね。」
大門が貼り紙について尋ねると、文香からはこう返事が返ってくる。
「へえ、こういう教室は使わないものかね。」
「うーん、そうじゃない? てか、大門の頃はどうだったの?」
「あ、それ私も聞きたいです!」
日出美と文香は興味深々である。
「ええ〜、いやそんな……うーん、どうだったかな……」
大門たちがそう話しながら、ふと教室の一つを通り過ぎようとした時だった。
「!? 」
「ん? どうしたの大門。」
急に立ち止まった大門を、日出美が訝しむ。
「いや、今……ドアのガラス越しに中が見えたんだけど……この中で、何か小さな光が揺れているのが見えて。」
「この中?」
「ここは……『物理準備室』……ですね。」
日出美も訝しみ、文香はドアの上に突き出している教室名の札を読む。
「立ち入り禁止、だよね?」
大門は日出美、文香のどちらともなく、問いかける。
ドアにはそれに応えるように『立ち入り禁止』の紙が。
「……? 開かない!」
大門は扉をスライドさせようとするが、内側から鍵がかかっているのか開かない。
「こっちも、ダメですね。」
大門の側より左側の扉を開けようとした文香も、開かないことを報告する。
「こうなったら、鍵で開けるしかなさそうだ。」
「せ、先輩! ここの鍵って」
「職員室だね! 私が」
「ど、どうしたんだい君たち! 九衛さんも。」
「! 先生。」
そこへ、制野がやって来る。
「いや、私は誰かからメールで呼び出されてここに……やっぱりここで何か?」
「中から、小さな火が! 誰かここを、無断で使っているみたいで。」
「な、何ですと!」
大門の説明に、制野は目を丸くする。
「そうだ先生! ここの鍵を」
「わ、わかった! これを。」
文香に促され、制野は鍵を渡す。
どうやらもしものために、持って来たらしい。
「よし、開い……たのにあれえ!?」
文香は鍵穴に鍵を差し込み開ける。
しかし、すぐさま中から閉める気配があり、すぐ開かなくなる。
「先輩! こっちに!」
「そ、そっか! はい!」
「ありがとうこざいます! それっ!」
文香のいた左側のドアから、鍵を受け取った日出美はすぐさま、鍵穴に差し込むが。
「くっ! またすぐ閉められちゃう!」
結果は先ほどと、同じであった。
「日出美ちゃん! そっちがダメならこっち!」
「は、はい! 文香先輩!」
「キャッチ! アンドお!」
すかさず日出美から再び、文香へ鍵がパスされる。
しかし。
「解錠! ……って、また……ん?」
再び先ほどと同じことになったことを嘆いていた文香は、あることに気づく。
おや? 確か鍵は二つだったよな?
見るとキーホルダーには、一つしかない。
が、原因はすぐに判明する。
「ひ、大門!?」
「えっ!?」
日出美の声に文香が振り向けば。
大門が自身とは反対側のドアを開け、素早く押し入った所だった。
鍵を、日出美がパスする前にくすねていたらしい。
さておき。
「!? な……や、止めてください!」
「ダメですよ、火は危ないから!」
日出美、文香、制野が続けて入ると。
大門はさして慌てることもなく、アルコールランプに蓋をして火を消した。
大門に抗議した声の方を見れば、そこには先ほど文香が開けようとしていた側のドアの裏にいる、女子生徒の姿が。
「い、市村!」
制野が声を上げる。
女子生徒の名は高等部3年・市村花。
「先生……」
「市村、こんな所で何を……」
「これは……お湯を張ったビーカーの中に紙が浮いていますね。」
「! 何!」
「や、やめて!」
制野が市村に向けた疑問は、大門によって答えられる。
それにより市村は、慌てる。
「何やら……名前が書いてありますね。」
「や、やめてってば!!」
大門の言葉に、市村は声を張り上げる。
そして懐から。
「きゃああ!!」
「!? い、市村! そのマッチどうするつもりだ!」
「決まってるでしょ? こうするの!」
「やめ……」
「!? くっ、離して!」
「えっ……ひ、大門!」
マッチを今にも擦ろうとする、市村だったが。
大門の対応もまた、素早かった。
たちまち市村の両手を抑え、マッチと箱を取り落とさせる。
「早く、マッチを!」
「は、はい!」
大門が抑えている間に、素早く制野が落ちたマッチと箱を回収する。
「は、離して!」
「市村……何でこんなことをした。」
「……くっ……」
大門に取り押さえられながら市村は、尚も暴れるが。
制野の言葉に、ふと動きを止める。
「私は……ただ、魔宴を! 成功させようとしただけなのに……何で!」
「さ、魔宴……?」
市村の言葉に、制野は首をかしげるが。
「おそらく……彼女は"呪いの儀式"を実行しようとしていたんじゃないかと。」
「!? なっ……ほ、本当か……?」
「……」
市村は黙って頷く。
大門は見ていたのだ。
先ほどアルコールランプで熱されたスタンド付きの網に載せられていたビーカーの中の紙に、消えかかった『愛久澤成志』の名前があることを――




