新たな悪魔の証明
「こ、これが吹石青子かもしれないし、黒島美咲かもしれないだと……?」
井野は戦慄している。
大門はその反応に、やはりこうなるかと肩をすくめる。
麻上精神クリニックにて、看護師4名に加えて最有力容疑者とみなされていた黒島美咲が殺害された事件。
その犯人は、実は存在していた美咲の双子の姉妹・吹石青子。
しかしその女性は、青子だとは限らないという。
大門自身も、この件についてまだうまく消化しきれたわけではない。
「ええ。僕は先ほどの推理で、一つ現実と違うことを敢えて言いました。それは……実行犯を青子さんと言っていたことです!」
「何? じゃあ、美咲が真の実行犯だと?」
「いいえ。二人は入れ替わりで犯行を行なっていました!」
「な、何と!」
井野は青子を見つめる。
入れ替わっていた?
「ゴスロリ服。」
「……は?」
大門のつぶやきに、井野は今度は首をかしげる。
「僕が、この双子姉妹の入れ替わりを見抜いたのは、ゴスロリ服の意味に気づいたからでした。」
「ご、ゴスロリ服の意味?」
井野はさらに君をかしげる。
「あれは、手袋を怪しまれずにはめたままにして指紋を残さないようにするための備えだったんですね?」
「!? し、指紋だと!」
大門のこの台詞には、井野は三度驚く。
「なるほど……そんな所からバレていたか。」
美咲ーーもしくは青子(以下、紛らわしいためひとまずは青子とする)は、自嘲気味にため息を漏らす。
「ええ。ただ……先ほども言いましたように、どちらがどのタイミングで入れ替わっていたかまでは掴めませんがね。」
「いや、ちょっと待て!」
大門に待ったをかけたのは、またまた井野であった。
「殺されたのはあくまで黒島美咲だ! ……あの遺体は、きちんと顔だけでなくその他身元検査も行われている! だから」
「なるほど……しかし、その身元検査というのは、指紋や掌紋などで行われたんじゃないですか?」
「あ、ああ! そうだ。」
井野は、まだ自らの言葉に疑問を呈する大門に対し、どうだとばかりに胸を張って見せる。
しかし、そんな井野をよそに。
「しかし、少し考えてみてください。……それは、あくまで黒島美咲を名乗る人が警察に捕まった際、採取されたものですよね?」
「ああ! そうだ……ん!?」
井野は自らに疑問を呈する。
大門の今の問いに、ようやく自らの捜査における疑うべき点に気づいたようだ。
「その通りです。つまり……警察が採取した証拠物件すらも、疑わしいんですよ!」
大門は訴えるように言う。
警察が採取した"黒島美咲"の証拠物件は、いずれも"黒島美咲"を名乗る者が提出したにすぎない。
つまり、それでは本当に死んだ方が"黒島美咲"かどうか判別できるものではないということだ。
「くっ……し、しかし! これから黒島美咲の一人暮らしの部屋から実家、さらに吹石青子の部屋や実家に家宅捜査が入る! その時こそ」
「それも無駄。……そこに指紋や掌紋を残さないぐらいのことはしているから。」
「くっ!」
青子の言葉に井野は、地団駄を踏む。
大門はため息をつく。
やはり、それぐらいの手は回していたか。
「まあそもそも……吹石青子に今、実家と呼べる場所はないけどね。……彼女は、天涯孤独の身だから。」
「な……?」
青子は相変わらず、滔々と述べる。
大門はそこに、出会った頃の"美咲"の姿を見た。
こんな風に、平板なーー
「……吹石青子の家は、最悪の一言だった。」
青子が語り始めたのは、麻上により"死んだ吹石青子"と入れ替えられたあの日から、今日までのこと。
◆◇
吹石夫妻は、まだ20代前半の若い夫婦だった。
結婚したのは、子供ができたから。
所謂、出来ちゃった婚である。
「……でも、青子が生まれてから、夫妻は喧嘩ばっかり。」
青子は自嘲気味に笑う。
喧嘩の理由は、青子が父に似ていなかったからだった。
「それからずっと、そんな感じだった。やがて夫妻は離婚して……母は、正直お荷物だったであろう青子を、一応は高校卒業まで育ててくれた。まあ……仕方なくって感じだったけれどね。」
しかし、その母も病気により青子が高校を卒業する頃亡くなってしまった。
母方の祖父母も既に亡くなっており、青子には完全に身寄りがなくなった。
「そうして、青子がフリーターとして日々を過ごす中で……美咲と出会った。」
たまたま青子が一人で回していた店に、美咲が一人で訪れたのである。
「最初は、他人の空似かと思った。でも、青子には両親の喧嘩の原因として、自分が父に似ていないっていうこともあったから、割合飛躍した考え方ではあったけれど……思い当たる節があった。」
もしや、青子と美咲は生き別れになった双子の姉妹ではないか。
そう思い、二人はDNA鑑定を行った。
とはいえ、二人のDNAの姉妹関係に関する鑑定ではない。
自分たちは意図的に生き別れさせられたのではないか。
だとしたら、万が一のことも考え、お互い双子であることは世間に知られない方がいいのではないかーー
「そう考えて青子と美咲は、美咲のDNAがついたグラスを青子のグラスとして民間の機関に提出し、『そのグラスが誰のものか友達と言い争いになっている。だから、DNA鑑定により証明してほしい』と依頼した。その結果は……ご覧の通り。」
青子は、自分の身体をよじって見せる。
「その後で……ソロモンから殺人教唆を?」
「そう。私たちが双子なことは世間に知られていないから、それを利用して……ってね。」
青子はくすりと笑う。
「後は、あなたが推理した通りだよ。大門君。」
青子は大門を見る。
大門は、頷く。
「なるほど……僕が実家のことを話した時、美咲さんか青子さんはこう言っていました。『ふうん……むしろ、ネグレクトされるよりマシだったんだ……』と。青子さん、その……」
「ああ、そう。青子はネグレクトされ気味だった。あと……青子さんて呼んでるよ?」
「ああ、すいません……さっきまで美咲さんと呼んでたのに。」
「……ふふっ。」
綺麗な笑顔は、やはり大門の好きだった"黒島美咲"そのものだ。
大門は、ここで美咲と青子を、見極められると思っていたのだが。
ますますわからなくなってしまった。
が、その時である。
「いや待て! ……やはりあんたは吹石青子じゃないか? 今の話、言い方こそ『青子が』と他人事のようだが……如何にも自分を語るような真に迫る感覚! それに何より」
「何より?」
井野が鬼の首を取ったように発する言葉に、青子は笑みを浮かべながら挑戦的に問う。
それに少し苛立ったか、井野は顔を少し赤くするが。
「何より……青子はそんな境遇だった! だから美咲を……自分の手にできた境遇を手にした双子の姉妹を恨んでいた! 違うか?」
「そうとも……言えるかもね。」
青子は一歩前に出て、再び話し始める。
「自分たちが双子だって知った時……青子は思ったでしょうね。『自分の20年間を奪った麻上たちと、美咲に復讐したい』って!!」
その憎しみを含んだ叫びに、思わず井野を始めとする警察官も、大門も、麻上も恐れをなす。
「……そ、そうだ! これで分かっただろ? こいつは吹石青子! 殺されたのは」
「いえ、美咲にも……動機はなかったって言える?」
「なっ、何!?」
得意げだった井野は、再びの青子の言葉にまた驚く。
「そう。青子が今言ったような動機をもって殺人をしようとしたのなら……美咲は動機がないなら、一緒に殺人をやろうとはしなかったんじゃない?」
「!? そ、そう言えば……」
「ねえ、大門君?」
青子は再び笑みを、大門に向ける。
大門は頷く。
そう、動機のあるなしで言えば、両方に動機はある。
「美咲は……青子が、自分をも殺そうとしていることに気づいた。だからやられる前に……と考えた。これも動機にはならない?」
「う……うむ。」
青子のこの言葉に、井野は再び言葉に詰まる。
確かに、それも動機だ。
しかし、井野も引かない。
「だ、だとしても! 青子が殺されたとしても、結局は"黒島美咲"が殺されたということに、公にはなるんだ! 美咲からすれば、自分の社会的立場を殺すようなことを……やるのか!?」
井野は言い放つ。
どうだ?
しかし、青子もさらに続ける。
「それは、青子へのせめてもの償い……だったのかも。青子の命を奪う代わりに、自分はせめて社会性を犠牲にした……どう?」
「う……くっ。」
井野はもうお手上げとばかりに、口を噤む。
元より、これは議論の勝ち負けを問題とするものではない。
これは、真実を知るためのものだ。
すなわち、青子が自ら、自分は本当は黒島美咲か吹石青子かを告白するか。
はたまた、証拠を突きつけて自白させるかだが。
そのいずれもできない以上、大門らは勝てない。
「……さて、刑事さん。」
「……なっ!?」
井野は自分に近づいて来た青子に、身構える。
「安心して、何もしない。……この警官隊に囲まれちゃあ、麻上殺しは果たせそうもないし。」
「う……うむ。では0:35! えっと……」
井野は腕時計で時間を確認しつつ青子に手錠をかけ、口ごもる。
どちらを、逮捕したのか。
「ふふふ……"黒島美咲"はもう死んだんだし、吹石青子を逮捕したってことに公にはしておけば?」
「わ……分かっている! 吹石青子! 5件の連続殺人、ならびに麻上守殺人未遂の現行犯にて、逮捕する!」
青子の笑いに、井野は怒り心頭に発して叫ぶ。
時同じくして、縛られていた麻上が解放されたが。
「麻上さん、あんたは警察病院に護送後に取り調べだ。……今回の事件における殺人幇助、及び20年前の事件ーーこれは立件できるかわからないが。話してもらう。」
「……はい。」
麻上は肩を落とし、そのまま担架にて運ばれて行く。
そのまま青子も、連行されていく。
しかし、その前に青子は。
「すみません、少しだけ。」
「何だ! この殺人犯」
「大門君と。」
「……よかろう。」
青子の申し出をにべもなく断ろうとした井野だが、大門に対する計らいとして許した。
「ありがとうこざいます。」
「ふん! お前のためじゃない、九衛君のためだ!」
井野は怒鳴り、その場から少し離れる。
「……青子さん。」
「……ごめんなさい。まさか、こんな女たちに惚れてくれるなんて思わなかった。」
「!? ……美咲さ……いや。」
青子の言葉に、大門はもしやと思うが。
すぐに考えを振り払う。
美咲が青子に話したか。
そもそも、最後に自分といたのも美咲だったのかどうか。
「最後に……この悪魔の証明を終了してほしい。……あなたにとっては、こんな女たちに縛られ続けることになるけれど。……この依頼を、どうか。」
「……はい。」
大門の言葉に、青子はにっこりと笑う。
「ありがとう、大門君。」
「……その笑顔の"黒島美咲"さんが、好きでした。」
「……ふふ。」
青子は寂しそうに笑い、時間切れを告げにやってきた井野に連行されていく。
「……僕が惚れた貴女が、誰なのか。それが悪魔の証明ではないという悪魔の証明、承りました。」
かくして、大門最初の事件ーー"黒島美咲"より依頼を受けたドッペルゲンガーの事件は。
悪魔の証明が終了しないという状態にて、幕引きとなったのであった。




