エピローグ
「はあ、それは……中々悪い女だね……。」
実香は大門の話に、肩をすくめる。
「うん……なんかもう入る余地がない……」
「きーっ! 私という妻がありながら!」
妹子も日出美も、暗い顔を浮かべている。
大門は、事件の真相ーーまだ、女性陣には話していない真相を、塚井の運転する車にて"黒島美咲"の墓と"吹石青子"のいるムショもとい、刑務所に行く道すがら話していた。
三年前、大門が探偵事務所を開業した際の最初の顧客・"黒島美咲"が巻き込まれた『麻上精神クリニック連続殺人事件』。
看護師4人に加え、"黒島美咲"も殺害され最後の一人・麻上も殺されそうになった所を間一髪大門や警察隊が助けた。
その真相は、"黒島美咲"が実は存在し生き別れていた双子の姉妹・"吹石青子"と共謀して行った殺人だった、というものだった。
その背後には殺人教唆犯・ソロモンが絡んでいた。
さらに、二人は入れ替わりながら殺人をしていたことも判明。
しかも、いつ入れ替わっていたか、果ては死んだのが本当に"黒島美咲"だったのかも分からないという。
その上、連行される"吹石青子"から、大門は。
大門が愛した女性は黒島美咲だったのか、吹石青子だったのか。
それを解いてほしいと、なんと依頼を受けていたのである。
「何で、そんな依頼受けちゃったの?」
「九衛さん、今回ばかりは実香に同意ですね。」
「はい、すみません。」
大門は実香と塚井の責めに、静かに応じる。
割合軽めな、対応である。
「そ、そうだ九衛門君! ……こうしてムショに行くってことは……その謎、解けたってこと?」
妹子は、恐る恐る尋ねる。
が、大門は。
「それは……この場ではちょっと。」
「な、何でよ!」
「そうよ、聞かせなさいよ!」
「はいはい、静かに! 急に大声で叫ばれちゃあ、ドライバーさんも困るでしょ。」
曖昧に微笑む大門に食ってかかる妹子と日出美を、実香が窘める。
「……ごめんなさい。」
「ごめん。」
「いや、いいんですよ……すみません、話せなくて。あと、心配かけて。」
大門はバツが悪そうに笑い、妹子と日出美の謝罪に対し自身も謝罪を返す。
「別に、あたしたちはいいんだけどさ……大門君は、本気で大丈夫なの?」
実香は大門に、心配そうな顔にて尋ねる。
「ええ。もう、三年経ちましたから。……今日は、ようやくその課題に、一区切りつけられそうです。」
「そう……」
「着きました、九衛さん。」
その時、車は墓場の近くに差し掛かり停まる。
「……では、行ってきます。」
「……行ってらっしゃい。」
花束を持って車を出る大門に、女性陣を代表して塚井が声をかけた。
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「なるほど……結局、私は"黒島美咲"って結論?」
「いえ……違います。」
刑務所の面会室にて。
大門の美咲さん、という呼びかけに対し。
ガラス越しに青子から投げかけられた問いに、大門は答える。
「結局、何回考えても……僕が好きになったのは"黒島美咲"を名乗る人だった。この気持ちに変わりないことが分かっただけでした。」
「ふうん……それは、"吹石青子"は好きじゃないって言われたようで傷つくなあ。」
青子は、むくれている。
「いや、そういう意味じゃ」
「まあでも……会いに来てくれたのは嬉しい、かな。」
「……青子、さん。」
大門は青子の言葉に、少し気まずげに返す。
いる場所が刑務所からして、言うまでもなく。
青子の刑は、無期懲役で確定している。
殺害人数が多いことを差し引いても、あくまで血縁上だけとはいえ双子の姉妹を殺したことを差し引いても、罪が罪だけに死刑になる可能性は高かったのだが。
殺害されかかった麻上の20年前の罪に関する自供により情状酌量が認められた。
その麻上が問われたのは、今回の連続殺人に関する殺人幇助だけだった。刑期もそこまでは長くない。
裁判では、結局彼女は一連の犯行を全て自分一人によるものと主張し続けた。
"吹石青子"として。
それは死んだ、"黒島美咲"への配慮か。
はたまた、死んだのは実は吹石青子の方で、彼女に死してなお汚名を着せようとしたのか。
それは、"吹石青子"のみぞ知る。
「……この前、両親が来た。」
「!? えっ……」
不意に青子が放った言葉に、大門は反応する。
両親? 美咲と青子の、双子の両親か。
「……実のお父さんお母さんが?」
「そう。吹石家は両親が離婚してるし。母は死んでるし。それで……私たちの実の両親がね。」
青子は肩をすくめる。
大門は、考える。
考えてみれば、今回最も辛い思いをすることになったのは黒島夫妻ではないだろうか。
娘を殺されその遺族になってしまったというだけでも、到底受け入れがたいというのに。
その犯人もまた娘で、尚且つ自分たちと生き別れた娘だったとは。
「……何か、話しました?」
「まあ……また来るって。」
大門は青子の言葉に、頷く。
両親もまた、全て受け入れられた訳ではないのだろう。
それでも、前に進むということだろうか。
「さあて、大門君。……さっきの言い方から考えるに、私の依頼は」
「ええ。……結局、まだ解けていないんです。これが悪魔の証明ではないという悪魔の証明、まだ終了していません。」
「……そう。」
青子は、それほど拍子抜けしたという感じでもない。
やっぱりな、というある意味『期待通り』といった感じである。
「さっき僕は、青子さんが僕に会うことを、どのツラ下げてってご自分で思っているんじゃないかって言いましたけど…….今は僕に対して思ってませんか? 『依頼を遂行できていないのに自分に会いに来るなんて、どのツラ下げて会いに来れたんだ?』って。」
「そこまでは。ただ……依頼が遂行できていないなら、あなたが私に会いに来たきっかけは何だろうって。」
青子は大門を見ている。
その目には、探るような光が宿っていた。
「……全部、持ち越すことにしました。この一生が終わるまでの、永遠の課題として。」
「……それは、プロポーズ?」
大門のニコニコしながらの台詞に、青子は首をかしげる。
「そう取られても、仕方ないかもしれませんね。」
「なるほど。……そこまであなたが巻き込まれてくれるなんて思ってなかった。私は覚悟が足りなかったかな。」
青子は大門の言葉に、ようやく重みを覚えたようである。
計画に利用されていたにしても、大門にとっては"黒島美咲"に惚れていたというのは紛れもない事実であり、その気持ちは本物なのだ。
「まあ殺人に対する覚悟は……あったんだと思いますよ。ただ……そうですね、馬鹿な男を待たせる覚悟は、なかったかもしれないですね。」
「ふう……我ながら、嫌な女。」
青子は、俯く。
口調こそ軽めだが、心中は軽くないようだ。
「まあ、結婚してくれという意味ではありません。……僕が勝手に、これからもこの気持ちと向き合って行く。それだけのことです。だから……"美咲さん"は、別にそんな責任を感じなくていいんです。あなたに勝手に惚れた馬鹿な男が、勝手なことをしているとでも思ってくれれば。」
「……うん、うん……そうだね。」
青子ーーいや、"美咲"は俯いたまま、頷く。
そうして、顔を上げる。
目は、心なしか少し赤くなっていた。
「……恋は、惚れた方が負けって言うもんね。」
「そうですね。」
大門と"美咲"は、寂しそうに笑い合った。
そこへ、付き添っていた刑務官が時間切れを告げる。
「じゃあ、これで……」
「うん。……さようなら。」
"美咲"はそのまま、後ろの扉へと向かう。
刑務官がドアを開けた、その時。
「……私も、好き。」
「……え?」
ドアを開ける音と重なり、大門には"美咲"の声がよく聞こえなかった。
が、美咲の後ろ姿から、はらりと光るものが落ちる様子は見てとれた。
「……この悪魔の証明、終了したらまた来ます。」
「……うん。」
そのまま"美咲"は、連行されていった。
◆◇
「なるほど……"吹石"は、そんなことを言ってたか……」
大門の話を、刑務所の廊下を移動しながら聞いた井野は、頷く。
今回の面会をセッティングしてくれたのも、彼だった。
「ええ。いずれにせよ僕は……この気持ちと一生付き合っていきます。そして……ソロモンも、捕まえなくては。」
「ああ……一応、吹っ切れたと見ていいのか。それと、九衛君。」
「はい?」
「その……今さらだが」
井野は話を急に変える。
大門は首をかしげる。
「君のお父上は……九衛天吏警視正か?」
「ええ……父をご存じでしたか?」
井野の口から出てきたのは、生前40代の若さでその階級まで上り詰めた、大門の父の名前だった。
「そ、そうか……私もお世話になったことがあってな。すまん、その……」
大門の質問には答えず、井野はもじもじし出す。
大門にはその理由が分かった。
「あはは……いいんですよ、もう死人なんですから! かつては上司だったからといって、そんな人に気遣いの必要ないでしょ?」
「そ、そうか……?」
大門は笑いながら言う。
これだから、縦社会というやつは。
「あ、外ですね……それじゃあ井野警部、ありがとうございました!」
「あ、ああ……まあ、お安い御用だ。」
大門は井野に礼を言うと、そのまま出て行く。
言うのが遅かったが、井野は昇進試験に受かっていた。
◆◇
「おや? 待っていていただけたんですね。」
「そりゃあ……連れて来るだけ連れて来て、そのまま置いて帰るような薄情な真似はしませんよ。」
大門が来る時に車を降りた場所に着くと。
車の外に出て、塚井・実香・妹子・日出美が待っていた。
「お腹すいた……塚井、九衛門君に何かご馳走してもらっていい?」
「そうですね……いいでしょう。私もご馳走に上がりたいですし。」
「塚井、妹子ちゃん。抜け駆けはお姉さん、許しませんからね〜? 大門君、あたしも!」
「私だって! 妻として当然の権利でしょ?」
口々に勝手なことを言う女性陣。
とはいえ、ここまで付き合ってもらったのは事実だし。
いつもはストッパーとなってくれている塚井まで乗り気では、仕方あるまい。
「分かっていますよ! ……じゃあHELL&HEAVENを夜の貸し切り営業として、ささやかですが夕食をご馳走します。」
「よし!」
「やった! ……さあて九衛門君? 面会で何話したのかなあ?」
「そうね……さあ、あることないこと!」
「いや……まああることだけ言います。」
結局帰りの車では、また話をすることになる大門であった。
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「九衛大門……あの人の息子か。」
傍らのテーブルに、持っていたグラスを置き。
ソロモンは呟く。
「……ゆくゆくは私にとっての、アスモダイになる可能性は高いが……まあ、様子見だな。」
暗闇の中でソロモンは、低く笑う。




