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悪魔の証明終了〜QED evil〜  作者: 朱坂卿
certification4 baphomet 魔宴(サバト)は盛り上がってはならない
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訪問者K、M、T

「秋。そう……文化祭の秋!」


 円山日出美は校門の前で一人、大仰に両腕を広げる。


「こうして晴れた日にこそ! 結婚して恋人時代の蜜月を忘れた者たちが……恋人時代に戻って逢瀬を楽しむ!」

「日出美。」

「ああ、君が望むなら……そう、風のように早く駆けつけるわマイダーリン!」


 日出美は自身の背後に現れた大門に、駆け寄る。


「うおっと!」

「な、ちょっと! 避けないでよ!」

「い、いやあ……ぶつかりそうだったし。」


 日出美の抱きしめんばかりの接近は、大門にすげなく躱されてしまった。


「もう、本当鈍いんだから!」

「え? ……まあ、柘榴祭(ざくろさい)へのご招待ありがとう!」

「……どういたしまして。」


 日出美はむくれながらも、大門に答える。


 大門が三年前の事件に、踏ん切りをつけ。

 日出美は大門を元気づけようと、とある秋の土曜朝、自身の通う私立中高一貫校・柘榴学園(ざくろがくえん)中学高等学校の文化祭へ招待していた。


 入場口には、大きく『柘榴祭へようこそ』のゲートが作られている。


「(まあ何はともあれ……これで大門との蜜月の一時)」


 の、はずだったのだが。


「うわあ……中高の文化祭なんて久しぶり!」

「私もです。しかし、ここは元お嬢様校と聞いていますから、どことなくお嬢様の母校を思わせますね。」

「おお、露店がいっぱい♡ ねえ塚井、あれ買って〜!」

「もう、実香!」

「……はーあーあー!」


 大門の後ろには、お馴染みの妹子・塚井・実香の姿が。


「……いらっしゃい、妹子さん、実香さん。」

「たのもう、日出美ちゃん♡」

「お招き、感謝するわ。」

「うん……ああ、あと塚井さんも。」

「あ、はい……」


 毎度のごとく『あんたもいたんだ』扱いの塚井は、既に慣れていることながら悲しい気分である。


 さておき。


「(はあ、まったく! 皆で大門を慰めよう会、ねえ……うん、それは他でいくらでも開いていいから、邪魔しないでよ!)」


 日出美は本音を心の中で、ぶちまける。


「まったく、大門も大門で……なっ!?」


 大門の方に目を向けた日出美は、きょろきょろしている彼に気づく。


「ひーろーと! そんなに女の子たちに目移りしないでよ!」

「いや、別に目移りってわけじゃ。」


 腕にしがみついて抗議する日出美を、大門は宥める。


「だーってえ! 女子中高生を、いやらしい目で見渡してたじゃない!」

「いや、そんな……別に女子中高生はそういう目で見たことないなあ。」

「ぐさっ!」

「ん? ひ、日出美!?」


 急に倒れかけた日出美を、大門は支える。


「だ、大丈夫か?」

「む、むぐ……」

「大丈夫?」

「何々、どうしたの?」

「日出美さん!」


 大門にもたれたまま痙攣さえする日出美に、妹子や実香、塚井も駆け寄る。


「だ、大丈夫……」

「いっ、一体何が?」

「ひ、大門……じ、女子中高生に……興味ない……」

「……」

「あちゃあ。」

「もう、九衛さんは!」

「え?」


 日出美のうわごとのような言葉から、女性陣は全てを察して大門を見るが。


 当然大門は、さっぱり分からぬ。

 しかし。


「だああ! そう、女子中高生に興味ない……私はそこらの女子中高生とは違うもん!」

「おや……日出美さん。」


 日出美は、燃え尽きて死んだ直後に蘇る不死鳥のごとく、蘇る。


 塚井は日出美の、こういう所をいじらしく思っている。


「まあ何はともあれ……元気になってよかった!」

「あったり前でしょ! こんなんで探偵の妻やってられますかっての!」


 日出美の威勢は、すっかり治っていた。


「おお、転んでもただでは起きない日出美ちゃんだね♡」

「お嬢様……これは、たかがまだ中学生と侮ってはいられないかもしれませんよ?」

「ううん……そうかもしれないわね。」


 日出美のそんな姿は、女性陣のライバル意識をより煽っていた。


「てな訳だから! さあ大門、覚悟していなさい!」

「いや、何を?」

「今度、他の女に目移りしたら許さないから!」

「……だから、別に」

「うーん、いや待って! ……大門は覚悟というより、()()すべきかもね。」

「……それこそ、何を?」


 唐突に出た日出美の『自覚』という言葉に、大門は首をかしげる。何のこっちゃ。


「モテるっていう自覚よ! 大門なんてちょっと本気出したら、『きゃ〜、大門くん〜♡』って周りの女イチコロなんだからね!」

「いや、僕を何だと思っているのさ!」


 日出美の言葉を、大門はすぐさま否定するが。


「ううん、大門君。あながち間違いじゃないと思うよ♡」

「そうねー、九衛門君そういう所あるよねー」

「ええお嬢様、激しく同意ですね。」

「ええっ!?」


 女性陣は皆、日出美の言葉を肯定する。

 大門はすっかり、四面楚歌の思いである。


 と、その時。


「きゃあ〜♡」

「えっ、早速!?」


 急に受付近くの女子生徒たちが騒ぎ始める。

 たちまちその足は、一斉に一方向に――大門の方に向かう。


 半分誇張のつもりでさっきの言葉を言った日出美は、面食らう。


「ち、ちょっと……これは私の旦那に手え出さ……もごっ!」

「う、うわあ!」


 女子生徒の波は、日出美には目もくれず。

 彼女をその波に飲み込み、そのまま大門へ――


「も、もごっ!」

「ち、ちょっと……あれ?」


 ではなかった。

 女子生徒たちが目指すのは、大門の、さらにその後ろ。


愛久澤(あくさわ)せんぱ〜い♡」

相模(さがみ)せんぱ〜い、忍足(おしたり)せんぱ〜い♡」

成志(なるし)せんぱ〜い♡」

「やあ、久しぶり。」

「元気かい?」


 並び立つ、三人のイケメンたちだった。


「な、何?」

「日出美、大丈夫かい?」

「う、うん……」

「誰かな、あの人気を集めている絵に描いたようなイケメンたちは?」

「さあ、私も」

「あの人たちは、一昨年の卒業生たちです!」

「え?」


 日出美への大門の問いには、予想外にも大門の前の日出美ではなく、その背後から答えが返って来る。


文香(あやか)先輩!」

「日出美ちゃん、今年の新入生だから知らなかったんだね。……えっと。」

「あ、初めまして。円山さんにお誘いいただき来ました、九衛大門と言います。」


 大門は、文香先輩と呼ばれた女子生徒に、自己紹介をする。


「どうも、いらっしゃいませ! 私は中等部三年で日出美ちゃんと同じ演劇部の、木曽路文香(きそじあやか)と言います。」


 ぺこりと、文香は頭を下げる。


「あはは……いつも、友達がお世話になっています。」

「いえいえ! まあ、お世話してますけど。」

「ちょっと大門! 文香先輩!」


 日出美は大門に友達と呼ばれたこと、そして文香のおどけた言動に食いつく。


「へえ、日出美ちゃん演劇部だったんだ!」

「あ、えっと……お姉さんたちも日出美ちゃんのお友達ですか?」


 近づいて来た妹子、実香、塚井に。

 文香は尋ねる。


「うん、初めまして! まあ、日出美ちゃんとは友達の友達、かな? 十市実香です!」

「初めまして、道尾妹子です。」

「道尾の執事の、塚井真尋です!」

「初めまして、木曽路文香です! ……ん? 塚井さんは執事なんですか!」

「え、ええ……」


 女性陣は挨拶をするが、文香は塚井に食いつく。


「是非是非、うちのクラスに! うち、執事喫茶やっているんで! 」

「え? ちょ、ちょっと!」

「あ、待ってよ! 塚井!」


 文香はそのまま、強引に塚井を引っ張って行く。


「あ、文香先輩!」

「ほほう、随分積極的な先輩だねえ。」


 日出美が叫び、実香がケラケラ笑う。


「おやおや……そう言えば日出美。この学校って元女子校だよな?」

「うん、()()()()!」


 日出美は強調する。

 そこは譲れないらしい。


「う、うん……お嬢様校な。てことは自然」


 自然、男子は少なめである。

 今、視界に入っている限りでも。


「時々、ハーレム目的で入って来る人もいるってもっぱらの噂だったけど。」

「……元女子校でハーレム作る男子って、漫画やゲームの世界だけかと思っていたよ。」


 実際に、まさか目の前でその光景が繰り広げられようとは。


「右から、愛久澤成志(あくさわなるし)相模晴矢(さがみはるや)忍足翔(おしたりしょう)。彼らは在学中から、そりゃあモテモテでしたとも。」

「え?」

「あ、先生!」


 またも、突然背後からの声に驚く。

 見ると、若い男性が立っていた。


 年齢は、大門より少し上――実香や塚井と、同じくらいに見える。


「失敬。円山さんのクラス担任をしている制野春樹(せいのはるき)といいます。先ほどお話しを失礼ながら立ち聞きさせていただいたんですが、円山さんがいつも」

「いいんです、先生! 彼は私がむしろお世話をしているんだから!」

「おいおい、円山さん。」


 胸を張る日出美に、制野はやれやれとでも言いたげな雰囲気である。


「ああ、まあ……彼女のお世話にはなってます! そうでしたか、日出美の担任の先生の方とは……九衛大門と言います。」


 大門も、制野に頭を下げる。


「あ、先生! ここにいたんですか。」

「おや、木曽路さん。」

「文香先輩! あれ? 妹子さんたちは?」


 そこへ文香がやって来るが、連れて行った妹子と塚井の姿が見えない。


「いやあ、他の子たちにも人気になっちゃって。今近づけないんだ。」

「ふうん。まあ、今時本物の執事なんて珍しいですもんね。」

「まあそうだよね〜」


 女子の談笑が始まる。

 いわゆるガールズトークだ。


 大門と制野は生暖かく見守る。


 ――それをさらに、見つめる目が。


 その人物は何やら丸い物を、コイントスのようにして空中に投げる。


「……ん?」


 大門は振り返る。

 が、誰もいない。


「? 九衛さん、どうしました?」

「あ、いや……あれ? そう言えば実香さんが。」


 大門はきょろきょろする。

 実香の姿が、ない。


「ああ、さっき他のところ見て来るって。」

「ええー、まったく自由だなあ。」


 大門は呆れる。


「いいじゃないの……これで♡」

「うわ、どうした!」


 日出美は大門の腕にしがみつく。

 これでようやく二人きりになれる。


「おお、日出美ちゃんやるう!」

「お、おほん! ……九衛さん、生徒と成人のあなたが」

「い、いや! 断じてふしだらなことは」

「夫婦です♡」

「おい、日出美!」


 慌てる大門に、日出美はさらに戯れる。


 しかし、大門の心の片隅には。

 ()()()()()のことが、居座っていた。


 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 まったく、馬鹿げている。

 外の喧騒――もとい、祭りの盛り上がりをよそに、苛立ちながら廊下を歩く者がいた。


 これから、神聖なる儀式――魔宴(サバト)の始まりだというのに。


 何も知らぬ者たちは、こんなにも浮かれている。


 神聖なる魔宴は、盛り上がってはならない。

 あくまで厳粛でなければならない。


 そう思いながらその者は、儀式の場へと着いた――

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