訪問者K、M、T
「秋。そう……文化祭の秋!」
円山日出美は校門の前で一人、大仰に両腕を広げる。
「こうして晴れた日にこそ! 結婚して恋人時代の蜜月を忘れた者たちが……恋人時代に戻って逢瀬を楽しむ!」
「日出美。」
「ああ、君が望むなら……そう、風のように早く駆けつけるわマイダーリン!」
日出美は自身の背後に現れた大門に、駆け寄る。
「うおっと!」
「な、ちょっと! 避けないでよ!」
「い、いやあ……ぶつかりそうだったし。」
日出美の抱きしめんばかりの接近は、大門にすげなく躱されてしまった。
「もう、本当鈍いんだから!」
「え? ……まあ、柘榴祭へのご招待ありがとう!」
「……どういたしまして。」
日出美はむくれながらも、大門に答える。
大門が三年前の事件に、踏ん切りをつけ。
日出美は大門を元気づけようと、とある秋の土曜朝、自身の通う私立中高一貫校・柘榴学園中学高等学校の文化祭へ招待していた。
入場口には、大きく『柘榴祭へようこそ』のゲートが作られている。
「(まあ何はともあれ……これで大門との蜜月の一時)」
の、はずだったのだが。
「うわあ……中高の文化祭なんて久しぶり!」
「私もです。しかし、ここは元お嬢様校と聞いていますから、どことなくお嬢様の母校を思わせますね。」
「おお、露店がいっぱい♡ ねえ塚井、あれ買って〜!」
「もう、実香!」
「……はーあーあー!」
大門の後ろには、お馴染みの妹子・塚井・実香の姿が。
「……いらっしゃい、妹子さん、実香さん。」
「たのもう、日出美ちゃん♡」
「お招き、感謝するわ。」
「うん……ああ、あと塚井さんも。」
「あ、はい……」
毎度のごとく『あんたもいたんだ』扱いの塚井は、既に慣れていることながら悲しい気分である。
さておき。
「(はあ、まったく! 皆で大門を慰めよう会、ねえ……うん、それは他でいくらでも開いていいから、邪魔しないでよ!)」
日出美は本音を心の中で、ぶちまける。
「まったく、大門も大門で……なっ!?」
大門の方に目を向けた日出美は、きょろきょろしている彼に気づく。
「ひーろーと! そんなに女の子たちに目移りしないでよ!」
「いや、別に目移りってわけじゃ。」
腕にしがみついて抗議する日出美を、大門は宥める。
「だーってえ! 女子中高生を、いやらしい目で見渡してたじゃない!」
「いや、そんな……別に女子中高生はそういう目で見たことないなあ。」
「ぐさっ!」
「ん? ひ、日出美!?」
急に倒れかけた日出美を、大門は支える。
「だ、大丈夫か?」
「む、むぐ……」
「大丈夫?」
「何々、どうしたの?」
「日出美さん!」
大門にもたれたまま痙攣さえする日出美に、妹子や実香、塚井も駆け寄る。
「だ、大丈夫……」
「いっ、一体何が?」
「ひ、大門……じ、女子中高生に……興味ない……」
「……」
「あちゃあ。」
「もう、九衛さんは!」
「え?」
日出美のうわごとのような言葉から、女性陣は全てを察して大門を見るが。
当然大門は、さっぱり分からぬ。
しかし。
「だああ! そう、女子中高生に興味ない……私はそこらの女子中高生とは違うもん!」
「おや……日出美さん。」
日出美は、燃え尽きて死んだ直後に蘇る不死鳥のごとく、蘇る。
塚井は日出美の、こういう所をいじらしく思っている。
「まあ何はともあれ……元気になってよかった!」
「あったり前でしょ! こんなんで探偵の妻やってられますかっての!」
日出美の威勢は、すっかり治っていた。
「おお、転んでもただでは起きない日出美ちゃんだね♡」
「お嬢様……これは、たかがまだ中学生と侮ってはいられないかもしれませんよ?」
「ううん……そうかもしれないわね。」
日出美のそんな姿は、女性陣のライバル意識をより煽っていた。
「てな訳だから! さあ大門、覚悟していなさい!」
「いや、何を?」
「今度、他の女に目移りしたら許さないから!」
「……だから、別に」
「うーん、いや待って! ……大門は覚悟というより、自覚すべきかもね。」
「……それこそ、何を?」
唐突に出た日出美の『自覚』という言葉に、大門は首をかしげる。何のこっちゃ。
「モテるっていう自覚よ! 大門なんてちょっと本気出したら、『きゃ〜、大門くん〜♡』って周りの女イチコロなんだからね!」
「いや、僕を何だと思っているのさ!」
日出美の言葉を、大門はすぐさま否定するが。
「ううん、大門君。あながち間違いじゃないと思うよ♡」
「そうねー、九衛門君そういう所あるよねー」
「ええお嬢様、激しく同意ですね。」
「ええっ!?」
女性陣は皆、日出美の言葉を肯定する。
大門はすっかり、四面楚歌の思いである。
と、その時。
「きゃあ〜♡」
「えっ、早速!?」
急に受付近くの女子生徒たちが騒ぎ始める。
たちまちその足は、一斉に一方向に――大門の方に向かう。
半分誇張のつもりでさっきの言葉を言った日出美は、面食らう。
「ち、ちょっと……これは私の旦那に手え出さ……もごっ!」
「う、うわあ!」
女子生徒の波は、日出美には目もくれず。
彼女をその波に飲み込み、そのまま大門へ――
「も、もごっ!」
「ち、ちょっと……あれ?」
ではなかった。
女子生徒たちが目指すのは、大門の、さらにその後ろ。
「愛久澤せんぱ〜い♡」
「相模せんぱ〜い、忍足せんぱ〜い♡」
「成志せんぱ〜い♡」
「やあ、久しぶり。」
「元気かい?」
並び立つ、三人のイケメンたちだった。
「な、何?」
「日出美、大丈夫かい?」
「う、うん……」
「誰かな、あの人気を集めている絵に描いたようなイケメンたちは?」
「さあ、私も」
「あの人たちは、一昨年の卒業生たちです!」
「え?」
日出美への大門の問いには、予想外にも大門の前の日出美ではなく、その背後から答えが返って来る。
「文香先輩!」
「日出美ちゃん、今年の新入生だから知らなかったんだね。……えっと。」
「あ、初めまして。円山さんにお誘いいただき来ました、九衛大門と言います。」
大門は、文香先輩と呼ばれた女子生徒に、自己紹介をする。
「どうも、いらっしゃいませ! 私は中等部三年で日出美ちゃんと同じ演劇部の、木曽路文香と言います。」
ぺこりと、文香は頭を下げる。
「あはは……いつも、友達がお世話になっています。」
「いえいえ! まあ、お世話してますけど。」
「ちょっと大門! 文香先輩!」
日出美は大門に友達と呼ばれたこと、そして文香のおどけた言動に食いつく。
「へえ、日出美ちゃん演劇部だったんだ!」
「あ、えっと……お姉さんたちも日出美ちゃんのお友達ですか?」
近づいて来た妹子、実香、塚井に。
文香は尋ねる。
「うん、初めまして! まあ、日出美ちゃんとは友達の友達、かな? 十市実香です!」
「初めまして、道尾妹子です。」
「道尾の執事の、塚井真尋です!」
「初めまして、木曽路文香です! ……ん? 塚井さんは執事なんですか!」
「え、ええ……」
女性陣は挨拶をするが、文香は塚井に食いつく。
「是非是非、うちのクラスに! うち、執事喫茶やっているんで! 」
「え? ちょ、ちょっと!」
「あ、待ってよ! 塚井!」
文香はそのまま、強引に塚井を引っ張って行く。
「あ、文香先輩!」
「ほほう、随分積極的な先輩だねえ。」
日出美が叫び、実香がケラケラ笑う。
「おやおや……そう言えば日出美。この学校って元女子校だよな?」
「うん、お嬢様校!」
日出美は強調する。
そこは譲れないらしい。
「う、うん……お嬢様校な。てことは自然」
自然、男子は少なめである。
今、視界に入っている限りでも。
「時々、ハーレム目的で入って来る人もいるってもっぱらの噂だったけど。」
「……元女子校でハーレム作る男子って、漫画やゲームの世界だけかと思っていたよ。」
実際に、まさか目の前でその光景が繰り広げられようとは。
「右から、愛久澤成志。相模晴矢、忍足翔。彼らは在学中から、そりゃあモテモテでしたとも。」
「え?」
「あ、先生!」
またも、突然背後からの声に驚く。
見ると、若い男性が立っていた。
年齢は、大門より少し上――実香や塚井と、同じくらいに見える。
「失敬。円山さんのクラス担任をしている制野春樹といいます。先ほどお話しを失礼ながら立ち聞きさせていただいたんですが、円山さんがいつも」
「いいんです、先生! 彼は私がむしろお世話をしているんだから!」
「おいおい、円山さん。」
胸を張る日出美に、制野はやれやれとでも言いたげな雰囲気である。
「ああ、まあ……彼女のお世話にはなってます! そうでしたか、日出美の担任の先生の方とは……九衛大門と言います。」
大門も、制野に頭を下げる。
「あ、先生! ここにいたんですか。」
「おや、木曽路さん。」
「文香先輩! あれ? 妹子さんたちは?」
そこへ文香がやって来るが、連れて行った妹子と塚井の姿が見えない。
「いやあ、他の子たちにも人気になっちゃって。今近づけないんだ。」
「ふうん。まあ、今時本物の執事なんて珍しいですもんね。」
「まあそうだよね〜」
女子の談笑が始まる。
いわゆるガールズトークだ。
大門と制野は生暖かく見守る。
――それをさらに、見つめる目が。
その人物は何やら丸い物を、コイントスのようにして空中に投げる。
「……ん?」
大門は振り返る。
が、誰もいない。
「? 九衛さん、どうしました?」
「あ、いや……あれ? そう言えば実香さんが。」
大門はきょろきょろする。
実香の姿が、ない。
「ああ、さっき他のところ見て来るって。」
「ええー、まったく自由だなあ。」
大門は呆れる。
「いいじゃないの……これで♡」
「うわ、どうした!」
日出美は大門の腕にしがみつく。
これでようやく二人きりになれる。
「おお、日出美ちゃんやるう!」
「お、おほん! ……九衛さん、生徒と成人のあなたが」
「い、いや! 断じてふしだらなことは」
「夫婦です♡」
「おい、日出美!」
慌てる大門に、日出美はさらに戯れる。
しかし、大門の心の片隅には。
あの教唆犯のことが、居座っていた。
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まったく、馬鹿げている。
外の喧騒――もとい、祭りの盛り上がりをよそに、苛立ちながら廊下を歩く者がいた。
これから、神聖なる儀式――魔宴の始まりだというのに。
何も知らぬ者たちは、こんなにも浮かれている。
神聖なる魔宴は、盛り上がってはならない。
あくまで厳粛でなければならない。
そう思いながらその者は、儀式の場へと着いた――




